2-15 金の使い道
日間ランキング転移部門で9位に入ってましたありがとうございます!
随分と長々と聞いてもいない身の上話をされて、うんうんと聞いていたのだが、返事の仕方を間違えて怒られてしまった。
貴族言葉って難しい。やっぱり、作法を学んでも咄嗟の適切な答えを出せるほど洗練されてないからボロが出てしまうな。
「よい、平民の貴様に貴族の作法を求めるのも無理な話だ。それにそのような皮肉のつもりで言っていないのであろう?」
「も、もちろんでございます!」
慌ててそう言ったが、ガッツリ話長え〜って思ったよ。
そんな話を聞きながらレオンの腰、それに足を触って触診と鑑定をしていた。
話は長えと思っていたが、怪我の経緯が知れたのは大きい。治療の方針が立てやすいからな。
やはり、神経の治癒がかなり雑にされていた。というか、千切れた断面の治癒をしてしまい、脳からの信号が足に届いていないのだ。
ちゃんとくっつけて治癒しないと足は動かない。
俺の持つ回復は、神様に医療、人体の知識をインストールされた状態で行える上に、鑑定も併用している。
魔法頼りで科学が発達していないこの世界では、怪我の治療は本当に文字通り『神頼み』なのだ。
詠唱の内容も俺は無詠唱だからあまり知らないが神に祈る云々って内容が多いらしい。
だから、身体の仕組みをあまり理解していないまま、回復を使っている教会の人間と俺とでは技の精度がまるで違う。
腰を触りながら、回復と肉体改変を使い神経の再接続と治癒を行う。
長い間使われていなかった固まった筋肉も同じようにほぐす必要があった。
これにはマッサージも必要となる為、治癒魔法のカモフラージュとしてではなく、珍しくマッサージをする必要があってマッサージをしている。
因みに本人は感覚がないから、気付いていないだろうが、座りっぱなしで痔になっていたのも治してやった。
お情けでここの治療費は請求しないでやる。
「な、なんだ!?足が……感覚が!?」
お、やっと神経の回復に気付いたか。結構前から治ってたんだがな。
「今から私の押す場所に押されている感覚があれば返事をしてください」
「ああ……ある……うむ、分かるぞ……おお!」
腰から尻、太もも、脹脛、つま先、一つずつ押して感覚が戻っているのを確認する。
鑑定で状態は分かるのだが、それでも念の為、本人に感覚を確かめて貰う必要がある。
「どこか痛いところはありますか?」
「む……膝と足首を曲げると少し痛みがあるが、そんなものは問題ではない。俺の足に痛みがある……それが、それが何より重要ではないか……何も感じなかったのだぞ」
レオンは目に涙を溜めて、それが泣くのを必死で堪えていた。平民の俺の前で泣くわけにはいかないのだろう。
長い間、関節が固まっていたからだろう。足を持ち上げて、曲げ伸ばしするストレッチを繰り返しながら関節部分の治療をしていく。
「だあっ!あだだだっ!これ!もう少し優しくせぬか!」
「今しっかりとほぐさないと、後で痛みますよ」
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「レオン、私だ……其方ら、一体何をしておるのだ?入っても構わぬか」
「ち、父上!?い、今はダメです、もうしばしお待ちを……」
レオンは慌てて胸元に入っていたハンカチで目に浮かんだ涙を拭き平静を装った声を出す。
「大丈夫です、お入りください」
それを聞き、侯爵がサイモンを連れて入室する。
「なんだ、まだマッサージ中であったか。部屋の前で其方らの会話を聞き、いつから我が息子は男色の気があったのかと驚いたぞ」
「ご安心を息子様は大変お元気になられておいでです」
「ケニイ、この馬鹿者!その言い方では誤解を招くわ!」
「し、失礼しました!」
「まあ……息子が女子に興味を示さず馬ばかり愛しておるよりは男色の方がいくらかマシだがな」
「父上まで何を仰るのです!?」
レオンはベッドから起き上がり、侯爵に食ってかかった。
「な……レオン、其方足が……!?」
「はい……父上、ご心配をお掛けしました。俺はこの通り歩け……うぅっ……ずびまぜぬっ!」
「良くやった……エストニール商会。少し外せ」
「はっ」
俺とサイモンは部屋を出る。
「おおレオン、また立ち上がった姿を見ることが出来るとは」
「はいっ……この通り歩くことも」
「まだ病み上がりだ、無茶をするな!しかしこれで侯爵家の跡継ぎ問題は心配なくなった」
「また馬に乗る事も出来ます!」
「馬鹿息子め、馬に乗るより女に乗り跡継ぎを残す方が先だ。王都に帰り次第、滞っておった婚姻を進めるぞ」
「はいっ!」
そんな会話がドア越しから聞こえてくる。
息子の怪我を心配する父親か。父親から受けた怪我を隠して学校に行っていた俺には眩し過ぎる会話だ。
あんな父親なら俺の人生も違うものだったのだろうか。
「此度の働き感謝する」
応接室で俺とサイモンは跪きながら侯爵の話を聞く。
「まさか、本当にもう一度我が息子が歩く姿を見れるとは思わなかった。この借りは必ず返す。ラキア卿では対処出来ぬ問題が発生すれば、私を頼れ。それと王都での商売も、今以上に自由が効くように配慮しておく。後はそうだな……良い客がいれば紹介してやろう」
「ご配慮、感謝致します」
こうして、サイモンは多額の報酬だけでなく、金では手に入らない上級貴族への貸し、便宜、コネ、秘密を握ったことになる。
出来るビジネスマン凄いっす。俺にはこういう交渉とか無理だわ。
息子のレオンは、いきなり立って歩けるようになれば不自然だし、今は車椅子に座っている。王都に帰って屋敷でしばらくしてから、徐々に回復を見せ奇跡の復活をすることになるだろう。
その回復の間に政敵を叩き潰す作戦を開始するらしい。
「死なねば、またここへ来れば元通りだから多少の無茶も効くというものだ。ハッハッハッ!」
出来れば怪我しないで欲しいんですけどね。笑い事じゃないですよ。
「出張サービスもございますので、いつでもお声掛けください」
いやいや、安全第一でお願いしますよ。いくらシェリーがいるからいつでも文字通り飛んでいけるとしても。
「うむ、サイモン、ケニイ、其方らのより一層の発展を期待しておるぞ。特にケニイ、精進せよ」
「はっ、ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げて、お褒めの言葉をありがたく頂戴する。
挨拶が終わり、侯爵一行は宿屋を後にした。
「はあ〜疲れた……」
「俺も侯爵となると神経をすり減らしたな。ケニイが迂闊なことを言わないかと」
「えっ、俺のせいですか?」
「一体何を聞いていた?侯爵の挨拶の中で、息子の恩人だから多めに見るが、お前にもう少し礼儀を教えないと後々困るぞと言っていただろう」
「そんなこと言ってましたかね」
「貴族言葉でな。言外にそう示唆していたじゃないか」
「貴族言葉難しいですね、普通に喋って欲しいな」
「貴族にとっては、それが普通だ。何故喋ること以外は卒なくこなせるのに言葉に含まれた意味が察せないんだ」
「そう言われましてもね……」
普通の会社員だった日本人で勇者として特別扱いされてた俺に貴族言葉を理解しろって方が無理だろ。文化が違い過ぎる。
役職上の差はあっても身分制度がなかったんだから。
「あれ、じゃあさっきのはお褒めの言葉じゃなくて遠回しの注意?
となると、ありがとうございますって返事したのって……」
「そうだ。俺は無礼です、よろしく!って喧嘩売ってるようなもんだぞ。あそこは、ご進言しかと胸に刻みますとか言わないと」
「むず過ぎるって!俺もう喋らないんで通訳の人つけてもらえませんかね」
「何甘い事言ってるんだ、次の客までに更に特訓だぞ」
「そんな……」
俺、王宮で相当歯に着せぬ物言いしてたんだろうな。貴族たちの笑顔も今思い出すと苦笑いなような気がする。
大人になって、偉い立場になっちゃうと間違いを指摘したり、注意してくれる人がいなくなっていくって本当なんだな。怒ってくれる人がいる方が恵まれてるんだろうな。
知らないうちにとんでもない、やらかししてそうだから大変だけどちゃんと勉強するしかないか。
この世界で平民として生きるってそういうことだもんな。いつまで経っても向こうの常識に縛られてちゃいけないな。
「それはそうと、今回の報酬だけでも個人で持つには莫大な資産だ。俺は商売に使うがお前はどうする?使い道なんて知れてるだろう?」
「ああ、確かに……」
今回の俺の取り分は金貨500枚のうちの半分。250枚だ。なんと50%ももらえる。客を紹介して治療を任せただけで50%取られたとは考えない。俺ならそもそも依頼をもらってくる事自体無理だからだ。
2500万円相当の大金、今後もそのくらいの収入が定期的にあると思うと俺はとんでもない高級取りになった。
だが、必要だと思うものはこの世界のものよりも物品召喚で入手出来るものの方が多い。
この世界の金で使うのは、消耗品の魔道具や魔石、家賃など出費の額は知れている。この現金を物品召喚の必要ポイントに変換出来たらいいのだが、無理だ。
よって、俺自身は現金の使い道が全然ない。
あっ、スノウの絵は買いたいかも。彼女のあの絵は好きだ。家に飾って眺めるのも良いな。
貴族が欲しがるくらいだからそれなりに高級品だろうし、それくらい価値があるのも分かる。
でも使い道ってそれくらいかなあ。
「金は眠らせるものじゃない。動かすものだ。これから巨万の富が集まるだろうが、それが動かないのは問題がある。何か事業を起こすべきだろうな」
「と言われても商売の知識もないんでね」
「いっそ、娼館でも開けばどうだ?あれはデカい金が出入りするから丁度良いんじゃないか?娼婦たちの健康管理も君なら完璧に出来るから安全だ」
「ええ……娼館ですか」
娼館じゃなくて物品召喚が欲しいのに……。って、そんなダジャレ言ってる場合じゃないけど。
「うむ。どうだ?というか、やれ」
「絶対やらないとダメなもんなんですか?」
「これからこの街は大量に冒険者が流入してくる。規模の大きな娼館は治安維持にも必要だと領主様からも言われている。疫病対策もお前なら適任だしやってくれ」
「ええ〜」
「これも社会貢献だ。さて、早速娼館の主人としての登録書類にサインしてくれるか」
こいつ!最初からそれを計画していたのか!?
「ちょっと考える時間が欲しいんですけど」
「あ〜、街で男や老婆に手を出す変態と噂されるマッサージ屋が娼館開いたら普通に若い女が好きなまともな男だと認識される手伝いが出来ると思ったんだが残念だな〜」
……俺は書類にサインをした。
「うむ、確かに。まっ、娼館開いたくらいでその噂が消える訳はないんだがな。変態からエロいことが好きな男に変わるくらいだろう。」
「そんな!?騙したんですか!?」
「いーや、騙してない。勘違いするように仕向けただけだ。男からは安全に利用出来る娼館が出来て喜ばれるし、女からは安全に働ける場を提供されて感謝されるだろうがな。
ま、この街の雇用と娯楽の供給がされるというのは本当に助かるんだ。魔族との戦争で男手を失って金を稼ぐ手段を必要としている女性はこの街にも多い。
だが、教会のないこの街で娼館を開くのはリスクが高かったんだ」
「あっ……」
サイモンは茶化し気味に喋ってはいるが、この街ならではの問題だったんだろう。
「それならそうと、最初から言ってくれればいいのに」
「正直に言ったら君は渋るだろうが。それくらい分かる。それに、半分は建前だ。税を納める際にただのマッサージ屋が稼ぐには金額がデカ過ぎる。派手に金の動く場所を用意しておかないと脱税を疑われるからな」
……資金洗浄のフロント企業かよ!
めちゃくちゃ反社会的だろ、大丈夫なのかそれ。
サイモン、あんた、どんだけ悪知恵が回るんだ恐ろしいよ、絶対に敵に回したくないな。
「はあ……分かりましたよ、やればいいんでしょ」
「これも社会奉仕の一環だと思え」
まあ、俺なら妊娠や性病の対処も出来るし、顔や身体も整形出来るから適任と言えば適任なんだが。
娼館のオーナーか……仕事が欲しい女性からしたら貴重な収入源だし、娼婦という仕事自体に嫌悪感や差別感情はないけど、上手くやれるかな、自信がない。
「アドバイス料、財務管理料さえ払えば運営は基本的にうちが預かるから安心しろ」
本当、抜け目ないなこの人。
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