麦汁から甘いが出来なかったのって、もしかして!
「なんか、おかしくね?」
「僕もそう思う」
「麦汁の存在があるのに、水飴を作らない意味が分からないわよね」
「「ほんっとそれ」」
いももちの材料に茹で大麦を混ぜて、薄くしてボア脂で焼いた焼きいももちをお昼ご飯に食べた午後。広大な小麦畑の麦踏みをやりながら、俺たち三つ子は水飴について話し合っていた。
「……パンだって、父ちゃんが言ってたことが本当なら、基本は教会しか作っちゃダメだろ? エジプトの壁画にも描いてあるんだっけか、そのパンからビールが出来たって話は有名だし、人間の歴史は酒と共にあるって格言もあるくらいだ。この世界でもビールはあるはずだよな」
「大航海時代は水よりも長期保存できるからって、ビールやワインが重宝されてたらしいじゃない? ワインなんて保存の為に蒸留したアルコールを添加した、酒精強化ワインもあって……。というか、ほっといていい醸造と、器具が必要な蒸留なら、蒸留の方が技術がないといけないんだから、ずっと歴史は浅いはずよ」
「それはそうとして、パンの原料は納税対象の小麦で、ビールやウイスキーの原料は飼料にも使われる大麦麦芽。教会以外でもお酒は作られていて、麦汁が甘いことを知っていて尚、水飴を作らなかったなんて……」
「「「どんだけ、酒が好きなんだ……」」」
水飴が誕生しなかった理由なんて、それしか俺らは思いつかないぞ。
「酒に溺れた人間……愚かね」
「カッコつけてるところ悪いけどな、ミーチ。多分水の方が高かったんだぜ」
「さっき自分で言ってたけど、保存が効かない水よりも、お酒の方が腹を壊さない飲み物として優秀だったろうからね」
「そうよね……。だから私、ろ過器が欲しかったんだし……」
こうして分析してみると、意外と納得できるようになってきたな。この土地で水飴がまだ出来てないのは、酒が好きってのは勿論あったろうけど、『甘味よりも水の方が必要だったから』、なんだろうな。……んっ? 兄ちゃんがお酒飲みじゃないのって、実はメッチャ変なことなんじゃ……?
水飴が無かった理由を分析したところで、日が暮れてきて、夕飯の時間になった。ボア骨の出汁! メッチャ楽しみにしてたそれは、オーソドックスに野菜スープと、お昼前にミーチが言ってた大麦リゾットになってた。リゾットは兄ちゃんが作ったんだって! どっちも液体系? んなのいいんだよ! ミーチのアイディアが早速実現したのが嬉しいんだから!
「「言ったの、まんまだー!」」
「すごいッ、すごい! クガニ兄ちゃん、ありがとう!!」
「こちらこそ! ミーチの想像が具体的だったから作れたんだよ」
ボア骨出汁が入っても尚、牛乳の白さは際立っている。見た目的に入ってるのは、刻んだホレウ草とオオネの上の葉、赤いジンニンと、燻製したばかりの干してないボア肉だ。上に乗せられたジンニンの小さい葉っぱがオシャレ! はぁ、あったかい、ハーブも香る、美味しい匂い!
「大麦のミルク煮、召し上がれ」
「「「いっただっきまーす!」」」
三つ子揃ってお手々を盛大に打ち鳴らした。にしても、すげぇよ兄ちゃん! ミーチの一言だけで、こんなにクオリティの高いリゾット、大麦のミルク煮を作るだなんて! やっぱ兄ちゃんも、食いしん坊だな!
大変満足した夕食後、箱風呂に入りながら、水飴について母ちゃんに聞いた。大麦麦芽から作るウイスキーで、なる前の麦汁が甘いらしいっていう話から繋げて。
「兄ちゃんから聞いたけど、母ちゃん元聖女様なんだろー?」
「教会って、修道院って、パンとかお酒とか作ってるんだよねー?」
「もしかして、隠れて甘いもの、作ってたんじゃないのー?」
「「ないのー?」」
「ホント、貴方たちは探究心が強いわね~」
感心したって感じの物言いながら、少し困った様子の母ちゃん。んー、あんまり言いたくなさそうだな。ふっふっふ。つまり、何か知ってるってことだろ?
「やっぱ、隠れて自分たちだけで食べてたのー?」
「そんなことは、多分ないわよ。少なくともお母さんは食べたこと無いしね」
「教会ってホントにお酒作ってるのー?」
「作ってるわよ。発泡酒のビールと、蒸留酒のウイスキーね。お父さんが良質な大麦を育ててるから、この村でも良いウイスキーが出来てるのよ。きっと麦汁から美味しいわね」
「麦汁は飲んだことあるのー?」
「いいえ? ビールやウイスキーが作れるのは成人の修道士・修道女だけ。お母さんは早くから聖女になれちゃったから、パン作りしか実はやってないのよね」
「「「そうなんだー」」」
早くから聖女だったって、成人前から強かったってこと? 母ちゃんエリートだったんじゃん。よく聖女辞められたな。……あれか? 処女じゃないと力が強くないとか。グロ。まぁ、今はその話じゃないから、いいや。
「じゃあ、母ちゃんが知らないだけで、甘いのはあったかもってことだよな」
「でも、お砂糖も高くて、ハチミツも高いのに、どうしてそれは作って売らなかったんだろうね」
「お布施、儲かったろうにね」
「こら、ミーチ。お布施は儲けるものじゃないの。施していただくの。困った時に力になる為にね」
「はーい、ごめんなさーい」
余計な一言を言っちゃったミーチが母ちゃんに注意を受けたところで、話は自然と切り上げて、蒸し風呂をリラックスして堪能した。今日もいっぱい考えた。いっぱい小麦を踏み踏みした。なんだか、今日はもう、疲れたわ。
「ターチ、ミーチ。作ってみようぜ、大麦から甘いの。明日からー」
「そうだね、大麦を水に漬けよっか。明日からー」
「甘い作り、頑張るぞー。明日からー」
「……大麦を漬けるのは、今日からでもいいんじゃない?」
「「「そうだねー」」」
寝る前に、父ちゃんから大麦の粒を一人一掬いずつ貰って、水を張った桶に沈めた。よし! おやすみ! 明日の朝、水を入れ替えるからなー!