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我が家の食卓革命~転生三つ子が白いパンを焼くまで~  作者: 石磨 輝
三つ子がいなくなった後
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人質はまだいる 1

 とある格闘家の元に入門して、少し経った頃。俺はある女性に呼び出された。その人は自らを“癒しの聖女・ペチュニア”と名乗った。


「復讐は何も生みませんわ、勇者様」


 朝と昼の間であまり人気のないカフェの奥席。俺の正面の席に座る女性が、胸の前で祈るように手を組んでいる。真っ白で清廉な格好も、放つ言葉もいかにも聖女らしい。まったく、心は動かないけれど。


「勇者と呼ぶのはやめてください。俺はただの農家の息子です」

「魔王に対峙しようとする方を勇者と呼ぶのは、歴史が教えてくれていますわ」

「何も成し遂げていないのに、その称号を授かるのは心苦しいのです。……どうぞ、クガニとお呼び下さい、聖女様」


 別に会話を続けたいわけじゃないのに。なんで名乗ってんだろう。誘導された気がする。でも、後から外で『勇者様!』なんて呼びかけられるのも嫌だったし……。

 組んでいた手を膝の上に置く聖女様に名乗らせたくなくて、こっちからまた口を開いてしまう。


「それで聖女様。俺に何をして欲しいんです」

「……何を、とは?」

「あぁ、じゃあさっきの勇者呼びは、嫌味でしたか」

「まさか」


 『まさか』じゃねーよ。心外だ、みたいな顔する権利、あなたには無い。

 このカフェ名物らしいハーブティーを持ってきてくれた店員さんは、カップを置くとそそくさと戻ってしまった。ごめんね、厄介な客で。


「では、“復讐は何も生まない”と言ったその舌の根も乾かぬ内に、“魔王と対峙すしようとする人間を勇者と呼ぶ”と言って俺を勇者呼びしたのは、なんだっていうんです」


 秒で矛盾しないでくれ。気色が悪い。人を説得するのに向いてないんじゃないか。……あるいは、形を示しただけなのかもしれない。いや、やめよう。勝手に深読みして、的外れだったら恥ずかしい。


「……ご気分を害されたのなら、謝罪致します。申し訳ございません」

「まぁ、あなたの話を聞くつもりはないですし、どうでもいいですよ。この一杯を飲んだら、もう俺に付きまとわないでください」

「そういう訳にはまいりません」


 静かな、だけど張りのある声で主張されて、カップに伸ばしていた手を思わず止めてしまった。やっちゃった。お茶の間は向こうのターンだ。


「その2つに、矛盾は無いのです。勇者とは魔王と対峙する者。そこに決して、決して! 復讐の意味は無いのですよ」

「はぁ」

「クガニ様。私は、癒しの聖女・ペチュニアは、あなた様に復讐一辺倒で魔王と対峙して頂きたくないと考えているのです!」

「……そうですか」


 なるほど、ちょっと一理あるかも。旅する中で歴代の勇者の話を調べてきたけど、神から与えられた使命に燃えてたり、復讐というより生存競争みたいな切実な思いがあったりしてた。無いわけじゃなかったけど、復讐が一番の理由に来る魔王殺害計画者は、俺が最初になるのかもね。だって、誤魔化しは効かないでしょ。王様に言われたワケじゃない、神託が下ったワケじゃない俺が、こうして旅に出ている理由。

 ……勇者になるつもりも無いのに、歴史に残ろうとしてるの、気色悪いな。思い上がるなよ。


 暖かいのに爽やかな香りのするハーブティーを一口、二口。緊張を体の中に流した。


「大変ですね。教会からですか? それとも国から?」

「……何の話です?」

「俺に魔王殺害を諦めさせる、説得を依頼した人ですよ」


 三口目を流し込む俺の正面では、聖女様が何も分からない、みたいな困った微笑みを端正な顔に浮かべていた。まぁ、お偉い様に関係してる聖女様なら、表情くらい管理するよね。


「今の魔王は人間と力比べをしたがる以外、特に問題がありませんもんね。貿易してくれるし、元は神様だし、魔物をけしかけてくる事も無い。敵対していた時代より、ずっと穏やかですよね」


 ヤツと関係が無い奴らにとっては、な。

 今の魔王を利用している人間たちにとったら、殺そうとしてる俺の存在は、邪魔でしかない。しかし暗殺を試みるには俺が強すぎる。だって武神の加護がある俺には武力は勿論、ちょっとやそっとの毒も効かないからな。おかげでキノコの採取が楽だったなぁ。

 ……脱線した。まぁつまり、殺して止められないなら、心情に訴えかけようってとこなんだろうな。今回の聖女様突撃は。


「殺害させない、魔王が要求する力比べの相手をさせるくらいにさせる。多くの国としてはそう付き合わせた方が俺以外の実力者が傷つく事もなく、貿易も途切れず利益に繋がる。その実現の為に貴女は俺の前に現れた。そうでしょう?」


 聖女様の噛み合った両手が、膝の上で離された。悲しそうなしかめっ面で、まったく当たって無さそうな、でも痛ましく思ってそうな表情が、俺を不安にさせた。すごい、俺が全然的外れなこと言ってるような顔だ。


「……当たっているのは、“殺害させない”の部分だけですわ。クガニ様の想いも疑心も分かります。しかし最初にも申した通り、復讐は虚しいのです。何かを得るものでは無いのです。犠牲になってしまった弟君、妹君も、きっと報復を望んではいません! 私は、それを貴方に分かって欲しくて……!」

「得ますよ、安寧を。望んでますよ、報復を」

「え……?」


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