2-8話 ダンジョン調査後編
温泉だ。もう二度と入れないかも知れないと思っていた温泉。自宅の風呂もいいが、足を伸ばして広い場所で外の空気を感じられる露天風呂が味わえる。
旅の道中、砂で肌がざらつき、乾燥した時は何度温泉を夢見たことか。
そんな温泉が目の前で湧いている。
川の冷たい水と混じり合って入るのに丁度良いポイントを探す。
「ケニイ、何をやっておるのだ?」
「温泉は天然の風呂なんだよ。んで、入れる場所探してんだよ、温泉は気持ちいいぞ〜」
「こんな外で水浴びとは野蛮過ぎんか?」
「何言ってんだ、温泉の温かさと空気の冷たさの対比がまた気持ちいいんだろうが。それは外じゃないと味わえんぞ?」
「また妙なことを言い出しおって。飯も食ったし早う帰るぞ」
「やだやだやだ!温泉入る!絶対入る!」
「風呂なんて貴族の連中が入るくらいの贅沢なものだろう?そんなに良いのか?」
「水浴びで十分なのでは」
「まあ、冒険者としてはその精神の方が大事な気はするがな」
実際、冒険してるのに飯がまずいだの、風呂に入りたいだのって気持ちは邪魔でしかない。
日本で生活していれば当たり前のように出来ていたことが異世界では全く出来ない状況のストレスは計り知れないからな。
そんなストレスの積み重ねで、イライラしっぱなしだったし、口論になることも多かった。
便利な生活に慣れると不便に対する耐性が低くなるんだなと1ヶ月で痛感した。
お、あそこはいい感じに窪みに水が溜まってるぞ?赤っぽいから、鉄分が酸化した成分が混ざっているのかな。赤湯とか血の池地獄とか言われてるやつか。
どれどれ……。
火傷をしないように注意深く指先の水面に入れる。
これは……!少し熱めだが、入れる水温になっているぞ!
だが、下の方が熱いかもしれないから、慎重に入らないといけない。
俺ははやる気持ちを抑えながら服を脱ぎ、ソッと足を入れる。
うん、大丈夫だ。
両足を浸けると熱が身体の表面をまとい、内側に浸透していく。そして、そのまま腰を沈めていき、肩まで浸かれば、日々の労働による疲れが溶けていくような心地良さが広がった。
「あ〜気持ちいい……」
自然と声が出る。
ヒールやキュアで病気も疲れも消せるはずだ。だが、温泉というのは精神まで回復させてくれる効果がある。
こればっかりは魔法ではどうにもならないのかも知れない。
「せっかくだから、僕らも入ってみよう」
「ああ、そうだな」
ヘンリーとレーギスも服を脱いで温泉に浸かり、俺と同じような蕩けた顔になる。
「くっ、ずるいぞ3人だけ!」
「どうしたお嬢さん、帰るんじゃなかったのかい?」
「我輩も入る!」
「ちょっ……!?」
シェリーはそれはなんとも、素早く服を脱ぎ、丁寧に畳み、裸になって風呂に入った。
「これは中々いいな……」
「ああ……俺もそう思ってたところだ」
多分ヘンリーとシェリーのいいなの意味が違うぞ。
「おい、シェリーそれは流石に目に毒だ」
「毒?解毒を使えばいいだろう」
「いや、それは効かない毒なんだよ……」
中身はおっさんみたいな喋り方するドラゴンだけど、見た目は中学生くらいの美少女だから全裸見るのは抵抗あるし、ヘンリーとレーギスはお前の身体ガン見してるのもキツいんだよ。
「厄介な毒だな」
「ああ、股間が腫れあがっちまった」
「……!?僕もだ!」
「何?股間が腫れあがった?それは大変だケニイに治めてもらえ」
シェリーは性的なことに疎いので、股間が腫れあがったを文字通り毒のせいだと思っているようだ。
「お前自分が何言ってるか分かってんのか!?」
エロ漫画とかでよくある言い訳だが、俺は絶対やらんぞ。
「ん、貴様らどこにいく?」
「「ちょっと毒抜きに……」」
「ひ弱な種族は大変だな、ガハハッ!早よせんと死んでしまうぞ!」
「安心しろ、どうせすぐ終わるだろ」
「酷いなケニイ!ドワーフの宝剣を甘く見るなよたっぷり時間を使ってやる」
うーん、お前ドワーフの宝剣っていうか、包茎のドワーフじゃね?
日本人くらいなんだって?気にするのって。
「早く抜くのに何の問題があるっていうんだ?冒険者なら手早く済ませるのは必須のスキルだろう?」
「レーギス、黙ってろ。早撃ちは自慢出来ることじゃないんだ」
「そうだったのか!?」
「お前らそんなのいいから早よ行かんかい!」
男2人がフルチンおっ立てながら、くだらん話をしてる地獄絵図をこれ以上見せないでくれ。ここは血の池地獄よりも最悪だ。
それにしてもこの世界に来てから魔王退治まで7年の旅、それから平和な世界でのんびりと温泉を堪能出来るとは思わなかったな。
慌ただしい毎日だが、充実しているし楽しく暮らせている。スローライフとまでは言えないが、以前の生活に比べれば格段に質は上がっている。
日が沈みかけ、ゆっくりと紫色に変わる空を見上げてそんな感傷に浸った。
夕方になり、火照った身体を少し冷たくなってきた風が、心地よく撫でつける。
そんな風を感じながらフルーツ牛乳をグビリと喉に流し込む。
ひんやりとした、果物の香りが口いっぱいに広がり豊かな時間を送っていると実感させてくれる。
こういうので良いんだよ。別に大金持ちとか有名人とかになって騒がれて贅沢な生活じゃなくていい。
こういう小さな喜びを味わえる余裕が欲しかったんだ。
「この乳美味すぎる!?」
「ヘンリー、君は冒険者メシを担当しろ。僕はエルフの森を伐採して肉と牛乳を育てる牛の為の牧場を作る!」
「それはイケてるアイディアだ。せっかくなら神聖な森だけじゃなくて世界樹を牛どもに食わせたらどうだ?」
「おい!世界樹を牛の餌にするなんて罰当たりなことを言うな!」
「悪かったよ、エルフは世界樹だけ生えてたら森を切り拓くことになんの抵抗もない種族だったんだよな」
「君の生え揃っていない髭と違ってエルフの森は馬鹿でかいボーボーと木と草しかない狂った場所なんだ。あんな場所多少見晴らしがよくなった方がいいんだ。……もちろん抵抗はあるに決まってるだろ、だが抵抗は牛肉の前にひれ伏す!」
レーギスは顔の前で拳をギュッと握り、牧場計画の本気さを物語る表情で決意を表す。
「我輩が本気出せば一瞬で森の木を全て薙ぎ倒せるが金貨10枚でどうだ?」
「契約成立だ!」
「僕のミルクで狂ったエルフどもを染め上げてやる」
「なあ、俺はキモイこと言ってる自覚があるが言ってしまう病気だが、自分で言っててキモくないか?」
「なんのことだ?」
ヘンリー、お前キモい自覚はあるんだな。だが、キモい事を言ってるつもりがないのに表現が汚いレーギスも大概酷い。無自覚な方が制御出来ない分、タチが悪いんだろうか?
シェリーとレーギスは握手をする。
「ダメに決まってるだろアホか」
「なぜだ!悪くない発想であろう?我輩も既にケニイのミルクに夢中になってしまっている!このドロっとした舌触りと甘さがたまらんのだー!」
「それはもう、R指定表現なんだよ!」
見た目の分シェリーの無自覚ヤバ発言が一番酷い。これ他の人に聞かれたらまた変態と誤解されてしまうじゃないか。
……こういう生活をもとめてた訳じゃないが、多少騒がしいくらいが丁度良いのかもな。
「もっと爆破してデカい温泉を作らないか?」
前言撤回、平和が一番だ。




