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2-18 胸の話

 

 昨日、レーギスにおっぱいをつけてやろうか、という冗談を言ったが、今日の仕事はまさにその『おっぱいをつける』仕事だ。


 サイモンがどこからか、そんな仕事を持って来た。


 予約リストでは、最初は有力者の健康面のトラブルを解決する者が多かったが、女性の美への欲求を満たす仕事がどんどん増えていく。


 女性が美しさに金の糸目はつけないのは、世界共通か。


「さあさあケニイちゃん、今日は特別なお客様よ! そんな顔してないで気を引き締めなさい!」


「ミネルバさん、ケニイちゃんは勘弁してくださいって何回も言ってるじゃないですか……」


 サイモンの妻、なんか長い名前があったが覚えきれないのでミネルバと呼んでいる。

 ワインレッドの落ち着いた髪色と上品な口調、つり目の勝気な表情、ややサディスティックな性格の彼女に俺はいつもオモチャにされている。


 中身がそんなに若くないんで、ちゃん付けはキツいっす。


 お客が若いご令嬢ということもあり、いつもマナーを教えてくれている彼女が今日は同席する。カルラも助手につけているが、まだ未熟な村娘ということもあり、俺たちだけとはいかないようだ。


 男性客ならまだしも、若い女性が男と密室にいるというのは体裁が良くないので、今後も、このフォーメーションで行くのだろう。


 俺が治療、カルラがアシスタント、ミネルバが質問などの受け答えを担当といったところだ。


 カルラは最近、俺、ロメルダによる指導で低級の治癒魔法が使えるようになってきて、ミネルバによる指導で行儀作法に磨きがかかってきた期待の若手だ。


 そのうち俺が休みの時に店を任せられるかも知れない。出来るだけ色んな仕事で経験を積ませてやりたい。




 貴族女性の嫁入りの際、生娘であるか、健康面に問題はないか、怪我や傷跡はないか、そんなことまでチェックされるらしい。


 まあ、後からその子どもは○○家の血を引いているなどと発覚したら大変なことになるのは目に見えているから分からんでもないが、それだけ女性の見た目はシビアな問題なんだろう。


 シミ、ソバカス、顔、胸、毛など、怪我ではなく、魔法で解決出来ないような些細な問題を俺なら解決出来る。


 自力でどうしようもない悩み事で困っている人がいるなら助けてあげたい。


 これは俺にしか出来ない尊く価値のある仕事だと自負もある。


 だからこそ、俺は今日、精一杯お客様の胸を揉ませて頂こうと思う。


「先生、患者さんが1人います」


「ん? どこに?」


「どうしようもなく鼻の下が伸びています。私の見立てでは切除が必要だと思いますが如何しましょうか?」


「怖っ! 俺だろ、それ……切除ってどこを?」


「顔付近と股間付近ですね」


「どっちもかよ」


「しっかりしてください、お客様の前でそんな顔してるの見られたらこの商売は信用を失くすんですよ?」


「う、うむ……気をつけます」


 その通りだ。あくまで職務に忠実でないとな、集中集中!

 カルラはこの仕事に強い思いを持っていて常に真面目に働いている。


「大体、胸ってそんなに見てて面白いものですかね?」


「男ってのはそんなものよ、カルラちゃん。あなたなら操ろうと思えばいくらでも操れるわ。胸を持ち上げてみなさい?」


「そんなもんですかね〜」


 カルラは自分の胸を手で持ち上げてから手を離し、プルンッと揺れさせる。


「ほら、ケニイちゃんがあなたの胸に気を取られてる間に……」


「なっ、いつの間に俺のペンを!?」


 胸ポケットに刺していたペンが抜き取られていた。


 勇者として魔王退治した俺もヤキが回ったものだ。


「本当ですね……」


「簡単過ぎて笑っちゃうでしょ? ズボンのチャックもね」


「うわっ、いつの間に!?」


「まあ、それは最初から開いてたんだけどね」


「それは早く言ってくださいよ!?」


「そりゃスノウさんに夢中になる訳ですね、あの人は凄いから……」


 俺は今、スノウと恋人関係にある。彼女の飯の世話をして、画材や何やらをプレゼントし、話している間に意気投合した。というか殆ど俺が猛アタックの泣き落としのような気もする。


 ディーンにカルラじゃダメだってのか! って怒鳴られたけど、あんたうちの娘はやらんとか言ってだろどっちなんだよ。


 それに、カルラ自身が俺を師事して尊敬の念は抱いてくれているが恋愛対象として見てる感じではないし、異性というより、頼れる兄みたいな扱いだ。

 俺が頼れるかは別として……。


 一応、スノウには職務上、女性の裸を見たり、触ったりすることがあるのだが、それでも問題ないかと確認した。


 すると彼女は「いいな〜私も見たいし触りたい」などとケロッとした顔で抜かす豪胆さがあった。


 本当に良いのかと聞いたら「私だって絵の資料に男の裸見るけど、あなたはそれが嫌だからって辞めさせるの?」と、言われて閉口せざるを得なかった。


「それくらいで嫌いになったりしないよ、美しいものに惹かれるのは自然なことだし、ちょっと他の子に目移りしても、本気にはならないでしょ?

 これだけ私に愛を語ったのに、他の子に本気になるの?」


 彼女の器は彼女の胸よりも大きかった。ただ、優しく微笑みかける目の奥には裏切ったらとんでもないことが起こりそうな何かを感じた。


 仕事は仕事。スノウの意識の高さと、俺の自尊心と意識の低さが際立ち、なんとも言えない罪悪感に襲われたものだ。


「今日のことはスノウに報告しないとね」


「それは絶対にやめてください!」


「良いけど貸し一つね。例の化粧品、3ヶ月分で手を打ちましょう。大事なお客様が来る前に気を抜いていたらどうなるか、良い教訓になったでしょう」


「はい……」


 この人、やっぱりサイモンの奥さんだわ。国内有数の商会のナンバー2は伊達じゃないな。

 化粧品は高いんだよ! 特にあなたが物品召喚で求める奴は高級品なんですよ!?


 ああ、これで俺の贅沢出来る量が減ってしまった……しばらくは節約しないと。


「さ、ケニイちゃんをイジメるのはこれくらいにして、準備の確認をしましょう」


「はい……」


「先生、鼻の下縮めて背筋伸ばして胸張ってください!」


 忙しいな俺の身体。




 ────────────




「ささ、こちらへおかけになってください」


 お客が来た。若いご令嬢2人というのは聞いていたのだが、ピンクの髪をした2人の顔はそっくりだ。


 ただ、片方が片方を守っているような警戒しているような、雰囲気までは全く違う2人だ。


「お二人は双子なのかしら?」


 ミネルバが質問する。


「アシュレイ様……如何しますか?」


 おや?敬語で様付けか、となると姉妹……いや、姉妹で様付けは変だな。


「クルエラ、大丈夫。私が説明します」


 アシュレイと呼ばれる娘が従者のような態度を取るクルエラを説得するように話しかける。


 聞けば彼女はかなり身分の高い人らしい。


 そしてクルエラはアシュレイの影武者なのだそう。


 有力者が命を狙われることは珍しくなく、影武者を用意するのは極めて一般的だ。


 顔が非常に似ていることから幼少期よりアシュレイと共に影武者としての教育を受けてきたらしい。


 そんな彼女たちが抱えている問題が胸のサイズなのだ。


 クルエラがミネルバとカルラに手伝ってもらいコルセットを外すと豊満な胸が服の下から見てとれた。


 顔は似ていていても胸のサイズがあまりにも違う。


「誠に情けないことなのですが、私の胸が成長と共にかなり大きくなってしまい潰して隠すのにも限界が来ています。これでは呼吸も苦しく万が一の時に素早く動くことが出来ず、危険なのです」


 なるほど、詰め物で大きく見せることは出来ても、元々あるものを無くすことは出来ない。


「私がクルエラに合わせても、その……胸元の見える服を着る機会が増えていきますので、どうしようもなく、こちらを頼らせて頂きました」


「私たちの胸を丁度中間くらいの大きさに調整出来ればと日頃話していたのです」


 ああ、「胸大っきくて羨ましい」「大きいだけで邪魔だよ、分けれるなら分けたいよ」「分けて欲しい〜」という女子定番の会話だな。


 そしてそれを現実に出来てしまうのだから、彼女たちにとっては願ってもない、話なのだろう。


 見た目が違う影武者って意味ないしな。


「それはお辛いですね……希望の大きさは如何致しますか?」


「そうですね、私が詰め物で大きさを誤魔化しているので、詰め物なしでその大きさくらいを希望します……あ、でもこれから成長したら困るかしら」


「アシュレイ様……もう長い間成長していませんが……それに詰め物している時よりやや小さくしませんか?」


「クルエラ!あなたは黙っていなさい!」


 アシュレイが耳を赤くさせながらクルエラを叱る。


「申し訳ありません……しかし、ちゃんと同じ大きさにしないと意味がありませんし、あなたが危険です。後、可能な限り小さめで私の呼吸を楽にする方向で調整して頂けませんかね」


「胸の小さい気持ちは、あなたには分からないのよ!」


「僭越ながら影武者であり護衛の身である私が胸が大きいばかりに、呼吸をするのもやっとで役目を全う出来ず倒れたのは、相当な屈辱でした。どうか我慢してください」


「……お互いの妥協点を探りましょう」


 という訳で、少しずつサイズを調整しながらということになった。



「マッサージには特別な効果のある薬効を含んだこの液体を使いながら、指圧をすることでサイズを変えることが出来ます」


 念の為、あくまでマッサージの効果であるという建前が必要なので、毎度この説明を行っている。


 無心。


 上半身裸の女性を前にして、徹底したプロ意識でポーカーフェイスに努める。


「それでは、失礼します」


 アシュレイの胸にただのローションでヌルヌルになった手を当て、ゆっくりと揉み込む。


 脇腹や肩周り、背中の肉を集めてリンパを刺激するようなイメージで揉む。本当のマッサージとしても気持ちいいと思うが、あくまで雰囲気を出す為にやっているに過ぎない。


 ここで、さりげなく肉体改変を使い、気付かれない程度に徐々に胸の脂肪を増やしていく。

 同時に胸周辺の脂肪を吸収し、あたかも胸に脂肪が集まったかのように見せる。


 5分ほど作業を続けた。


「途中ですが、このような感じになります」


「まあ、本当に大きくなっているじゃない!? 不思議ね……もう一声お願い出来るかしら」


「アシュレイ様……」


「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから!」


「はあ……もう少しだけですよ」


 クルエラが折れた。


 更にマッサージを続け、そろそろ良いかと思った頃に手を止めるとアシュレイに手を掴まれた。


「何をしているの? 私は止める指示をしていないのだけれど?」


「し、失礼しました!」


 有無を言わさぬ目で睨まれてビビりながらマッサージを継続した。




「良いじゃないの! 綺麗で大きいし、お腹周りもスッキリしたわ! これならいくら食べてもここにくれば問題ないんじゃない?」


「アシュレイ様……少々やり過ぎでは? その大きさは一般的に大きい方かと」


「嫌よ! この胸はもう私のものなんだから!」


「しかし、それでは走った時に揺れて走りにくいし痛いではありませんか?」


「私は痛みすら感じなかったのよ!? 今のあなたよりも小さいのだからこれで良いじゃないの」


「ですが……」


 クルエラ、ちょっと可哀想だな。胸のサイズを小さくしながら心肺機能の強化をしてやるか。


 肉体改変で無理やりマッチョにしたり、細くしたりも出来る。心臓をマラソンランナーくらい強くすることも可能だが、美容整形よりもバレた時の問題点が大きそうなのであまり使うつもりはない。


 レオンの衰えた筋肉を戻したのもその力だ。弱った人を正常にするくらいにしておきたい。


「一旦クルエラ様がその大きさで問題ないか確認してからにしましょうか」


 ミネルバが上手く仲裁に入ってくれた。


 今度は違う薬効のあるローション(大嘘)を使い、クルエラの胸を触る。


 うわっ、重いな。こりゃ潰すのも苦しいし動きにくいだろう。


 脂肪をリンパから流して痩せさせるという出まかせを喋りながらアシュレイと同じサイズにする。


「どうですか?」


「足元の視界が広くなりました……アシュレイ様はこれ以上に視界が広かったんですね……」


「クルエラ、あなたそれ自慢……嫌味ですか?」


 アシュレイのこめかみにビキビキ来てるのを俺たちは華麗にスルー。


「嫌味? まさかそんな、私の視野はこれまで無いほどに広がっているのです、出先でそんなはしたない真似は致しませんよ」


「こ、こいつ……!」


 お嬢さん方、仲が良いのは結構だが、あんたら乳丸出しってこと忘れてないかい?


 結局、2人とも妥協したのはFカップくらいの大きさ。そこそこ胸元がゴージャス感のある大きさで、邪魔にならない程度がそこだそうだ。


 多分だけど、Fカップは普通に邪魔になる大きさだと思う。薮をつつくような真似はしないが。


 ところで少し気になっているのは『色』だ。どこの色かくらいは言わなくても分かるだろう。


 これを俺から指摘するのは気が引けたのでミネルバに耳打ちでどうするべきか助言を求めたら頭を叩かれた。


 普段からそこは見せないから変える必要ないだろうと。


 そりゃそうだ。裸になっている状態を俺が見比べているから気になるだけで、誰も知る事じゃないな。


 ともかく、アシュレイに関してはかなり満足した様子で宿を後にしたのだった。

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