人質はまだいる 2
2話同時投稿です。前話を見逃さないようご注意ください。
「犠牲になってしまった弟君、妹君も、きっと報復を望んではいません! 私は、それを貴方に分かって欲しくて……!」
「得ますよ、安寧を。望んでますよ、報復を」
「え……?」
なんだ、お前。他人が俺の、俺たち家族の気持ちを分かったような口を利きやがって。聖女様にやっと驚いた顔をさせられたってのに、少しもスカッとしなかった。
「俺を送り出してくれた両親は、自分の子供の仇討ちを望みました。貴方も、目の前で愛する人3名をまとめて串刺しにされて殺されてみれば、俺らの気持ちが分かるでしょうね」
「そ、それは……。しかし、それを望んだのは残された人たちで、犠牲者が望んだわけでは……!」
「あの子達はね、聖女様。人並み外れた腕力を持つ俺が魔王の相手になるかもしれないって話になった時。『嫌だ』って、『行かないで』って、言ってくれた優しい子達なんですよ」
「なら、尚更!」
違うんだよ、聖女様。
あの子達は、自分たちの暮らしを良くする為に、頑張ってたんだ。美味しいものを食べたり、水のろ過を楽にする物を作ったり。
自分たちの為に。父さん、母さんの為に。俺の為に。
「あの子達は、俺のことが大好きな子達でね。ずーっと、俺と一緒に居たいって、言ってくれてたんですよ。魔王になんか構わないで、自分たちと一緒に居てって、ね」
俺の言ってることに要領を得ないと、聖女様は口を噤んでいる。それでも、自分勝手な口は止まらない。
「もう、いないんです。あの子達は」
「優しくて、頑張り屋で、可愛い、あの子達は」
「この世のどこにも、いないんです」
「死の間際でさえも、俺のことを大好きと言ってくれたあの子が、あの子達が」
「なんの咎も無い、あの子達が」
「理不尽に、殺された」
収まる事を知らない怒りが、体を中からぐらぐら燃えさせてくる。
身を焦がすこの怒り、燃え尽きさせてなるものか。
「残された俺たちが出来る最大の弔いは、理不尽を消滅させることですよ」
魔王を、あのクソ野郎を、この手で殺すまでは。
……言いたいこと全部言ったから、ちょっと落ち着いてきた。いい加減、聖女様も俺の威嚇に困ってるし。もうひとつの理由を言って、帰らせよう。
「それにですね、聖女様。人質は、まだいるんですよ」
「え? し、失礼ですが、あなたの下のご兄弟は、全員……」
「ええ、三つ子はね。ですが、俺にはまだ、親がいます」
「あ……」
分かった? 俺が止まれない理由。安寧って言葉を使った理由。
「仮に俺が魔王の力比べの相手になることになれば、俺は死ぬまでそれに縛られます。それを辞めれば、今度は親を殺されますからね」
「そ、そこまで理不尽な」
「そうするに決まってる。だから奴はあの時、俺の親を殺さなかったんだ」
俺が立ち直れずに旅立ててなかったら、今度は父さんと母さんの命が魔王に奪われる事になるんだ。その次は、村のみんなを。俺は、奮い立たなければ、ならないんだ。
だから、憎い。
「奴は、卑怯なんだよ」
元は神様だった奴が、こんな手で俺を思い通りに動かしてんだ。自分の力を試す為に、命を、簡単に、なんの躊躇いも無く、潰したんだ。
なら、俺が奴を殺そうとしたって、いいだろ。
俺の話を聴いて俯いていた聖女様が、小さく口を開いた。
「……それなら」
「え?」
“それなら”? それでも、じゃなくて?
「尚更! 私は、諦めるわけにはいきません!」
よく分からないことを宣言した聖女様は、決意に満ちた力強い目で、睨むように俺を見つめてきた。……諦めないって、言われてもなぁ。
聖女様は両手でそれぞれ握り拳を作ると、ちょっとだけ鼻息を荒くした。え、えー? 清楚な皮が剥がれて、熱い本心が見えてきたんだけど。なんか、厄介度合いが上がったよな、これ。俺が心を開くよう、方針転換しだしたぞ。
「殺す為に力を付ける。そんなの、貴方を愛した三つ子ちゃんたちは望んでいないはず!」
「……まぁ、5歳児ですしね」
そこまで考えてたらお兄ちゃん悲しい。……いや、ちょっとだけ子供らしくないあの子達なら、もしかすると。でも、お兄ちゃんヤダ。
「でしょう?! なら、貴方が三つ子ちゃんたちに誇れる兄で居られるよう、私が責任を持って! 見張らせていただきます!」
「み、見張るって、付いてくる気ですか!?」
「はい! 遠くから見られるよりはマシでしょう?」
「まず、見られたくないんですが……」
やっぱり人となりが変わってきた。猫を被らなければ、熱い女性なのか。母さんもこんな感じだったのかな。ぐ、親近感に近いものがあって、追い返しにくくなった……。だ、騙されるものか。
弱気になったのを見抜かれて、聖女様はますます胸を張った。
「クガニ様。貴方が人の道を踏み外さないよう、近くで見守らせていただきます!」
「……邪魔にならないところで、勝手にしてください」
「はい!」
あぁ、うっかり折れちゃった。だって、聖女らしくない、気持ちのいい笑顔で嬉しそうにするんだ。あの子達に誇れる俺であれるようにって、人の道を踏み外さないようにって言われて、それでも怒る気がなくなっちゃった。はぁ、扱い易すぎないか、俺。
「寛大な御心に感謝致します!」
「はぁ……」
「その甘さにつけ込んで、私をきちんとペチュニアとお呼び頂きたく思います!」
「帰れ」
あけすけに言いやがって。俺は別に貴女を認めたわけじゃないぞ。
……くっそ、絶対戦略的だって分かってるのに。この聖女様、ペチュニアが嫌いになれない自分が、嫌だなぁ。