焚き方失敗しても、タダでは起きねぇぞ!
「やってくれたわね、ティーチ! こんな美味しそうなラードで石鹸なんて、勿体なさすぎて作れないじゃない!」
「ごめんってー!」
「怒ってるのか褒めてるのか、分かりにくいなー」
「そこに直れ!」って言われて素直に正座する俺の正面で、ミーチがガミガミ怒ってる。でもターチの言うとおり、内容はお前どっちだよ。
俺が作ったラードは、どうやら“焚きラード”ってやつっぽい。香ばしくて風味の強い、調味料としては最高なタイプだ。
でも、俺らが欲しかったのは、香ばしさのない、脂らしい脂だ。モンレの葉の香りがする石鹸のために、もう少し色も白い方が嬉しかった。つまり、俺の炊き方は間違っていたことになる。このままじゃ石鹸から焼肉の匂いしかしないんだから、そりゃミーチも怒りますわ。
正座してる俺の横で胡座かいてるターチが、体を地面に投げ出した。
「でももう僕、今日はラード刻みたくないよー」
「……ゴメン。全部炒めちゃって、ゴメン」
「そこは、確認しなかった私たちも悪いわ。……急いては事を仕損じるって諺があるくらいなんだし、一旦落ち着きましょう。私の香り付き蒸留水も、成功してるか分からないしね」
深呼吸したミーチが背後を見やる。釣られて見た先には、弱火で焚かれる木製で四角い蒸し器。不思議な点は、蓋がボウルに変わってて、中に水が入ってることかな。あの水で2段目で蒸されてる葉っぱから出る蒸気を冷やして、エキスを一緒に蒸されてる受け皿で受け止めてるらしい。今の時点でも香ってるな、モンレの葉っぱ。爽やかで、葉っぱらしく青い匂いも。
「葉っぱの量が足りてるかどうか、刻んだ方がいいのか。蒸す水の量、いつまで蒸せばいいのか。分からない事しか無いわ。取り出したエキスに香りがあるかどうか、石鹸との成分的な相性も、ね。……だから、まぁ、猶予をくれてありがとうとでも、言っておこうかしら」
「なんでそんな上から目線なんだよ!」
「成功してるかもしれないからよ!」
「シュレディンガーの猫だねー」
蓋を開けるまで、生きてるか死んでるか、分かんねぇっていうアレか? うっせぇ! オメェあれ、思考実験であって、不幸になった猫はいねぇんだからな! 簡単に確認できるコレじゃねぇからな!
「……成功してて、欲しいけどよぉ」
「……正座、解いていいわよ」
「やったぜ」
あっぶねぇ、痺れるとこだった。もうじーんってしてるわー。んっ? なんだミーチ? その拗ねたような顔は。成功を祈ってやったのによー!
焚きラードを鍋から壺に移して、鍋に残ったラードで何を作るか話し合ってたら、山の方から“どーんっ どーんっ どーんっ”と、3回太鼓の音が鳴った。山に入った兄ちゃんが帰ってくる! わーい!
「作れちまったもんはしゃーねぇ! このメッチャ旨そうなラードを使って、兄ちゃんに旨いもん食わせてやろうぜ!」
「「「おー!」」」
というわけで、昼ごはんは兄ちゃんが帰ってきた後の夕飯の、試作だ!
メニューは力尽きてたターチが言ってた、“コロッケ”だ。って言ってもパン粉も揚げ油も無いから、焼きコロッケみたいな感じになると思う。今取り出したばっかのラードを揚げ油にしろって? 確かに。
「揚げ焼きコロッケ、衣は片栗粉。って感じか」
「いいね。とにかく、母ちゃんからガジャ芋貰ってくる!」
「茹でる為の鍋もね!」
ん? おいおい、片栗粉まで出てくるなら、もう、ハッシュドポテトも出来るじゃねぇか! 同じタイミングで思い至ったらしいミーチと顔を見合わせて、笑顔で頷きあった。
「塩も、後で貰いに行きましょ!」
「おう! ありがとな!」
「水飴作り、今後も手伝ってよね!」
「あったりまえよ!」
その後、蓋付き鍋を抱えて走ってきたターチも、笑顔で鍋の中を見せつけてきた。あったのは見慣れたガジャ芋と玉ギネ、そして小さな皿に入った白い粉。塩だ。ターチもハッシュドポテトのことを思い出してくれたみてぇだ!
コロッケに似たような料理は、割と結構食べてる。スコップコロッケみたいな感じで、パン粉は乗らない石窯焼き。代わりにチーズが乗ってる時もあるから、ポテトグラタンって言った方が近いかも?
美味しい匂いに誘われたか、丁度昼飯時だからか。ターチに続いて母ちゃんも外で作業してる俺らのとこにやって来た。……鍋、持ってきすぎちゃったかな。ハッシュドポテトは、またお預けかなー。
「脂を出した残りカスがあるから、ガジャ芋と肉かすの石窯焼きを作るの?」
「「「違うよー!」」」
「あれ? 違うの?」
「おう! せっかくボア脂が作れたから、たくさん使うんだー!」
「石窯じゃなくて、鍋で焼くんだー!」
「形も手のひらの大きさの、葉っぱみたいな形にするのー!」
「「「手で掴んで食べられるよー!」」」
俺らの提案に、母ちゃんは目を丸くした後で、「ガジャ芋と、肉かすの、焼き物?」と、ボソッと呟いた。そんな感じー!
三つ子で話し合いながら、記憶を頼りながらなんとか出来た、でんぷん粉衣のガジャ芋の焼き物。出来立てのラードを使って揚げ焼きしたから、もうとんでもないくらい旨かった! コクの深さが、玉ギネの甘さが、ボアの風味が、表面のカリカリ加減がすごい! 焼くんじゃなく、多めの脂で揚げ焼きにするのが美味しさの秘訣で、贅沢だ! これはもう、コロッケ! 誰がなんと言おうと、これはコロッケだー!
「「「早く、兄ちゃんにも食べさせてあげたーい!」」」
「ふふふっ、直ぐに叶うわよ。でも、別の野菜をもうちょっと混ぜましょうね」
「「「はーい……」」」
コロッケらしさが消えちゃう……。いや、コロッケは他の野菜も優しく受け止めてくれるだろうけど。あぁ……。