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2-11 画家スノウ

「おーい、スノウいるか?俺だ、ディーンだ」


 スノウの家は村の中でも比較的端の方にあり、こじんまりとした一人暮らしサイズの家だ。


 ドアを割と乱暴にドンドンと叩き、スノウに呼びかける。


「おい、いるなら出てきてくれ〜ドアぶっ壊すぞ」


「家ごと破壊するつもりか?もし、留守なだけで帰ってきて、家が消えてたらさぞ驚くだろうな」


 三匹の子豚の狼じゃないんだから、そんな強く叩かんで良いだろう。


「いや、いるはずだ。スノウが外に出るのは滅多にないし、外で絵を描いてるか、画材を仕入れる時くらいだ。それが終わって帰ってきてるんだから、いる。足跡もないし、今日は家を出ていない」


「じゃあ居留守使われてんのか?借金取りかよ」


 電気やガスのメーターが回っているか判断しているやつの異世界版か?


「スノウは結構稼いでるから借金なんかあるはずがねえよ」


「なら単に嫌われてるか、出られない事情があるんじゃないのか。着替え中とかさ」


「しゃーねえ、村長特権の合鍵で開けるか。これも村長の勤めだ。着替え中だった場合、偶然の不幸な事故だ」


「必然の故意だろうが、当たり屋め。俺は知らんぞ……」


 ディーンはポケットから鍵束を出して、スノウの家の鍵を探す。


「おっ、あったあった……スノウ、悪いが入るぞー……っておい!どうしたスノウ!?」


 ドアを開けるとスノウ?と思わしき女性が玄関の前で倒れていた。


 家の中は油絵の具の独特な匂いがして、イーゼルとキャンバスが地面に散乱している。何かあったのは間違いない。


 俺はすぐに鑑定をして、極度の栄養不足、風邪状態による発熱であることを見抜いた。


「風邪だな。ディーン、悪いがベッドに運んでくれ。風邪はすぐに治せるけど栄養不足だから飯を食べさせないとな……放置してたら危なかった」


「お、おお……発見出来て良かった。俺のスケベ心もたまには役に立つってもんだな……」


「ああ、いつもスケベで助かった。変わらないでいてくれよなって、ふざけてる場合か」


 このことは人命救助に免じて、カミラとカルラには黙っておいてやろう。


 でも、俺の直感が働いて命を救ったとかホラ吹きそうだから調子乗ってたらバラしてやろう。


 ベッドの上で意識がない彼女に解毒(キュア)をかけて風邪を治す。


 確かに、凄い美人だ。いや、ハッキリ言ってめちゃくちゃ好みの顔だ。スノウの名の通り雪のように白い肌、薄い紫の藤の花のような美しい髪色。


 ……顔色は病気だから白いのか。


 おっと、女性の寝顔をマジマジと見るのは失礼かな。


 一旦家に帰り、病人用にリリーに食事を作るよう頼もう。


 だが、ディーンを残すのはちょっとな……。


「ディーン、リリーに病人用の食事の準備をするように伝えてきてくれるか?」


「任せろ、というかそれくらいしか出来ないからな。寝込みを襲うなよ?」


「お前が言うなよ!早く行ってくれ俺は狼が寄りつかないように見張ってるから」


「何!?狼が出るのか!?」


「……狼はお前だ」



 スノウが目を覚さない間、部屋の掃除をしようとイーゼルを直して、散らばった紙をいくつか拾ったところで、はたと立ち止まった。


 寝ている女性の家に上がり込み、勝手に掃除するのは相当キモい行為なんじゃないか、現代ならば確実に俺はネットで大炎上しているキモいおじさんなのではないかと。

 イケメンなら気の利くやつ、もしくは気の利くキモい奴で済むかも知れないが。


 それに散らかっているように見えて本人にだけ分かる物の配置かも知れない。シェリーはそれでよく怒っている。


 ……それにしても、床に散らばっているスケッチですら相当な腕前なのは分かる。キャンバスに描かれた途中の絵も凄い迫力だ。

 カルラの先生というだけある。


 のんびり絵画を鑑賞するなんて、長い間してなかったな。


 緑に染まった山に、青空と動きのある空、地面には荷馬車が走っている田舎の絵や、海のように広がる星空の絵を眺めてそんな事を考えていた。


 気付けば日も傾き、家の中が暗くなってくる。アイテムボックスに入ってるロウソクを取り出して灯りをつけた。


 部屋の雰囲気に刺激を受けて俺もスケッチをしてみる。綺麗だなと思いながら寝ているスノウの起きてる顔を想像で描いてみた。


「……ん…………」


 ベッドから音が聞こえて振り返るとスノウが目を覚ましていた。


「だ、誰ですか……」


 彼女はロウソクの火で照らされた金色に光る目を丸くして消えそうなほど小さい声を出した。


 目が覚めたら知らん奴が家にいるんだからそりゃビビるよな。


「やっと目が覚めたんだな、風邪で倒れてたの覚えてるか?」


「……?」


 スノウは俺の質問に対して少し考える素振りを見せたが、思い出せないようだ。いきなりフラッと倒れたのだろうか?


「あのっ、納品……待って……くだ……」


「いや、俺は絵を取り立てに来たやつに見えるか?」


「……?そうとしか見えませんが」


「そうとしか見えないって逆にどういう見た目なんだよ」


「でも……商人でしょう?


 ディーンのことを借金取りとか言ってたけど、俺が取り立てる側だと勘違いされるとはな。

 原稿が上がらない漫画家を詰める担当じゃないんだよ。


「俺はケニイ、君とは入れ違いで会えてなかったが最近村に住むようになったマッサージ屋だ」


「マッサージ屋?私の身体を触りに来たんですか?」


 スノウは、やや警戒しながら身を捩り、守りの体勢に入る。


「触りに来たっていうか、もう触ったけどさ……熱出てたから解毒(キュア)を使わせてもらった」


「その請求をする為にここにいると?か、身体で払えってことですか?」


「違う違う違う!言ってないぞ!?不純な目的でマッサージ屋やってないからな!?」


「触った……んですよね?」


 身構えると、デカいでは説明不十分なほど豊かな胸が寄せられてつい、視線が吸い込まれる。


「そうなんだけど……そうなんだけど違うんだ!額に触れただけだからな。もうちょっと言い方ないのか」


「男性は大抵、私の身体か絵が目的ですから……あの……喋るの苦手なんで、そこの紙と木炭を取ってもらえますか。筆談にさせてください……」


「わざわざ羊皮紙使うの勿体無いだろ。これ使えよ。水も飲んどいた方がいいな」


 俺は膝の上に置いていた鉛筆とスケッチブックを手渡す。そして水差しからコップに水を入れてベッド横のテーブルに置いた。


 あっ、スノウのスケッチしたんだった。やべっ。


「これ私……?」


「あっ、いやっ……違う、別に……そうじゃなくて……」


 これって盗撮?盗描?そんな罪はないか?だが、罪深い行為だぞ、逮捕される?逮捕されるべきでは?


 ヤバイヤバイと背中から汗が吹き出し始めた。


「上手ですね……」


「君だ」


 褒められてつい、調子に乗った。


「でも胸が……」


「す、すまない不快だったか」


「ええ、これは小過ぎますね。もっとちゃんと見て描かないと」


「そっち!?」


 水を飲んだ後、スノウは紙にいくつか線を走らせて試し書きをしだしたので、それを眺めていた。


(これ、描きやすくて良いですね!)


 書いた文字を俺に見せて喜んでいるスノウのイラストが横に描かれている。

 あ、そんなデフォルメした可愛い絵も描けるんだな。


 気に入ったみたいで良かった。


「なら、これあげるよ。本番には使えないだろうがスケッチには丁度いいだろ」


 スケッチブックと硬さの違う鉛筆をいくつか渡す。


「それで……なんで倒れてたか本当に覚えてないのか?」


(分かりません……3日間ほど何も食べず徹夜で絵を描いていたことは覚えてるんですが途中から記憶が無くて……)


「それだよ、絶対にそれが原因だって」


 スイッチが入るとそれだけに集中するタイプにしても極端だな。


(てへへ、それくらいじゃ倒れるはずないじゃないですか10日なら死ぬかもしれないけど)


「死ぬって!そんな生活してたら死ぬって!ちゃんと休憩を取ってくれよ」


 この才能を不摂生で失うのは勿体無い。もっと健康に気を使って生活してほしいか。


(休憩は時々取ってますよ?絵の休憩に、ちゃんと休憩の絵を描いてます!)


 ああ、だめだ。この人は何を言っても止まらない。死ぬまで絵を描き続けて死ぬタイプだ。その生き方を否定する気はないが、村の医者役としては心配になる。


「せめて、1日2食くらいは食べないと……」


(2食って……貴族じゃないんですから!)


 文字の横には指を指して笑っているスノウの絵が描かれている。別に冗談言ってるつもりないんだけど、爆笑の顔だ。


「貴族じゃなくても2食は食べるって」


(大丈夫大丈夫……集中してたらお腹も空かないから……今はお腹減ってるけど)


「手がブルブル震えて、文字がガタガタの病人にそう言われても説得力に欠けるからなあ」


 実際に喋るよりも、文章と絵のスノウの方が感情表現が豊かで、意外と明るい性格のように思える。

 そのギャップに惹かれている俺がいる。


 マッサージ屋や、俺の身の上話をしている時にディーンがリリーを連れて家に来た。


 リリーの作った粥を食べ、着替えと汗を拭く作業をリリーに任せる。


 相当腹が減っていたのか、数食分の多めに作った粥をほんの一瞬で全て平らげてしまった。


 それから、倒れたらいけないから、また定期的に顔を見せるし、飯も用意するから食べてくれと懇願してなんとか約束してもらえた。


「ケニイ君、今日はありがとう……絵が好きなら教えてあげるから、一緒に描きましょう?結構上手だから、練習したらもっと上手くなると思う……」


 帰り際にずっと筆談をしていたスノウが声を出して、感謝を伝えてくれた。


(上手くなるにはちゃんと観察しないとね)


 俺がスノウの胸をガン見しながら絵を描いているイラストが横に描かれている。


「ぶふっ……失礼しました……」


 リリーがそのイラストを見て吹き出した。


「私の胸も凝視している時があるので、ケニイ様は観察にかけては得意分野だと思いますよ」


「要らんこと言うんじゃねえ!」

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