2-10 あの人は今
ダンジョンが発見されたことが公になってからしばらく経ち、宿泊客のマッサージ業務も増え始めて忙しくなりながらも、業務になれて余裕が出てきた。
今日は週に1度の完全なオフ。家の玄関前に置いた安楽椅子に座ってタバコを吸いながらリラックスタイムだ。
そういえば、蒼たちは日本に戻った後どうなったんだろう?
忙しさですっかり忘れていたが、それでも7年間命を預けた仲間なことに違いはないし、上手くやってるのか少し心配だ。
手紙くらい出せっての。
テルオラクル様、教えてくれないかな。
「いいですよ」
「おわっ!?アッツッ!?」
俺の耳元というか脳内に直接語りかけるような声がして、飛び起きた。タバコを太ももに落としてしまい、軽く火傷をしてしまったのでヒールを使いながら返事をする。
「驚かさないでくださいよ!」
「ごめんなさい。新島……今はケニイでしたか」
「魔王退治終わったのに連絡取れるもんなんですね」
「本当はあまり関わるべきではないのですが、あなたの意見も尤もなのでお告げをしにきたのですよ」
「俺の脳内をずっと読んでるんですか……?」
「いえ、呼ばれたので出てきたのですよ」
「呼んでませんけど……教えてくれないかなってちょっと思っただけで」
「テルオラクル様って頭の中で考えたらそれはもう私に通知が入ります」
「感度高過ぎません!?その程度で伝わるなら通知エグいことになりますよ!?」
「はい、ですので時々通知オフにしてます。今回は久しぶりにオンにしたところ丁度来たので返事してみました」
「……スマホで神託やってます?」
そんな、L○NEみたいな感じで返事してるんですか。
なんか、ありがたみが……。
「スマホ……という名称ではないのですが、まあ実質スマホですね。最近天界に生前、そんな機械で商売をしていたものが来て、技術の神に従来の神託の道具を小型させました」
ジョ○ズ天界に来てないか!?それジョブ○じゃないか!?
しかも自分で作らず技術の神にやらせてるあたり、かなりそうじゃないか!?
「試作品を水に沈めて『泡が出るということはまだ小型化出来る!』って怒鳴り散らして技術の神は半泣きでした」
じゃあ絶対そうじゃんか。それリンゴマークのスマホの有名なエピソードだろ、天界でもやってんのかよそれ。
「そんなことはいいのです、他の勇者たちの事が気になるのでしょう?」
「あっ、そうでした」
危ない、本来の目的を見失いかけていた。
「確か、少し違う世界で辻褄を合わせたとかなんとか聞いた覚えたがありすが」
「ええ。一夫多妻制の日本は世界線の中でも非常に少ないので、手配が大変でした。結果的に男女比が女性に大きく偏った世界線の日本に送りました。そうじゃないと無理だったので」
「まじっすか!?そんな世界実際にあるんだな……元気にしてます?」
「元気……というか、男性は非常に少ない上勇者としての力はいくらか残っていますので、世界一強いですよ。それに繁殖行為に勤しんでいます。長旅で我慢の連続でしたからね、タガが外れたと言いますか」
蒼お前……!なろう系主人公の次はR18版の方で主人公やるつもりなのか!?
主人公タイプはどこまでいっても主人公ということか。
「男女比に問題があり、人口減少している世界なので勇者と呼ばれています」
あっちでも勇者なのか。そらそうか。
「まあ、元気に楽しく平和にやってるってことで間違いないんですよね?」
「その点で言えば、間違いありませんね」
なんつーか、そんな世界あるなら先に教えといて欲しかったなって、気もせんでもないけど、いいや。
「彼らもあなたのことを心配していましたよ」
「俺がですか?そんな心配要素ありますかね」
「彼らの中であなたは弱いと思われてますので……」
「ええ……」
うーん、戦闘タイプのスキル持ってるあいつらに比べたら弱いけどこれでも一応、かなり強い方のはずなんだがな。
というか魔王を倒れるレベルの強さを基準にされたら困るぞ。そんなのこの世界でも数少ないし、魔王より強いやつがゴロゴロ出てきたら、連載を続ける為にインフレしていく漫画じゃないか。
またあんな闘いするの俺嫌だぞ。
「とくに問題なくやってると伝えてください」
「なかなか騒がしい毎日を送っているようですけどね」
「まあ、これでも充実しているとは感じるので心配無用だ、安心して世界を救えって言っといてくれると助かります」
「分かりました……それではまた……」
そう言い残して俺の頭から響く声は聞こえなくなった。
「おーい、ケニイ」
「ディーン、どうした?」
ディーンとはすっかり打ち解けて、タメ口で話すようになった。この世界では敬語は明らかに身分が上の人にしか使わないので、変な感じがするからやめてくれと頼まれたのだ。
マッサージ屋でも客商売なので丁寧な言葉遣いは心がけているが、ある程度タメ口を混ぜた方が親しみが持てるとのことで、最近はタメ口の会話が基本となっている。
敬語を使っているのは領主とサイモンくらいだろう。
「いや良い天気だから散歩でもしながら話さねえかと思ってよ」
「一日中座ってるよりは有意義か……でも目的は違うだろ?」
「なっ、何のことだか……あ〜でもこんな良い日なんだ。美味いもんでも摘みながら酒を飲むのも悪くはねえよなあ」
ディーンも俺の物品召喚にたかる1人だ。ニイジマであることは伏せているが、逆にそれ以外は知っている理解者でもある。なんだかんだ言って相談するのはこいつだ。
父親というよりは先輩とか兄貴みたいな感じだ。
「はあ……ま、休みの日だからいいけどよ。何にする?」
「瓶ビールと、ピザと行きテェところだが歩きだと食べにくいな……ポップコーンにしてくれ」
お前、好みがアメリカ人っぽいな。実際ノリもそんな感じだが。
「はいはい……ほらよ」
「おっと、ありがてえ」
「「乾杯」」
瓶がぶつかり、チンッという小気味良い音を立てて、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む。
「カァ〜〜美味え!これがねえと休みは始まらねえな!」
「ディーン、約束を忘れたか?」
「いけねえいけねえ……三歩と……」
「領主の愛人疑惑に加えて、村長の愛人疑惑まで立てられたら敵わないからな」
ディーンはいつも距離が近い。余計な誤解をされたくないので、俺から三歩は離れた距離を保ってもらう。
それにしても三歩の距離で散歩って……。
「村の皆の調子はどうだ?」
「お前が全員治療しちまうもんだから、アホみたいに元気だ。特にバロッシの爺さんは開墾しまくって村を国にするつもりかって勢いで働いてるよ」
墾田永年私財法的な法律で、自分で耕した畑は自分のものになる。畑仕事の好きな爺さんの腰と肩を治してやったら、日の出から日暮まで土地を広げていってるらしい。
「じゃあディーンは国王か」
「勘弁してくれ!村長でも荷が重いってのに」
「まずはそのデカい剣をやめたらどうだ。一体何と戦うんだよ」
ディーンはいつも大剣を背負っている。
「これは外せねえ。いつ村が襲われても守れるようにするのが村長の義務だ」
こういう真面目なところがある辺り、リーダーとしては向いているんだろうが、実際は娘を守れなかった後悔からだと言うことくらい分かる。それを茶化すほど野暮ではない。
「そうか。じゃあ腰に下げたそれはなんだ?」
「こ、これは『ポーションの入った水筒』だ!非常用にな」
「ああ、アルコールが切れて手が震えたら剣が握れないもんな……ってよく言うよ、ただの酒だろうが。非常用の酒ってどんな場面で必要になるんだか」
まあ、酒飲みからしたら酒もポーションみたいなもんか。いや、毒だろ普通に。
「ま、散歩ついでに誰か困ってるやつがいねえか、見回っておこうぜ」
「へいへい」
村の人間の見回り、体調チェック、これは俺とディーンのここでの基本的な役割だ。訪問診療も兼ねているので、2人で村を歩くことは多い。
「……そういや、カミラがスノウを最近見かけないって言ってたな」
「スノウ?」
この村の人間は殆ど把握しているつもりだったが、スノウは聞いたことがない。
「ああ、ケニイは知らないのか。お前がここに来る前に出かけて、お前が住み着いた後に戻ってきたんだ。入れ違いだから顔を合わせてねえはずだ。元々、引きこもりというか、出不精な奴なんだよ」
「へー、仕事は?」
「画家だ」
「ああ、前にカルラが村の人に絵を教えてもらってたことがあるって聞いたかな」
「そりゃスノウに違いない。この村で絵を描くのは彼女くらいだ」
「あ、女性なんですか?」
画家と言えば男性のイメージがあった。ここはヨーロッパっぽいし、中世の画家は男性ばかりだ。
「臆病というか、恥ずかしがり屋っていうのか、喋るのは得意じゃないんだが、その分絵はめちゃくちゃ上手い」
「芸術家は寡黙な人も多いって言うしな」
「それにかなりの美人だ。その美しさと絵の腕を見込まれて妾になれって言う奴が何人も出てきて、その醜い争いに耐えられなくて宮廷画家をやめたんだ。惜しいよなあ……よし、スノウのところに行ってみるか」
そういう問題もあるのか、大変だな。その世界はまだまだ男尊女卑が激しい。
戦えば男よりも強くなれるという違いがある分、女だと油断したら痛い目に遭う可能性は高いのだが、それでも男性中心の社会で、良い人でもギョッとするような差別的な発言が飛び出すことがある。
それは俺がどうこうして解決する問題じゃないから、俺は平等に接しているつもりだが……気をつけよう。
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