第7話 ペットは可愛いのが良い
「町長、あそこの男が辛気臭い顔をしていて、食事時にはジャマだな。
アイツを笑わせろ」
俺が指差すのは泣きそうな顔をした薄っぺら男。
「かしこまりました」
町長とキャサリンはすぐ駆けて行く。
「おいっ、ジュリアン笑え!」
「そうよ、もっと楽しそうにしなさいよ」
「で、出来る訳無いでしょう」
「ちょっと来い」
町長がジュリアンを離れた場所へ連れて行く。
「いいか、お前には悪い事したと思ってる。
だから、お前には稼げる仕事を回すよう町の人間に言っておく。
それで手を打て。
これ以上逆らうようなら……
てめぇら親子ともどもこの町で暮らせると思うんじゃねぇぞ!」
「そんな?!
キャサリン、何とか言ってくれ」
「あらー、良かったわね。
お父様が優しい人で」
しばらく後、薄っぺら男は俺の方に歩いて来た。
「あはあははははは。
勇者様、ヒュドラ退治おめでとうございます。
あはははははははははは。
さすが黄金勇者様ですね」
顔は引きつってるが、無理やり口元は笑いの形にしていてキモチワルイ。
「オマエ、笑い顔キッモチ悪いなー。
そんなんじゃモテないぞ。
イヤだから、キャサリンに振られたんだったっけ。
悪いコト言っちまったな」
「それは……キサマが……」
何か言おうとした薄っぺら男を町長が捕まえる。
「……テメェいつまでも俺を甘く見てっと母親を奴隷商に売るぞ。
本気でやるからな……」
町長の目つきが、俺でさえ一瞬ビビる程に冷たい。
「わはわははははははは。
勇者様、どうもすみません。
わはうはうははははは。
どうです、これなら上手く笑えてますか?」
薄っぺら男は薄っぺらな笑いを見せた。
男の笑顔を見ても別に楽しく無いな。
「お前、なんか芸やれ」
「はっ?」
「男の笑顔見てもしょうがないだろ。
なんか面白い芸やれってんだよ」
「芸と言われましても……
僕は勉強一筋に生きて来たので、芸と言う程の芸は……」
薄っぺら男はグズグズ言っている。
「なんでもいいからやれっ」
「そうよ、やりなさいよ」
「では歌を歌いましょう。
これでも女性には美声だと評判良いんです」
歌い出そうとする男、だが俺はすぐさま止める。
「アホか。
男の歌声聞いてナニが楽しい。
仕方ない。
コレだ!」
俺が差し出したのはスープ用のスプーンである。
「これを両方の鼻の穴に入れて見せろ」
「そ、そんな大きいスプーン入るワケが無いだろう。
だいたい僕が何故こんな事を!」
「あ、そう。
ん-、ヒュドラの死体やっぱ王都に持って帰ろうかな。
この町に寄付してもいーか、と思ったんだが。
王都の人間だって欲しがりそうだもんな」
俺が言った途端、町長親子は素早く薄っぺら男を捕まえた。
「ナ、ナニをするんです」
「鼻の穴、穴を広げないか!」
「もう良いわよ、無理やり詰め込みましょ」
「いふぁい、いふぁい。
やめて、そんなのはいりゃにゃい」
「入れるんだよ!
入れねーとテメェも奴隷商に売るぞ!」
「固いわね。
ちょっとトンカチ持ってきて。
鼻のあたり、ぶん殴って柔らかくしましょ」
「ひどひ、ひどひ。
ひどふぎー!」
「プッ、ひどふぎーだってよ。
ナニ言ってんだコイツ」
「人間の言葉喋りなさいよ。
バカね」
すぐに薄っぺら男は俺の前に連れて来られた。
ぷっ!
その顔は凄まじく歪んでいる。
鼻の穴には絶対入らないスープ用のスプーンを無理やり突っ込んだのだ。
眉が整い睫毛の長い目の周辺と、鼻の辺りがまったく似合って無くてさすがの俺でも笑わずにいられない。
「顔、僕の美しい顔が……」
「ギャハハハ、おっもしれー」
「ウヒャハハ、普段二枚目ヅラしてっからだぜ」
「グフフフフ、スプーンが鼻から垂れ下がってるのがお似合いだな」
俺の部下どもも楽しそうに笑う。
「おもしろい顔になったぞ。
良かったな。
他人を楽しい気持ちにさせられるなんてサイコーじゃないか」
「良かった。
勇者様に満足戴けて」
「……ゲンメツー、ぶっさいく。
なんでアタシあんなのとイチャイチャしちゃったんだろ。
過去のアタシに騙されるな、って言ってやりたいわ」
町長親子も楽しそうである。
良かった、良かった。
俺は機嫌よく酒を口に運ぶ。
今まで何処に居たのか従者が横に現れる。
「勇者様、黄金鎧をお脱ぎになっては。
その鎧はアルコールの酔いも醒ましてしまうのでしょう。
もうヒュドラは倒したのです。
たまには酔うのもよろしいのでは」
「おっ、さすが気が利くな。
キャサリン、脱がしてくれ」
「はいはい、ただいま!」
すっ飛んで来たキャサリン嬢が俺の鎧を脱がしてくれる。
俺はそれに身を任せて、酒でも飲んでればいいだけ。
俺はすっかり酔っぱらっていた。
キャサリン嬢に上等な蒸留酒を飲まされた。
金髪の美少女が俺の膝の上に乗って、自分の口に含んだ酒を俺の唇へ。
口移しと言うヤツである。
その光景を見て、鼻の穴がやたらとデカイ男は涙を流していた。
自分でも蒸留酒を飲んでしまったキャサリンはダウンした。
俺もすっかり酔っぱらい、現在は従者に肩を借りて部屋まで連れられているのだ。
「鎧が当たって痛いぞ」
「失礼しました。
では外しましょう」
鎧を着た人間に肩を借りると固い装甲が、俺の身体に当たる。
従者は胸当てやらなんやら銀の鎧を外し、アンダーウェアになって俺の身体を支えてくれる。
今まで言わなかったかもしれないが俺の従者は女性である。
銀の鎧を着た状態だと男も女も判別できない無骨な外見。
だが鎧を脱いだ彼女は優美な身体のラインを晒している。
むにょん。
薄い鎧下だけだとボリュームある胸の感触が俺に伝わるのである。
俺は従者に体重を預けるフリをして、手を腰の方へと回す。
ぷりん。
その感触に俺はつい従者のケツの辺りを撫でまわしてしまった。
「あの勇者様、部屋に向かう途中でその様な事をされると、運びにくいのですが……」
「気にすんな。
俺は気にしない。
それよりオマエ兜は取らないのか」
従者は胸当てや籠手はハズしたものの何故か兜だけは付けている。
銀の兜を被って身体は下着だけ。
その光景もシュールで面白くはあるのだが、気分が出ない。
「この兜は自分では取れないのですよ。
外せるのは勇者様だけ」
「そうだっけ」
そんな会話をしてるうちに俺の部屋に辿り着く。
シャンと立てない俺を従者がベッドへと横たえる。
「大丈夫ですか?」
なんだか従者の声がやたら甘く艶めいている。
従者は白い手で俺の身体を撫でまわす。
俺も彼女を抱き寄せるのだが。
やはり無骨な銀の兜が邪魔だな。
「勇者様、この兜を外してくだされば……もっと……サービス・し・ま・す・わ」
えーと、どうやって外すんだったかな。
ま、いーや、テキトーに。
「兜よ、外れろ」
その瞬間、銀の兜が割れ、中から女性の顔が現れた。
女騎士の様に凛々しく整った顔立ち。
銀色の真っすぐな髪、瞳は碧みがかった黒、宝石のような美しさ。
「あれーオマエそんな顔だったんだっけ」
「……お忘れですか。
アナタが……いえ、なんでもありません。
……やった。ついに解放された。やったぞ。これでこの男の言うなりになっていた日々も終わる……」
従者が小声で何か言っているが、酔っぱらった俺には良く聴こえない。
「さぁ、続き続き」
俺は美人の従者を抱き寄せる。
「勇者様、酔っぱらいすぎです。
お水を飲みましょう。
飲まして差し上げます」
従者が懐から水筒を取り出し自分の口に含んでいる。
と、思うと彼女は俺に口づけ水を流し込んで来る。
情熱的な口づけ。
熱心に舌まで入れて、彼女の口の水分を全て俺に移すかの様だ。
俺が目を見開くとそこには宝石のような瞳が在って。
白い顔が少し紅潮して恐ろしいほど魅力的。
頭がクラクラしてくる。
正直、従者がここまでの美女とは思ってもみなかった。
俺は彼女に魅せられているのか。
「なんだか、水を飲んだってのにより頭がボーっとしてきた。
冷えたお茶でもないかな」
「……そう、ボーっとしてきたの。
体も動かなくなって来たんじゃなくって……」
言われてみると、体が動かない。
手が持ち上がらない。
足もだ。
起き上がろうにも指すらまともに動かせない。
頭が働かない。
ボーっとするを通り越してガンガンしている。
「効いたようだな。
さすがヒュドラの毒。
解毒能力のある黄金鎧も現在は身に着けていない。
この機会をずっと待っていたんだ」
「な。何故だ……
俺は勇者だぞ。
何故こんな事を……」
「キサマのような外道、王国に必要なモノか。
害悪にすぎん。
私はキサマに悪行は止めろ、と言った途端、あの兜を押し付けられた。
これまで近くで機会を伺っていたが。
私はついに自由の身。
凶悪無比と謳われるヒュドラの毒までそのタイミングで私の手に入るとは。
神からのキサマを滅せよ、とのメッセージとしか思えない」
「………………」
「居ぬが良い。
さらば、黄金勇者よ」
薄いアンダーウェアだけを身にまとう美女が俺から離れていく。
その腕を俺は掴んでいた。
そのまま魅惑の肉体をベッドへと引き寄せる。
「バカな……
キサマは指一本動かせなかった筈」
驚愕の表情を浮かべる銀髪の美女を押し倒し、俺はその魅惑の身体にと指を伸ばす。
「お前もしかしてあの『黄金鎧』が俺の力の源とでも考えていたのか?
あれは見た目がハデでついでに回復能力も多少あるから良く着てるけど。
あんなの無くても俺は究極全回復呪文が使えるぞ。
毒も麻痺も全部治って、体も元気いっぱいになるヤツな」
「そ、そんな回復呪文聞いた事も無い。
どんな高位の神官だろうがそんなマネ出来るものか!」
「んー、だから俺はただ一人の黄金勇者なんだろ」
「止めろ、キサマに触られると虫唾が走る!
死んだ方がましだ!」
そうか。
そこまで言うなら、安眠の邪魔だし。
目の前から女が消える。
今頃、東の山のただ中に現れたはずだ。
瞬間移動だって、鎧とマントの力は必要無い。
俺だけの魔力で自分も移動できるし、他人だって思うまま飛ばせる。
剣も防具も無しにモンスターの待つ山の中。
ヒュドラは倒したものの普通レベルのモンスターはまだいるのだ。
無事に帰ってこれるかは俺の知った事では無い。
俺は少しだけ淋しく感じながら布団に潜り込む。
女性の感触が手に残っているのだ。
それでも昨日は目いっぱいキャサリン嬢相手に発散した。
アルコールは究極回復呪文で飛んでしまったが、俺は割合アッサリ寝てしまった。
翌朝、早くに女騎士は町長の屋敷に現れた。
ボロボロの姿で山から走ってきたらしい。
薄いアンダーウェアが破れ、なかなかエロティックだった。
「キサマ、キサマー!!!
殺してやる、殺してやる」
物騒な台詞を吐くので、呪いの兜を嵌めてやった。
俺以外の人間には外せないと言う特殊装備品だ。
「私は……私はいつまでこの男に従わねばならんのだ」
「ん-、別にもう従者しなくもいーけど。
そーだな、ペットなんてどうだ?」
俺が言った途端、彼女の尻からシッポが生える。
フサフサな犬のシッポ。
下着姿の女性から犬のシッポが見えてるのは少しカワイイ光景である。
「兜だけ着けた女がシッポ生やしてて、勇者のペット。
どうだ、かなりおもしろそうじゃないか」
「……その場合、私の服装と言うモノは……?」
「モチロン裸だ。
俺は犬に服を着せるシュミは無いぞ」
翌日、俺は町を後にする。
ペットとその世話役を連れて、馬車に乗り込む。
世話役と言うのはキャサリン嬢の事だ。
俺のペットを見て引いていたのだが、世話役としてなら王都に連れて行っても良いぞ、と言ったら引き受けた。
ペットと言うのは金髪の牝で女性物の下着を着け、フサフサした尻尾を生やした犬。
犬耳風の髪飾りと首輪から伸びたロープ。
ロープの先はキャサリン嬢が引いている。
元俺の従者だが、本人が従者はもうイヤだと言うので犬にしてあげたのだ。
尻尾と犬耳、首輪には俺が呪いをかけたので一生ついていて外す事は出来ない。
下着はキャサリン嬢が是非にと言うので着けている。
犬に女性物下着を履かせるのって変態っぽくないか。
そう思ったのだが、犬は喜んでる風だしペットに服を着せる人間も最近は多い、寛大な俺は結局許可した。
従者見習いとして元衛兵もくっついて来た。
キャサリン嬢の粗相を熱心に始末していた心優しいヤツである。
「ぐへへへへへ。
勇者様、ペットが下を催した時は私にお任せを」
見所があると思って採用した。
「勇者様、モチロン犬ですから野ションベンですよね。
片足を上げて、用を足すモノですよね」
「そりゃそうだろ。
他の人間の迷惑にならんようにしろよ」
「うひひひひ。
自分がすぐ始末しますから大丈夫ですよ」
この様に熱心だし気も効く。
俺達の会話を聞いて犬がいきなり暴れ出す。
白い尻を振っていてそれに合わせて尻尾も揺れるのが可愛らしい。
「ん、どうした。
もよおしでもしたのか」
そう俺が言うとピタリと動かなくなった。
さて王都に帰るとするかね。
キャサリン嬢は口の中で「ふふふふ、勇者様の愛妾となれれば貴族、もしも正妃になれたなら……」とつぶやいている。
うーん。
確かに俺に正式な妻はいないし、愛妾と認めた女もいないのだが。
だけど愛妾候補なら50人以上いるんだよな。
そう知ったら彼女どんな顔をするんだろ。
まーいーや。
ペットの世話係として採用したんだし。
そう考えると、今回の辺境遠征は可愛いペットが手に入ったんだから有意義だったな。
馬車は王都へ向かって進む。
俺の名はゴルドラック。
黄金勇者ゴルドラック。
この世界でただ一人の勇者。
勇者の帰還を王都の人間達が待っているのだ。