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2-13 家庭菜園

「ケニイ様、暇です。何かお仕事をください」


 リリーが頭を深々と下げて俺に懇願して来た。


 新しい生活に慣れて来た頃の夕食終わりにリリーが真剣な表情で直訴する。


「え?家の仕事やってくれてるだろ?掃除、洗濯、食事、これ以上やる必要あるか?」


「そんなもの、午前中で終わってしまいます。最近は皆が仕事をしている間呑気におやつを食べてお茶を飲み、ゆったりとした午後を過ごし日暮に夕食の準備をしています。このままでは私は堕落してしまいます!」


「堕落って……」


 朝は誰よりも早く起きて朝食の準備をして、俺たちが家を出ると家事を全てやってくれている。マッサージ屋は時々休みを取るが、家事は毎日しなくてはならない。

 午後くらいゆっくりしたって良いんじゃないか?


「いいか、堕落ってのはああいうのを言うんだ」


 俺が指差す方向にいるのはシェリーだ。夕食を終えたばかりにも関わらず、俺が出してやったお菓子をソファーで寝そべりながら食べて、スカートからパンツが丸見えの状態だ。


「何を言っておる、午後におやつを食べているリリーと夕食後に食べる我輩の違いは時間だけであろう。

 大体、我輩は立派に仕事はしておるのだぞ、大人なのだから、やることをやっていれば文句を言われる筋合いはない」


「へ〜、大人だったのか!昨日は今週の分のおやつ全部食べちゃって追加を泣きついてきたから、てっきりデカい赤ん坊かと思ったよ」


「な、何ぃっ!?」


「あの〜帳簿の計算してるんで、静かにしてもらえませんかね」


 アンがリビングで今日の売り上げの計算をしていたので、俺たちの会話をうるさそうに聞いていた。


「おーや、悔しくてまた泣くのか?ママのおっぱいでも吸いに行ったらどうだ?」


「……母上は死んだ」


「あ、すまん……」


「なーんてな!母上は生きとるわ引っかかったな愚か者め!悔しいか?ん?ケニイこそママに慰めてもらったらどうだ?ガッハッハ!」


「俺の母親はマジで死んでるんだが」


「それは……済まなかったな……」


「はい、俺の勝ちぃ!」


「あの……親が両方死んでる私が頼んでるんですよ」


 アンの一言には反論のしようがなかった。


「「ごめんなさい」」


 俺とシェリーはそう言われるとこれ以上騒げなかった。


「全く、2人とも幼稚で困ります。まあケニイ様はおっぱいが好きな点は赤ん坊と同じですね」


「ガハハ!人におっぱいを飲んだらどうとか言っていた本人がおっぱい好きとは皮肉だなあ?ええ?」


「ぐぬぬ……」


「あの〜私の仕事の話なんですけど……」


 シェリーの得意げな嘲笑に怒りを受けながら、リリーが困った顔で話を戻してくれと頼む。


「そうだった……済まなかったな。それで、午後から何かやれそうな仕事が欲しいということでいいのか?」


「はい」


「何かやりたいことはあるのか?」


 仕事、と言っても基本的には家や村の近辺で出来ることでないと困る。そうなると、俺が思いつくのは内職くらいだが……。


「ケニイ様の世界の野菜を家庭菜園で栽培出来ないかと思いまして。せっかく庭があるのに有効活用していないのは勿体ないかと」


「農業の経験はあるのか?」


「ありませんが、バロッシさんに教えて頂こうかと」


「あの畑狂いの爺さんか」


「以前、ケニイ様の野菜を使ったサンドイッチをお裾分けした時に野菜に興味を持たれまして……種や苗木を分れてくれたらいくらでも増やしてやると仰ってました」


 リリー曰く、日本の品種改良された野菜が美味くてそれが欲しいとのこと。

 俺たちとしても我が家の物品召喚によるエンゲル係数は鰻登りで、自分たちで栽培出来るものならしたいと話していた。


 日常的な食べ物プラス、マッサージ用の道具や、消耗品、知り合いにお裾分けなど、意外と出費は多くなって来ている。


 因みに、シェリーが寝そべっているソファーが50万円くらいした。50万とは、魔力が枯渇しないラインで毎日マッサージ屋の仕事をして30日働いて得られる金額だ。

 俺の回復魔法の魔力効率の高さが恨めしい時もある。


 その点、肉体改変はかなり魔力を使ってしまうので、物品召喚ポイントを稼ぐにはうってつけだ。

 サイモンの顧客で稼げることを祈ろう。


 今はまだマッサージで魔力を消費した分で賄えているが、突発的に必要なものが出て来た時にある程度余裕が欲しい。


 その点でも野菜ならば魔力ポイントを使わずにある程度は確保出来るとありがたいのは間違いない。


 少し生態系の破壊などが気になるが、本当にヤバかったらテルオラクル様がやめろと言ってくるはずだ。


「じゃあ、いくつか種や苗木をお裾分けして、育て方を教えてもらってくれるか?」


「はい。のんびり土いじりする生活に憧れていたものですから、楽しみです」


「私は土いじりより、ケニイ様をいじる方が楽しいですね」


「おい」


 アンは割と毒を吐くというかサディスティックなところがあり、いじられている。俺ってそんなにいじられキャラなのだろうか?




 翌日、バロッシ爺さんのところへ向かい交渉をする。


 朝から畑仕事をしており、白髪混じりの茶髪をかき上げた額は土で汚れている。


「爺さん、調子はどうだい」


「おお!ケニイか!お前さんのお陰でこの通りよ」


 バロッシは鍬を肩に担ぎ、上腕二頭筋にグッと力を入れて元気さをアピールする。


「歳なんだからあんまり無理しない方がいいだろうに」


 疲労や怪我を回復出来ても、老化による疲れやすさはどうにもならんはずなのだが。


「なあに、ワシが死んだら畑の肥料になるだけだ」


「畑耕し過ぎだぞ、1000人いても足りないって。リリーが家庭菜園始めたいから力を貸してやって欲しい。お礼は美味いって言ってた植物の種でどうだ?」


「そうだな、お前さんとこの庭くらいならワシがいきなり死んでも十分肥料として足りるから安心して手伝えるな」


「なんで、畑で死ぬ前提でずっと喋ってんだよ……」


「冗談はさておき、そんなちょっと手伝うくらいで譲っていいもんなのか?ありゃ相当上等な品種だろう。他国のもんか知らんが、ワシが育てたら売りまくるぞ?」


「俺の手持ちにも限りがあるし、増やせるなら増やしたいがその知識がない。遠くから仕入れる手間も省けるし、こちらとしても助かる」


「これからダンジョンが出来てこの領地も人が増える。人が増えれば経済も活発になるし訪れる貴族も増えるだろう。あの野菜は貴族に高値で売れそうじゃ。ヘッヘッへ、これで孫の孫の代まで楽させてやれる」


 シャカリキで働いてたのは孫たちの為だったのか。思うように働けなかったのが相当悔しかったんだろうな。


 治療した甲斐があるってもんだ。


 リリーに栽培のアドバイスをする事、育てた野菜の利益1割は俺のものになる事を条件に様々な種類の種や苗木を譲ることになった。


 何故俺がそんなものを持っているのか、という点については旅をしていて手に入れたものや、転移が使えることで知られるシェリーが仕入れていると誤魔化して信じてもらうことが出来た。


 大商人のサイモンと同じビジネスを行っていると、普通では手に入らないものが、手に入りやすい環境にあるということで、多少のあり得ないことは信じてもらえる。


 本当にここが比較的田舎でよかった。


 というより、バロッシ爺さん的には美味い野菜を自分で育てたい、それを売って子孫を楽させたい。それが一番大事で、土いじり以外は興味がないっぽい。


 そんな訳で、我が家の庭で小規模ながらも家庭菜園が始まった。


 爺さんは何にも知らない初心者の俺たちに水や肥料、土についてなど、丁寧に教えてくれた。


 物品召喚で農業に関する本を購入することも出来るが、大気中に浮遊する魔力が地球には存在していないので、『この世界ならでは』の方法があるかもしれないと思ったのだ。


 本は俺にしか読めないし、全て翻訳するのも大変だし、素人が本で少し齧った程度の浅い知識で挑戦しても基本的なことで躓く可能性も往々にしてある。


 実際に昔から仕事にしてきた人に聞くのが一番確実だった。ちょっとずつ、地球の知識も使ってみて効果があれば続けるという実験的な取り組みにはなるが、美味しい野菜が出来たらいいな。


 そうすれば俺の物品召喚も人目を気にせず使えるようになっていくだろうし、差し入れやお裾分けの材料にも気を使わずに済む。


 別に農業チートとか、商売チートで大金持ちになってやるみたいな、野望のない俺には、自分たちの周りで皆が楽しくのんびりと過ごし、その恩恵が全く知らない人までゆっくりと広がっていけば良いな程度にしか考えていない。


 というか、神様は恐らくそういうのを求めてないし期待もしていないだろう。

 期待していたら、そういうチート能力を与えるはずだ。


 実際、魔王を倒すという目標に対して、俺たちを異世界に呼び出し、能力を与え、魔王を退治させた。

 俺がこの世界に残っているのは魔王退治の結果のご褒美であり、俺個人の我儘でしかない。


 もう、過酷な運命に抗い、仲間たちを失うような日々とは無縁だ。

 本編のおまけ、いや蛇足みたいな暮らしで、俺は目の前にいる困った人に出来ることをやるだけだ。


 美味い野菜をこの世界に広げて皆美味しいならそれでオッケーだ。難しく考える必要はない。


 さてと、明日は初めてのVIPなお客の相手だ。気合い入れないとな。

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