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3-5 エルフの森へ

 


 エルフの森に足を踏み入れると空気感が違った。澄んでいて、いわゆるマイナスイオンに満ちているような場所とでも言えば良いのか。


 マイナスイオンがインチキなのは分かってるが、他に表現する言葉が見つからない。涼しくて、呼吸すると新鮮な空気が肺を満たす感覚に陥る。


 鬱蒼と生い茂る木々の隙間から差し込む木漏れ日は暖かく、地面はややヒンヤリとしている。

 快適な空間だ。


「ここは凄いな」


「ああ、何もない凄くつまんない場所だ」


 レーギスは分かってるよとうるさいことを言われたように不快な表情をする。


「いや空気が美味しくて綺麗な場所って言いたかったんだが」


「そんなもん50年も居たら嫌気がさすからな。空気が美味い? だからなんだ、何の役にも立たん」


 まあ、久しぶりに来ると都会の空気は臭いんだなと分かるが。と少し気恥ずかしそうにしている。

 なんだかんだ言って、レーギスも懐かしい空気だと思ったのだろう。


 故郷のありがたみは離れて初めて分かるってもんだからな。


「こっからどれくらいかかるんだ? エルフの美女にはいつ会える?」


 ヘンリーはワクワクしながら森の中をキョロキョロと見回していた。


「言っておくが、僕から離れるなよ。エルフの森には魔法がかかっていて、素人が迷うようになっている。勝手に歩いたら一生エルフの美女には会えないぞ」


「そりゃおかしいな……君と長い付き合いだが道にしょっちゅう迷うし、エルフの美女にも全然会えなかったけど」


「エルフの森限定の話だっての。それにエルフの森以外にエルフなんてほとんどいないんだよ! 排他的な種族で外の世界にいるエルフは刺激を欲して出てきた年寄りばっかりだ。子供の頃の僕を知ってる連中が多いから近づきたくもない」


 レーギス同様何百年も森にいると流石に飽きてくるようで外の世界に出る者もいるとか。まだ百年も生きていないのに森を出るのは異例の速さだそうだ。

 会っても人間換算したら結構いい年だと言うのに、いまだに子供扱いされるのが不愉快なのだそうだ。


 親戚の子供って、いつまでも子供のイメージがあるけど、結構いい年になってたりするんだよなぁ……分からんでもない。


「それじゃあどうやって村までたどり着くんだ?」


「この事は他言しないでくれよ。君たちは友人と認めたからこそ特別に教えるんだからな?

 まず祠に向かう。そこにエルフの村まで直接行ける転移陣があるんだ。それを起動させるには、エルフ語を使う必要があるから、ヘンリー君1人で行っても使えないと先に言っておく」


「おいおい俺様をなめるなよ? エルフ語なら多少は喋れるぜ」


「君のは喋れるんじゃない。ただのうざい知ったかぶりだ」


「そうかな? 『俺の名前はヘンリー君可愛いね俺といけないことしない? 』 どうよこの腕前」


「いいか君が今しゃべっているエルフ語もどきは、あまりにも発音がひどい。可愛いね、は怖いね、に聞こえるし、いけないことしないのニュアンスが肉を食べるって伝わるぞ」


「俺は召喚された時にこの世界の言語スキルを得ているから、レーギスの言ってることが正しいってわかるぜ。ヘンリーお前のエルフは最悪だ。それならエルフ語が分からないフリをしてた方がマシだな」


「ちょっと待てよ。じゃあケニイにはいつでもエルフの村に行けるってことか? そんなの許されていいのかよ」


 いやいつでもエルフの村に行くほど暇じゃねえし、行かねえよ。


 森の中を歩き、時々襲いかかってくる魔獣を倒しながら奥へと進んだ。攻撃ができる味方がいると言うのは非常に頼もしいものだ。ディーンが弱いってわけじゃないが、やはりこいつはディーンよりも強い。普段の会話で忘れがちだが、トップレベルの冒険者と言うだけの事はある。


 レーギスが前衛で索敵し、ヘンリーが後衛で討ち漏らした敵を魔法で遠距離から攻撃できるし、レーギスがすぐに近づいて斬り伏せる。


 攻撃できる人間が、1人から2人になるだけで安定感が段違いだ。シェリーがいれば、安定感もクソもなく無敵なんだがな。


 しばらく歩くと大きな白い樹が見えてきた。所々苔に覆われているが、きれいな色をしていて森の中でも浮いているように見える。


 樹の根元にある大きな洞の中に入ると中は空洞になっており、魔法で空間が拡張されているのか、見た目よりも広かった。

 そこに魔法陣が張り巡らされた祠がある。


「いいか、僕の身体に触れてないと移動出来ないからしっかり掴まってろよ?」


「了解」


 俺はレーギスの肩に捕まる。


「おい! ケニイみたいに肩を掴め何故腰に抱きつくんだ、それに引っ付き過ぎだ! 痛いぞ!?」


「君がしっかり掴まってろって言ったんだろ、初めてなんだから加減なんか分からないって」


「もう……優しくしてくれよな……」


「ごめん……」


「ゴホンッ……」


 妙な空気感になったので咳払いをして続きを促した。


「じゃあ始めるぞ……『我はエルフの子、森を守りし精霊の名において安住の地へ道を開きたまえ』」


 レーギスがエルフ語で呪文を唱えると魔法陣がカッと青い光を放ち、視界が歪み出した。


「さあ、君たちが楽しみにしてたエルフの住む場所だ……何も変わってないな。相変わらず退屈な場所だ……」


 視界が歪み、まばたきをしたら景色が変わっていた。エルフの村は俺のイメージとは違った。大きな木の上にコテージのようなものを立てていると思っていたのだが、実際は木の上に家はなく、地面に土で作られた無機質な丸い建物が並んでいた。


 おっと、写真撮っておかないとスノウに怒られるな。カメラを取り出して村の風景をパシャパシャと撮影する。

 イメージとは違うものの、十分に美しいと言える景色だった。建物と自然が調和している機能的なデザインと言えるだろう。人工物が人工物ではないような森と共に生きるエルフらしい村だと思った。


「おおっ、レーギスか? まさか帰ってくるとは」


 転移した先の近くにいた村人に発見されてレーギスの顔を見るなり、驚いたような声を上げた。


 レーギスよりも背が高く大人っぽいが、老けているような印象はない。人間で言えば20代後半くらいのイケメンのにいちゃんだ。


「なんだテオ爺か、老けたな……」


 この見た目で爺って呼ばれてるのか、エルフの見た目と年齢が全然分からんぞ。


「森を飛び出してもう200年は経つか? 月日が流れるのはあっという間だなあ。それにしては成長してないな? 相変わらず背が低い」


「いや、僕はまだ87歳だぞ有り得ないだろ。それと背が低いのは歳とは関係ない……長老の体調が良くないって聞いたから仕方なく戻ってきたんだよ、それと友人を連れてきた。テオ爺、ケニイとヘンリーだ。二人ともテオ爺だ、近所に住む爺さんで今は確か850歳くらいのはずだ」


 850歳!? おいおい年寄りってレベルじゃねーだろ。それでこの見た目かよエルフって恐ろしいな。


「どもっす」


 ヘンリーは軽い口調で挨拶する。


「ケニイです、よろしくお願いします」


 テオ爺と呼ぶには見た目が若過ぎるエルフに挨拶をして長老のいる家へと案内してもらう。


 いろいろ気になるものがあるが、今は長老に会うのが先だ。後でエルフの村を案内してもらおう。


 村は広く人はあまりいない。遠目から姿を確認することができるが、人口密度はかなり低いようだ。


「全然人が居ないんだな」


「今の時期は皆家で寝てることが多い。長生きしてると寝るくらいしかやることがなくなってくるんだ」


「テオ爺はその割に元気そうだが」


「そりゃそうだよ、テオ爺は村の中でも腕の良い狩人で危険な魔獣を狩って森の状態を維持しているからな。多分まだ僕より強いぞ、後200年したら流石に勝てるだろうがな」


 気の長い話だ。でも、レーギスより強いってそれ、勇者級じゃね?

 この世界には表に出てきてない強い奴らがいるのかもな。


 魔王軍との戦いも基本的には魔族対人間だったし他の種族はあまり関わってなかった。となると、人間と魔族以外にも俺の知らない強者がいても不思議じゃない。


 それこそシェリーや他のドラゴンなんて相当強いだろうし、伝説の生き物や英雄なんかの名前も残っている。

 この世界ならばそういった存在がただの物語ではなく、実際に存在して、誇張でもない強さを持っているということがあり得る。


 有名どころで言えば一夜にして国を滅ぼした邪龍伝説とか、この大陸のどこかに封印されている半神半人の神の子どもとか、海に沈む王国とかあながち本当にいるかも知らないなと思わせるようなロマンのある話が残っている。


「ちょい待ち、テオ爺ってもしかしてテオラースって名前じゃないかレーギス」


 ヘンリーが眉間に皺を寄せて喉まで出かかっていた何かを思い出したように質問した。


「ん? ああ、確かそうだけど、なんで君が知ってる?」


「マジかよ……テオラースって言えばドワーフ王国じゃ昔の戦争でドワーフ兵1000人を相手に暴れ回った怪物で有名だぞ、悪いことしたらテオラースが来るぞって親が子供を脅すんだ」


「ははっ、昔はまあ、ちょっとヤンチャしてたからそういう話が残ってても不思議じゃないが照れ臭いな。まあ今でもドワーフ見たら斬りかかりたくなるんだがな」


 テオ爺は頬を恥ずかしそうにかいてるが、ははっで、済むのかこれ、種族間の遺恨とか残ってない? 大丈夫?


「テオ爺、ヘンリーは大丈夫なのか?」


「は? 大丈夫って……彼はドワーフじゃないだろう?」


「正真正銘のドワーフだぞ? ヒョロ長くて髭が薄いだけで」


「んん〜? 本当にドワーフか? 君のような見た目のドワーフは見たことないしドワーフと言われてもそうは思えんから殺意も湧かないなあ」


 テオ爺はヘンリーをジッと見つめて首を傾げた。


「なんか釈然としないが斬られるよりいいか……」


 ヘンリーはヘンリーで首を傾げていた。


「ヘンリー、髭濃くしてやろうか?」


「い、今はいい!」


「なんでだよ、今なら無料でやってやるぞ?」


「斬られるだろうが!」


「安心しろ、今なら治療もタダだ」


「どんだけ性格悪いんだよお前!」


「普段の行いの悪さを反省するんだな、妙な真似したらすぐに髭を生やしてテオ爺をけしかけてやる」


「ああ、いつでもやってくれケニイ。ヘンリーをそれで黙らせられるんなら助かる。何なら全財産出しても良いからここでは喋って欲しくない」


 レーギスも良いことを聞いたと悪い顔でうなずいた。


 村の中でも一際大きく、立派な家が見えてきた。どうやらここが長老の住んでいるところらしい。


 隣にいるレーギスの顔は少し緊張していた。

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