1-9話 イタダキマス?
「飯にしよう。腹減っただろ?」
「早速、料理をしたいのですが、材料などの用意が出来ていません」
「今日は俺が作るから。奴隷商館では飯は食わせてもらってたのか?」
「奴隷としては十分食べさせて頂いておりました。パンとスープを1日に2回です」
「私は……食べられなかった……です」
「アンは身体が弱ってるから優しめのもの食べた方が良いだろうなリリーは食べられないものとかあるか?」
「いえ、特には」
「じゃあ、好きなものは?肉は好きか?」
「はい……好きですが、奴隷の身である私に与える必要はございませんよ?」
「俺は君たちの主人として、職務が遂行できるような環境を整える義務がある。よって君たちには栄養のあるものを食べてもらう。そして、君たちも自分の健康で仕事の質を高く保つ為にしっかりと食べてもらう義務がある。これは贅沢とは違う」
って言っとかないと、真面目そうな彼女は受け入れないだろうからな。俺だけ別メニューってのも良い気がしないし、単に寂しいからな。
さて、アンの病人食はうどんにするか。俺はもう少しガッツリ肉系を食いたいから……長い間食べられなかった唐揚げでも食うかな。
「さて、俺の能力についてだが、ヒールと解毒、それに人体の組織を生み出したり減らしたり、好きなように形を変える能力がある。アンの足を生やしたのはそれだ」
「聞いたこともありませんが……」
「神様にもらった俺だけの力だからな。俺は元勇者の仲間、ニイジマ ケシキだ。元の世界に戻ることも出来たが、この世界に残って姿を変えて生きることにした。当然、君達にはこの能力に関して他言することは禁ずる」
「「はい」」
二人の身体がピクっと反応する。魔力による強制力のある縛りの効果が出たのだろう。
「そして、もう一つ、元の世界のものを召喚することが出来る能力がある。普段はアイテムボックスから取り出した珍しいアーティファクトや他国の商品だと認識させるつもりだ。アイテムボックス自体も珍しいからダミーの魔法鞄を使っているように見せる」
「まさか勇者様のお仲間の方とは……並外れた力はそういうことだったんですね」
「で、その能力を使って人々の治療なんかをする仕事をしようと思っている。教会との関係で表向きはただのマッサージ屋だ。経営や会計などをアンに任せたい。身体が完全に治ってからだがな」
「素晴らしいお仕事だと思います」
「私みたいな人を助ける仕事……ということですか」
「ああ、ヒールって高いしちゃんと治せるやつ少ないからな。この田舎街でのんびりやるつもりだ。リリーは仕事の手伝いそこそこに基本的には家を任せたい」
「かしこまりましたお任せください」
「よしっ、大体説明したから飯を作ろう。元の世界の道具とか料理についても使い方や作り方を教えていくから一緒にやりながら覚えよう」
鍋やフライパン、まな板、包丁、食器などを注文してキッチンの机にポンポン置いていく。
「これは……随分と質の良い調理器具ですね」
「まあ、この世界よりは文明が発展してるからな。リリー、この鶏肉を大体これくらいの大きさに切り分けてくれ」
俺は手で鶏肉を切る大きさを示す。彼女が切っている間に塩、胡椒、醤油、生姜、小麦粉、片栗粉、油などを出して、下味をつける準備をする。
「私は何をすれば……」
「アンはまだ病み上がりだから大人しく座って待ってろ……おっと、椅子が無かったな」
「ご主人様が料理をしている最中に奴隷の身である私が……座ってるなんて……」
「アン、それをケニイ様はお望みなんだから、大人しく座ってなさい」
「はい……」
「俺が言うより効果があるな」
「私も片腕の使えない彼女に仕事させるのは心苦しいですからね……」
リリーはアンを相当気にかけているようだ。本当に厳しかったらそれでも仕事をさせるだろう。
アンは出された椅子にちょこんと座り、所在なさげにこちらの様子をジッと見ている。
「切れました、ケニイ様」
「よし、この液体に肉を漬けてくれ。そして肉に味が染み込むように揉み込む」
「はいっ……この透明な袋は?」
「ああ、この世界にはないから不思議だよな。これから頻繁に使う機会があるだろうから慣れておいてくれ」
「これは……液体が漏れず中の様子も見れて便利ですね」
ビニール袋に下味の液体を作り、しっかりと揉み込む。
後は片栗粉と小麦粉をまぶして揚げるだけ……あ、油をあっためておかないと。
鍋に油を並々に注いでいき、魔道コンロに点火する。
「そ、そんなに油を使うのですか?」
「ああ、これは焼くんじゃなくて揚げる料理だからな」
「私は色々な料理を作って来ましたが味が想像出来ません。この茶色い液体は香ばしいですが一体なんですか?」
「それは醤油と言って故郷の調味料だ。俺の作る料理には頻繁に出てくるぞ。少しそのままのを舐めてみろ」
スプーンに醤油を少し垂らしてリリーに舐めさせる。
「これは……かなりしょっぱいものですね。酢ともまた違いますし風味が豊かです。何で作られているものですか?」
「豆だよ。豆を加工して作るんだが、工程がかなり複雑でこの世界で再現するのは大変だからここでしか味わえないぞ」
「そんな貴重なものを……」
「ああ、いやいや。別にそんな高級品ってわけじゃなくて俺以外取り出せないってだけだから」
「それを貴重なものと言うのでは……」
「あー、うちでは貴重じゃないから。使うのもビビらなくていいから」
「左様ですか」
リリーはホッとしたようだ。
さて、いよいよ肉の下拵えは出来た。油の温度も丁度良いみたいだし、揚げていこう。
おっと、菜箸や油を切るキッチンペーパーなんかも出しておかないとな。考えてみればどれだけ現代の物品に依存した料理をしていたのか思い知らされる。
「油跳ねるから気をつけろよ」
肉をスッと油に入れるとジュワワァ……カラカラカラッと油の中で空気が爆ぜる音が聞こえて来る。
「煮立った油の中に入れるとこんな感じになるんですね……」
「油が跳ねなくなってこの泡が大人しくなってきたら掬い上げるんだ。色はキツネ色くらいだな」
「なるほど……」
「こういう、油の中に入れる料理を揚げ物と呼んでるんだが、他にも料理があるからこの調理法は覚えて欲しい」
「かしこまりました。思っていたよりも難しくなさそうなので、再現出来そうです」
「揚げ物は用意と処理が面倒なだけだからな」
「そうですか?今見てる様子ですと相当早く出来ていますが?」
あー、色々便利なグッズ使ってるからこの世界の料理の準備からすると楽なのか。
「便利な道具はいくらでも渡すからな。こういうのが欲しいってのがあったら言ってくれ。料理は出来るだけ美味いものを食いたいからそこに妥協したくない」
「しかしこんな油を吸う紙や、透明な袋に切れ味の良い包丁……これでは私が怠けているように思えてしまいそうです」
「あのな、別の方法で解決出来るような手間は別に努力ってことにはならないぞ?料理をすることが目的であって、料理の準備にいらない手間がかかるのは努力じゃない。自己満足だ」
「おっしゃる通りですね……」
「じゃ、同じ要領で油から取り出して、油の温度が上がってからまた入れるのを繰り返してくれ。俺はアンの料理を作る」
丼を用意、油揚げとネギ、うどんくらいにしておこう。
鍋でうどんを湯がいている間にネギを切って、油揚げのお湯をかけて油抜きをしてと。
出汁は粉末スープで問題ないだろう。
よし、出来た。
「アン、こいつはうどんって言う料理だ。スープに浸かったパスタみたいなもんだな。腹に優しいから食べてみろ」
箸は使えないからフォークを渡す。
「ケニイ様を差し置いて先に食べることなど出来ません」
「おっ……そうか」
既に揚がった唐揚げを一つ摘んで口に入れる。アッツ……けど美味え!久しぶりの味だ!
「美味い……よし、これで俺が先に食べたな。うどんは麺が伸びて冷めたら美味しくないから早く食べるんだ。主人が早く食べて欲しいって望んでるんだから食べてくれよ?」
「はい……ありがとうございます」
俺の意図を察してか、諦めたようにフォークでうどんをクルクルと絡めて口に運ぶ。食べ方を知らないとそういう食べ方になるのか。
外国人は麺啜れないって言うしな。それも今度教えてあげよう。
「どうだ、口に合うか?」
「食べたことない味ですけど……美味しい……ですアッツゥッ!?」
チュルンと吸い込んだことでうどんが暴れて汁が顔に飛んでしまった。
「大丈夫か?ヒール使うか?」
「こんなくだらないことでヒールを使って頂くわけには……くっ……避けながら食べれば大丈夫です」
「そうか。でもゆっくり食べてくれば避ける必要ないからな」
別にうどんは危険な料理じゃないから。バラエティ番組の身体を張ったリアクション芸人みたいなことはしなくていい。
「なるほど」
リリーの為に、既にカットされたサラダ、パンを注文する。米を食いたいところだが炊くのにも時間がかかるし、今日のところはパンで我慢しよう。
あ〜、電子レンジとか炊飯ジャーとかあっても電気使えないから意味ないんだよな。冷蔵庫は一応魔道具で同じようなものがあるんだが……。
それについても、今後電力を得る手段を考えておかないとな。
「さあ、リリーも一緒に食べよう」
「ですが……」
「これからは皆一緒に同じ時間に食べる。飯は温かいうちに食べないと美味しくないし、それは食べ物を作ったり、育ててる人に失礼だ。ただ、君達が遠慮するから最初の一口は俺が食べることとする。良いな?」
「「はい」」
俺は唐揚げを一つ取ってかぶりつき、缶ビールを開けてゴクゴクと飲んでいく。ビールに唐揚げのコンボは最高だな。ハイボール派もいるみたいだが、俺はビール派だ。
「いただきまーす」
「「え!?」」
「え?」
「そ、その……『イタダキマース』というのは?」
「食前の祈りというか、挨拶だな。食べ物に感謝して命を頂きますって意味だ。まあ元の世界の習慣だよ。勇者たちも故郷が同じだったから旅でも言ってたんだ」
「勇者様たちの食前の祈りですか……でも神様に対してではないんですね。なんだか不思議です。それに私たちの言葉だと『ウィ・ダーギムスゥ』は『私は屁を集めます』という意味なので驚きました」
「疑問にも思ったことなかったな」
飯前に笑顔で屁を集めますって言い出すやつ、完全にヤバい奴じゃないか。
あ、あ〜……旅の道中で他の冒険者が近くにいる時に俺らが頂きますって言ったらビックリした顔してたけどそういうことだったのか!?
食前の挨拶が珍しいから驚かれたんじゃないっぽいな。
うわ、これあいつらにも教えてやりて〜。
「イ、イタダキマス……」
「ははっ、アンはもう食べてるけどな」
「では、私もイタダキマス」
イントネーションはおかしいけど、感謝の気持ちは伝わってくる。うん、良いことだ。
「ぶふっ……!すみません……『屁を集めます』と言いながら食事を取ると思うと笑えてきて」
「ぷぷっ……リリー、やめてくださいむせてしまいます……」
そんなイタダキマスがツボなのか。
料理の感想を聞きながら雑談をする。勇者や旅の話を二人とも聞きたいようだ。ホームズの話をするワトソンみたいだな、いいさ、どうせ俺は助演だよ。
「では、胡椒や塩は貴重品ではないんですね?」
「ああ、大量生産や輸送が発達してるから庶民でも買えるものだよ。だから遠慮するなよ?」
「貴族になったみたいですね、アン」
「胡椒は運ぶだけのものという認識でした……」
「でもな、その元の世界のものを出すには俺は魔力を消費しないといけないんだ。使って量に応じて取り出せる。だから定期的に魔力を消費して俺の為にもなるし、人の為にもなるマッサージ屋が最適なんだ」
「とても考えられていますね」
「明日はその店の準備をするから二人は家で留守番して掃除や買い出し、近所への挨拶周りを頼む。
ディーンが村のまとめ役だから困ったことがあれば彼に聞いてくれ。
アンは体調次第で出来る範囲でいいからな。無理して体調崩すと余計に仕事出来るまでの時間が長引くしな」
「「かしこまりました」」
主従関係って慣れないよな。上司と部下の関係ともまたちょっと違うし、俺が逆らえない偉い人みたいな扱いはやり辛い。接し方はちょっとずつ変えていきたいな。いきなりは彼女たちも困惑してしまうだろうし。
色々話しながら道具や料理などの質疑応答に答えて楽しい雰囲気で食事を終えた。
さてと、風呂にするか。
続きが気になる!面白い!と思ったら画面下にある☆☆☆☆☆を押してブクマして頂けると嬉しいです。
ポイント、コメント非常に励みになりますのでよろしくお願い致します!