出来た! 水甘!
日が傾いて、空がオレンジ色になってきた頃。兄ちゃんが帰ってきた! 丁度箱蒸し風呂の為の火起こしが終わったから、素早く兄ちゃんのとこに駆けつけた! 今日はな、兄ちゃん! 言いたいことがいっぱいあんだぜ!
「「「クガニ兄ちゃん! おかえりー!」」」
「ただいま、ティーチ、ターチ、ミーチ」
「兄ちゃん、あのな! 大麦麦芽が朝、出来てな!」
「ティーチが石臼で頑張ったんだ! ミーチが母ちゃんと一緒に大麦を茹でてくれたんだ!」
「それで今は壺に一緒に入れたの!」
「「「麦汁、明日の朝に出来るよー!」」」
「そうなの? すごいじゃないか!」
兄ちゃんが目を丸くして褒めてくれるから、俺たちも嬉しくなって、いつものごとく「「「へへへ~!」」」ってデレちゃった。
「明日の朝には出来ちゃうなんて、いいタイミングで帰って来れたなぁ。楽しみだよ」
「あ、でもね、お兄ちゃん。できるのは麦汁じゃん?」
「麦汁じゃ僕たち、物足りないからさ」
「あれを濾して、煮詰めてみようって思ってるの!」
「濃縮かぁ。砂糖みたいになるといいね」
「「「うん! だからね……?」」」
「ん?」
その後、俺たちが言い放ったオネダリによって、兄ちゃんは帰って来て直行した箱蒸し風呂からあがって暫くしても、微妙な微笑みを浮かべていた。蒸気でいっぱいの箱風呂に入った兄ちゃんに、麦芽水の壺を持たせたからかな?
「……兄ちゃん、壺と一緒に蒸されるのは、初めての体験だったよ」
「ほら、ウイスキー作ってる工場でも、樽の中でずっと保温してるって言ってたじゃん!」
「温められる時に、ついでにあっためとかないとね!」
「これでお兄ちゃんも、麦汁作りの一員ね!」
「! ははっ、そうだね。うれしいや」
「完成したら、兄ちゃんも一緒に食べていい?」って聞かれたから、三つ子揃って「当たり前じゃん!」って答えといた!
さあ、蒸し風呂からあがったら、夕御飯の時間だ! 今日のメニューは二角ウサギのホワイトシチューと、パン。さぁ、ほんのちょっと麦芽を加えたパンは、どうなってるー?
「見てみて、ティーチ、ターチ、ミーチ! 貴方たちが頑張って作った麦芽が入ったパン、お母さん史上1番美味しく出来たわ!」
「「「わー! ふっくらしてるー!」」」
「すごい……。丸じゃん……」
「我慢できなくてお父さんと一緒に一切れ食べちゃったけど、美味しかったわよ!」
家の中に入ったら、ウッキウキで飛び跳ねてる母ちゃんが、パンかごの中身を見せつけながらこっちに来た。中を見て、俺たちもぴょんぴょん跳ねて、兄ちゃんは息を飲んで目を丸くした。
だって、スゴイんだぜ! いつもと粉の量変わんなかったのに、いつもよりぷっくりしてたんだ! ……2倍とか、一回り大きいとかじゃ、ないけど。でも、焼き色がいつもより濃くて、香りも良い! スライスされたパンの断面は気泡が大きくて、いっぱいガスが出たんだなって分かった。麦芽で糖分ができて、天然酵母がちゃんとはたらいてくれたおかげだ!
「クガニ。今日のパンはね、この子達が石臼で挽いた麦芽を、ほんのちょっと入れたのよ。それだけでこんなに美味しくなるなんて……!」
「へー! 麦芽って、パンに混ぜてもいいんだね!」
「「「いいんだねー!」」」
にっこりと兄ちゃんに同調したら、母ちゃんに苦笑された。なんか企んでるのかって疑われてるんだったな、そういえば。別にいいじゃん!
気配の薄い父ちゃんが先に居るテーブルに着いたら、ウサギシチューと一緒に、いただきます! うん! ウサギ肉の出汁が効いた、肉も野菜も柔らかいシチューにパンをつけると、全粒粉の風味も際立って、美味しかった!
「「「ふぎぎぎぎぎ……っ! う”んっ!」」」
「はははっ、頑張るなぁ」
「ふふっ、やっぱり、貴方たちにはまだ堅かったわね」
「……しっかりシチューに浸しなさい」
「「「はーい」」」
いつもよりはふんわりしてたから調子に乗ってそのまま囓ったら、変わらずパンと格闘することになっちまった。まだまだ堅ぇな、残念。
次の日! 翌日! 一晩明けた!
「「「麦汁! できたー!!」」」
ぐるぐる巻きにしてた布をとっぱらって、壺の蓋を開けた! すると、既に甘い香りがほんのりしてた! これはもう、勝ったわ!
底の広い鍋に漉し布を敷いたザルを置いて、そこへ兄ちゃんに頼んで壺の中身を注いでもらった。出てくる、出てくる! 濁ってて薄く黄色っぽい、麦色の液体が!
もろみも全部壺から出したら、ザルから布を外して、兄ちゃんに揉んで絞ってもらった。ジャバジャバ、丸の大麦ごと絞るから、白っぽい濁った汁も鍋に注がれてった。
「「「も、もういいよ!」」」
「え? まだ絞れるよ?」
「「「布が破れちゃう!」」」
兄ちゃんの怪力は健在だった。止めなきゃ、天日干ししてないのにもろみがカラッカラに乾いちゃう。いらんもんまで抽出されちゃう。
兄ちゃんに握りつぶされたもろみは、鶏の飼料行き。鍋に出されたエキスはもう一度布で濾して、ほどほどに透き通ったら、火にかけて煮詰めていった。底の広い鍋のおかげで、沸騰するのが早いこと早いこと。香りがずっと甘い!
とろみがついて茶色になったところで鍋を火から下ろして、煮沸消毒したばかりの小さな壺に移した。ミーチによれば、冷めたらすっごいトロみというか、粘りが出るんだって。ちなみにここまで全部、兄ちゃんがやってくれた。火を扱うからって。
「なぁ、なぁ!」
「うん! いっかい、このまま……」
「味見しちゃおう!」
「火傷しないようにね?」
兄ちゃんに見守られながら、俺らはそれぞれ木のスプーンを手にして、まだ少し湯気の立つ壺の中に突っ込んだ。ちょっと掬って、クルクル回して繋がる飴を切って、壺から手を引く。加熱した中で不純物がメイラード反応でもしたんだろう、茶色っぽい蜜。もう美味しそう! 垂れないうちに!
「「「いただきます! はむっ! ……ん~!」」」
すっげー! 生まれ変わった人生の中で、1番甘いかもしれない!!
「「「おいしー!!!」」」
「はははっ、良かったねぇ」
「「「兄ちゃんも味見してー!」」」
「喜んで! ……わぁ、粘度がハチミツみたい。アレより少し控えめな甘さだけど、あれを獲りに行く危険度を天秤にかけたら、こっちの方がずっといいなぁ! すごい、すごい発明だよ! ティーチ! ターチ! ミーチ!」
「「「へへへー!」」」
水飴も成功して、兄ちゃんにも褒められて、滅茶苦茶いい気分! ボソッと、「これで春にハチミツ獲りに行かなくて済んだ……」って兄ちゃんが安心してて、ちょっと申し訳ない気持ちにもなったけど。プレッシャー背負わせてて、ゴメン。俺らこれで満足する。
スプーンに巻きつけた水飴をペロペロしてたら、兄ちゃんが「あ、そうだ」って言ってミーチに顔を向けた。
「ミーチ、これに名前を付けるとしたら、なーに?」
「なまえー?」
「うん。これを作ろうって思いついたの、ミーチだったよね? なら、名付け親にもなっちゃおうよ」
「そうだなー」
……どうすんだろ、ミーチ。飴って、5年生きてきて見たことないかもしれない。なのに“水飴”なんて、付けられないよな。マジでどうすんだろ。
俺とターチがハラハラしてるのを余所に、ミーチはスプーンを咥えて天井を見上げてた。それから、笑顔になって、「うん!」ってうなづいた。
「これの名前はねー、“水甘”にするー!」
「みずあま? どうして?」
「水みたいにサラサラしてて、甘いから! みずみつじゃ、言いづらいしー」
「なるほどー。じゃあこの甘い液体は、“水甘”に命名しよう!」
「やったー!」
おお、上手いな、ミーチ。ストレートな名づけで、かつ、“みずあめ”って言っても言い間違いで済まされる。合理的じゃん。
父ちゃん母ちゃんにも出来立ての水甘を味見してもらって、落ち着いた頃。名付けのことを言ったら、そもそも飴の語源が甘いから来てるらしいって話をされた。かつての日本人が通った道だったっぽいわ。案外、前世のミーチも勉強家だったんだなー。
「なんかティーチとターチ、私のことバカにした?」
「「何も思ってませんけどー?」」
見透かされて、ミーチとは暫く目を合わせられなかった、俺とターチだった。だってよぉ、『甘いは美味しい!』って叫んでたんだぞお前。本能で生きてるって思うだろ!
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