1-5話 領主との対話
「ほう、では君のような若者が一人で魔獣を倒したと?本当なのかソフィー?」
「ええ、一瞬で首を刎ねてしまい、それは見事でした」
「しかし、聞いたところによるとヒールも使えると?」
「折れた骨が元通りになりました」
「ふむ……とても信じられんな……」
歓迎の食事会は、どうやら俺の調査も兼ねているらしい。怪しいやつじゃないか警戒されているのを感じる。
「ケニイ君、俄には信じがたい話だというのは分かってもらえるかな?そこで、使用人の一人が料理中に火傷してしまったのだが、治してみせてもらえないだろうか?
もし、本当に治せたのならその分の報酬は払うし、マッサージ屋の開業も許可する。しかし大っぴらにヒールが使えることは言ってはならんぞ?」
「ええ、事情は分かります。構いませんよ?」
「ヘイリー、前へ」
「旦那様、よろしいのですか?」
前に出たヘイリーという中年の女性が火傷をした手を見せる。
「こりゃ結構痛いんじゃないですか?」
彼女の手は広範囲の火傷をして皮膚がただれている。
「ええ、お湯をこぼしてしまい……」
「ではヒールしますね」
彼女の皮膚が再生されていき、綺麗な手に戻る。
「まあ!火傷する前よりスベスベになっています!」
「痛みは?」
「ありません!ありがとうございます!ケニイ様!」
「乾燥によるあかぎれもあったようなので、ついでに治しておきました」
「ヘイリー見せてみよ」
「はい!」
ヘイリーは嬉しそうに領主に手を差し出す。
「うむ……見事だな。本当にこの腕前で流れ者をやっていて、教会にも所属していなかったと?」
「はい。どちらかと言うと教会は苦手です」
医療技術が発展しなくてそれを良いことに神様がどうのこうのって言ってガメつい守銭奴集団だからな、あいつら。
旅の途中でたまに出会った人に治してやったりしたがそれでも、ガタガタうるさいから嫌いなんだ。
仲間内で使うのは問題ないが、ヒールを利用して商売するのにはとにかくうるさい奴らだ。
別に営業せず、対価で宿に泊めてもらったり、食事もらったりする分くらい良いだろうがと思うのだが、既得権益に敏感なのだ。
「分かった……こちらとしても、街にヒールを使える話のわかる者がいるのは助かる。いざという時にダンジョン街まで行くのは大変だからな」
「ありがとうございます」
「して、試すような無礼な真似をしたことには謝罪する。それにヘイリーの怪我を治してくれて感謝する。彼女は屋敷で一番仕事が出来るので困っていたのだ」
「構いません。お嬢様を利用して取り入ろうとする人間はいくらでもいるでしょうから」
「年の割に頭が回るな、君は」
見た目は子供でも中身はおっさんだからな。
「ところで……私は腰が悪いのだがヒールは効くだろうか?」
「怪我というよりは疲労でしょうし、マッサージをして改善することは出来るでしょう」
「おお!では食事の後に頼めるかね?」
「はい、喜んで治療させて頂きます」
食事はこの世界クオリティなので、ジャンクな食べ物を食べた後ではどうにも劣ってしまい、楽しめなかったのだが、明日から早速手続きをしてくれるという約束は取り付けることが出来た。
今後、様々なトラブルが起きても味方になってくれそうな人だし仲良くしておくべきだろう、幸先が良いスタートを切れたな。
「あだだだ!」
「すみません。結構凝ってますね」
食事を終え、領主の寝室で、腰の様子を見てやっているが、パンパンだった。ギックリ腰の一歩手前だ。
「座り仕事が多いもんでな、どうしても悪くしてしまうのだ」
「これは一回で治すと身体が驚いてしばらくダルくなってしまうでしょうしゆっくり治していきましょう。姿勢のせいで、骨も歪んでしまってますね」
「なんと、骨がか!?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、筋肉をほぐして正しい方向に力を加えていけば良くなっていきますので。今日は取り敢えず、硬くなった筋肉を柔らかくしていきましょう」
「頼んだ」
ヒールは外傷には強いが、疲労や体質的なものには効果がない。肉体改変のスキルを使い、凝り固まった筋肉の質を変えて、ゆっくりと柔らかくしていく。
指圧で筋肉に沿ってジワジワと緩めていく。
腰だけでなく、背中、尻、下半身にも疲労が見られるので周囲もほぐす。
「どうですか?」
「おああああっ!そこおおおおあああああ!!ギモヂイ〜のぉおああああっ!」
デケエ、声がデケエよ領主様。エロいことしてるみたいになってるけど、そういうマッサージじゃないんだよ。
「はあはあ……おお……慢性的に重い痛みだったが少し楽になった」
息も絶え絶えの領主は腰を少し捻り感触を確かめる。
「出来れば日常的に座る時間を少し減らして、時々立ち上がって筋肉を伸ばしてやってください」
「……なんだか、息子のようだな。私も子供の頃は父の肩を叩いてやったことを思い出す」
「領主様がですか?使用人などがするものではないのですか?」
「なに……子供だった私は父の仕事の手伝いを何かしたくて、私にも出来るようなことを考えてくれただけのことなんだがな」
「へー、優しいお父様だったのですね」
貴族って親子間の触れ合いは希薄だと思っていたが、そういうことしたりもするんだな。
「都会ではどうか知らんが、ここは田舎だからな。普通の貴族よりは親密なのかも知れぬ」
「平民の私に対しても随分砕けた接し方をして頂けていますしね。少し驚きました」
「うむ……この街では平民と貴族は比較的距離が近いと言えるだろうな。小さな都市ゆえに関わることも多く、直接話す機会も多い」
「お嬢様がお一人で狩りに出かけるくらいですからね」
「あれは特別だ。ソフィーは家の中でジッとしていられんのだよ。使用人の目を盗んで脱走することも稀ではない。
ただ、今回は多少痛い目にあって流石に反省したと思いたいがな。いっそ鉄球でも引きずらせておくか」
「自分の娘を罪人扱いですか?
でも、森に入って怪我して、足を引きずって街まで歩こうとする女性ですよ?ただの鎖がついた武器になりそうですが」
「そうだな、鉄球を振り回す姿が容易に想像出来る。だが、親としてはやはり心配だ。そういう点では間違いなく極悪人だ」
衛星がないから使えないけど、GPSで常に居場所を把握出来ないと心配だろうな。
「ですね、かなり危ないタイミングでしたので、私も肝を冷やしましたよ……さて、今日のところはこれくらいにしておきましょう。3日後に様子見しながら続きをしましょう」
「おお、随分と楽になった」
領主は腰をトントンと叩き捻りながら感覚を確かめている。
「これはマッサージしただけなのか?」
「いえ、ヒールの応用ですね」
「そんなことが出来るとはな……これで跡継ぎ息子を作れるな!また頼むぞ」
「座り仕事をするのでは」
「領主なのだ、寝ながらする仕事もあるのだよ」
凄い仕事もあるものだな。
「はい、もし体調が悪くなったらすぐに仰ってください」
「うむ」
俺は屋敷に一泊することになり、客室に案内されて備え付けの風呂に入った。
「ふー、やっぱり風呂には入りたくなるんだよな。冒険中は鈴華の水魔法と火魔法使って入ってたくらいだし。
でもこれからは自分と用意しないとダメだから浴槽くらいは持ち運べるように買っておくか」
浴槽に浸かりながら、注文のウィンドウを表示する。
あ、シャンプーとかも注文出来るようになったんだった。質の良い石鹸がなくて困ってたんだよな。
「シャンプー、リンス、ボディソープ、髭剃り……はまだ要らないか。あタオルだ。柔らかいタオルも欲しいな」
次々に便利なグッズを注文していく。シャンプーを髪につけてゴシゴシと洗ってみたが全然泡立たない。髪の毛は相当ベッタリとしていたようだ。
「おお〜サラサラになったな」
手櫛をしても全く引っかからないほどに髪の毛は潤いを取り戻した。
長い間、自宅というものが無かったが、これからは自分の家を持てる。汚れを落としながらどんな夢のある家にしようかと考えながらニマニマしてしまう。
風呂に上がると途中で続きが見れなくなった漫画があったことを思い出して単行本を検索。
いつの間にか完結していたのはショックだったが、一気見出来るのはありがたい。内容の記憶も曖昧だったので全巻購入して布団の上で転がりながら読んで塩の効いたポテチを齧る。
これこれ、こういう生活を待ち望んでいたんだ俺は。明日も会社だとか、魔族討伐だとかそんなことを考えながら寝る前の憂鬱な時間を過ごすのがめちゃくちゃ嫌だった。
誰にも構われずリラックスして何も難しいことを考える必要のない時間。そんなささやかな幸せを噛み締めながら眠りにつく。
さあ!明日から憧れのスローライフ生活の始まりだ!
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