1-8話 奴隷を買わないとダメらしい
「奴隷ですか?」
「一人で店を回して家の管理までする気か?無理だろ。商売に関する知識も弱いようだし、そういうのが得意な奴隷を一人、家事の出来る奴隷を一人最低買った方がいい。
君の事情は特殊だから普通に雇うよりも主人の秘密を絶対に漏らさない奴隷契約を結ぶ方が安全だ」
「言われてみれば……」
奴隷と聞いて現代の人間なら嫌なイメージがあるだろう。だが、この世界で7年生きた俺からしたら日本の会社員の方がよっぽど奴隷だってくらい無茶苦茶だからな?
暴力を振るってはいけない、給料を払う、住む場所を用意する、仕事で必要なものは主人が全て用意する、これだけでも現代は出来てないだろ。
大体、奴隷は主人の財産だからしっかり世話をしないと困るのは自分だ。その奴隷の一生を責任持つというリスクもあるし、壊れたらポイが出来る日本の方がエグい。信用が落ちると奴隷は売ってもらえなくなるしな。
悪い奴は非合法の奴隷売買をしていることもあるが、それはごく一部で、正規の奴隷は人材斡旋ぽい感じがする。契約内容も魔法で縛られるから誤魔化せないしな。
奴隷といえば聞こえは悪いが、実質全てのことを責任持って面倒見る必要があるので現代社会の雇用する関係よりもまともな気がする。社畜だった俺の個人的な感想だが。
そんな訳でサイモンと奴隷商のところへ。
「これはサイモン様、本日はどのような奴隷をお探しで?」
「今日の客は俺ではなく彼だ。ただ紹介しただけだ」
「ケニイです。家事の出来るもの、読み書き計算が出来て商売の知識があるものを探しています」
「店主のヤーブローですケニイ様。なるほどなるほど種族、性別等こだわりはありますか?」
「種族は別に良いんですが、全て女性で。それと奴隷になった理由も知りたい」
施術内容によっては俺に言いづらいこともあるだろうからまず一人は女が欲しい。そして男女の奴隷になると職場でイチャイチャされたら勇者との旅を思い出してイラつくからなしだ。
「では……人族の女、20歳、貴族の屋敷で働いていた経験のあるものはどうでしょう?家事の能力に関しては文句なしです」
「奴隷になった理由は?」
「国に対して反乱した貴族の屋敷で働いており、取り潰しとなった為流れてきました」
「特に素行に問題はないということか。売れてない理由は?」
では、何故売れ残っているのか?という点が気になる。それなりに問題があるはずだ。
「半分ですが貴族の血が入っております。奴隷に産ませた子なので。それに能力が高く見た目も良い為お高めですね。値段以外は特に問題はなく、ご予算に余裕があるのでしたらおすすめです」
「ふーん、それでその値段は?」
「金貨25枚です」
約250万円、人の命にしては安いが買い物としては高いな。まあ、蒼たちの金も残ってる俺しか必要ないからってんで、譲り受けて余裕はあるが基本的に自分の金でなんとかしたいしな。
「取り敢えず保留で。商売の知識があるものの方は?」
「それが……男であればいますが、女をご希望というこでいるにはいる……いたのですが……」
「?」
「奴隷になる前に怪我をしておりまして、それが悪化しもう永くないかと……」
「ちょっと状態を見せてくれないか?」
「あまりご気分の良いような状態ではないですが……よろしいですか?」
「大丈夫だ」
「では、こちらへ」
主人のヤーブローに案内され、その奴隷のいる部屋に連れられる。
「こちらです。病気がうつってはいかないので、あまり近づかない方が良いかと」
だから隔離されているのか。
部屋に入り、その奴隷を見る。
うわ……これは酷いな。彼女は腕と脚が一本ずつないし、腐った肉の匂いがする。耳も削ぎ落とされたのか?
目には希望というものが全く見えないほど濁った暗いものを感じる。
一体どうしてこんなことに……。
「これは……誰がこんな怪我をさせたんだ?」
「行商人だったようで、盗賊に襲われて傷つけられ死にかけていたところを奴隷として契約する代わりに保護したのです。
手当はして助かったのですが、悪化してしまい……こちらは金貨1枚です。我々としても捨てることも出来ませんので、見守ることしか出来ません」
このレベルの怪我なら治療は難しいだろう。奴隷に大金をかけて教会につれてヒールを受けるのも無理だし、生きているだけでも奇跡だ。
酷い言い方だが、主人の気まぐれで生きているだけの不良在庫といったところか。
「読み書き、計算、商売の知識、素行の問題はない。それに関しては間違いないか?」
「はい。奴隷も生きる為に必死ですから、自分の出来ることを偽るなど無意味なことはしませんし、こちらも確認してあります」
「では、先ほどの者と合わせてこちらも引き取る。金貨26枚で間違いないな?」
「よろしいのですか……?買取の後、死亡してもこちらは責任を一切負いませんが……?」
「問題ない。早速、契約魔法を頼めるか?」
「かしこまりました」
主人と奴隷に対して俺の秘密を漏らしたり害なすようなことをしない、逆に俺も必要なものを揃え生活と安全を保証する契約を結ぶ。
「これにて、完了です。本日はお買い上げ誠にありがとうございます。それでは早速こちらに連れて来ますが、彼女の方に関しましては、如何致しましょう?」
「俺が背負って連れて帰るから問題ない」
「……かしこまりました。では、台車を用意致します」
「ああ、それは助かります」
「おい、本当に良かったのか?」
「俺が治すんで、有能な人材を実質タダで確保出来たと思いますが」
「でもあれは……もう無理だと思ったが……治せるのか?」
「ちょっと時間かかりますがね」
「マジかよ……お前の存在が公になったら大騒ぎだぞ、ほどほどにしとけよ」
サイモンは耳打ちで俺を心配しながら声をかける。
「お待たせしました。こちら、リリーとアンです」
「リリーです、私を身受けして頂きありがとうございます。家事には自信がありますのでなんなりとお申し付けください」
「……アンです……ありがとう……ごさ……ます……精一杯働かせて頂きます……」
リリーは店主が言うだけあって綺麗な顔をしているし、上品な雰囲気がある。やる気もあるようだ。
アンの方は、もう喋るのも辛そうで見ているだけで俺が泣きそうになってしまう。早く帰って治してやろう。
「じゃあ俺は今日はここまでだな。また明日来てくれたら店の説明をするから。ほら、鍵をディーンに返してもらってたから、これで」
「はい、ありがとうございました」
リリーと共にアンを乗せた台車を引いて、村に向かう。
「ケニイ様、これからどちらへ?」
「街から少し離れたところに村がある。そこに新しく住むことになったからそこへ向かう。君にはそこの家の管理を任せたい」
「かしこまりました。ケニイ様はまだ、お若いようですが一体どのようなお仕事をされてるのですか?」
「その辺りについても、帰ってから詳しく説明する」
綺麗に整地されていない地面のせいで、台車が時折揺れてアンは「うっ」と痛みで声をもらす。
「も、申し訳……ありません」
「気にするな、もう少しだけ我慢してくれ。家に着いたら治療してやる」
「ありがとうございます……」
「ケニイ様、私からもお礼を言わせてください。アンの世話をしていたのは私で、一緒に引き取って頂き感謝しています……私だけ出ていくのは心苦しくて……」
「そうだったのか、大変だったな。街も出たことだし良いだろう。俺はヒールが使えるからアンを治してやれるぞ」
「ほ、本当なのですか!?良かった……」
「リリー、俺が泣かしたみたいになるだろ」
「も、申し訳ありません!」
「冗談だ」
村の中に入ると、すぐにディーンが駆けつけてくる。
「ケニイ!どうしたんだその二人は」
「店と家の管理の為に奴隷を買いました。これからあの家で治療します」
「リリーと申します、こちらはアン。これからこの村でお世話になるのでよろしくお願いします」
「そうか……こっちの子は可哀想に……だが安心しな。こいつの腕は最高だぜ?」
おい、ヒールの腕ってちゃんと言え。なんだその卑猥な指のジェスチャーは。
「……はい……」
覚悟を決めたような顔をするな、ヒールだヒール。そしてディーン、てめえは悪役を意味する『ヒール』だ。
「ケニイ、なんか手伝えることがあったら言ってくれ!」
グッと指を立てて俺に向けてるけど、親指が人差し指と中指の間に挟まって出てきてんだよ。いい加減にしろ。
「大丈夫ですよ。それより今日は治療でそっちにお邪魔出来ませんが、娘さんのお祝いやってあげてください。これ、良いワインですから飲んでください」
「おっ、ありがてぇな!分かった!じゃあまたな!」
ディーンは俺が渡したそこそこ良い値段のする赤ワインのボトルを受け取り、走って帰る。
彼はずっと悩んでいた娘の怪我が治ったのにも関わらず俺の為に家を案内したり、サイモンを紹介したりと忙しかった。今日くらいゆっくり家族で楽しく食事をして欲しい。本当は俺なんか構わずに娘と話したかったはずだ。
「ここが俺の家だ。空き家だったから家具も大してないし、埃っぽいから掃除をして欲しい。道具は……ホウキにちりとり、雑巾、バケツ他に何か必要なものがあったら言ってくれ」
「あの……ケニイ様、一体どこから道具を?」
「ああ、俺アイテムボックス持ちでな。アンの治療をするからその間にリビングとキッチンを頼む」
「はい」
「じゃあ、アン。ちょっと痛いと思うが抱えるぞ、我慢してくれ」
「ッ……!はい……」
痛みを堪えて震えながらアンは片腕で俺にしがみつく。
客室の一つに入り、清潔なシーツの貼られたベッドを取り出してそこに寝かせる。
「まずは膿んでいる部分、腐っている部分を綺麗にするぞ……解毒」
彼女の全身を蝕んでいる菌を取り除く。
「次はヒール……」
傷口を癒して、痛みの原因を取り除いてやる。
「どうだ?」
「痛くないです……凄い……」
「よし。じゃあ次は脚から始めるか」
「……?もう傷は消えてますよ……?」
「脚を生やすんだよ。じゃないと歩けないだろ」
「そ、そんなこと……出来るんですか?」
「ああ、一気には無理だが、ちょっとずつだな。いくぞ?」
肉体改変で、魔力を代償に骨と筋肉、皮膚を創造する。
膝の先から無かった脚からニョキニョキと脚が生えていく。
うっ……脚は重さがあるから結構魔力が持っていかれるな。魔力消費による疲労感が俺を襲う。欠損の再生は1日に2〜3回しか使え無さそうだ。
「ハァハァ……出来たっ」
つま先まで再生を完了させた頃には俺の息は上がっており、どっと疲れが込み上げる。
「悪いが今日はここまでだ。腕と耳は明日以降だな。試しに歩いてみろ」
「はい……」
アンはベッドから足をそっと、下ろして体重をゆっくりと乗せる。
「う、動きます……!」
「ゆっくりだぞ、まだ感覚が掴めなくて転けるかも知れんぞ」
「はい……はい……!」
アンはボロボロと泣きながらベッドの端に捕まり、数歩前に歩くことに成功した。
「肩を貸してやるから、リリーに元気な姿を見せてやれ」
「うっうっ……ありがどう……ございまず……」
「全く、鼻水で綺麗な顔が台無しだぞ。これで拭け」
ハンカチで彼女の顔を拭いてやる。
「リリー、見てくれよ」
「アン!?その脚どうしたの!?」
キッチンを掃除していたリリーはホウキを持ちながら立ち尽くす。
「ケニイ様が生やしてくれた。怪我も治って痛くない……」
「良かった……良かった……私、もうダメかと思って……ウッウッ……」
アンに駆け寄り、リリーは彼女を抱きしめる。
「でも、一体どうやって……!?傷を塞ぐことは出来ても生やすなんて……」
「飯でも食いながら説明するよ」