決定的な話、されちゃった!
井戸から水を汲んで、火にかけた鍋に注いで、沸騰を待つ。沸騰したら5分砂時計をひっくり返し、煮沸消毒する。砂時計を2回引っくり返して、ガラスの中の砂が全部下に落ちた頃、鍋を竈の火から下ろして、飲み水用の水瓶にどぼどぼ注いだ。
「いっぱいになるには、あとどのくらいだ?」
「10回くらいじゃない?」
「3つ鍋使わせてもらってるから、1時間半くらいあれば、大丈夫じゃない? 水甘の保温も兼ねてるし、気長にやりましょ」
「「そうだねー」」
毎夜の習慣の、飲み水作り。煮沸の待ち時間中は丸太から薪を割り作ってる俺らの横では、大人組がボアの解体をやってた。血抜きされ、内臓を取られた吊るしボアから皮を剥ぎ取り、頭を落とした。
父ちゃんが猪の頭から頬肉や舌とかの食べられる部分を剥ぎ取って、母ちゃんが皮から脂を切り離す。そして兄ちゃんが部位ごとに骨を断ち切りながら解体していった。兄ちゃんが山から戻ってくる度にボアを持って帰ってくるものだから、3人の連携はすっかり洗練されていた。時折ナイフを熱湯消毒しながら行われる解体はスピーディーで、日が暮れる前にはボアはすっかり塊肉に変わっていた。
ボアの顔から可食部を切り離した父ちゃんが、額の汗を拭いながら息をついた。
「……あとは、皮を塩漬けにする作業だけだね」
「ランタンの灯りでも限界に近い暗さになってきちゃったわね。クガニ、残りの作業は明日に回しましょうね」
「うん。肉を洗ったら布で包んで、地下に置いてくる」
「「「兄ちゃん! 水、こっちのやつ使っていいよー!」」」
「いいの? ……いつも、ありがとうね」
「「「美味しいお肉のためー!」」」
欲望に忠実になって提案したら、大人3人に笑われちゃった。いいだろ別に! 美味しいもん食べたいのは、皆一緒だろ!
そんな風に笑って、今日も、平和に終わると思ってたんだ。
「そうだ、ティーチ、ターチ、ミーチ。話がある。風呂からあがったら、リビングで待ってなさい」
「「「えー?」」」
「話の内容は……ティーチ、ミーチ。君らは分かっているね」
「「!!」」
「え?」
父ちゃんに見つめられて、俺とミーチは動けなくなった。──バレてた! 俺らが、あの時盗み聞きしてたこと!
「えっ、なにー? …………除け者にしないでよー!」
「「し、したつもりはないけど……」」
「もー、何を僕に秘密にしてるのさー!」
「それを、風呂上がりに教えるから、ね」
「わかったー!」
寂しがったターチが騒いでくれたおかげで、俺らの体の強張りが解けた。そのつもりじゃないんだろうけど、茶化してくれて助かったぜ、ターチ。
ほっとしてる俺らとは対照的に、兄ちゃんと母ちゃんは目線を泳がせた心配そうな、不安げな表情だった。
「肉を洗う水を分けてくれたお礼だよ」って言って、兄ちゃんが飲み水用の煮沸消毒を代わってくれた。だからお先に箱風呂へ母ちゃんと一緒に入って、早く内容を知りたいターチにしつこく呼ばれた父ちゃんも、湯加減を兄ちゃんに任せて箱風呂に入ってきた。いつも通り、ランタンなんかの光源が無い箱の中。表情が見えないから、父ちゃん的にはここでは話したくなかったろうに。
「それで! 話って! なにー!?」
「もう、ターチったら。クガニもちゃんと居るところで話したかったのに」
「……せっかちさんのために、本題から入ろうね」
顔が見えなくてもしかめっ面してんだろうなって分かるターチの催促に屈して、父ちゃんは話しだした。
「……君らは、君らの兄のクガニが、人間離れした腕力を持っていることを、不思議には思わないかい?」
「「「すっごく思ってるー」」」
「そ、そうかい……。実はね、それには、クガニに適性魔法が無いことにも、話は繋がるんだ」
そこで話を切った父ちゃんは、一度深呼吸した。暗闇に目が慣れてきて、父ちゃんの肩が上がってるシルエットが見えた。
「クガニは、代替わりなさった武神様から、加護を受けている」
「……かご? カゴを、貰ったの?」
「「!!」」
あぁ! しまった! 俺らも、そうやって惚けとけば! そしたら、今こうなって無いのに! ……まるで、今の状況が悪いみたいな。説明があるのは、嬉しい、ハズだよな?
ターチのとぼけた答えに、母ちゃんが「意味が違うわ」と返した。
「お父さんが言った加護っていうのはね、神様や精霊様から力を授かることなの。超人的存在と対話をして授かることもあれば、魂を愛されて、生まれた時から力を授かることもあるの。……クガニは、生まれた時から力を授かってたの」
「……武神さまが、兄ちゃんのことを好きだから、兄ちゃんを力持ちにしたの?」
「そう、伺ったわ。夢で武神様がお母さんにお告げしてくれたの」
へー、母ちゃんも、神様からお告げ下るんだ。元聖女様だから?
……欲を言えば、兄ちゃんが武神様の加護を受けているのをバレたら、どうして厄介なことになるって言ってたのか、知りたいけどなぁ。
「その力が強すぎて、クガニは魔法の適性が持てなかった。使えないことはないんだろうが、土属性適性の父さんが火属性魔法を扱うより、ずっと扱いづらそうだったよ」
「「「そうなんだ……」」」
「他人事じゃないよ、君たちも」
「「「え?」」」
ひ、他人事じゃ、ない? どういう、こと? だって俺らは、力持ちじゃないぞ!? えっ、うそ、母ちゃん、俺らのことも神様からお告げが!?
「お告げといった、何か確証があるわけじゃない。でも、ここ数ヶ月の君らの行動力と発明には、目を見張るものがある。お父さんはね、君らが、知恵の神様に愛されたんじゃないかと、思っているよ」
「「「ちえのかみさまー?」」」
そういや、神様ってどれくらい居るんだろ。多神教だってのは分かってるけど。……びっくりしすぎて、なんか妙に落ち着いた気がする。
思考が逸れたことを咎めるように、父ちゃんが俺を見つめた、気がした。
「心当たりは、無いのかい?」
「「「しらなーい」」」
神様なんて、夢で見たことないもん。嘘はついてない。前世の記憶をおぼろげに思い出したけど、それだけ。それが知恵の神様のイタズラだとしても、そう言ってもらってない俺らには、判断のつかないことだ。
父ちゃんには見えないのに律儀に首を横に振って返事したら、父ちゃんがまた溜め息をついた。
「まぁ、加護があろうと無かろうと、関係ないさ。君らも、クガニも、お父さんたちの子供だからね」
「加護を受けてるからって適正魔法が無いってわけじゃ無いし、その辺りも気にしなくていいからね! 皆可愛い、私たちの子供よ!」
「「「うん!」」」
……確かにこの話、ちゃんと兄ちゃんが居るところで、兄ちゃんも聞ける形で、知りたかったかも。父ちゃん、母ちゃん、その言葉、兄ちゃんにもちゃんと伝えてあげてな?