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2-19 森の異変

「村の祭り?」


「ああ、毎年この時期は収穫を祝うんだ」


「妙だな。街ではそんな話耳にしてないけど?」


 ディーンが玄関をノックして家にやって来た。もう既に嫌な予感はしている。


「お前は嫌われてるから皆話してないだけだ。だから俺が教えに来てやったんだ」


「嘘だろ!?」


 あんなに治療してんのに!?


「嘘だ。街は街で祭りをやるんだが、時期が違うんだ。殆どが農民じゃないからな。うちは農民が8割だから秋にやる」


「ディーン、そうじゃないだろ。あんたがウチに来る時は大抵俺に頼み事がある時だ。招待状を届けに来たって訳でもあるまい……さっさと話せよ」


 ディーンが遠回しに話を進める時は、その後に面倒が待っている。


「ま、そうだな頼み事だ。いくつかあるが、祭りの食材なんだが」


「おい、俺から集ろうってのか?」


 村人の食費出すのは流石にキツい。この世界で買えものなら問題ないかも知れんが、物品召喚で出せるほどポイントに余裕はない。


「まさか、お前の酒は極秘中の極秘だ」


 自分の取り分が減るのは困るから美味い酒は皆には教えないって、お前それでも村長かよ。


 村の皆のこと実は嫌いなんじゃねえの?


「じゃあなんだよ、祭りの資金の徴収か?」


「いや違う。野菜はシェリーが雨を降らせてくれたお陰で豊作だが、問題は肉だ。毎年俺を含めて数人の男が狩に出かけるんだが、それなりに危険だ。去年まではな」


「ああ、俺に治療しろと」


「というか付いて来てくれ、その方が早い。正直なところ、他の奴らの世話をしながら狩りをするのは結構キツかったんだ」


「じゃあ2人で行くのか?」


「アイテムボックス持ってるお前がいたら十分だろ、引きずって持ち帰る人手が要らんからな。待てよ、よく考えたら俺も行く必要ないんじゃないか?」


「あるだろ」


 なんで俺が肉を調達せにゃならんのだ。


「よし、これから行くぞ」


「いきなりだな」


「おいおい、お前もすっかり貴族や商人に毒されたのかよ。何日も待って予約しないとダメなのか」


「ったく、また休日が潰れるじゃないか。俺は結構忙しいんだから休みの日くらい、のんびりさせてくれよ」


 毎度これだ。今日は休めそうだと思った時に限って何かと用事が発生する。


 そういえばいくつか、頼みがあるって言ってたけど聞いてなかったな。


 祭りの娯楽に、村の子供達に教えたサッカーのボールを数個と、多人数が楽しめる料理のメニューを提供だと?


 サッカーが村で地味に流行ってるのは知ってるけど。


 やけに俺に頼る部分が多いな。


 お人好しだから、なんだかんだやってしまうんだけど。



 ちゃっちゃと、森行って帰ってくるか。



 ────────────────


 森に入ってから早速多くの獲物が手に入った。


 鳥が3羽に、鹿が2頭、イノシシが1頭。


 全て魔獣なのでかなりの大きさだ。


 ここまでは順調。村の皆で食べるには普通ならもう少し欲しいし、冬の蓄えも考えると粘りたいところなのだが……。


 問題はイノシシ。こいつがめちゃくちゃデカい。


 いきなり突っ込んできたから勇者マッスルパワーでぶん殴って、気絶させ槍でサクッと殺したのだが、こいつは危ないな。


 冒険者でもそれなりに強くないと牙が刺さるか、体当たりの衝撃で死んでたと思う。


「おーいケニイデカい音がしたが……ってなんじゃこりゃああああああっ!?」


「なんか突っ込んで来たから倒した」


「倒したってお前……こいつはこの森のヌシだぞ」


「はは、そんなまさか」


 ……本当だとしたら、森のヌシ倒したのは、まずくないか?


「間違いない。だが、こいつはおかしいぞ。こんな森の浅いところにいるってのはあり得ねえ」


 俺は冒険者であってハンターじゃないから、そういう違いとかは分からんのだ。


「ヌシ倒したのってやらかしてる?」


「そうだな。森の秩序が崩壊した、ケニイお前のせいでな」


「マジかあ……」


「と、言いたいところだが、森の秩序なんてとっくに崩壊してるだろうな。このヌシを森の奥から追いやった何者かが、ヌシに成り変わってると思った方がいいだろう」


「こいつより強い奴がいるってことか」


 少なめに見積もってもA級難易度の魔獣じゃないか?


 A級って街一つ滅ぼす程度の脅威として認定されてるんだが、そんなのがこの森にいるのか?


「前から森の生態がおかしくなってるって報告は上がってたんだ。昔から人里まで降りてこないようなやつが、うろついてたりな」


「その原因が謎のヌシより強い何かって訳か」


「だろうな……まさか、あいつか……」


「心当たりがあるのか?」


「もしかしたら、の話だが……数年前、村を襲った奴だ。カルラの怪我の原因にもなった。あの時は村を守るので精一杯で取り逃しちまったんだが、成長しているのかも知れねえ」


 ディーンの顔つきに余裕や笑みが消え失せて、忌まわしい記憶が蘇るように殺気が漏れ出した。


「なら、一旦戻らないか? 準備を整えてから……」


「いいや、既にテリトリー内に入ってるだろう。このまま返してくれるとは思えねえな。今日、ここで奴を叩く! 幸い足手纏いはいないし、お前が怪我を治して俺が攻撃でカタをつけられる……感じねえか、森の奥から俺たちを見つめている視線を……」


「ああ……全然分からんな」


「おい!分かるだろ!? 俺が馬鹿みてーじゃねえか!」


 そんなこと言ったって俺は感知タイプじゃなくて後方支援だっつーの。


「この気配を察知出来ないってお前狩人には向いてないな」


「当たり前だろ、マッサージ屋だぞ俺は。誰が俺に殺気向けてくるんだよ」


「なるほど、鈍感ってのは当たってるな。お前、街の女からモーションかけられてるの全然気付いてない鈍感男って有名だぞ」


「そうなのか? それってあれだろ? おばちゃんだろ」


「何言ってんだ、同じ歳周りのやつから、少し上のやつまでお前のこと狙ってんだぞ? そりゃ殺気にも気付かねえわ」


 やれやれ、とわざとらしくディーンは首を横に振り、両手を空に向けるポーズを取った。


 良いんだよ別に気付かなくても。どのみち困るだけだし。


「あー、ところでその魔獣の特徴ってのはどんなんだ?」


「分からねえんだ」


「は?戦ったんだろ?」


 分からないってことはないだろ。


「上手く説明出来ないんだが、見たこともない外見に攻撃手段、全くの未知の魔獣だった。というかあり得ねえんだよ……あれは」


「よく分からんな、もっと具体的に言ってくれよ」


「具体的に……か……そうだな、俺の見間違いじゃなけりゃ、変身する。複数の魔獣の特徴を持ったままな」


 キマイラ……なら、キマイラというし、あれは変身はしない。合体してるだけだ。


 変身する魔獣と言えば、ミミックか。いや、あれは擬態だな。


 サイズが変化するのはいるが、変身っていないな。あ、シェリーはドラゴンの身体から人間になってるか。

 でも種族的能力というよりは、魔法の力だもんな。よく分からんが。


 そう考えると変身する能力を持ってるのってレアだな。


「カマキリみてえな鋭い鎌に、蜘蛛みたいな多脚、蛇みたいな硬い滑らかな尻尾、熊のように分厚い毛皮、俺が見たのはそれくらいだが、中心の黒い塊からニョキニョキって生えてきた」


「気持ち悪いなそれは」


 まるで正体が分からん。謎の生き物が言い伝えで話が盛られるってのはよくある。鵺なんかもそうだ。


 だが、今回の場合は実際にディーンが見たって言ってるから、マジでそうなんだろう。


 となると、相当厄介な気もする。


 俺の豪速球で石を投げるストーンキャノンと、馬鹿力で振り回す剣、槍は通用しないかも知れない。


 魔法攻撃が必要となると、俺とディーンじゃ相性が悪いぞ。


 ディーンも俺と同じで接近戦で戦うタイプだ。魔法は使えない。


 これはシェリーを応援に呼んだ方が賢明か……いや事態が悪化しそうだから本当にピンチになった時だけだな。



 なら出来るだけ、準備を整えるか。


「ディーン、先に進む前にちょっと待て。本気で準備をしよう、俺の宝庫を解放する」


 こんな事でディーンに死なれても寝覚めが悪い。アイテムボックスに死蔵されていた冒険中に集めたレアアイテムを取り出す。


 まずはこいつ、『毒封じのペンダント』こいつは毒攻撃を受けてもペンダント許容量まで毒を吸い出してくれる。


『リドカイン王のダガー』リーチは短いが、貫通力に優れていて、相手の防御力が攻撃力を上回っていても傷つけることが出来る。


 続いて、『身代わりの護符』即死レベルの物理攻撃を喰らってもこいつが身代わりになってバリアを貼ってくれる緊急防御の護符だ。使い捨てだから役目を終えると緑の炎を出しながら消滅する。


 これは、かなりレアアイテムで3枚しかない。俺に1枚、ディーンに2枚貼っておく。


 そしてスクロール各種。中級の魔法を詠唱なしに発射出来る優れもの。魔法系じゃない使用者が使うと魔力の効率が悪いので、魔力切れになる危険があるが、魔法が使えないものにとっては、何かと便利。


 これは魔力量の多い俺が使うべきだろう。


 最後に上級ポーション。身体能力向上、魔力回復、魔力上限向上の3種。


 ここぞという時に使う。


「もう使うことはないと思ったが……」


「おいおい、これだけでも十分遊んで暮らせるレベルの宝だぞ?」


「壊すなよ?」


「俺の価値観がぶっ壊れそうだぜ」


 そりゃ、難関ダンジョンをクリアしてゲットした遺物だからな。それなりに値段はする。


 他の勇者からもらったアイテムや俺の貯金額聞いたらビビるぞ?


 金があっても大した使い道ないから死蔵なんだがな。


 街のマッサージ屋にはオーバースペックなものばかりだ。


「よし、準備完了。進もうか」


「ああ……気を引き締めろよケニイ」



 俺とディーンは十分に警戒しながら、森の奥へと足を運んだ。

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