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2-16 ロメルダの正体

「──だから我輩をただの娘だと思って舐めた口をきいたやつにこう言ってやった訳よ、商売やってる癖に勝算も計算出来ないのかってな!」


「商人の得意分野の計算で皮肉を返すとはやるなあ」


「そうだろう?だが、そいつはサイモンの馴染みの取引相手だったらしく、後でしこたま説教されたわ」


「お得意様にそんな口きいて怒られる計算も出来なかったのか……」


「馬鹿な、それくらい計算出来たわ。サイモンはまだ我輩の分身相手に怒鳴っていたことに気付いてもおらぬ……クックック……」


 そんなの俺がバラすに決まってるだろ。



 本日もいつも通り平和にマッサージ屋の営業を行なっていた。シェリーは暇なので店に遊びに来ている。


 丁度お客さんが全員いなくなって一息ついていた時に、大きな影が動いたのが視界に入った。


 巨大な老婆で常連のロメルダだ。


「いらっしゃい」


「うげげ……あのババアは苦手だ……」


「……誰も居ないね。ケニイ、ちょっと話がある奥へ案内しな。そこの娘も一緒にね」


「「ええ……」」


 有無を言わせぬ口調に俺たちは少しビクビクしながら奥へと案内した。いつもの治療目的で来た訳じゃなさそうだ。


 お付きの人を下がらせて俺は応接室というには貧相な事務所にロメルダを座らせる。


「それで、いきなりどうしたんですか?」


「どうしたも、こうしたもないよ。あんた、私に一体何をしたんだい」


「何をしたって『マッサージ』だけど……?」


 あれ?俺怒られてる?


「ケニイ。あんたが腕の良い治癒術師なのは分かる。だけど、それだけじゃないだろう、あんたのお陰で私は元気になっちまったよ!」


「元気になったから怒られてるの!?」


 理不尽じゃねえか?


「そうだよ。この間、魔法が使えるようになっていることに気がついたのさ。私の魔臓はとっくの昔に無くなったはずなんだがねえ。なかったものが、ある、こりゃ一体どういうことだい」


「えーと、それだと魔力の影響を受けて身体に悪いので復元したけど、何かまずかったですか?」


「はあ……知らないってのは恐ろしいねえ。ある女の話をしよう」


「先に聞いとくと、その女とは昔のロメルダさん?」


「ある女と言っただろ。話を腰を折るんじゃないよ……ああ、そうさ、ある女は私さ!それが一番のオチだったってのに。含蓄のある昔話で教訓を与えてやる計画を潰してくれて助かったよ。あったものを無かったことにする才能まであるなんて大したもんだ」


「そんな怒らなくてもいいでしょ。とにかく昔何があったのか教えてもらえます?」


「私は昔、教会の一番偉い人の妻──2番目に偉い人間だったんだよ」


「えっ!?」


 その後語られたロメルダの過去は衝撃的なものだった。


 彼女は幼い頃から治癒魔法を上手く扱えていた。貧しかった家は彼女を教会に売り払い、宗主と呼ばれる人の息子の許嫁となった。


 宗主は教会内で最も治癒魔法が強力でなくてはならない。そして、それは世襲制であり、外部から血が濃くなるのを防ぐために許嫁を探し、次代へ、より強力な宗主を生み出すためのものだ。


「最初はよく知りもしない男の妻にさせられて、納得はいかなかったが、あの人は優しかったんだよ。優し過ぎたくらいだ。治癒魔法で人を救う才能はあっても、組織の頂点に立ち、コントロールするような人間じゃなかった。

 そこにつけ込まれて、罠にかかって他の派閥に乗っ取られてしまった。私の魔臓はその時に旦那と一緒に奪われたって訳だよ。教会のトップに再び返り咲かないようにね」


「えっと、じゃあロメルダさんの魔臓が治ったっていうのは」


「知られると大変なことになるね。表向きは私は病気で田舎に隠居、旦那は失踪したことになってるからね……」


「それで、シェリーを連れて来させたのは?」


「ケニイ、あんたこの子喋り方変だと思わないのかい?」


「こいつ自体が変だし喋り方は些細な問題でしかないからなあ……」


「前から思ってたけど、うちの旦那と全く同じ喋り方なんだよ。嬢ちゃん、アレクシスって名前聞いたことないかい?」


「アレクシスゥ?もちろん知っとる。我輩に人間の言葉を教えてしばらく世話になっておったからな!」


「やっぱりね……アレクシスはその旦那の名前だよ」


「そんな繋がりが……ってなんで今まで言わなかったんだよ!シェリー!」


「聞かれてないからな」


 世間は狭いというか、そんな偶然ってあるか?


 俺の新しい拠点にシェリーが来て、そこに住んでたのは元宗主の妻で、シェリーはその宗主に人間の言葉を教わっていた。


 これは神の采配を感じるな。俺に何かしろってことなのか?


「アレクシスはどうしてるんだい」


「死んだ!出会った頃にはかなり弱っとったからな。ある朝、目覚めなかったから焼いて埋めたぞ」


「──そうかい、ありがとうね……」


 ロメルダは少し悲しそうに、それでいてスッキリとした顔をしていた。


 アレクシスの死に目に立ち会えなかったのは残念だが、確かに彼の雰囲気を感じるシェリーという存在がずっと気になっていた。その彼の忘れ形見のようなシェリーに、出会ってからの話を聞いたり、ロメルダから見た彼の話をしていた。


 2人は楽しそうに話をしている。そんな光景を俺は側でぼんやりと眺めながら見守った。


「ん?ちょっと待ちな、人間の言葉ってどういう意味だい?外国の生まれならこの国の言葉って言うはずだろう?それにエルフやドワーフ、獣人なら見たら分かる。あんたはただの人間……じゃないね、何者だい」


「あ……ケニイやってもうた……」


 シェリーのヤバい!という焦り顔が今になって現れる。俺は気付いていたぞ。


「安心しな、何者だろうと別にどうもしないよ。ただ私の正体を知ってそっちは秘密ってのも不公平だからね。ケニイ、何呑気な顔してるんだい。あんたもだよ!」


「俺も!?」


「そうだよ。魔臓を再生させるなんて宗主でも無理だからね。まあ、検討はついてるんだけどね、あんた勇者のニイジマじゃないかい?」


 あらら、しっかりバレてら。


「──ま、流石に宗主の妻ほどの実力者に隠すのは無理か……そうだよ、ニイジマだよ。今はあなたと一緒で正体を隠して隠居してマッサージ屋をやってるケニイだ。で、シェリーはドラゴンだ」


「なるほどね、納得がいった」


「それだけ?」


 ロメルダはうんうんと頷いて満足げだ。


「それだけさ。それ以上の追求はしない」


「あー、なんだビビったよ」


「そうだよ。ただ、ダンジョンが発見されたろ?それが問題だよ。私がこの街に来たのは教会がないからさ。私の命を狙う馬鹿どもはどこにでもいるからね。一度撤退しても冒険者で稼げると思ったらまた来るだろうから、トラブルが起きそうだ」


 そうか。要人暗殺を警戒して教会の人間の目が届かない場所となると、相当な田舎の村か、特殊な事情で教会がない街くらいだ。


 だからこそ、俺はこの街に転送されたんだろうし、ロメルダも事情は同じだ。


 ダンジョンが発見されたら冒険者が来る。怪我人も多くなる。そうなれば治癒魔法で稼ぐチャンス。守銭奴教会連中ならそれくらいは考えるだろう。


 となると、マッサージ屋の俺は当然目をつけられる。


 領主が守ってくれているとはいえ、教会を置いてやるから俺を追い出せとか言い出したり、多額のお布施を要求したりするだろう。


 組織だった治癒魔法使いを教会がほぼ独占しているから、この国の貴族もそれを頼る他なく、強気の交渉がしにくい。暴利を貪ろうとも許される高い需要のある職業故の横暴だ。


 もう、いっそロメルダが治癒魔法学校みたいなの開いて野良の治癒術師いっぱい育てて教会の権力削った方がいいんじゃないかな。


「いっそ、ここは勇者と元宗主の妻がいるから、お前らは必要ない。帰んなって追い払ってやろうかね」


 ロメルダは指をピッと天に向けて不適な笑みを浮かべた。


「それは困るんですけど!?」


「冗談だよ。だが、そろそろ密偵がこの店に入り込むだろうね。ダンジョンの話は各地に広がっているし、教会を作る土地の調査をしに来るはずだ。そこでいっぱい食わせてビビらせてやれば手出ししてこないかもね」


「ほうほう……それは具体的にはどうする?」


「耳を貸しな」


「はいっ──アァンッ!ちょっと!息吹きかけないでって!」


「年寄りだから呼吸が浅いんだよ、我慢しておくれ!いいかい、調査員というのは教会部署の中で…………それでそこの調査員のトップが…………」


「なるほど、それは……成功しますかね?」


「手回しは任せな。隠居の身でも私の派閥の人間はまだ教会の重役だよ。こういう時の為に表向きは私を裏切ったことにさせてるんだからね」


 助かる。俺は意識するとボロを出すだろうから普通に接している間に相手が諦めるように仕向けてくれるなら文句はない。




「──それと、これはお互いの為になると思うんだけどね、ちょっとしたお願いを聞いてくれないかい」


「はい、なんでしょう!」


「ケニイ、小耳に挟んだんだけど、あんた娼館のオーナーになるんだって?」


「な、何故それを!?」


「女の口には戸を立てられないよ。この街の婦人会の頭は誰だと思ってるんだい?」


「あー、ロメルダさんね。それで娼館がどうしたって?」


「あんた、マッサージ屋と娼館の掛け持ちなんて無理だろう?私が娼館受け持つよ。いや、受け持ちたいんだ。一部でいいから関わらせてくれないかい」


「それはまた一体どうして……」


「娼館で働く娘ってのは、私みたいな子が多いんだよ。家が貧乏で……特殊な魔法適性がなければ私も同じく娼婦になってただろうさ。

 教会は金に汚い面もあるけどね、行き場のない孤児を育てたりもしてたのさ。孤児の中には娼婦も、その子供もいっぱいいたんだ。

 ま、そういう理由で金を巻き上げてるんだけどね、子供や若い女が野垂れ死ぬよりはまだマシだよ」


 考えたことも無かった。教会の悪い面ばかり意識していたが、福祉という面もあったんだろう。


「昔はそういった子達の世話役だったんだよ私は。

 身体も誰かさんのお陰で、元気になったことだし、その子たちの面倒を見たい。

 なに、病気なんかも私ならすぐに治せるし健康管理も心配なしだ。これでも上の立場にいた人間だ、教養も身につけさせられるしね」


 俺よりは間違いなく適任だろう。これからは冒険者の世話で忙しくなりそうだし、荷が重かった。困っている人は助けたいから引き受けたが、より任せられる人に任せた方がいい。


 もちろん、一度引き受けた話だ、全て放り出すつもりはないが、俺に出来なそうなことは沢山ある。

 特に女性の気持ちに寄り添いサポートするのはロメルダだからこそ出来ることだろう。


「サイモンさんと一度相談するので、すぐに返事は出来ませんが、可能ならお任せしたいです。それで良いですか?」


「構わないよ。別にすぐの話じゃないんだ。まあサイモンは出来る男だ、私の正体にも薄々勘づいてるだろうけどね。となると、私の有用性も自ずと見えてくる。

 ──教会の連中も、まさか私が娼館のオーナーとは思いもしないだろうね」


「ははっ……」


 あなたに元勇者がマッサージ屋やってるのも、娼館の話もバレてるんだけどね。

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