3-4 男同士の語らい
「こういう遠出は久しぶりでちょっと楽しいな」
「ケニイの便利な道具がたくさんあるから、旅も不自由しないし、うるさい女たちに小言言われず羽が伸ばせるってもんだぜ」
「いや、お前のは純然たる批判で、小言ってレベルじゃないだろ」
「おっと、そういうのを小言って言うんだぜ?」
「はあ……」
ヘンリーのおバカっぷりは顕在で、テント設置をしながら雑談をしていた。
寝袋や、テントは物品召喚で出したものだ。俺はキャンプなんて現代の世界でしたことなかったから、かなり適当だ。
それでも長い旅で野宿することはあったので、知識と経験はそこそこある。冒険中にこれがあれば便利だったなというものを用意しておいた。
日本から急に異世界に飛ばされて、困惑したことは多かったが、個人的にはティッシュが存在しなかったことが苦痛だった。
あまり日常的に使っているので重要性を感じなかったが、ちょっとしたことで俺たち日本人、いや現代人はティッシュを使っている。
鼻をかんだり、口を拭いたり、本当にちょっとした時に「あ、ティッシュはなかったんだ」と困ることが多かった。
汚い布で拭くのは憚られるし、大丈夫そうな布は高級過ぎる。丁度いい使い捨てのティッシュがこれほど便利だとは知らなかった。
我が家ではティッシュは大活躍している。最初はアンもリリーも高価な紙を鼻をかむ程度のことに使うと聞いてビビっていた。
そんな無駄遣い金がいくらあっても出来ないと。
しかしすっかり現代の技術に慣れてしまった彼女たちは無くなったので補充をお願いしますと素っ気なく言うくらいには慣れている。
他にも生理用品なんかは革命のような驚きと称賛を浴びた。
男の俺には分からんが、やはり月のものに悩まされるというのは女性共通のもので、服が汚れたりするのを防ぎ、少しでも清潔に出来るのは素晴らしいとのこと。
いっそ、商品化して売れないかとアンは言っていた。ただ、そういったものを開発するのはヘンリーが得意なわけだが、そんなことをヘンリーに相談すれば非常に面倒なことになるのは分かりきっている。
彼女は空いている時間を使い、独力でなんとか再現出来ないかと研究しているみたいだ。
俺に出来るのは痛みを和らげるくらいだからな。
「レーギス元気がないな」
「ああ絶好調さ。これから実家に帰って嫁の話をされて、小言も言われるのが分かってるんだからな」
カンカンっとハンマーでテントを固定する釘を打ち込んでいるレーギスは顔色が悪い。
「イルラキアの街は嫌いじゃないけど、なんか都会の喧騒にも疲れた……もうここに住もうかな、戻りたくないよ……」
「こんな誰も居ない場所に隠居する気か? 可愛い姉ちゃんがいっぱい居て静かな場所知ってっけど?」
「そんな楽園みたいな場所があるのか?」
「ああ、エルフの森ってんだ……」
「ヘンリー、今の僕には精神的に余裕がないんだ冗談を言うなら君の粗末なイチモツを切り落とすぞ!」
「ヘンリーそのへんにしとけ。まあ、ヘンリーのイチモツが切られたらヘンリーがレーギスの奥さんになりゃ住む話だけどな」
「ケニイ!? 君までからかうのか!?」
「悪い悪い」
「聖人とか街では言われてるけど、ケニイは普通に性格悪いからな。でも俺の息子に万が一のことがあったら特大のやつを頼むぜ?」
男ばかりだと、こういう下品な会話が多くなる。下ネタは世界共通の笑いらしい。
焚き火を囲みながら肉を焼く。パチッパチッと木の爆ぜる音や舞う火の粉、炎が照らしてぼんやりと周囲だけが明るくなる雰囲気を懐かしく思いながら、酒を飲む。
「真面目な話、レーギスは族長だか長老だか知らんがどういう関係なんだ?」
「僕の育ての親だよ。本当の親は知らない、早いうちに死んだからな」
それは初めて聞いた。御坊ちゃまっぽいなとは思っていたが、エルフの中でも偉い方なのか。
「じゃあ、跡継ぎ問題とかが大変だから余計にプレッシャーかかってるのか?」
「いいや、僕は養子だから一族の長になるような継承権はないんだ。ただ、エルフも色々派閥があって僕を族長にしたがる厄介なやつらもいるから、争いを避けたくて森を出たんだよ。ちなみにヘンリーも似たような境遇さ」
「だから俺たち惹かれあったんだよな」
「ああ、ヘンリーとは最初から気が合った」
「もしもし? これから婚約者候補と会うってのに二人の関係性は問題じゃないですかい?」
マジでこいつら仲良いのは分かるけど距離感おかしいって。
「ってか、ヘンリーも良い血筋なのか」
「君、俺たちに全然興味ないんだな?」
「ないよ、というか俺は生まれとか関係ないと思ってるしな」
「ふーん、異世界の人間はそれが普通か?」
「多分な……」
これは半分自分に言い聞かせてるようなものだ。生まれや親が子には関係ないと俺が思いたいのだ。
まともな家庭環境じゃなかった俺は、それが理由で学校でも仲間外れにされたことがある。
俺は別に悪いことをしたわけじゃないのに、責められたり、馬鹿にされたりする。
普通の家に生まれたのがそんなに偉いのかよと何度も思った。だから俺は出来るだけ、そういうものに囚われたくない。
性格が悪いって言われたのも、ある種の防衛というか普通に暮らしてたらこんな捻じ曲がり方はしなかったかもなとは思うが、結局のところ親の影響で今の俺が出来ているという現実は変わらないし、関係ないとは俺自身が心の奥底では思えていない。
だから、あえて関係ないと咄嗟に口にしたくなる。
「子供の頃のケニイってどんなだったんだ?」
「お前らが言うなら教えてやるよ」
それからは暴露話が始まった。
俺の昔の話は正直、面白いものではない。でも、ヘンリーもレーギスも変に同情したり哀れんだりすることもなく、冗談を織り交ぜたりして聞いてくれた。
他の勇者たちは俺より子供だし、こんなおっさんの悲しい過去なんて聞かせても引くだけだからな。
でも、この世界ではそれくらいありふれている。ヘンリーもレーギスも別に珍しくもないな、と言いながらもそれを肯定することもなく受け止めていた。
こんな話をする相手が出来るとは思っていなかったが、胸の中にあった、つかえがスッと降りたようで少し楽になった。
これが友達ってもんか……。
不幸自慢、不幸マウントではないが、「それなら自分もこんなことがあった」ととても笑えない悲しい話を酒を飲み、酔っ払いながら率直に語り合う。
俺たちは境遇や性格には難がありながらも、なんやなんやここまでやってきたんだ、胸を張ろうじゃないかとお互いを励ましあった。
確かに、ここまで生きてきた。辛いこともあったが今はそれなりに楽しくやれてる。
少しだけ、自分を許して認められた気がする。
照れくさいから直接言えないけど、こいつらには感謝している。
もちろん関わっている皆に感謝しているが、対等な友として語り合える関係なのはこいつらだけだ。
シェリーは出来の悪い我儘な妹、リリーとアンは主人として少し気を張っているし、スノウの前ではちょっとカッコつけてしまう。
自分の弱い部分を見せてガッカリされるんじゃないかと臆病になっているのだ。それに周りの人間は薄々気付いているかも知れないが、それでも自分を曝け出すのには勇気がいる。
こいつらなら、大丈夫か。と、不思議とそう思わせる何かがあるのだから奇妙なものだ。
夜も深くなり、見張りの交代時間まで眠った。
朝になり、眠っている二人の為に朝食の準備をする。
卵、ベーコン、パン、コーヒーと簡単なものばかりだが、野宿で食べるには上等だ。それに外で食べるからこそ、こういうものが余計に美味しく感じたりもする。
「うう、もう朝か……昨晩は騒ぎ過ぎたな」
ヘンリーが目をこすりながらテントから出てくる。
「二日酔いか? 解毒かけてやるよ」
「助かる、ついでに眠気覚ましの魔法とかないのか」
「そんなもんねえよ。コーヒーでも飲め」
「コーヒーも栽培出来りゃ旅の人間には売れそうだが」
「気候が違うからな俺の世界でも温かいところで作られてたがこの辺りは割と寒いからな」
俺たちのいる世界、大陸は寒い。冬は日本の東北地方ほどではないが雪が積もるし、夏の暑さも知れている。
高温多湿の日本と全然気候が違うから、最初の頃は体調を崩すことも多かった。生活してみて分かったが、日本ってめちゃくちゃ降水量が高いんだなと実感した。
湿度や気温の違いで食べ物の腐るスピードがまるで違ったし、そりゃなんとかして食えるものを増やそうと色んなものを食べたり加工したりするのも納得するくらいだ。
「魔法を使えば温かい部屋を作ってそこで人工的に栽培出来るかも知れんが、売値よりも生産のコストの方がかかるだろうな」
「うーむ……ドワーフの国にはそういう道具もあるだろうが、大規模な栽培となると難しいかもな」
ドワーフの国は魔法を使った道具や研究が盛んな国だ。珍しいものや便利なものがいっぱいある。
ヘンリーはしばらく帰っていないが、久しぶりに戻って技術の発展を確認したら、今研究中のカップラーメンの加工も何かヒントがあるかもしれないと呟いた。
だが、昔にやらかしたせいで見つかったら何されるか分からんから戻れないとのこと。
細長く、髭薄い彼はすぐにバレるらしい。
「なら、ドワーフの国に戻る時だけ顔の形変えて髭生やしてやるよ」
「そうか、その手があったか。でも帰ったらちゃんと戻してくれよ? ドワーフにモテても意味ないからな。このツルッとした顔じゃないと他の種族に相手にされない」
「その姿で相手にされたことなんてあったのかよ」
お前の場合、問題は外見じゃなくて言動だろうよ。
「レーギスはまだ寝てるのか?」
「あれ、そういえばテントには居なかったな?」
「どこ行ったんだ、まさか逃げ出したんじゃ……」
「ここにいるよ……」
「なんだ、いたの……か……」
レーギスの声がして振り返ると言葉を失った。
彼は何故か髪の毛と眉毛を全剃りしていた。眉毛がないので野球少年というよりは抗がん剤の治療による影響を受けた子供のように見える。
「ど、どうしたんだそれ?」
「この見た目なら見合いの相手も諦めるかと思ってせめてもの抵抗をしてみた」
「というか、ほぼヤケクソだろそれは」
どんだけ嫌なんだよ。ここまでするか普通。
「あらまあ、卵みたいになっちゃって……」
ヘンリーもなんと言えばいいか分からず変な感想を口にするのみだ。
「いくらなんでも、見合い相手が可哀想だろ」
「僕よりどこのどいつかも知らんやつの味方をするつもりか?」
「そういう問題じゃないだろこれは……ヘンリー、レーギスを抑えてろ」
「了解」
ヘンリーはレーギスを羽交締めにする。
「な、何をする!?」
「大人しくしてろ……全く、程度ってもんがあるだろうが」
レーギスの頭に触れて肉体改変で髪の毛と眉毛を生やして元通りにした。
「俺がいる限り何回でも再生するからな、無駄な足掻きはやめろ。嫌ならちゃんと口で言えよそんな幼稚なことするなっての」
痛々しくて見てられんぞ、その姿は。一応顔は整ってるんだから勿体無いことするなよ。
「大体な、まだ会ってもないんだから分からんだろ。もしお前のめちゃくちゃタイプの子だった場合お前は死ぬほど後悔するぞ、あんな頭じゃ」
第一印象は大事だ。レーギスが気に入った場合何故止めなかったと逆ギレする様子が容易に想像出来る。
「さあ、エルフの森に行くぞ」
「くうっ……」
嫌々、いうのが分かる歩き方のレーギスを引きずりながら森に向かった。
しばらく歩くとエルフの森に到達した。ここはまだ森の入り口だが、周囲の自然とは明らかに違う荘厳な雰囲気を漂わせていた。レーギスによるとここは精霊と麻薬が充満している土地なのだと言う
言わせると、ここは精霊と魔力が充満している土地なのだと言う。
ファンタジーの代名詞とも言える、神秘的な森に足を踏み入れた。




