目標を同じくする人 2
歴史が深ければ造詣も深い。アセイテゴルド帝国での研究の日々は、我が人生の中で最も充実したものだった!
帝国立魔術学院の研究室にて、志を同じくする者共と、先人たちの努力によって設えられた整った設備で、研鑽を積みに積んだ。あそこはとても素晴らしい環境だったよ。おかげで癒しや光、闇といった適正以外の魔術も多少扱えるようになったし、応用して雷や雪・氷の魔術も扱えるようになった。留学がたった2年の契約なのが本当に惜しかった。しかし、国は私をただ魔術の鍛錬の為に帝国に留学させたのではない。国の為になるよう、私に研究を義務付けていた。
私の研究テーマは、『熱』だ。主に冷える方面でな。氷を使わずに物を冷やせ、氷を生み出す魔道具の研究・開発をさせてもらっていた。残念ながら先行研究は少なく、──有っても他国民の私には秘匿されていたのかもしれないが──滞在期間中はずっと、冷却蔵の開発を続けていた。
例えば夏の暑い時期。朝や夕方に地面に水を撒いて少しすると、風や空気が冷えるだろう? あれは日光によって温められた地面にそれより冷たい水を撒くことで、水が蒸発しようと地面の熱を奪う故に温度が下がるのだ。
さらに言えば、風が吹くと涼しいのはなぜだ? 体温で温められた体表面の熱が、風で吹き飛ぶからさ。
熱は、形を変えて、移動する。少なくとも私はそう捉えた。
水が凍るのは何故か? 温度が下がるからだ。
温度を下げるにはどうすればいい? 何かしらの液体を気体にすればいい。
氷を作るにはどうすればいい? 水が凍るよりも冷たくなる気体を用意すれば良い。
ではその冷たい気体は何処にある? せっかくの気体が一回きりなのは勿体無い。循環させる方法は? 液体から気体になるならその逆もまた然り。気体を液体にする方法は?
……とまぁ、色々と考察や採取、実験・検証を重ね、失敗をいくつも重ねながら開発していったのさ。ただ単に熱を奪う魔法陣を庫内に描くだけで良いかと初期は思っていたが、それでは魔法陣にかかる負担が大きくてね。魔法陣を使って空気に影響を与えて、冷えるという結果に繋げた方が魔法陣に使う魔石の消費が少なくなる。そこからが大変になった。冷気を吐き出す魔物を解剖したときは、ナイフを握る手がひどく凍えたよ。
まぁ、話が長くなるので研究内容についてはここで打ち切ろう。ここはあまり重要ではない。
問題が起きたのは、帰国直前。私がズースカイティン王国へ帰る頃、アセイテゴルド帝国では立太子式が行われることになった。そこに、私も何故か呼ばれることになってな。なんでも、『共同研究者としての名誉を与える為』だとか。
共同研究者? 確かに私の冷却の研究には多くの協力者が居た。しかし王族は、ましてや皇子なぞ、第一から第三までいる誰も、手を貸してくることなど無かった。
それなのに! 第一皇子は! まるで己が研究の主格であるかのように振舞った! 企画者である私を共同研究の端に追いやりながらだ! そのくせ立太子式に呼ぶ。こんな厚顔無恥は初めてだ!
なぜ第一皇子は盗作をしたか。権威付けがしたかったのだ。故に国力の劣るズースカイティン王国へ帰る私から、研究結果を横取りしようと画策したのだろう。脅せば、面倒を嫌って私が黙ると考えて。
当然! 私は許せなかった! しかし、ヤツの狙い通り、ただ異議申し立てをしただけでは相手にされない上にどんな報復を受けるか分からない。だが、どうしても諦められなかった。同じ帝国の善良なる協力者たちの努力・献身を、第一皇子は侮辱したのだ。許せなかった。
……だから、私は、己の“変人”という評価を、最大限利用することにしたのさ。
研究に行き詰まった時、ある研究員が気まぐれに教えてくれた儀式がある。呪霊に憑かれた人間を救う異国の儀式だ。塩を撒いて、細長い紙を数枚取り付けた棒を振り回して、真珠のリングをジャラジャラ鳴らして『出て行き給え~!』と何度も唱えるらしい。
そう! 私はそれを9割本気で執り行ったのだ!
帝国の頂点に立とうという誇り高い人間が、まさか他人の研究結果を盗むはずはない! 譲ってもらおうと交渉することもないまま強硬手段に出るはずがない! だが結果はこうだ! ならば! 恐らく! いや絶対に! 第一皇子は悪霊に憑かれている!!
そう決めつけた私は、招待された立太子式が開催される直前。第一皇子が入場した瞬間! かの者の前に飛び出し、儀式を執り行った!
細長い紙をいくつも取り付けた棒をブンブン振り回し! それっぽいネックレスをジャラジャラ鳴らし! 海塩をバシャバシャばら撒き! 『第一皇子に憑いた悪霊よ! 盗難癖のある悪霊よ! 出て行き給え~!』と大声で呪文を唱えて騒いだ! やっている内に楽しくなってしまったな!
お察しの通り、私はその場で不敬罪に問われ、貴族牢とはいえブタ箱行き。しかし私の共同研究者達が声を上げてくれたし、そもそも私は己の研究内容をおおっぴらに話していた。元より私の研究は価値があれば帝国と権利を共有する事になっていた。所属は帝国だが、我が国は利用契約金がかからない、といったふうにな。だから、第一皇子の愚行は、ハナから見抜かれ、瑕疵として廃嫡される要素として扱われる予定だったのさ。
……私の奇行は、意味が無かったってことだ。残念なことにね。
なんかよく分からないが婚約破棄やら廃嫡やらの騒ぎが起こりながら、最終的には第二皇子が立太子し、式典は終わった。直後に私も解放され、予定通りに帰路に着いた。
が、だ。不問になったとは言え、不敬罪には変わりない。他国で問題を起こした留学生。それを送り出したハイツパステル伯爵家は責任を問われ、私を貴族籍から抜いて勘当した、という顛末だ。