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3-3 旅の支度



 ティーグルの娘を診察室のベッドに寝かせて、ティーグルの手続きを小細工する為に屋敷に向かい守衛にアポを取る。


 一介の平民ごときが、領主の娘に会いたいんですけど、と言えば予定さえ空いていれば当日に会えてしまうのは異常だ。


 この街がもっと発展して他の貴族の目も気になる頃には、こういったことも出来なくなるだろう。


 ただ、襲撃に関してはすぐにでも一報入れておくべきだ。イルラキアが危険だという噂が流れるのは発展してる今、致命的だからな。



 ティーグルの娘の経過を観察していたが、特に問題はなし。栄養失調気味なのは、この世界の平民のほとんどだが、病人となると無視できない。

 栄養のある食事を与えて、寝かせて置く。傷による発熱が体力を奪ってしまっていたからな。


 昼過ぎにはソフィーと会う約束が取れたので、早速向かった。



「それで、今度は何をやらかしてくれたわけ?」


「俺がやらかしたって決めつけないでくださいな」


「そうね、話を聞きましょうか」


 ティーグルたちがこの街に向かう道中で襲撃された話、そしてティーグルが娘の為に不法に街に入ってる話をした。


「も〜、やっぱり問題発生してるじゃない」


「襲撃に関しては俺のせいじゃないって」


「まあ、襲撃に関しては見当はつくけどね。ダルムーアが冒険者がこっちに流入してるから嫌がらせしてるんだと思う。それにしてもやり過ぎだけどね、その点は少し引っかかるから調査させてみる」


「それで、ティーグルと娘なんだが……」


「はい、許可証」


「おっ、いいのか?」


「良くないけど、情報提供者として優遇ね。はあ、次から次へと問題が起こるからあなたに爵位あげて多少融通効く立場にするのが楽なんだろうけど」


「悪いな、貴族になるつもりはない」


 これ以上貴族の付き合いが増えるのは勘弁して欲しい。というか俺には向いてない。日々の業務中の接客でいっぱいいっぱいだ。


「あなたなら、引くて数多なんだけどね〜、どこの家にも腕の良い治癒術師は欲しいもの。最近は王都でも教会支持派閥の貴族とアーゼルグスト侯爵がやり合ってるって噂よ」


「息子が死にかけたんだ、そりゃ教会の力を削りたいだろうさ」


 侯爵のツテでお偉いさんの治療を何件かした。恐らく恩を方々に売ってるんだろう。関わりたくないから知らん顔してるが、治癒の商売を独占するってのは、やはり健全ではないと思うので陰ながら応援している。


 競合がいないと成長も緩やかだろうし、腐敗が凄いからな。


「ああ、そうそう。しばらく街を出るから緊急の用事があったらシェリーに連絡してくれるか。エルフの森に行くんだ」


「え〜……あんな可愛い恋人がいてエルフにまで手出すつもりなの?」


「レーギスの頼みでついていくだけだって」


「じゃあ美女揃いのエルフの森に興味はなし?」


「そりゃ興味はある……って、それは誘導尋問じゃないか?」


「こんなの誘導したうちに入らないでしょ。発言にはもっと気をつけないと足元救われるわよ? これじゃ、どのみち貴族の仲間入りは難しそうね」


「それも誘導か? 森に遊びに行くお嬢様がいるかよ」


「はんっ! かかったわね、発言に気をつけなさいと言った側から貴族の私を間接的に侮辱するとはね」


「あっ、ズルいだろそれは!」


「ズルい? ズルいってのは私が権力を使ってあなたに叙勲させて旦那にさせるとかのことよ。揚げ足取りの世界でそれはズルいなんて通じると思ってるの?」


「うう……正論はズルいだろ……」


「まだ言ってるわね」



 ソフィーに暇乞いをして屋敷を出る。


 ヘンリーに声をかけて事情を説明した。


「分かった、そんなら旅の準備しないとな」


「おいおい、お前も来るのかよ?」


 ヘンリーは、何の表情の変化も見せずただそう言って準備をしようとする。


「え、だってレーギスが困ってるんだろう? 友達の俺が助けてやんないでどうするんだよ」


「驚いたな、お前にもそんな感覚があったのか」


「さっさとレーギスの婚約の話をおじゃんにして、エルフの美女漁りしないと。エルフの森なんて普通は入れないから絶好のチャンスだ。ケニイ準備は出来てるのか?」


 そうだよな。お前はそういうやつだ、安心した。


「さてと、こいつの出番が来たな」


「何だそれは」


 ヘンリーはポケットからメガネを取り出した。


「サイモンのメガネを参考にしたんだ。これで顔のバランスや体型を数値化して評価してくれる。冒険者のランクと同じでたSが最高だ。俺は全て射程圏内だ──髭さえ生えてなかったらな」


「じゃあ要らねえだろ」


 ドワーフか、ドワーフじゃないかが分かれば良いんだろお前は。大体そんなもん一目瞭然だろ、髭の薄いお前が珍しいだけで。


「でも、エルフの森でも使えたって宣伝文句が入れば売れること間違いなしだ!」


「保存食の開発は?」


「あっと……レーギスが待ってるだろ早く行こうぜ!」


 またサボってくだらん発明してやがったなこいつ。


 でも、魔獣の強さを数値化するスカウターみたいなやつの方が絶対冒険者に高値で売れるだろ。


 こういうセンスのなさがヘンリーらしいところだが。


 美人とか見たら分かるしな。そんなもん人の好みにもよるだろうし。


 でもその情報をタダでやるのはなんか癪だから黙っておこう。保存食が完成したら褒美として教えてやるか。




 俺の不在で影響を受ける人たちに引き継ぎの連絡をしておく。シェリーを一時的に借りるとサイモンに話を通しておかないと、エルフの森まで自分の足で行かないといけないからな。


「そうか、ならエルフと友好関係を築きたいから、土産でも持っていけ。美容品なんかが良いな。エルフが愛用しなるなんて宣伝文句がつけば売れるだろう」


 なんか、サイモンとヘンリーにデジャブを感じるんだが気のせいだろうか?


 商売の勘やセンスは段違いだが、利益を求める合理性は似てるかもしれない。


 エルフに持っていく土産を見繕って倉庫に入れて置くから、出発の時にシェリーに持って行かせろと命じられて了承した。


 スノウにしばらく家を空けると伝えるとかなりゴネられた。

 彼女もエルフの森に行きたいと言い出したのだ。


 気持ちは分からんでもないが、遊びに行くんじゃないし仕事の納期もあるから諦めろと説得するのに骨が折れた。


 カメラで風景を撮ってくると約束してなんとか了承してもらえた。カメラは彼女のお気に入りで、最近は色んなところへ出かけて写真を撮っているらしい。


 どんな写真か気になって見せてもらったら、下手な自撮りが何枚かあって可愛かった。

 それを見つけた時の慌てようはもっと可愛かったが。


 彼女の為だ、高い機材で最高のエルフの森の様子を土産にしよう。

 しばらくの間、夜の酒を買うのを辞めたら済む話だ。




 ティーグルと娘の世話はロメルダに任せた。ティーグルは普通にしていれば結構強い冒険者らしく腕っぷしを買われて留守の間は娼館の警備にしてみると言っている。


 ダンジョンに潜るよりはよっぽど安全だし、収入も結構良いはずだ。頑張って欲しい。

 まあ、レーギスと顔見知りで、城壁をジャンプして飛び越えるくらいだし弱いはずはないか。


「それじゃ、行くか」


「早すぎないか!? 1日の出来事だぞ!?」


「エルフの時間感覚で言えば早いんだろうけどこっちも仕事があるんだよ。さっさと片付けたいんだ」


「僕にも心の準備の時間が必要だ、長老のクソババアの顔を見て、小言を言われて、訳のわからん女とくっつけられる準備がな! 僕は繊細なんだ!」


「繊細の意味が人間とエルフでは随分違うようだな。お前昨日の夜、口止め料もらおうとしてただろ」


「レーギス早くしてくれよ、俺はエルフの姉ちゃんを拝みに行きたくてウズウズしてんだ」


「姉ちゃん? ああ、僕からしたら婆さんの奴らのことか。どうせ僕の見合い相手も婆さんだよ! ゴハァッ!?」


 シェリーはレーギスを殴り飛ばした。


「貴様の理屈では我輩が婆さんになってしまうではないか! 我輩はまだ若い!」


 シェリーは300歳だからめちゃくちゃ婆さんってことになるもんな。そりゃキレるよ。


「シェリー安心しろ、俺は年上もいけるからな? ブベラッ!?」


 ヘンリーも殴られる。


「いつも歳上の威厳とか長生きしてる自分の方が偉いとか言ってるのにそれは怒るんだな」


「経験を積んで成熟しているという点で歳上なのは認めるが、老人扱いされるのは気に入らん」


「大丈夫だ、お前はかなりお子様だ」


「そうか? ナハハ! やはりケニイは扱いを心得ておるな!」


 ああ、心得てるとも。


「まあ、ともかく出発だ!」


 シェリーはエルフの森に行ったことがないので、近くの場所まで転移魔法を使ってもらう。


 そこからは徒歩だ。いきなり森のど真ん中に侵入するのは無作法なので、正面からちゃんと森の中を歩いて入らないと歓迎されないらしい。


 因みに、森の中はAランク冒険者のパーティでなんとか突破出来るくらいの難易度らしい。



 フッと視界が変わってエルフの森から少し離れた湖が眼前に広がる。月明かりが水面を照らしてキラキラと光っていた。


「じゃあ、我輩は呼び出しがあるまで街に戻っておるぞ」


「ああ、助かった。エルフの森についたら呼び出すからその時に土産を運んでくれ」


「分かった」


 すぐにシェリーは消えて湖のほとりには、俺とヘンリーと青い顔をしたレーギスだけが残った。

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