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3-0 サルゴン

久しぶりです。今夜1時間ごとに予約投稿しています。後6話で完結します。しばらく時間が空いており、私自身これ以上話を広げるのが難しいなと感じて執筆が進められていませんでした。力不足です、申し訳ありません。

打ち切りのような形で未回収のエピソードもあり、駆け足気味に終わります。ですが、なんとか一応の区切りはつけておくべきと思い、短いですが、続きを書きました。

よければご覧ください。


 私はサルゴン、世間からは『教会』と呼ばれる組織に所属している初老の男。


 組織の為に若い頃から必死で働いてきたが、治癒魔法の才能に関して言えば、中の下と言ったところどまりの人間。


 宗主の派閥に所属していたものの、陰謀で失脚し実力もない私は肩身が狭くなるばかりでなく、最近は老いのせいか体調も悪くなってきた。


 調べてもらうと教会では治せない類の病気であることが分かり、ただ与えられた仕事をこなしながら死が近づくのを待っているだけの生活を送っている。


 私の仕事は調査官と呼ばれるもので、各地の教会が設置される場所に赴き、教会にとって益となるか害となるかを調べるもの。


 本来であれば、調査官をまとめる調査部の長として、全国に調査官を派遣する役職になるはずだったが、宗主の反対勢力が実権を握ったことで、上のものに媚びへつらうだけの無能な小僧に役職を奪われた。


 そんな哀れな私に妙な仕事が回ってきた。それと同時にその仕事を以て、私の仕事はそれで最後。暇を出すというのだ。


 病気の老人でなく、自分たちに都合の良い若手に職の座を空けろということだろうが、これまでの献身を考えるとハラワタが煮え繰り返りそうになるほどの怒りを覚えた。


 いつからか、少しずつ内部の様子がおかしくなってしまった。


 昔はそれなりに人気もあった治癒術師も今では守銭奴のような扱いを受ける。


 貴族からは重宝されているものの、あまり良い顔をされていないことくらい分かる。


 一体そんなお布施を何に使っているのかと内部の人間ですら不思議に思うほどに、金にうるさい組織になってしまった。


 当初の崇高な教えはどこにいってしまったのだろう。


 神は信じていても教会の上の人間は信じられない。


 そろそろ潮時だろう。この仕打ちには腹が立つが、私としてもこんな場所にこれ以上居たくない。かといって、勝手に抜ければ制裁の可能性がある。


 耐え難きを耐え、目立たぬよう大人しく命令を受け、さっさと帰って辞めてやる。


 そんな思いを胸にイルラキアの街に向かった。


 イルラキア──領民が教会の横暴に怒り狂い暴れて、撤退せざるを得なかった街。


 話を聞けば聞くほど、それはそうだろうと領民に同情をしてしまう。


 ダンジョンが発見されて冒険者による儲けが見込めなければそんな街に教会が再び設置されるはずもなく、教会の体裁よりも金儲けの方が大事だという姿勢には呆れてものも言えない。


 ところが、イルラキアではモグリの治癒術師が違法に料金を受け取って治癒を施している噂がある。

 その証拠を掴んでこいとの命令だ。


 そもそも、違法というがその法は中途半端な技術のものが無責任に治療を行うと危険であるし、結局腕の確かな教会の人間が再度治療を行うということが多々起きるから決められたものだ。


 教会がない街なのだから、そういうものがいて当然であるし、いないと困る。それで成立しているのであれば、教会が出戻りする必要もなく、むしろどの面下げて戻ってきたのだと言われるのは間違いない。


 まあ、治癒術師の端くれとして、良い加減な治療をするくらいであれば、割高であるが腕は確かな教会の人間に任せた方が良いのではと思わないことを祈ろう。


 教会の人間であるペンダントを見せれば馬車や通行税はかからない。


 よって、旅費は宿代と食事代程度だ。渡された路銀はギリギリしかないので少しばかり自費を用意しておく。稼いでいるなら、調査官の路銀くらい多めに渡せるはずだが……。


 イルラキアから馬車で2日の街に辿り着き、一泊してから乗り換え、イルラキアへ向かう馬車に乗る。


 この辺りであれば、イルラキアの住人もいるであろう。話を聞いて、情報を集めるとするか。

 乗合馬車の中にいた、武器を持ったローブを被った冒険者風の男に声をかける。


「あなたはダンジョン目当てでイルラキアへ?」


「なんだ、爺さんあんたもか? それにしちゃ歳が行きすぎてねえか?」


「まさか、知り合いを訪ねに行くんですよ。イルラキアはどういう街かご存知で?」


「さあ、知り合いが良い街だって話してたから俺も便乗するのさ。あの街には教会の人間も居ねえから、俺たちにとっちゃやり易いのよ」


 そう言って男はローブを少し持って耳を出す。それは犬のような耳──つまり、彼は獣人族だ。


 教会は人間にしか治療しないし、人間以外を敵だと教えている。いや、教えるようになったが正しい。昔はそんなことは無かったが、魔王が現れてからそういった風潮が強くなった。


 教会の者として耳が痛いし、少しドキッとした。だが、教会がない街のダンジョンであれば獣人も集まってくるのは自然だ。これは良い情報だった。


「にいちゃん、まだ着かないの?」


「アッシュ、もうちょっとの辛抱だ。街についたら、すぐにケニイのところで診てもらおうな」


「うん……」


 そんな声がする方へ目を向けると、兄弟の子供がいた。親は居ないのか、弟が兄の膝の上に頭を乗せて苦しそうにしている。


「坊や、具合が悪いのかい?」


「ああ、弟のアッシュが熱出しちまったみたいなんだ。なあ、お爺さんこいつに何か食べさせてやりたいんだけど持ってないか? 金は……ないけど、イルラキアのことが知りたいなら教えてやるよ。俺たち住んでるから詳しいぜ?」


 なるほど、地元の子であれば新鮮な情報が手に入るだろう。この手を逃す訳にはいかない。


 だが、その前に人としてせねばならぬことがあるな。


「弟を見せてみなさい……熱が結構高いな、これはいかん……『解毒(キュア)』……」


 子供の額に手を当てて解毒を使ってやる。私でもこれくらいならば、出来る。


「坊や、気分はどうだい?」


「……大丈夫になってきた、お爺ちゃんありがとう」


「アッシュ、良かったなありがとうなお爺さん!」


 アッシュと呼ばれる子供は嬉しそうに笑う。

 教会の雑務で治癒魔法を使うことがめっきり少なくなっていた私は初心に帰った。


 ──これがやり甲斐だったのだ。


「おい、爺さん……てめえ教会の人間だな?」


 獣人の男が私に声をかける。しまった、教会の人間は獣人にとっては敵のようなもの。ボコボコにされてしまうかもしれないと、身をギュッと強張らせた。


「俺が獣人と分かってて、教会の人間だとバラすなんてえ、バカだなあ、おい?」


「あ、いや……これは……」


「ふっ、教会にもまとな奴はまだ居るんだな。見直しぜ」


「え……あの、ありがとう……ございます……」


「イルラキアの街にいる間は他の獣人に手を出さないように言っといてやるよ」


「あっ、イルラキアの街について俺が教えるよ! 俺はベンジャミン、こっちはアッシュ。それで何が知りたいんだ?」


 どちらも親切な対応だった。


 礼儀と道理さえ弁えていれば教会の人間も毛嫌いされることはないのにと思うと少し悲しい。


「そうだな……私が治さなかったら君たちはどこに行っていた? 確かケニイとかって耳にしたが」


「あ〜……」


 ベンジャミンは途端に歯切れの悪い答えになる。


「ケニイって街でマッサージ屋をやってるやつが居るんだけど、病気とか怪我したら皆そこに行くんだ。教会がないからケニイが教会代わりさ」


 子供を騙しているようで悪い気もするが、仕事は仕事。情報収集に徹する。


 聞けば、街のマッサージ屋が人々の治療をしているという。確かに捻挫や腰の痛みなんかは魔法でなくともマッサージである程度は回復する。


 内臓の動きも良くすると聞く。


「お爺さんもケニイのところに行くのか? ケニイは腕が良いから最近客が多いんだよ。顔色悪いしマッサージしてもらった方が良さそうだな。あれ? でも教会の人なら自分たちで治せるか?」


 教会だって万能じゃない。治せない病気もあるが、それをわざわざこの子に言う必要はないだろう。


 素直に礼を言って、マッサージ屋に行ってみると伝える。


 ──────────────



 イルラキアの街に到着した。


 随分と田舎の街だと聞いていたが、人通りはかなり多いし、冒険者の姿が目立つ。


 教会のツテで予約したこの街で一番良いエストニール商会の宿屋にチェックインの手続きをする。

 いつもの出張では安めの宿しか取らないケチな教会が、どうやってこんな高級宿屋の予約を取ったのか。……知りたくもないな。


 表向きは私はとある貴族の恩人で、ここより少し遠くにある街の知り合いに会いに行く途中で寄ったということになっているただの老人だ。


 従業員に荷物を運んでもらい、一息つく。


「ふー……それにしても、凄く贅沢な部屋だ。このベッドなんて羽のように柔らかいし、調度品も上等だな」


 これは貴族や儲けている商人が泊まるような宿だ。


 そう感心していると、ドアをノックされる。


「失礼します。お客様、長旅でお疲れでしょう。お湯をお持ちしました」


「おお、これは助かる」


 汗と砂で身体が汚れていたので、ありがたくお湯とタオルを頂き身を背中を拭いてもらう。


 普通は自分でするものだが、高級な店はここまでしてくれるとは。悪くない。


「イルラキアにはダンジョンの近くに温泉という、天然の風呂がありますので、そちらでゆっくりなされるのも、よろしいですよ」


「ほー、そんなものが」


 ダンジョンを調査している道中、偶然湯が湧く水脈を発見し、観光の名物にしているのだとか。

 非常に疲れが取れるので、長旅の方にはお勧めしますと言われたので昼食をとってから行ってみる。


 こういった街の状況を調べて報告するのも仕事だ。

 あと、昼食はとても美味しかった。素材の味が良いのだろう。



 温泉は話に聞く通り、長旅の疲れを癒してくれた。ガタガタと揺れる馬車の旅は老体には厳しいものだ。


 貴族くらいしか入れない贅沢な風呂、王都の公衆浴場はあれど、それでは得られぬ開放感があった。


 スッキリして宿に戻るとマッサージのサービスを宿泊客は受けられると聞いた。


 丁度良い、マッサージ屋とやらの正体を確かめよう。


 しばらく待機しているとケニイという青年が現れた。うーむ思っていたよりも若いな。それに街のマッサージ屋にしては動きが洗練されている。


「どこか気になる部位はありますか」


「そうだな……内臓の調子が最近良くないのだ。ああそうそう『ベンジャミン』という子供が君の話をしていたよ」


「ベンジャミンが……なるほど、承知しました」


 私は知らなかった。この『ベンジャミン』が特別なマッサージの暗号になっているとは。


 ケニイのマッサージは温泉よりも素晴らしく、驚くほど疲れが取れた。思わず変な声を上げるほどに。

 だが、回復を使っていたのは明らかだ。長い間教会で働いてきた。ただのマッサージでないことはすぐに分かった。


 はて、どう報告したものやらと頭を悩ませる。


 マッサージを終えて、腹が空いてきたので夕食を取るため、食堂に向かうと信じられないものを見た。


 ロメルダ様が先程のケニイと喋りながら食事をとっていた。


 見間違うはずもない。あんなにオーラのある背の高い女性はそうそういない。

 敬愛するアレクシス様の奥様だ。


 死んだと思っていたが、まさかこんなところで……。


「おや、サルゴンじゃないかいこっちにきな!」


「はっ!」


 ロメルダはマッサージはどうだった? すっかり調子が良くなっただろう? と聞く。


 そう、マッサージの後、自分でも信じられないくらい調子が良くなっていた。病気なんてなかったかのように元気だ。

 ここのところ、食欲なんてものは殆ど無かった。身体が徐々に受け付けなくなっていたのだから。


 そして全てを悟った。


 ここまでの手引きはこの人が仕組んだものだと。


「あんたはずっと頑張ってたからね。風の噂で病気になったって聞いたよ。それであんたが調査官をしているのを思い出したって訳さ。後のことは分かってるね?」


「はっ、心得ております」


 つまり、私を案じてこの街に呼びつけ、何かしらの治療をしたのだ。


「あんたはもう、すっかり元気になってるのは私が保証するよ。あんなしょーもないところは抜けてゆっくりと余生を過ごしな」


「ありがとう……ございます……!」


「全く、いい歳してこんなところで泣くんじゃないよ!」


 いつの間にか涙を流す私を叱ったロメルダ様は私の知っている通りの人のままだった。


 彼女はそれとなく、今の体制を壊すつもりだからまともな人間は戦いに巻き込まれないうちに抜けろと示唆し、他のものにも同様の手回しをしているらしいことが読み取れた。


 つまり、私のやるべきことは彼女の計画を引っ掻き回すことなく、穏やかに引退すること。


 教会本部へ戻り、イルラキアの街は未だに教会への敵意が強くとても進出出来るような状態ではないことを報告。


 冒険者も獣人族が多く、収益は見込めないなどあらゆる方便を使い、イルラキアへ教会を置くことを危険だと伝える。


 真面目に働いてきた私の言葉は信頼されたのか、イルラキアへの教会設置の案件は凍結された。



 そして、最後の仕事を終えた私は教会を辞めて自由の身となった。


 気がつくと、私は再びイルラキアの街へ戻ってきており、更に気付けばケニイのマッサージ屋の従業員として働いていたのだった。

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