3-2 間が悪い
「取り敢えず回復っと……」
「うっ……ハァハァ……何をした……」
意識が飛びかけていた男が自分の身体の変化に気が付いたようだ。
いや、お前が助けろって言ったから助けたんだろうが。
「子供の方も見せてみろ」
「なっ、触るなッ!」
男は声を荒げて、伸ばした俺の手を振り払う。
「おいおい、落ち着け。俺は治癒術師だ、金は取らねえからそんな警戒すんなよ」
「嘘をつくな、お前のような治癒術師がいるか」
「お前のようなって、どんなだよ」
治癒術師のイメージ悪いのは知ってるけどよ。
「ただのガキだろうが、商会の坊ちゃんかなんか知らんがな──良いから人を呼んでくれ」
これでも、ちゃんと働いてるおっさんなんだがな。
「人って誰を?」
「この辺りに腕の良い治癒術師がモグリで仕事をしていると聞いた。話が分かる良いやつらしい」
「ほう、そいつはもしかしてケニイってやつじゃないか?」
「ケニイ……? いや、噂ではサルゴンとかいうジジイのはずだ。そいつを呼んでくれ……」
ケニイじゃないのか……。サルゴンなんて新入り中の新入りだっつーの誰だよ、そんな噂流してるのは。
元教会の治癒術師のおっさんの方が『やってくれそう』感があるのは間違いないけどよ。
いっそ俺も仕事中は貫禄のあるオヤジって雰囲気のある顔にするか?
「そうは言うが子供の様子を取り敢えず見せてくれよ。危ない状態なら良いんだが」
「てめえのような世間のこと何も分かっちゃいねえ、見ず知らずのガキに俺の娘の面倒を任せられるかよ」
「なんだとぉ!? ……いいから、さっさとそのガキをこっちに寄越しやがれ!」
「ケニイお前……なんてことを……」
「ん……? レーギスか、こんな時間にどうした?」
振り向くとレーギスが青い顔をして、口を抑えてショッキングなシーンを見てしまったというような表情をしている。
「見損なったぞ!」
「え? あ、えっ、違うって俺がやったと思ったのか!?」
「いーや、確かに聞いたぞ、ガキをさっさと寄越しやがれってな……」
「言ったけど……言ったけど聞いたタイミングが悪かったんだ」
「ほう、つまり間の悪いところに居合わせた僕を……どうするつもりだ?」
「テメェ、全然話通じねーな!?」
「なるほど、金で僕を黙らせようというのか。……いくらだ?」
ダメだ。完全に誤解してやがる。しかも買収に応じようとしてるんだが。
そういう点では話の通じる奴だぜ、みたいなやり取りが発生するシーンではあるのだが。
逆に金もらって何事をなかったかのように振る舞うかも知れないお前を見損なったぞ俺は。
外で話すと目撃者が増えてこれ以上ややこしくなるのは面倒だ。すぐに仕事場を開けてベッドで休ませてやる。
「あれ、お前どっかで見たことあるな?」
「レーギスのアニキか!? 俺だよ、虎人のティーグルだ!」
男は明かりのついた部屋でレーギスの顔を見て驚いた。
「なんだよ、お前ら知り合いかよ」
「あぁ、ティーグルね……はいはい! もちろん覚えてるぞ……あれだろ、あの時のなっ」
「そうです、あの時の! 本当にあの時は助かりました、いや〜また、お会い出来るとはな〜!」
「本当、会えて良かったよ! ははは!」
あっ、こいつ覚えてないな。
レーギスの額から流れる汗を見逃さなかった。
でも、一応の面識はあるようだし、早く子供の様子が見たいから説得してくれるように頼む。
「なんだ、レーギスのアニキのお友達でしたか。それに腕も良いんですって? それじゃ早速見てもらえますか?」
「ああ」
この変わり身の速さよ。さっさと見せろってんだ。
……うっ、おいおい、ヤバいぞこの子供。俺が見なかったら数日どころか今日中に死んでる可能性があった。
一体何があったらこんなに骨が折れて内臓に損傷をきたすんだよ。
訳アリか?
「どうすか、娘は助かるっすか……?」
「大丈夫だ。もう安心だ。子供だから体力が少ないから栄養と休息が必要だがな」
無駄に心配させる必要はない。怪我は完璧に治っているのだから死にかけていたと言っても意味がないからな。
「あ〜、料金だが……」
「ティーグル、知り合いのよしみだここの代金は僕がもとう」
「良いんですかアニキ!? また助けられたなんて……一体どうやって恩返しをしたら良いのやら分かりませんぜ」
あ〜、こいつレーギスに騙されてんな。うちの治療費なんて平民で怪我してるなら安過ぎるくらい良心的ななに、凄い恩を売ったかのような空気を出してやがる。
「恩か……困った時はお互い様だ。君が何か返したいって言うなら、そうだな……」
ほら来た。これが狙いだ。こいつしっかり強いし安定した職もある癖にいつまでこんなゴロツキまがいのことするつもりなんだ。
「なんでも言ってください!」
「僕の仕事の手伝いをしてくれるか? 今丁度人手がたりなくて困ってるんだ」
「アニキの頼みと言うなら子供が出来て、冒険者からは足を洗ったんですが復帰しますよ!」
「いや、今の僕の仕事は、冒険者じゃなくて冒険者に商品を売ることで、君の仕事はその手伝いだ」
「な、なぁーんだ、俺はてっきりダンジョンに潜って死にかけるのかと思いましたよ!」
「ああ、食材の調達も仕事のうちだからダンジョンに潜ることもあるけど大丈夫大丈夫! 腕が千切れても死ななきゃ、ここにいるケニイがなんとかしてくれるからいっぱい稼げるぞ!」
レーギスはそう言ってティグルの肩にポンと手を置いた。悪い顔してんな〜。
「マジすか!? てことは治療費はアニキっつうか、アニキの会社の負担ですよね、いや〜、一流の冒険者だとそれくらい払えるんだなあ」
「え、あ……ああ『漢』ってのはそんなもんよ」
おや、ティーグルの方が一枚上手か?
いや、ティーグルもレーギスも意図してない結果なんだろうな。本気で驚いてるっぽいし。
要らん見栄張るからそうなるんだよ。
は、割引? そんなもんするわけねえだろ。舐めてんのか。
耳打ちでどうにかならんかと頼み込んできたレーギスの要求は却下する。
「あっ、そうだそうだ。5年前くらいにエルフの森に行った時にアニキにあったらこれを渡してくれって長老に渡されてたものがあったんですよ」
「ちっ、面倒な。でも遺産相続の話かなそれなら吉報だ」
レーギスは長い間森に帰らず冒険者生活をしていたので親族に顔を見せていないらしい。エルフの時間のスケール感は人間と違うから、もう何十年も帰ってないのに平気な顔をしている。
レーギスは手紙を受け取り、空中に投げた手紙をナイフを使って素早く開いて読み始めた。そんなの要らないから普通に開けろよ。
「お〜っと……これはマズイな悲報だ」
「どうしたんだ?」
「僕がいつまで経っても伴侶を見つけないから、勝手に見合いをセッティングされてる……」
「ぶふっ、良かったじゃねえか」
「良くない! エルフは人間みたいに権力とか家のしがらみが殆どないから恋愛結婚なんだ。何十年も伴侶を見つけずに見合いをセッティングされる相手なんて問題があるに決まってるんだよ! そんなやつと結婚させられてたまるか!」
「レーギスよく聞け、これは真面目なアドバイスだ」
「この際どんなアドバイスでも助かる。君は彼女と上手くやってるからな」
「いいか、どんなに相手に問題あると言ってもお前ほどじゃない。見合いを受けるべきだ」
問題があるのはお前の方だ。自分で見合いをセッティングされるやつは問題あるって言ってるんだからブーメランが刺さってるぞ。
ちなみにこの世界でもブーメランは同じような意味で通じる。
投げて自分に当たるジェスチャーで小馬鹿にしてやる。
「チクショウ! 真面目に聞いた僕が馬鹿だった!」
「そうだ、お前は元々馬鹿だよ」
飲まなきゃやってられんと、レーギスは酒を飲もうとしだす。やめろ、お前は酒乱だ。飲ませるわけないだろこんなタイミングで。
「ん? おい手紙にまだ続きがあるみたいだけど」
「何ぃ……おいっ、くそっ汚いぞアイツら!」
「どうしたんだよ」
レーギスは苛立ちながら頭を掻いて大声を上げた。
「長老が健康状態が良くなくて生きてる間に僕が結婚しているのが見たいって書いてる。くそッ!」
「もう長くないのか?」
「ああ……もって20年だろうって」
長いって。結構生きてるってそれ。エルフ的には緊急の案件かも知れんが赤ん坊が大人になるくらい時間あるぞそれ。
「僕は見合いをしないといけないのか……」
「いやいやいや、20年は全然余裕あるだろ」
「ケニイ、僕はどうやら一旦里帰りしないといけないようだ。ヘンリーには迷惑かけるな……」
「え、アニキ俺の仕事の世話してくれるんじゃ?」
ティーグルがポカンと口を開けて自分のことを指差した。
「悪いが20年だけ待ってくれるか?」
「流石にそれは長いっす! 俺たち人間より寿命短いんですから!」
うん。俺も仕事任せてるし20年帰ってこなかったらめちゃくちゃ迷惑だわ。
「だが長老の体調が心配だし、病気が何か分かって治るんならお見合いを流れるんだがそんな都合よくは行かな……!?」
レーギスは俺の顔を見て、ハッと何かを思いついたようだ。
「都合のいい男がいた!」
「誰が都合のいい男だ。それに演技がわざとらしいんだよ」
「劇的な効果を狙ったんだよ。ついてきてくれないか?」
「俺は仕事あるっての。ここから離れるわけにはいかんからな」
「頼むよ! よくわからん女と結婚するのは嫌なんだ、頼むこの恩は絶対に返すから!」
「恩か……困った時はお互い様だ。君が何か返したいって言うなら、そうだな……」
「おい、それはさっき僕がティーグルに言ったセリフじゃないか!? 何を要求する気だ?」
「おっと、またブーメランが刺さったようだな」
「おいっ!大人気ないぞ、前に言ってた君の国のブシドーの心はどうした!」
「お前は武士道を勘違いしてるようだな。大体無作法の極みみたいなやつが武士道を語るなよ」
だがまあ、それなりに付き合いがあるし、業務が停止すると困るから武士の情けで長老が治せるもんなら治してやると約束した。
対価に要求するものは決まったら伝えると言って焦らして置いた。まあ、雑用とか使い道は色々あるからな。
で、レーギスのせいで話がそれてしまったが本題だ。
「あんたらは何でこんな怪我をしてたんだ?」
「…………」
ティーグルは警戒した目つきで口を閉ざす。
「ティーグル、教えてやれ。ケニイは種族で差別したりしない」
「襲撃された……この街は人間以外も住みやすいって噂が結構流れてて、俺たちもイルラキアを目指すキャラバンに同行していたんすけど、野盗というよりは何者かに指示を受けたような感じの組織だった人間たちに襲われて……」
「おかしいな、そんな集団がいればうちに連絡が来るはずだが聞いていないし、実際患者が来てなかった。それに、そんな怪我で門番が通すとも思えない」
「いやっ、襲撃は本当だ! ただ……金品を巻き上げられて娘が怪我までしてたもんだから、これじゃ街に入れねえと思って……最後の力を振り絞って壁の低いところをピョンと飛び越えたら内側が思ってたよりも高低差があって強打してあの様ですわ、わははっ!」
「怪我は治ったから良いとして──おいおい、不法滞在か? バレたら厄介なことになるぞ」
不法滞在──荷物に紛れ込んだり、裏口から街に入り入市税を払わずに街にいる犯罪行為だ。
バレたら重い罰金、払えなければ奴隷落ちという厳しい罰が待っている。
「死にかけてたんだから仕方なかった……手段を選んでる場合じゃなかったからな」
「はあ……ソフィーに頼んでなんとかしてもらうよ。取り敢えず金は建て替えといてやるから」
いくら違法だとしても、自分で助けたやつが奴隷落ちなんて気分良くないからな。子供もいるし。というか子供が可哀想だ。親の連帯責任で離れ離れになって奴隷ってのはキツい。
「ほ、本当ですか!? アニキ、いや大アニキと呼ばせてもらいます!」
なんだそりゃ。取り敢えずレーギスよりは格が上らしいが、別に子分とか要らんからな。
こいつは悪いやつじゃないんだろうが、調子が良いというか、トラブルを自分から引き寄せるタイプな気がしてならん。
シェリーと森のワイバーンで十分だ。




