でっかい話、聞いちまった!
「ねぇ、ティーチ。お昼に作らなくてよかったの?」
「何を?」
「ハッシュドポテト」
「あぁ……」
ターチが出した物の名前に、ちょっとだけ気分が下がった、昼下がり。
お昼ご飯を食べた後、父ちゃんに「畑1つ分の麦踏みをお願いしたい」って言われたから、今それをやってる最中。ミーチはまだ水蒸気蒸留中で、冷ます段階になったらこっちに来るってさ。んで、今日は小麦の方で、これが例の、俺らが自由に食べていい小麦の畑だ。……他より、ちょっとだけ大きいのが、小賢しさを感じるね。嬉しいけど。
ちなみにこれが終わったら大麦麦芽の石臼挽きの仕事が待ってる。俺ら今日働き過ぎじゃない? 兄ちゃんが帰ってくるまでに、俺ら起きてられる? 自分たちで仕事増やしたけどさ。って、考えが逸れ過ぎたな。
「ハッシュドポテトは、前の記憶が引っ張られすぎて、何を口走るか分からないからさ。あまり俺ら以外の人が居るとこでは、そういうの食べたくないんだよな」
「そっか……。ろ過器の時の父ちゃんみたいな事に、なりたくないもんね。水飴の時とかを思い返すと、案外大丈夫そうだけど……。思い出の差かな」
思い出。それは大いに有り得るな。ろ過器にクネドリーキ、水飴にラード。ターチもミーチも、これらを知ってても思い出とは結びついてない感じだった。だから、完成した時は「再現できた!」と喜んだけど、懐かしむことは無かったんだろう。コロッケも、思い出にあるものとは違うから、記憶が呼び起こされることは無かったんだ。パン粉の衣じゃないし、肉も肉かすでデカかったしね。満足の出来だったけどさ。
「そうだな。朝ラックは休日の朝に、そこそこの頻度で食べてたわ。キャンプに行かない週は特に。んで、ハッシュドポテトが好きすぎて、自分で作って毎朝食べたりしてさ」
「冷凍食品が普通にある中で手作りするなんて、よっぽど好きだったんだね」
「……でも、食べなくてもそこまで思い出してるなら、食べても新しいことあまり思い出さないかもな。言っててそう思っただけだけど。今日、夕飯作る時に早速作るか」
「ムードが足りなくない……?」
ムードねぇ。ロマンでモルトシロップを求めてるターチが俺に「それでいいの?」って確認してくるけど、「食べたいから大丈夫」って返した。先延ばしにしすぎるのも、良くないからな。
そう話してたら、蒸留が終わったらしいミーチが走ってやってきて、俺の右隣で麦を踏みだした。香り付き蒸留水の出来は、「そこそこ、より下」らしい。ミーチはすっごい気まずい顔してた。そっかぁ。目を俺らから逸らしてたミーチだったけど、何か閃いたようでパッと表情を輝かせた!
「あ、ねぇ、そういえばさ、角切りのじゃがいもを衣にしたアメリカンドッグとかあったわよね! パン粉が無いなら細かくしたじゃがいもを衣にしちゃえば、よりコロッケっぽくなるんじゃない?」
「おっ! いいじゃん! そこから発展して、衣だけコロッケみたいな感じでハッシュドポテト行けるかもな!」
「んー、順番逆じゃない? むしろ“潰すのが疲れたから角切りにした”って言って、それをでんぷん粉とまとめて薄くしてーってした方が、自然だと思う」
「「それだ! ターチ!」」
俺の夢を叶えるための道筋を、2人も一緒になって考えてくれてる。すっごい心がドキドキするなコレ! そうと決まれば、早く麦踏み終わらせようぜ! 分けつ増やして収穫量上げるためには、しっかり踏まなきゃな! ムギュムギュ!
大麦麦芽を石臼で挽くのをターチから代わってやってたら、いつものように、畑の向こう側から、荷車を引く人影が見えた! 兄ちゃんが帰ってきた!
「「「おかえりー!」」」
「ただいまー!」
そこからはもう、いつもの流れよ。走って兄ちゃんのとこに駆けつけて、兄ちゃんが持ち帰ってきた獲物(今回もボア!)を見て歓声を上げて、俺らが何をしてたかを報告する。それから荷車とか獲物とか装備とかを片付けるのを手分けして手伝った後、兄ちゃんを箱蒸し風呂に入れた。だんだん洗練されてきてる気がするわ。
「じゃ、ターチ、箱風呂の火は頼んだぜー!」
「消さないようにねー!」
「まかせてー!」
「えっ寂しい……」
いきなり居なくなる俺とミーチに切ない顔を向けてくる兄ちゃん。素直に気持ちを打ち明けてくれるのは嬉しいけどな? やることあんのよ、俺らにも。
「「美味しいの、作ってくるね!」」
「! 言ってた“ガジャ芋の脂焼き”か! うん、楽しみにしてるね!」
両手ガッツポーズの俺らに、分かってくれた兄ちゃんもふんにゃり笑顔を見せてくれた! 今更だけどさ、箱から頭だけが出てるのって、ちょっと面白いよな。
とまぁ、そこそこ騒いで家の中に戻ってきたのに、既に居る父ちゃんと母ちゃんは俺らの気配に気づいてなかった。だから、聞いちゃった。
「また、ボアなのか……」
「最近多いわね。どの個体も通常より大きいし。何かおかしいわ」
「あぁ……。活発化してる魔王の影響が、この森にも現れているのかもしれない」
「困ったわ……」
ミーチと一緒に、息を潜めて、聞いてしまった。
「今はまだ、新しい武神様の加護を受けているクガニがここに居てくれているから、この村は安全だけど……。教会の中心人物にバレてしまったら、厄介なことになるわ」
兄ちゃんが、本当の、本当に、特別な存在だってことを。