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2-7話 ダンジョン調査前編

 ダンジョンは山の近くにある洞窟型で、蒸し暑い湿気のある場所だった。


 ダンジョンは大きく、二種類に分類される。


 一つ、自然型。


 今回のような洞窟や、森、山など、自然の地形がダンジョンとして変質したもの。

 出現する主なモンスターは動物系のものが多い。

 ドロップアイテムは鉱物や毛皮、牙、肉など。


 一つ、人工型。


 城、墓、遺跡などの人工の古い建造物が変質したもの。

 出現する主なモンスターはアンデッド系、ゴーレム系が多い。

 ドロップアイテムは武器や魔道具、財宝だ。


「この暑さ、火山の影響か?」


「うむ、地下にマグマの流れを感じるな」


 シェリーは大地や空気に流れる魔力を感知して、周囲の状況を把握することが出来る。


「硫黄の匂いもするし、やはり、毒の空気というのはそのせいだな。シェリー、毒が濃いところは避けながら進んでくれ」


 となると、温泉も期待出来るな。日本人としては異世界でも温泉に入りたくなってしまうものだ。

 でもモンスターに襲われる危険があったら全然リラックス出来ないか?


「分かった。だが、ケニイの解毒を使いながらであれば多少濃くとも問題はないと思うがな。ま、最強の種族ドラゴンである我輩には毒など関係ないのだが」


「はいはい、凄い凄い」


 シェリーの案内の元、空気の溜まりやすい場所や行き止まりを避けていく。


「ちょっと待ってろ……これでよし」


「何してるんだ?」


 レーギスは、進行方向とは逆の道に、小石を積み始めた。


「印だ。後から来た冒険者が進まないように、危険な場所はよく見れば分かるようにしておくのも、調査の仕事の一つだ」


 ダンジョンを攻略することはあっても調査が初めてな俺は知らなかったが、ダンジョンで見かけた目印はこうやって、初見の危険な調査をやってくれている先駆者のお陰だったというわけか。


 その後も、モンスターを危なげなく倒しながら探索は続いた。

 ある程度進んだが、このダンジョンは中々階層が深いらしいが未発見だっただけでそれなりに長い年月放置されていたのだろうか?


「うおあああぁっ!?」


 レーギスは謎の叫び声をあげたかと思うと、急に静かになり、石を置いて戻ってきた。


「ん?石の積み方がさっきと違うが?」


「い、いやなんでもない……」


 おかしい。何かを隠しているぞ。


「何かあったんだろ?よし、レーギスのいた場所に行くぞ」


「待て待てっ!いや、何もない危険な場所だから近付かない方が良い!」


「自分で何もないと言っておきながら危険な場所とは矛盾しているとは思わないか、ええ?」


「レーギス何を隠しているんだ、俺たちの間に隠し事はなしだろ」


「分かった、言うよ」


 ヘンリーに諌められて、レーギスは観念したようにそう呟いたが、どうにも不服そうだ。


「ミスリルの原石がかなりデッカいサイズで転がってたから後でこっそり回収しようとしたんだ」


「なっ!?恥を知れ、この裏切り者めっ!俺たちのミスリルを独り占めしようとしたのか!?」


「いや、イルラキアにあるダンジョンの資源は全て領主のものだし、調査中に発見した者は献上する決まりなんだから、お前らのものじゃないって」


 だから高額の依頼料を払ってるんだろうが。


 ダンジョンで獲得してしたものはその土地の領主のもの。

 物質が欲しければそのまま持ち帰り、金が欲しければ、冒険者ギルドは買い取り、その報酬を冒険者に支払うのが基本的なルールだ。


 正式にダンジョンと認められれば、ミスリルを拾っても自分のものにする事は可能だ。


 その代わり、ダンジョンにそれなりに高い利用料を支払わなくてはならない。


 だが、今はまだ調査中。ダンジョンの利用料も払っていないし、他の冒険者に先駆けてダンジョン資源を持ち帰るなど、バレれば奴隷落ちだ。


「じゃあ、隠しておいて、ダンジョンが一般公開された瞬間に僕らで根こそぎ回収するか……」


「せこいこと思いつくなあ」


「言っておくが、ここはまだかなり上の方だぞ?我輩が探知している範囲はもっと下に長い。地下に向かう方が純度の高い大きい鉱石が見つかると思うが?」


「先を急ぐぞ」


 レーギスは目の色を変えてダンジョンの奥へと足を進めた。


 それから、トイレをしに一旦家に戻ったり、マッピングや調査を進めていると、いつの間にか昼を過ぎている事に気付いた。


 ダンジョンには太陽がないので、時間感覚が狂ってしまいがちだ。


 洞窟は普通は真っ暗だろうが、ダンジョンには光る苔や鉱石がそこら中にあるから照明がなくとも周囲は見えるし、光魔法や魔道具を使えば問題ない。


 僅か1日も満たない時間でダンジョンの中間くらいまで進むことが出来た。


 未踏ダンジョンの調査にしては上出来過ぎるほど、上出来だ。


 普通は浅い階層で、生態や傾向の調査で十分。それ以降は冒険者が少しずつ攻略していくものだ。


 何故ここまで進んでいるかというと、ヘンリーとレーギスが稼ぎたいから。先に奥の方までどうなっているか知っていればその後は有利に攻略出来る。


 この辺の情報をどこまで公開するかは本人次第。既に依頼された部分の調査は終了しているので、撤退しても構わないのだが、シェリーも久しぶりに暴れたいとのこと。


 彼らは明らかにそんなシェリーを利用して奥深くまで安全に進もうという魂胆なのだが、それにシェリー本人は気付いてはいない。


 俺としてもシェリーが発散出来る場と時間を設けられるのなら願ってもいない機会なので黙っている。

 利用されてるぞ、なんて言えばまた怒り出して面倒なのは分かりきっている。


「腹が減ったな、ケニイ飯だ」


「飯だ、じゃねーよお願いしますって言え」


 眷属という設定は一体なんなのか?


「なあ、眷属なんだから主人の俺が命令したら言うこと聞くもんじゃないのかよ?」


「ケニイ、多分だが君は眷属に対する命令の仕方を知らないんじゃないか?」


「ヘンリー!貴様余計なことを!?」


「えっ、どういうこと?」


 シェリーがかなり慌ててヘンリーの口を抑えようとする。


「ああ、ドラゴンとはいえ美少女に抱きつかれるなんて最高……」


「キモっ!?」


 シェリーに抱きつかれたヘンリーのキモい一言で、彼女は瞬時に離れた。

 余計なことを言って抱きつかれ、余計なことを言って離れられるとは不憫なやつよ。


「眷属に命じる時は『眷属に主人が、太古の契約に則り命ずる』と言わないと強制力のある命令は発動しないんだぞ?常識じゃないか?」


「レーギス、貴様まで余計なことを!?」


「え、そうなのか?知らなかった……というより、何故それを俺に教えない」


 いや、愚問だったな。こいつは自分に都合の良い主人に眷属の世話をさせるという旨みだけを享受したいから意図的にそのことを伝えていなかったのだ。


 何故、俺はそれを知らなかったのか。それは俺が異世界人であることに起因する。


 この世界の住人であれば、子供でも知ってる昔話に強いモンスターを眷属にしていた英雄の話があるそうだ。

 その一説に今の言葉があるらしい。


 どれだけでネイティブレベルに喋ることが出来ても、その世界で育ったわけではないので一般的な文化の知識が欠落している。


 日本人なら誰もが知っている、外国人が桃が川から流れる音を知らないのと同じことだろう。


「いいことを聞かせてもらった。褒美に今日の昼飯は俺の国、日本が生んだ最高に美味い携帯食をご馳走してやろう」


「何!?美味いもんが食えるならいくらでもシェリーに都合の悪いこと教えやるぜぇ!」


「ああ、僕も伊達に長生きしちゃいないからな。色々知ってるはずだ」


「なんてことだ……今まで誤魔化せていた切り札が……」


 生き生きとする、彼らに対しシェリーは頭を抱えてショックを受けている。


 さて、そんなことより飯だ。


 物品召喚で、インスタントラーメンを取り寄せる。


 まずは醤油味からだな。そのうちカレーやシーフード、変わり種も教えてやろう。


 安全に食事を取るために、モンスターの居ない場所に移動する。奥の方に丁度いい広さで、背後を取られないように小さな部屋のような場所があったので、そのを陣取った。


 多少ガスの匂いがするが、ヘンリーが風魔法で部屋の隅にガスが流れるようにしてくれたのでこれで問題なしだ。


 物品召喚は便利なものでお湯を購入することも出来る。沸かす手間要らずなので、これからも使い道がありそうだ。


 お湯を入れて3分待ち、蓋を外してフォークを3人分渡す。


「乾いた小麦の束に、お湯を入れただけで飯になるのか?」


「どういう仕組みか知らんが美味そうだ」


「むほーっ!美味そうな匂いだ。ケニイ、早う食わせろ!」


「はいはい、熱いから気をつけてな」


 3人に出来上がったカップラーメンを渡して、俺は箸で麺をすする。


 ずずっ!ずるずるるっ!


「あ〜、美味い」


 運動して減った腹にジンワリとスープの絡んだ温かい麺の温度が喉から胃へとゆっくり、落ちていき身体全体に染み渡る感覚。


 いつもとは違う場所で食べると余計に美味く感じるのは何故なんだろう。


「うめぇ!?」


「この味でお湯を入れて少し待つだけで食べられるのは革命的だ!」


「おかわり!」


 シェリーは食うの早過ぎだろ。予測してたからもう一個作ってたんだが。


「ケニイ、これを冒険者に売れば大儲け出来るぞ!?」


「ああ、俺たちでさえダンジョンに入っている時はこんな豪華な飯にはありつけない、売るべきだ」


「いやー、そう言ってもらえるのは嬉しいが、店出して売るほどは出せないんだよな」


 俺の使用魔力で召喚するから大勢に提供出来るほどは出せないし、俺は死にかけながら誰かにマッサージし続けないといけないことになるからな。


 売ったとしても本当に少数を金持ちとか、知り合いに譲るくらいしか想定していない。


 現代のもの売りまくって文明を壊すのを神様が制限しているのかも知れないな。


 基本的には個人的に、または身内向けに楽しむ為のスキルだと思っている。


「じゃあ僕らに売ってくれるのはアリか?」


「まあ、それくらいなら大丈夫だな」


「よし、ヘンリー、これを売ろう。ケニイに時々もらって高値で売れば僕らは金持ちだ」


 おい、やめろ。転売じゃないか。84歳のエルフがカップラーメンを転売する姿は見たくないぞ。


「馬鹿か、君は?味の質が多少落ちても良いから似たようなものを僕らが作れば大量に売れるだろ?一流冒険者が開発した冒険者メシってな!」


「なるほど!君は天才だ!」


 確かに、ヘンリーの技術力ならそういうのを作る魔道具も開発出来そうだし、自分で言っちゃってるけど、本当に一流冒険者だから、そのブランド力はそれなりにあるだろうな。


「名前はそうだな『ヘンリー汁』なんてどうだ?」


「先ほどの発言は撤回する。やはり君は馬鹿だったか。なんでそんなキモい名前にするんだ、君の体液が入ってると思われるだろ!」


「分かった。じゃあ、『ドワーフ汁』だな」


「汗臭いか酒臭いかどっちかの印象しか抱かないんだよ!」


「おっと、ドワーフの侮辱発言はそこまでだ。差別的なエルフの悪いところが出たな!?」


「いいか、これは差別じゃない。ドワーフの後に汁をつける君のセンスを侮辱してるんだ。それに今まで会ってきたドワーフは大概汗臭いか酒臭かったのは事実だ!大体ドワーフの後に液体っぽい名前が入ってたらそれは酒として流通してるだろうが!?」


 静かに昼飯くらい食えばいいのに、何故こんなくだらないことでケンカするんだか。


「はー、食った食った。さて、食後の一服といきますか」


 俺は部屋の隅の方に移動して、迂闊にもタバコを咥え、ライターを手に取り、着火した。


 カチッカチッ……シュボッ……


「ばっk……!?」


 あ、やべっ。


 ここが、可燃性のあるガスが溜まった地帯だという事を完全に忘れていたのだ。


 その瞬間目の前が炎の色で染まった……と思ったら外に移動していた。咄嗟にシェリーが転移で助けてくれたらしい。



 ドガアアアアァンッ!ゴゴゴゴゴッ!


 少し遠くの方で爆発音が響いた。


「ケニイ、何を考えているのだ!?死ぬところだったぞ!」


「ごめん、マジでうっかりしてた」


「そんな迂闊さでよく魔王倒せたな」


「お前らにだけは言われたかねえな。その魔王に捕まってただろうが」


 だが、危険に晒したことに関しては素直に謝罪をしておくべきだろう。


 うわ、あんなところにまで煙が……ん?これは湯気か?


 湯気の立ち上るところまでいくと、爆発で岩盤を破壊してしまったのか、ダンジョンの外側にある河辺から温泉が湧き出していた。


 はからずしも、俺の天然?な行動によって、天然の温泉が生まれた瞬間だった。

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