2-22話 後の祭り
「それじゃあ、サンターノ村の収穫と村を襲った化け物の討伐を祝して──乾杯っ!」
「「「乾杯っ!」」」
ディーンは魔力の使い過ぎによる反動からすっかり回復して、祭りの乾杯の音頭をとった。
午前中はサッカー大会。大人も子供も混じってボールを奪い合った。
ボールさえあれば、ゴールは適当に決めて腕以外を使えばOK。そんなシンプルなルールはどこでも通用する。
娯楽の少ないこの世界では、こういったスポーツで日頃のストレスを発散するいい機会なのだろう、大いに盛り上がった。
飯を食いながら野次を飛ばして応援して、大笑い。
怪我人の治療は俺の仕事が増えるから、そこそこにして欲しかったのだが、とても熱が入っていた。
サッカーが終わり、表彰式、そしてちょっとした優勝賞品の進呈。まあ、俺が出した酒なんだが、高級品だから大切に飲んで欲しい。
そして、日も暮れ出した頃にいよいよ乾杯。
この村で取れた農作物に、森の肉、大量のワイン。
今日や飲めや歌えやのドンちゃん騒ぎだ。
楽しそうに中央の火を囲んで騒いでいる村人を見ると祭りにというのは娯楽であり、息抜きで、欠かせないものなのだろう。
召喚される前の俺は祭りが嫌いだった。
近所の子供は出店で、親に何か買ってもらっているのを横目に、その眩しい夜の道を、眺めて雰囲気を楽しむだけのものだったからだ。
クソみたいな俺の親はそんな金を出してはくれなかった。
いつしか、世間との差を味わされて惨めな気持ちになる、嫌なものへと変わっていった。
酸っぱい葡萄のように、あんなのは馬鹿が騒ぎたいだけのくだらないものだと距離を置いていた。
今は違う。祭りというのは人々にとって必要なものなのだ。
人生は楽しいこともあるが、辛いことの方が多い。ましてや貧富の差も激しく、平均寿命も低い、文明の進んでいない危険な世界ではなおさらだ。
だが、そんな世界を皆懸命に生きている。
誰かしら何かを抱えている。
時々、馬鹿みたいに騒いで、自分のタガを緩めて、難しいことは考えずに今を楽しむ時間というのが必要なのだ。
貧しい村人たちは日々の生活でいっぱいだ。休みもなく、ほとんど毎日働く。
年に1回くらいはそんな自分を褒めてやる時間が必要なんだ。
「何難しい顔してるの? 今日はめでたい日なのよ?」
「スノウ……いや、ただこの光景を目に焼き付けておきたいと思ってな」
「ふふ、ケニイあなたはいつだって真面目なんだから」
スノウは俺の頭を後ろから抱きしめた。胸の圧迫感が凄い。
「もう酔ってるのか?」
「ええ、酔ってるわよ。私だって酔わなきゃやってられない時くらいあるわ」
「だから……悪かったって」
森で危険な真似をしたことをめちゃくちゃ怒られたのだ。
スノウだけじゃない。関係者全員にそれはこっ酷く叱られたものだ。
一番怖かったのはスノウ、次いでロメルダ、3番目にリリーだ。
怒ったら女の方が怖い。
でも、一番反省したのはシェリーが泣いたことだった。あのシェリーが、もし俺が死んだらと考えたら怖くなったと言って、食事中に急に泣き出したのは面食らった。
もう一人で危ない目には遭わないように約束すると言って、添い寝してやらないと寝つかなかったのだ。
デカい赤ん坊と変わらんが、悪かったのは俺だから責められまい。
「こんな時間がずっと続けばいいのにな」
毎日祭りをしていられないが、この平和で心地良い時間は何物にも変え難い。
「いつまでもは続かないけれど、この時間を絵に閉じ込めることは出来るけど?」
「そりゃいいな。描いてくれよ」
「この間見せてくれた、ブリューゲルの絵画みたいなやつを描くわ」
「あれは画面が茶色過ぎて派手さがないんだよな、もっと色鮮やかで派手なやつを頼むよ」
「じゃあ、ミケランジェロの『最後の審判』みたいな?」
「例えが縁起でもないけど、そっちの方がいいな」
「ふふ、見てあそこ。酔い潰れた人と、その上で大きな肉を持ってるシェリーとそれを追いかけてる子供たち……あれって」
「ああ、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』だろ。そっくりだな」
村人と焼き肉と自由なドラゴンってタイトルかな。
「お熱いねえ、お二人さんよ」
「ヘンリー……レーギス……」
村人でもない癖にちゃっかりと参加してるこいつらが、冷やかしにやってきた。
「君たち、まだ結婚しないのか〜? ゲヘヘ……」
「スノウちゃん、ケニイに飽きたら俺と付き合ってみない? 忘れられない時間を過ごさせてあげるよ」
酔っ払ってフラフラのレーギス、そして毎度のこと意味不明な口説き文句を垂れるヘンリー。
「また貴方たちね……この二人といる時ばかりは早く時間が過ぎ去って欲しいものだわ」
「もう〜そんなこと言わないどぅえ〜スノウちゃん〜!」
「良いからさっさと失せろ酔っ払い」
アインシュタインは楽しい時間は早く、退屈な時間はゆっくり過ぎるというが、今は時が止まったようだ。こんな時間がずっと続いたら困る。
「──そこで、俺がズバッと奴の脚をぶった斬ったんだよ!」
「凄え!」
「村長って村でフラフラしてるだけじゃないんだね!」
「当たり前だろうが! フラフラしてんじゃねえ、見回りしてんだよ!」
ディーンが酒を片手に上機嫌で、戦いの武勇伝を村の子供達に聞かせてる。
変に憧れて森に入ったりしないと良いんだけど大丈夫かな。
それにしても、村でフラフラしてるおっさんだと思われてんのか、難儀だなディーン。
「実際、普段はフラフラしてるだけなんですけどね」
「カルラ……そりゃあんまりだろ」
「酒飲みながら歩いてるんですからフラフラで合ってますよ」
「千鳥足って意味かよ」
そこまで酔っ払ってはいないだろうが、確かに酒飲んでることが多いな。ま、村長が酒飲んでて大丈夫なくらい平和な村の方が危ないよりは良いけどさ。
「早く解毒を覚えてパパの酔いをすぐに覚ませるようにしないと」
「すぐに酔いが覚めたら酒が無駄になって、ディーンは怒るだろうな」
「怒ったところで、ママの方が更に怒るから問題ありませんよ」
「そ、そうか……まあ今日くらいは許してやってくれ」
一応、村の英雄だからな。今は顔の赤いただのおっさんだけどさ。
俺とディーンが仕留めたマネシスライムの死骸は非常に高値で売れた。
それも村人が数年は遊んで暮らせるほどのひと財産だ。
このお金は、村全体の為に使われることとなった。
あのスライムによって働き手を失った家族への補償、村の防備や設備なんかに使う資金として割り当てられて、村にしては随分と立派なものが揃うことになるだろう。
皆、またあんな悲劇が起こらないように対策しようという考えが一致しているようだ。
俺の目が届く範囲では誰も死なせるつもりはないが、備えは必要だ。出来る限り協力したい。
なんだかんだ、この村は自由で居心地が良いし、俺の帰る場所だからな。
いつしか、仕事から帰ってくるとホッとする自分がいた。
こんな時間を、こんな場所を守りたいものだ。
「おーい、ケニイ! 大変だ、エルロンが変な葉っぱの煙吸って裸になって暴れてる! なんとかしてくれ!」
またあいつか!
エルロン。この村に住む植物学者兼、薬師。
明らかにヤバい成分の入ってる薬でハイになって全裸になる最悪の癖を持っているやつだ。
普段はどうみてもうつ病の症状がある暗い男なのだが、そのせいか薬に頼りがちだ。
俺じゃうつ病は流石に治せんから、向精神作用のある薬を使うのは勝手だが、全裸で暴れるのはやめて欲しい。
子供もいるんだから、悪影響だ。悪い奴じゃないんだがな……。
「今行く!」
全く、祭りでも結局のんびり出来ないのかよ……。
ここまで読んで頂きありがとうございます、2章終わりです。少し間更新お休みします。




