1-4話 遭遇
「そういえば、ここどこだ?」
すっかり日が沈んで暗くなった。
火を焚いて、テントを張り、ソロキャンプをしながらふと気がつく。
新たに獲得したスキルや久しぶりの現代の食べ物や飲み物に注意が行っていたので忘れていたが、どこにいるのかが分からない。
「取り敢えず街がどこにあるかは知りたいしな、どうしようかな。スマホで現在地表示出来る訳もないし……あ……ドローン使えるか」
マップ機能は使えなくてもドローンで空撮して周囲の地形は把握出来る。明るくなったら使ってみよう。
パチパチと火の粉が跳ねる焚き火を眺めるとこれまでの旅を思い出す。しかし周りには誰もいない。
こうやって火を囲みながら作戦会議したり、ケンカの仲裁したり、ああいう何気ない時間今になって思えば楽しかったんだろうな。
あまりにも静かな場所で寂しさが込み上げてきて、思い出に浸る。
これからどうしようか、どっかの街で治療院みたいなことをするか。大きな都市には教会があって治療してくれる場所もあるけどお布施が高いしな。
あー、でも治癒魔法使うと利権でうるさいんだよな。揉めたくないし……マッサージ屋ってことにして、魔法じゃなくてマッサージで治癒してますよってことにするか。実際、肉体改変で筋肉ほぐしたり、それっぽいことできるからな。
揉めたくないと言っておきながら、人の身体を揉む仕事ってどうなんだろ。
そこら辺は上手く口裏合わせてもらうか。わざわざ治療してもらっておいて面倒に巻き込まれたくないだろうし、口外しないとは思うけど。要検討だな。
他にも整形手術も出来るな。美容整形とかしたら儲かりそうだ。とにかく定期的に魔力を消費して召喚に必要なポイントを貯めつつ、人の役に立つようなことが出来るのが理想だな。
今後の方針を取り敢えず固めて、ベッドを召喚した。このバネの入った柔らかいベッドが恋しかった。マフマフと手に返ってくる弾力を楽しむ。
大の字に手足を伸ばして星空を眺めていると、瞼が重くなってくる。
なんの悩みもない、全てのしがらみから解放された極上のベッドでの睡眠は心地よく、昼前までぐっすりと眠ってしまった。
「うお……結構寝てたな」
目が覚めると太陽はほぼ真上にあり、昼になっていた。
寝起きにタバコをくわえながら、ドローンを召喚してセットアップしていき、空に飛ばしてリモコンのモニターを見ながら周囲の状況を確認する。
「なるほどね……ここから西に20kmほどいくと街があるな。この川と山は……見覚えがあるな。ということは、街はイルラキアか」
イルラキアの街。領主ラキア家の領地の一つで、王都からは相当離れた辺鄙な土地だ。領主一族が住んではいるが、田舎の街で、旅の道中に一度立ち寄ったくらいで大して知らない。
近くにダンジョンがあるので、ダンジョン街の中継地点としてそれなりに需要はあるのだろう。
しかし、それは俺にとっては好都合だ。勇者たちについてもよく知らないだろうし、田舎の方が落ち着けそうだ。教会もなかったはずだからトラブルも無さそうだ。
「おや?あれは人か?」
モニターを見ていると、人影のようなものが確認出来た。ズームすると、どうやら女の子が足を引きずって街に向かって歩いているようだ。
「怪我してるのか……って、さっき魔獣いたよな!?」
彼女の進行方向にクマ型の魔獣がいたことを思い出した。街の外に魔獣がいることは珍しくもなんともないし、特に問題だとは思わずスルーしていたが、人がいるとなると話は変わってくる。
大急ぎで荷物を収納して彼女の方へ走る。
「間に合ってくれよ!」
ほぼ限界までレベルアップされた俺の肉体でもトップスピードは60km程度、しかもそれを維持するのは難しい。彼女のいる場所には15分程度はかかる。
上空に待機させたままのドローンのモニターを確認すると、さっきよりも魔獣と女の子の距離が近くなっている。
「ヤバいな……間に合えええええ!」
猛ダッシュで草原を駆け抜けて彼女が視界に入るが……魔獣も視界に入る。
「そこの君!伏せてろっ!」
「えっ!?」
「伏せろおっ!ストーンキャノンッ!?」
「ぎ、疑問形!?」
俺の声に気がついた女の子は振り返り驚きながら咄嗟に屈む。
ストーンキャノンとかカッコつけたが地面に落ちていた石を拾い魔獣に投げて命中させただけの力技だ。
魔獣の注意は俺に向き、彼女から遠ざけることに成功した。
「食らいやがれ!」
アイテムボックスに収納されていた剣を手に取り、力任せに魔獣をぶった斬る。
剣術スキルはないが、筋力はあるので、なんとか魔獣の頭を跳ね飛ばすことに成功した。扱いが下手で刃こぼれしてしまったが、緊急自体だし仕方ない。
「間に合って良かった。おい、大丈夫か?」
「は、はい……」
赤髪の少女はうずくまった状態から、恐る恐る顔を出してこちらの様子を伺っている。
「あの……こんなところで一体何を?」
「俺は……旅の魔法使いだ。こっちこそ、聞きたい。君はこんなところで何をしてる?足を怪我してるみたいだが?」
「魔法使い……でもさっき剣で……土属性の魔法使えるのになんで……」
「剣も使える魔法使いなんだよ。魔法は回復系しかまともに使えないからな。ストーンキャノンは普通に石を投げただけだ」
「ストーンキャノンと叫ぶ必要性は?」
「ま、魔法が来ると思えば君は伏せたままだったかも知れないが、石を投げるって言ったら無駄だとか言われて伏せてもらえない可能性があったからな……」
威力はストーンキャノンよりも強いから実質ストーンキャノンだ。俺も属性系の魔法が使えないかと石を投げて練習していたが、結局習得は不可能だった。
だが、筋力が上がりそこいらの冒険者より強い攻撃が出来るようになったので、俺の努力の証としてストーンキャノンと呼んでいいことにしている。
その練習を仲間に見つかり笑われて恥ずかしい思いをした自分を正当化している訳ではない。
だから、これ以上ストーンキャノンについて聞くのはやめてくれ!
「そうなんですね……あ、私は森で狩りをしていたら足の骨を折ってしまったみたいで、なんとか街まで足を引きずって歩いてたんですが」
「ふーん狩人……にしては随分上等な服着てるな」
服や靴が装飾の凝ったものだし、平民じゃなさそうだ。
「申し遅れました。私はラキア家の長女、ソフィー・ラキアです、この度は危ないところを救って頂きありがとうございます。街まで同行して頂けないでしょうか?相応のお礼はさせていただきますので」
「やっぱり貴族様か。俺は……にい……ケニイだ。せっかく助けたんだから最後まで見届けないとな。おっと、敬語の方がいいか」
新島 景って名乗りそうになったが、それじゃダメなんだった。下の名前のケシキと苗字の新島を文字ってケニイってことにしておこう。
「ケニイさん。ありがとうございます。他の人の前では困りますが今は口調は気にしなくて問題ありません」
「そうか……街に行く前に足を見せてみな」
こりゃ、ボッキリ折れてるな。かなり腫れてるし相当痛みもあるだろう。
「ヒール」
彼女の足に手を向けてヒールを発動して骨をくっつけて炎症を抑える。
「どうだ?」
「全然痛くないです……あのここまでヒールが上手いってことは教会の方ですか?」
「いや、俺はどこにも所属していない流れ者だ。別に偉い人間じゃないからもっと気安く話してくれよ」
明らかに年下の子にここまで気を遣われるのは気まずいもんがある。もう、勇者の仲間じゃないからそういうのも必要ない。
「そっか……それにしても助かったわ!あなた凄いじゃないの!」
「ええ……全然キャラが違うじゃないか」
「初対面の人に丁寧に話す作法くらい心得てるに決まってるでしょ」
「そっちが素なのか。よく考えたら一人で森に狩りに行ってるくらいだし庶民派なのか?」
「外に出るのが好きなだけよ。貴族女性らしさ求められるのって窮屈だからね」
「だろうな……」
「ところで、イルラキアに向かってる途中だったの?」
「ああ、そうだ」
「ふーん。ダンジョン街に行くから寄るだけ?」
「いや、ずっと流れ者やってて都会に疲れたから、田舎でゆっくり過ごしたいと思ってな。この辺に村とかはあるか?街よりは静かなところの方がいいんだが」
「歩いて30分くらいのところに森の近くの農村はあるけど」
「そこに住むとかって出来るのか?あ、でも余所者は警戒するか……」
「元々街出身じゃない外から来た人たちが住み着いたから大丈夫じゃない?たまにあなたみたいな流れの冒険者が引退して住み着くことはあるけどね。
変わり種と言ったら植物学者にテイマーかな。この辺の生物は山の影響でちょっと特殊だからわざわざ移ってきた人もいるわね」
「なるほど、そこなら大丈夫そうだな」
「仕事はどうするの?今の時期から畑仕事しても稼ぎにならないと思うけど」
「ヒールが使えるから街で怪我した人を治す仕事とかって考えんだんだが、まずいよな?」
「時々教会の人が来るから面倒なことになると思うけど」
「ならマッサージ屋ってことにするわ」
「マッサージ屋?全然違うじゃない」
何故そうなる?とソフィーは眉に皺を寄せながら首を傾げる。
「いや、俺はマッサージも出来るし、表向きはマッサージ屋ってことで。それに教会より断然格安でやるぞ?」
「ってことでって……でも実際、治療に物凄くお金がかかるから皆困ってるし、需要はあるのよね」
「ならわざわざケチな教会にバラさないだろ?自分達に旨味があることは黙ってるもんだからな。何の得にもならないしな」
「開業の手続きに住民登録は口利きしてあげられるけど、そっからは自己責任でお願いね?」
「ああ。むしろそこが一番問題だったんだ。そっから先は俺の責任で良い」
「あなたお金は?店を持つにしても建物の賃貸料や税金払わないといけないけど」
「それは資金があるから大丈夫だ」
一応、長い間旅をしてそれなりに報酬も貰ってるから、この世界の金にはそこまで困ってない。
「それなら街についたら私がなんとかしてあげるわ。命の恩人だからね。本当は色々審査とかあるんだけど、私のこと助けてくれた人だしパパもそこまで気にしないと思うわ」
「助かる」
ソフィーを連れて街まで辿り着き、使用人が慌てて飛び出してきて、彼女は説教をされていた。
まあ、心配させたんだから仕方ないよな。
その後、パパ、つまり領主から直々にお礼をしたいと食事に誘われたので屋敷に滞在することとなった。