歩き出す
書きたい場面だけを書いていく章です。場面が飛び飛びだったり描写が甘かったりと、読者に不親切なこと山盛りですが、番外編として雰囲気をお楽しみください。
あの子達には、まだまだ、やりたい事があっただろう。
作りたいものが。食べたいものが。学びたいことが。
柔らかいパンが食べたいからって、茹でたパンを作った、食いしん坊な子達だ。
俺に楽させようって、水のろ過器を作ってくれた、優しい子達だ。
字がまだ書けないからって、絵でレシピを描き残すほど、意欲のある子達だ。
そして、自分たちで、目標の“白いパン”を見事に焼いてみせた。
そんな、頑張り屋で、すごい子達だったんだ。
あの子達は、まだ、5歳だった。
次の春には魔法適性検査を受けて、更に可能性が広がるはずだったんだ。火が、土が、水がいいって言って、力持ちなだけの俺の力も良いねって笑ってくれたんだ。
未来を楽しく見据えていた、人生、これからな、小さなあの子達を──
魔王は、殺した。
魔王によって破壊し尽くされた家を片付けて、あの子達のお墓もしっかり建てた。冷たくなったあの子達の亡骸を、一緒に棺桶に入れた。三つ子揃って同じ棺桶に、手を繋がせて。天国でも、一緒に遊んでいられるようにって、願って。きっと、天国でも自分たちの作りたいものを作って、楽しく過ごしてくれてるよ。
俺らはもう、そう祈るしかないよ。
あの子達を弔って、装備を整えた俺は、旅立つ。
「やっと、行くのねぇ」
見送りの母さんの言い草に、思わず笑った。だって、“やっと”って。
「普通、そこは『もう行くの?』じゃないの?」
「“やっと”で当たってるわよ。もう、家の建て直しは私たちに任せとけばいいのに」
「い、言ったじゃん。木材を運んだり、割ったりするのも修行だって」
「まぁ、手で木を割いた時は、ノコギリいらずでビックリしたけど」
痛いところを突かれて、何度か繰り返した言い訳をまた言った。だけど母ちゃんがそれで納得することはなく、頬に手を当てて深い溜め息を吐いた。お、おかげで家を早く建て直せただろ……!
母さんの呆れ顔に焦ってたら、その後ろに立ってた父さんが出てきた。
「……確かに、助かった。お前が手を貸してくれなければ、一ヶ月足らずで家も、畑も、元には戻らなかっただろうからね」
「……戻った、か」
「あ……」
父さんからの労いの言葉を受けて、自然と目線は畑に向いた。
春が近づいて、気の早い緑が土から少しずつ芽吹いている畑。魔王にぶっ飛ばされた俺を受け止めて土が抉られただけで、元々畑はさほど荒らされて無かった。だから今年の実りの心配は無いだろう。
家も、畑も、鶏小屋も、倉庫も。みんな、元通りなのに。なのに。
あの子達の、賑やかな笑い声が、聞こえない。
あの子達だけが、いない。
「ねぇ、クガニ。無責任なお願いをしても、いいかしら」
息がし辛くなってたところに、母さんから声をかけられた。その声は涙に濡れて、怒りが滲んでいた。
「ティーチ、ターチ、ミーチの。あの子達の、仇を取って」
あぁ、あぁ。なんて、濁った目だろう。元聖女の母さんに、こんな顔をさせるなんて。何かを恨む目は、今の俺の目は、こんなに醜いのか。
悲し気にしかめっ面する父さんが、震える母さんの両肩を抱いて、俯いてしまった。
「……お前に言っていい事じゃないのは、分かっている。情けない父さんたちを、お前に復讐を祈ってしまう愚かな父さんたちを、どうか、……いや」
「許すも何も、応援しててよ。父さん、母さん」
俺を送り出すのに、そんな苦しい顔をしないで。罪を犯したような気持ちにならないでよ。自分を傷つけるような事を言わないでよ。
だってさ。
「俺が、一番、復讐したいんだから」
俺は、自分がやりたいことをしに行くだけなんだよ? だから母さん、最初は笑って送り出そうとしてくれたんだ。うっかり、ふかぁい憎悪が表に出てきちゃったけど。
いいんだ。それで。家族だもん。目指すところが同じなんて、心強いよ。安心して、力をつけられる。
「……あぁ。勿論だ」
俺の返しに息を飲んで、痛ましい物を見る目を向けてくる父さん。優しいからなぁ。
こんなに早く、俺たちの手からあの子達を失わせた、奪っていった魔王。俺も母さんも絶対許せないし、父さんだってそうだろう。自分で手を下したいに決まってる。でも、可能性があるからって、それを子供の俺に願うしかないから、辛くなってるんだ。
全部! 俺が! 武神に目を付けられたのが原因だってのにさぁ!!!
……切り替えなきゃ。こんな言葉で、終わりたくない。今は、今だけは。笑って見送られたい。
旅に必要なものを入れた鞄を背負い直して、微笑みを作った。
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
「えぇ。怪我や病には気をつけるのよ」
「……体は食べたもので出来ている。気を配るんだぞ」
「うん。ありがとう」
到底、恨みつらみを抱えた人間らしくない、いたって普通の掛け合い。普段通り……? なやり取りで、俺の気分は少しだけ、晴れた。
「……必ず、帰ってくるんだぞ」
「たまには顔を見せに来なさいね!」
「! ……うん!」
あぁ、そっか。達成するまで帰らない、なんて、そんな縛りは無いんだ。なら時々、帰ってこよう。
「行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
微笑んでくれる父さん、母さんに見送られて、ついに俺は、歩き出した。
復讐達成への、長い、道のりを。
『『『 』』』
背中越しに、聞こえない。
あの子達の、思いやりのある送り出す声が、聞こえない。
無邪気な声が、聞こえない。
聞こえて、こない。
許して、なるものか。
ひとまず、あと2話、仲間になる人たちの話を予定してます。