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3-1 怪我人

 


 マッサージ屋を始めて1年が過ぎ、イルラキアのダンジョンが本格的に公開された。


 その影響で、一気に人が増えた。


 人が増えればトラブルも増える。そして、怪我人も増える。


 ちょっとした喧嘩で傷を作る人が増えて、冒険者や地元の人の治療に支障を来すようになり出した頃、ロメルダの昔の部下、サルゴンがやってきてそう言った人たちの治療を担当することになった。


 俺は知らなかったのだが、以前来た時は調査官だったらしくロメルダの策略で教会から足を洗う──って言うと洗礼みたいになってしまうが、とにかく抜けたらしい。


 俺たちに都合の良い報告をして、この街が気に入ったから隠居生活に来たのだと。それでも治癒魔法が使える人が増えるのは助かる。


 人口増加に伴ってかなり忙しくなってたから、大歓迎だ。


 サルゴンのような治癒魔法が使える元教会の人間は少しばかりの退職金と、生活をする為に治癒である程度の商売は許可されるバッジのようなものがもらえるらしい。


 働いてはいるが、年金的なことなのだろう。所得制限はあるのだが。


 これで、マッサージ屋でも治癒魔法を使ってもサルゴンがやったこと。である程度言い訳が出来る環境が揃い、俺にはメリットしかなかった。


 その点諸々を考えた上で行動してくれたロメルダには頭が上がらない。


「代表、トラブルです」


「まーた行儀の悪い冒険者か?」


「はい」


 ロメルダの次に偉い嬢たちの取りまとめ役ブロムマーゼが申し訳なさそうに報告する。


 娼館の客は行儀の良い金持ちか、悪い金持ちのどちらかしかいない。


 ここのバックにエストニール商会がついていることから、金持ちの商人は行儀が良くルールを守る。


 自分の腕で成り上がった冒険者は多少天狗になってる奴が多くて行儀が悪い傾向にある。


 冒険者という事で、それなりに他の人間よりは強いのだから、威張ってしまいがちだ。口で言っても聞かない場合は武力行使するしかない。


「そろそろ真面目に腕の立つ用心棒雇わないとなあ」


「ヘンリーさんとレーギスさんってその……強いんですよね?」


 強いよ。タイマンなら俺は負けるくらいには強い。


 でもあいつらは、あいつらで忙しいし、言動に難があり過ぎるからとても任せられない。


「困りますね、お客様。店内で騒がれては」


「なんだぁガキがぁっ! すっこんでママのおっぱいでもしゃぶってな!」


 へへへへへ!


 と下品な笑い事を俺を馬鹿にした男の取り巻きがあげる。


「申し訳遅れました、私はこの店のオーナーであるケニイです。お客様、当店をご利用の際はダンジョン近くにある温泉で汗を流してから起こし頂きたいのです」


「俺たちが汚ねえって言いてえのかぁ!? ああん!?」


「いえ、私は汗を流してから起こし頂きたいと申しただけで、汚いと言ったのはあなたです。後、私は本日の業務を終えた後に恋人のおっぱいをしゃぶる予定があるので、お帰り願います」


「は……? 喧嘩……売ってるのか……?」


「オーナー何を言ってるんですか!?」


 ガラの悪い冒険者のリーダーが俺に喧嘩を売っているのかと、ワンテンポ遅れて本気の怒りの形相を見せた。


「遠回しに言っても頭が悪過ぎて話が通じねえようだなぁっ!? C級風情が粋がってんじゃねえぞ、このタコがッ!」


「へっ、C級風情とは大きく出たなガキ。C級ってのは普通の人間が束になっても勝てねえ強さなんだぜ? ところでお前なんで俺がC級って分かった?」


「C級のプレートつけてるだろうが!」


「ほう……C級のプレートを見て俺がC級と分かるとは、C級についてある程度知っているようだな。C級冒険者への態度がなってねえ」



 お前は一体何を言ってるんだ……?


「なら、どうなるか分かるなぁっ!おい!」


 男は俺の胸ぐらを掴んで凄んで来た。


「離せ、今すぐに」


「!?」


 これはスノウが見繕ってくれた服なんだよ。怒りで殺気が少し漏れた。


「へっ、俺の手をどれだけ握ってもお前の力じゃ勝てねえよ」


「そうか、なら何故お前は内股で青い顔して震えてるんだ? 俺の見立てによると、それはビビってるやつの態度でとてもC級らしくないじゃないか?」


「リーダー……なんで震えてるんすか?」


「しかも内股だし」


「は、はぁ? どこがだ──な、なんだこれは……テメェ何しやがったぁ!?」


「何って、俺の実力を少しばかり見せてやったんだろ、さあ、やろうってんなら、表出ろや」


「なんなんだコイツ!? なんかデカくなってねえか!? この俺が気圧されてるってのかっ!?」


「失せろ、殺されんうちにな!」


 冒険者は尻尾を巻いて逃げ出し、店内では拍手が起きる。


「皆やめろ、恥ずかしいからっ」


「流石です、オーナー。でも何をしたんですか? 本当に大きくなってません?」


「ああ、たいした事じゃないんだがな」


 あの男には胸ぐらを掴まれた時に抵抗するフリをして、奴の股関節の仕組みを変えて、内股でしかいられないようにした。魔力も身体から抜いたから顔面蒼白で震え出した。典型的な魔力欠乏の症状だ。


 そして、俺は筋肉を増加させてガッチリした身体つきに変えた。まあ、これはただのコケ脅しだ。

 身長も伸ばせるが痛いからやってない。そもそも、背はそこそこ高いし。ヒョロイから舐められるのだ。


 ステータスと筋力は関係ないし痩せてても非力とは限らないのがこの世界だ。


 肉体改変のスキルの応用だ。森での戦い以降、肉体改変を戦いに使えるように修行した成果が出てきている。

 今ではスムーズに自分の身体を変形させることが可能となっている。


「ところで、さっきのおっぱいの下り。あれは一体何ですか?」


「何って、上品で皮肉の効いた返しだろ?」


「いえ、ああ言う時は普通は『てめえのママの乳首は吸いやすかったぜ』とか、相手の母親のことを侮辱するのが定番の返しだと思うのですが、ただの願望というか、本日の予定では?」


「俺、そういうの苦手でよく分かんねえんだわ。また失敗したか」


「ええ……スノウさんを可愛がっているというのは皆に伝わったかと思うのですが」


「恥ずかしいだからトラブル解決は嫌なんだっ!」


「そんなっ!オーナーは頑張ってらっしゃいます。平民出身とは思えないほど言葉遣いや振る舞いも綺麗ですし、本当は強いんでしょう?

 あの言動も話が通じていない感じが逆に不気味さを演出していると言いますか……そう、カッコよかったです!」


「やめてくれ! そのフォローが今の俺には刺さるんだ!」


 彼女のおっぱいをしゃぶるぜ! と白昼堂々と言うやつがカッコいい訳ないだろ。


 貴族言葉や商人言葉、冒険者言葉と、色々ニュアンスが違うし全部に手出してるから、もう分かんねえんだよ。


 気遣ってるのか、喧嘩売られてるのか、マジでただの質問なのか分からないから変な返しをしてることがある。


 接客なら決まった返しがあるから、その通りにしたらいいが、アドリブに弱い。


 母親が居ないから、母親系の侮辱もピンと来ないんだよな。なんて言ったら空気悪くなるから黙ってたけど、そう考えると俺はスノウに母性を感じて惹かれたのかも知れないな。

 ママのおっぱいしゃぶってなって煽りに対してスノウの吸うは普通に侮辱の通りになってるのかも。それってマザコン……?


 まあいいや。


 ────────────


 マッサージ屋の業務も終わり看板を閉店にして、鍵を閉めて家に向かう。


「……誰かいるのか?」


 ………………返事はない。


 おかしい、確かに気配を感じたのだが気のせいか。


「ハァハァ……」


 いや、僅かだが、呼吸音を感じる。


 店の近くの路地裏で変態が俺を狙ってるとか?


「た、助けてくれ……」


 うーむ、これは挑発とか、侮辱とかじゃないよな?


 今日の一件で普通の会話すら警戒してしまっている。


 取り敢えず進捗に路地裏に歩いていくとそこには子供を抱えた男が血まみれで息も絶え絶えに倒れていた。


 はい、残業確定です。


 こりゃ、スノウのおっぱいしゃぶってる場合じゃないわ。

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