レシピいっぱい書いたから、褒めてー!
パンがスライスされていく様を、俺とミーチが悲しい目をして見届けていたら、父ちゃんが「そうだ」って切り出した。
「ティーチ、ターチ、ミーチ。レシピの書き起こし、もう始めたみたいだね。本番用の紙が欲しかったら、言うんだよ」
「ん?」
「え?」
「あれ?」
「「「ほんばんよー?」」」
「……え?」
父ちゃんの発言に三つ子揃って首を傾げたら、父ちゃんは目を丸くした。え? 俺らが朝に渡された紙、練習用だったのかよ! だとしたらもうちょっと枚数くれよ! い、いや、紙が貴重なのは変わらないか? にしたって!
「「「練習用なら、そう言ってよー!」」」
「……ごめん」
「もう、貴方はいっつも言葉が足りないんだから。3人も、ちゃんと確認したり、おねだりしたりしなさい?」
「「「はーい……」」」
確かに、聞くべきだったよな。『失敗したら新しい紙くれる?』って。貰えなくても、聞くだけなら問題なかったんだから。俺らが勝手に察したフリして勘違いして、すれ違いが起きてるんだ。
「なぁ、父ちゃん。水甘のレシピはもう描けたけど、パンのはまだでさ」
「気をつけて書くけど、失敗しちゃったら、紙ちょうだい!」
「あ、茹でパンとか色んなガジャ芋のレシピも書こうと思ってるから、もっとちょうだい!」
「……分かった。慎重派の君たちだから、きっと紙は無駄にしないだろうから言わなくてもいいんだろうけど。あまり紙の心配しなくていいからね」
「「「ありがとー!」」」
たまーに俺らを探ってきたりして怖いけど、父ちゃんは基本的には優しい! 俺らのチャレンジを決して止めたりしないしな! ありがとな、父ちゃん! あ、母ちゃんもいつもありがとう!
そんじゃ、冷める前にチャガボのスープとパンをいただきます! うん! パンもスープに浸して食べたら、ふやけて味が染みて、スッゲー美味い! ちょっとだけしょっぱいのが、チャガボの甘さとかを引き立ててる気がする!
硬い方のパンを焼いた、2日後。畑仕事を手伝ったりレシピの書き起こしをして忙しくしてたら、兄ちゃんが帰ってきた! 焼けるぞ、柔らかいパン! 石臼で小麦をたくさん挽いてもらわないとだから、食べられるのは明日になるけどさ!
「「「兄ちゃーん! おかえりなさーい!」」」
「ただいま! 約束通り、ボア2体持ち帰ってきたよ!」
「「「やったー!」」」
約束してたっけ? なんて野暮なことは言わねぇぞ。作れるラード、石鹸の数が増えるのは嬉しいからな! あっそうだ!
「兄ちゃん、兄ちゃん! 後で見て欲しいもんがあんだ!」
「僕たちね! 茹でパンとかのレシピを絵で描いたんだ!」
「上手に描けてるから、見て褒めてー!」
「「褒めてー!」」
「うん! たくさん見せてね!」
いつもより血と土の匂いが強い兄ちゃんの、駆け寄った俺らに向けた笑顔もいつもよりキラキラしてた。金髪イケメンの笑顔の破壊力スゲェな。とりま、風呂入ろうぜ。太鼓の音聞いてたから、ちゃんと箱蒸し風呂の用意出来てるぜ。
2頭になって大変になったボアの解体も大体終わらせたら、すっかり夜になっちまった。忙しくて眠たかったけど、褒めて欲しかったから、レシピを描いた紙を兄ちゃんに渡した。褒めてもらっていい気分で、今日はもう寝るー。
「え……何枚あるの……? どれもこれも、綺麗に描けてる……」
「「「でしょー?」」」
「これ、お世辞抜きで、すごいよ。少なくとも、5歳児のクオリティじゃない。絵だけで分量も分かるなんて。しかも、この枚数……。水甘、いつものパン、茹でパン、ガジャ芋の茹でパン、潰しと、刻みの脂焼き……。6枚も書くの、大変だったでしょ?」
「「「うん。大変だったー。ふわぁあ~」」」
「あっ……。おやすみ、すごい子たち。明日は兄ちゃんもパン作り、手伝うからね」
「「「へへへ、ありがとー。おやすみなさーい」」」
なんか、メッチャ褒められたー。心底びっくりされた感じー。兄ちゃん、俺ら、メッチャ頑張ったでしょー? えへへ~。
──ブロロロロ……
エンジンの音がする。それに合わせて体が震える。信号が青に変わって、『ピッ、ポウ』と歩行者信号の音がこちらまで聞こえてきた。走り出して、スピードが乗ってきたところで、急ブレーキが掛かって……。ひどい、高い、音が、おとが かげが
「ヒュゥッ」
……いい気分で眠りについたのに、なんだか嫌な夢を見た気がして起きた。苦しかったのは、ターチとミーチが俺に引っ付いて、いや俺が枕にされてて、潰れてたから。嫌な気持ち~。冬で寒いのに汗でビッショリになっちゃったから、着替えたくて起きた。息苦しかったから吸えた今、結構息上がってる。
目が慣れてるから暗い中で着替えてたら、リビングの方が明るいのに今更気づいた。寝ぼけてるなー。喉も乾いてるから、起きたついでに、水飲んでこー。
「本当に、すごいな。あの子達は」
リビングに続く扉に手を掛けようとしたら、父ちゃんの声が聞こえた。え? なになに? 俺らのこと褒めてるー? 覚えてないけど怖い夢見たっぽいから、盗み聞きだけど褒めてもらっていい気分になろーっと!
「そうよね。このレシピ、そのまま売れちゃうわよ」
「数の数え方はちょっと独特だけど、それも愛らしさとして注目されると思う」
「あらクガニ。本当には売らないわよ? これは思い出として、私たちだけのものにするんだから」
「それがいっか」
お、母ちゃんと兄ちゃんも居る感じー? ん? 数え方が独特? 俺ら渾身の指の絵だぞ。あーでも、数字は読めるし簡単にかけるし、警戒せずに普通に書いても良かったのか。好きだから直接言われるまで変えないだろうけど。
「……あの子達も、目立つことは、したがらないだろう」
「あの子達、コソコソ相談するのが好きだものね」
あ、バレてた。いや、その辺りは隠してなかったけど。
「それに、クガニの時みたいに引き取ろうとする騒動も、もう勘弁だし……」
ちょっとまって、それ初めて聞いた気がする。厄介なことって、そういう話? あぁ、有力貴族が引き取って、騎士にして、みたいな事? やだー! 兄ちゃんはずっと俺たちの兄ちゃんなのー! 俺らもバラバラにされたくないー! 三つ子揃って初めて妄想が形になってんのー!
「このまま、今の畑を4等分して、ここに暮らしてくれたら嬉しいけどねぇ」
「……俺たち以降は、別に人を入れても構わないしな」
「いいんだ、父さん」
「あぁ。周りからマリアが不貞しているなどという事実無根の目を向けられたくないから、藁ゴーレムを活用しているだけだからな。あの子達に土属性の適正がなければ、人の手を借りるしかないだろう」
「そう、だね……」
わぁ、相続問題。あんだけ広い畑だから、広さを巡ってバトル、みたいな事にはならないだろうな。やったぜ。てか、父ちゃん達がこの家に人を入れたがらなかったのは、そういうことなんだな。薄々分かってたけど。
うーん、盗み聞きしちゃってるから、入るタイミング無くしちゃった。服は着替えたし、諦めて、喉渇いたまま寝るかー。おやすみなさーい。