パンが固い? 焼かなければいいじゃない!
「行ってきます!」
「「「いってらっしゃーい!」」」
「気を付けるのよー!」
柔らかパンの発見を見届けられないと塞ぎ込んでた兄ちゃんの機嫌は、おだてた結果、なんとかなった。魔獣狩りはウチの畑に魔獣が降りてこないようにするって目的があること、知らないわけじゃないんだぜ。作物が食い荒らされないよう、俺らに危害が来ないよう、兄ちゃん頑張って!
山へ向かう兄ちゃんが、保存食が少し乗った荷車を牽く。見送った俺たちは、野菜の天日干しの手伝いをする。父ちゃんに言われたとおり、しっかり考えてからパン作りに取り組む為に。っていうかさぁ。話、違くね?
「ターチ、やっぱ気になんだけど、ベーグルに卵っているのか?」
「リーンな、質素な材料で作れるって、言ってたわよね?」
「うん、ベーグルならね。でも、固いパンを再利用する方法を思い出したんだ」
「「再利用?」」
あー、もしかして、フレンチトーストか? 卵も牛乳もあるし、油もなんとかなりそう。いや、これだと“茹でる”が満たされねぇか。や、フレンチトーストも悪くねぇけど。ってか、すこぶる良くね? ミーチも思い至ったっぽいけど、ひとまずターチの話を聞こうと目配せした。
干す次の網が用意できてから、ターチが口を開く。
「二人とも、“クネドリーキ”って知ってる?」
「「く、くねどりーき?」」
「チェコの辺りで食べられてる、茹でて作るパンなんだ」
正式名称、クネドリーク。バゲットや食パンくらいの位置づけで、シチューの付け合せとしてよく食べられているパンらしい。複数枚で提供されることが殆どだから、クネドリーキって言う事の方が多いらしい。
材料自体は強力粉・牛乳・イースト・塩・卵で変わったトコは無いが、茹でて火を通すってところが最大の特徴だ。ベーグルみたいに片面30秒ずつ、じゃない。20分以上、ガッツリ茹で上げるんだ。焼き目のないそれは、糸で切った方が綺麗に切れるほど柔らかく、ふっかふかでモッチモチらしい。蒸しパン食べたくなってきた。
「自分で言ってて蒸しパン食べたくなってきたけど……。今回パン作りを許可されたのは、バゲットが再利用できるから。粉の消費を抑えているから、チャンスをくれたんだ。だからこれは、白いパンへのスタートラインだ!」
「「絶対に、成功させようね!」」
三つ子揃って拳を天に突き上げ、「「「オー!」」」と気合を入れる。こないだは「手を止めないで」と怒ってた母ちゃんも、微笑ましく俺らを見守ってくれていた。
夕方になった! 材料は揃った! 道具も用意した! 今日の手伝いも終わった!
「「「茹でパン! 作るぞー!」」」
台所の、母ちゃんが普段パンを作ってる作業台でパン作りを始めた。ターチは牛乳を湯煎にかけ、ミーチは卵を小さなボウルに割り入れ、俺は固いパンをナイフで刻んでいく。
出来たら、大きなボウルに全粒粉、母さん特製天然酵母、塩を入れて混ぜる。そして切ったパン、人肌に温めた牛乳、溶いた卵を加えて、ヘラで練る。ここ、ゆっくり丁寧に優しくやらないと、勢い余って材料がこぼれちゃうから、慎重にならないと、なんだけど。5歳児が手加減するのは大変だ。
ぐるぐる、ぐるぐる……
「ティーチぃ、おねがーい」
「任せろミーチ!」
ねりねり、ねりねり……
「ターチ、たのむー」
「仕上げ頑張る!」
ぐりぐり、ぐりぐり……
「まとまった!」
「「できたのー?」」
「ここから30分、置いとくー!」
「「ながーい」」
知ってたからいいけどよ。ここで茹でる為の水を鍋に注いだり、ガジャ芋のポタージュを作る父ちゃんの手伝いをしたりで、発酵にかかる30~40分を潰した。
母ちゃんと一緒に服を畳んでたミーチが発酵が終わったのを教えてくれたから、作業場に戻って、大きく2つに分けて、細長く整えた。そこからまた10分置くから、その間に鍋の水を沸かした。ぼこぼこじゃなくて、ぐらぐらくらいにお湯が沸いてたら、ターチが2つとも、生地をそのまま入れた。「布に包むんじゃなかったの」と言ったら、ターチは目を見開いて固まっちゃった。……う、上手く、いきますように。
薪を調節して火加減を見ながら、片面10分づつ茹でていった。具合いを見ながらだから、20分はあっという間に過ぎてった。ぷよぷよになったそれを父ちゃんに引き上げてもらって、金網の上に置いて粗熱を取る。
「随分、柔らかいね。これはパンなのか……?」
「あんなに茹でて、中までブヨブヨなんじゃないか、心配だわ……」
「「「ツーン!」」」
気に入らねぇなら別にいいもん! 俺たちだけで美味しい思いするから! ……まぁ、前世の記憶にもこんな情報は無いから、ターチを信じるしかなくて、ちょっとだけ不安なんだけどよ。
粗熱が取れたら、糸で薄く切り分けた。表面は水分が飛んでふわふわしてるし、スッと切れた断面は小さな気泡もあるフカフカさ。香りもいいぞ!
「「「いい感じー!」」」
「……案外、大丈夫そうだな」
「ねぇ、ティーチ、ターチ、ミーチ。お母さんたちにも分けてくれる?」
「「「さっきのこと、あやまってー!」」」
「「ごめんなさい」」
「「「じゃあ、いいよー!」」」
これで気持ちよく、父ちゃん母ちゃんにもあげられるな! ま、そもそも俺らだけで食べきれる量じゃなかったんだけど。
ガジャ芋とチャガボのポタージュとの相性も、悪くなかった。手のひらサイズのクネドリーキ、茹でパンをちぎってはポタージュにつけて食べて、そのまま齧り付いてポタージュを追って。そのままじゃ味気ないパンも、濃い味と合わせるといい感じだ! 食べるのに疲れないから、これは大成功って言って良いんじゃね!
夕飯食べたあとで、明日使う水を井戸から汲む。煮沸消毒して、一晩木炭で臭い取りするから、自分たちで勝手にやってる事だ。だからここで、反省会しとこう。
「ターチ、初めて作ったにしては大成功だったと思うぜ」
「ありがとう。でも、もっとクネドリーキ自体に味をつけてもいいね。ハーブとか。あ、じゃがいもが練りこまれたタイプもあるって聞いたことある!」
「ねぇねぇ! 中に具を詰めたら、美味しくなるし、茹で時間が短くなるんじゃない?」
「「それだ!」」
父ちゃん母ちゃんが見てない、井戸水汲み。こういう手伝い中の会議が、俺らの可能性を高める大きな要因なんだ。……なんか、おやきの再発明してるような気もしないではない。あと肉まん系。