2-21 魔獣の正体
「結局、こいつは一体なんだったのか……」
森に戻り、死体となった謎の魔獣を観察する。
「シェリー、これが何か分かるか?」
物知りなこいつなら知っているかもしれない。
「んー、見た事はないな。だが、何かはある程度想像がつく」
「ほう?」
「ケニイはマネシツグミという鳥を知ってるかの?」
「ああ、確か他の鳥の鳴き声や物音を真似てさえずる鳥だよな?」
「アレクシスのジジイから昔に魔獣の特徴を捕食することで獲得し真似をする魔獣がいると聞いたことがある。名前は……そう、マネシスライム」
「そのまんま過ぎないか?」
でも、スライムっぽい特徴はそれと言ってなかったような気がする。再生力くらいだろうか。
「それは割とどこにでもいる魔獣か? それなりに冒険して魔獣には詳しかったつもりだが聞いた事ないな」
「いや、特殊な地域にしか生息しておらず絶滅しかけておるほど珍しいスライムと聞いた。我輩も直接見たことはない。300年も生きとるにだぞ」
それを聞いて、どれだけ珍しいスライムなのかが分かる。
こいつはことあるごとに、魔獣の生態や、特徴のうんちくを聞いてもいないのに垂れ流すやつだ。
それだけ知っているのだから、学者並みの知識があることは確かだ。
「まあ、マネシスライムかも知れんという話で確証はないから断言はせんがな。飽くまで、推測の域を出ん。知らんがな」
何故関西人のような、言い回しなんだ。
死体を漁り、魔石を取った。
俺との勝負で体内の魔力をごっそり削ったので、ほとんど空の魔石になっていたが、大きさや純度自体は相当に高く、売ればそれなりの値段がするだろう。
「シェリー、これに魔力を込めることは出来るか?」
「はあ? 何故そんな面倒なことをしなくてはならない?」
「あ、出来ないなら良いんだ。すまん無理を言った。全属性の魔石に大量の魔力を込めるなんてそう簡単に出来るはずないしな」
「何を!? そんなもの簡単だ貸してみ……おい、我輩を操ろうとしてないか?」
「まさか。賢いお前なら、操られるって気付くだろ?」
「……それも操っているのでは?」
「いやいや、賢いんだから、もし操られているならそらにも気付けるはずだ」
「…………ふん、合格だ、試しただけだ」
チョロいな。
シェリーは簡単に魔石に魔力を込めた。複数の魔獣を取り込んでいるせいか、全属性の魔石という珍しいものを蓄えていた。
最初に言っておくとこれは、別に俺の金儲けの為にさせたんじゃない。
ディーンの話では、こいつのせいで村人はそれなりに怪我を負った人が多く、被害もかなりのものだったそうだ。
俺が治療した人もこいつのせいで怪我をしていた人がいた。
だから、こいつから得た素材は売って村の人たちの補償の資金にするつもりだ。
幸い、再生して切断された肉体が沢山転がっている。
普通の魔獣よりも質が高く、量もそれなりなので売ればかなりの金額になるはずだ。
「死にかけたとは言え、村の脅威もなくなり、臨時収入もあるし、悪くない成果だな」
「そうとも言えんぞケニイ」
「なんでだ?」
「こいつはこの森の主人だろう? そいつが死ねば秩序が乱れるぞ……それに……」
シェリーは何やら考え込んで独り言を喋り出した。
森のヌシがマネシスライムと思われる魔獣によって追いやられ、それを俺が殺した。確かに手放しで喜べるものでもないかも知れない。
「ちょっと待ってろ、用事を思い出した」
「えっ、ちょっ、おい!?」
シェリーは俺を置いてどこかへ転移してしまった。
こんな森の中に放置かよ。何が眷属だ。
仕方ないので、散らばってる死骸を拾い集めてアイテムボックスに入れていく。
蜘蛛の脚、カマキリの腕、蛇の尻尾、どれも武器や防具に応用出来る素材だ。
しかもかなり質が良い。
腕の良い職人に作らせれば剣一本で金貨50枚は最低でもする逸品になるだろう。
倒したのがS級の魔獣だからそれも当然だな。
それにしても、ある種人工的にこんな魔獣が生み出せると知られたらとんでもないことになるんじゃないか?
生み出したところで倒すのが大変だから意味ないか。
「戻ったぞ」
「おう、早かったな……って、なんだそいつは!?」
「見ての通りワイバーンだが」
シェリーは何故か立ち上がれば10メートルはありそうな青いワイバーンを連れて来ていた。
「ああ、見たら分かるよ。連れて来た理由を聞いてんだ」
「ちょっと前に我輩が捕まえた子分だ。今日からこの森の主人として森を管理させる。天才的発想だろう?」
「お前はそれでいいのか?」
シェリーに首根っこを掴まれたワイバーンは、大丈夫ですと悲壮感たっぷりに諦めた顔をしていた。逆らえないのだろう、可哀想に。
だが、ワイバーンは亜竜とも呼ばれ、魔獣の中ではかなり強い方だ。
こいつなら、森のトップとして空席になった座につき、バランスを取ることが出来るだろう。
お前には悪いが任せる。たまに美味い飯食わせてやるから我慢してくれと、声をかけると泣きそうな顔をしていた。
ワイバーンに森の管理を任せ帰宅する。
「あ〜疲れた。とんでもない休日になったな」
「ケニイ、マネシスライムの話の続きだが」
「おい、まだ喋る気か? もういいだろう、今日は勘弁してくれよ」
「いや、聞け。そもそも、何故アレクシスがマネシスライムなどという希少な魔獣のことを知っていたと思う? それも教会の元宗主がだ」
「あー、言われてみれば確かに?」
「アレクシスは、教会の過激な反対勢力がマネシスライムを育てている可能性があると言っていたのだ。考えてもみろ、この街で教会が撤退した時期とあの魔獣が村を襲った時期が被っている。関連があるとは思わんか?」
「つまり、教会があの魔獣を森に放ったってことか?」
「これは推測だがな」
シェリーの考えでは、危険な魔獣を人工的に作り上げることで怪我人を増やして教会の儲け、権力の拡大を画策。
教会の撤退により、放置されたスライムが成長していったのではないかと。
そもそもマネシスライムは珍しいが、非常に小さく弱い生き物らしい。
他の魔獣の能力を獲得するには、その魔獣の生きている姿を見て学習、そしてその魔獣の魔石を食べる必要がある。
弱いので、あそこまで大きくなることはほぼない。精々が、虫や小動物クラスの魔獣の特徴を得る程度だという。
人間が成長のお膳立てをすれば別だが……。
しかし、まさかマッチポンプでそこまでするだろうか?
そもそもあれだけ強くなってしまったら制御が出来ないはずだ。
……制御するつもりが最初からなかったら?
「ケニイ、思っているよりも教会という組織は危険かも知れんぞ。マッサージ屋のお前も目をつけられる可能性が高い。警戒しておけ……それと今回みたいな事があれば、我輩をすぐに呼べ! 何故呼ばなかったのだ!?」
「戦闘に夢中で忘れてた」
「何ぃ!? 面白そうなことを我輩抜きでやるのではない! 次仲間外れにしたら暴れてやるぞ!」
「それが嫌だから呼ばなかったのに、どっちにしろ暴れるんだからどうしたらいいんだよ」
「とにかく、ケニイはそもそも戦闘向きの能力ではないのだから、戦おうとするな。
腕っぷしは強いかも知れんが、戦うことに特化した連中と殺し合いをすれば死ぬぞ?
あのレーギスやヘンリーのアホどもにすら勝てまい」
勇者の仲間はもういないのだぞ。と、釘を刺されてしまった。
耳が痛いがシェリーの言う通りだ。
今までの戦闘にはずっと反則的な強さを持つ仲間がいた。
もういないのだ。俺は戦闘能力や、戦闘訓練は殆ど積んでいない。
ステータスの高さと強さは同じじゃない。
俺は自分が思っていたよりも仲間に助けられていたからこそ、戦闘中でも余裕を持って回復に徹することが出来たんだ。
ヘンリーやレーギスは普段はふざけた奴らだが、たった二人でお互いをカバーし合い、トップクラスの冒険者としての実績を誇る強さだ。
本気を出されたら、あのクラスの強さなら俺じゃ何も出来ない。あのクラス以下でも厳しいだろう。
スクロールを使う暇すら簡単には与えてもらえなかったし、怪我をしたディーンに近付く為に動くことも難しかった。
正直、俺は慢心していたのだろう。
凄い魔道具や遺物を使えば大抵のことは解決出来ると。
本当にピンチの時はその道具に頼ることすら難しいのだと理解していなかった。
一歩間違えれば、ディーンも俺も、死ぬだけじゃない。養っている人間を路頭に迷わずところだった。
そう考えると心臓がドクンドクンと早くなり、耳までその脈が届いて響いて来た。
なんて無責任で安易な行動を取ったのだろう。
「そうだな、悪かった。次からはお前をちゃんと頼るよ」
柄にもなく、俺はかなり、落ち込んだ。反省した。
今日、本当の意味で俺はもう勇者ではないのだと実感したのだった。




