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2-6話 出発まで遠い

「な〜、確認だがダンジョンに行くんだよな〜?」


「そうだが?」


「なら、着替えは要らないだろ?」


「キモい虫系のモンスターが出た時に汚れるかも知れんからな」


「バリア張れるよな?ゴキブリにビックリして俺を3メートル弾き飛ばした強力なバリアが」


「そうだな。待てよ?バリアが汚れるのも嫌だな。となるとバリア用のバリアも必要か」


「おい、勘弁しろバリア用のバリアなんて馬鹿げてるっ!そのバリア用のバリア用のバリア……って無限結界って固有スキルが生まれそうだな」


 シェリーの準備に時間がかかっている。王宮育ちのお嬢様は日本人の俺から見ても潔癖症だ。


 他にも、食べ物はこの順番で食べるべきだとか、これはここに置いてあったはずなのに数ミリズレているだとか、クソどうでもいい面倒な我儘に付き合わされていのが日常だ。


「無限結界か……それはなんと良い響きだ。開発するか」


「完成したらすぐ教えてくれ。永遠に閉じ込めてやりたいやつがいるんだ」


「任せろ、ククッ……我輩の術で封印されるとは可哀想なやつめ」


 お前はギロチンを発明し、ギロチンで処刑されたギヨタンという人物を知らないんだろうな。


「ああ、可哀想そうだが仕方ないことなんだ。さっさと靴を履いて支度しろ」


「ちょっと待て!ああ、もう!ケニイが話しかけるから最初からやり直しではないか!?」


「靴紐を結ぶだけだろうが!なぜ靴下を脱ぐ必要がある!」


「靴下は右、左の順で、靴は左、右、靴紐は右、左で同じ時間で履かなければ気がすまないのだ」


「俺は今すぐてめえを殴らねえと気が済まなそうだ」


「ふん、バリア張ってるから意味ないぞ?」


「家でバリアは禁止って言ってるだろうが!」


 鬼ごっこしてる小学生かよ。


 そんな一悶着がありながらやっと出発の準備が出来た。

 ヘンリーとレーギスは家の前でうんざりとした顔で俺たちを待っていた。


「すまんな、こいつの準備が長くて」


「構わんさ、ドワーフもエルフも長生きだ。2時間待つのなんて人間からしたらほんの数分だろし、そんなに経ってたなんて気付かなかったな〜」


「笑えるな。準備の遅さに不満を表したいのだろうが我輩の方が長生きだし、その理屈だと我輩の準備は数分どころか一瞬で終えたことになる。ドラゴンに知恵で勝とうとは愚かな下等種族よ」


「……なんだって?ドラゴンの言葉は早口過ぎて聞き取れないな?」


「ぐぬぬ!」


 ヘンリーのわざとらしい耳に手を当てるポーズでシェリーは挑発された。


「いいから、早くいこうよ僕は長生きだけど短気で有名なんだ」


 レーギスは剣をカチンカチンと鳴らしながら苛立ちを隠していない。


 そしてなんとか、出発に至る。明け方に出発する予定がすっかり日は登ってしまっている。


 シェリーの転移は一度行ったことある場所になら直接転移が可能。一度も無ければ、目視か大体の座標を指定して移動の出来るものでそこまで万能ではない。

 触れているものしか移動出来ないというデメリットもある。


 よって、目視で少しずつ転移し、ダンジョンの入り口を目指さなくてはいけない。

 だが、それでも尚、徒歩や馬を利用するよりも圧倒的に速い。


 4人で手を繋ぎ、シェリーの転移に身を任せる……この一瞬のフワッとする感覚は何回やっても慣れないな。


 お爺さんは山へ芝刈りに、男たちはダンジョンへモンスターをシバきに、行った一方で、お婆さんは川で洗濯をして、女たちは家で面談をした。


「では、カルラさん緊急会議を始めたいと思います」


「はい、アンさんよろしくお願いします……議題はあの件ですよね?」


「そうですあの件です……これは非常に重要な案件です。私たちのアイデンティティに関わる問題なのですから」


「ええ……」


「「また金髪が増えてしまった!」」


 そう、彼女たちにとってこれは非常に深刻な問題である。


 この世界において金髪及び、それに近い明るい色の髪を持つ人間は全体の2割程度。

 赤、青、緑、紫など、考えられないような色の髪色を持つ者も少なくない。


 純粋な黒髪はアジア系、アフリカ系に多く見られる特徴だが、この国及びその周辺にそういった人種は少なく珍しい部類だ。

 暗い色でも、赤や青っぽい色が混ざっていることが多い。


「私は黄色みが強い金髪、カルラさんは白っぽい金髪、そしてその中間の色合いのレーギスさんが加入とは」


「予期してませんでしたね。ただでさえ、マッサージ屋では先生の白い髪とも被っていて兄弟だと勘違いされてしまうというのに、弟が増えたと笑われてしまうかも知れません」


「でも、レーギスさんは84歳だそうですよ」


「お爺ちゃんほど歳が離れてる人が弟扱いされるのはちょっと……」


「でも、あれで兄は無理があるでしょう」


 兄ではなく、弟と確定していることはレーギスは知る由もない。


「キャラが立ちませんし、どうしますか?別の色に染めてみますか?」


 カルラの提案にアンは唇を噛みながら一度、別の色の髪の自分を想像してみる。

 カルラも同じように考える。


 ケニイと似た髪の色であることに、それなりの満足をしている以上、それは論外だとすぐに結論に至る。


「街から出て行ってもらうのはどうでしょう?」


「ちょっと酷くないですか?それなら、いっそレーギスさんに坊主にしてもらいますか」


「えっ?確かに刃物の扱いには慣れてると言ってましたが、坊主はいくらなんでも……」


 アンは自分の坊主を想像したのか、頭をそっと押さえる。


「いや、レーギスさんを坊主にするって意味に決まってるじゃないですか」


「なるほど、それは良い案です……もしくは街から出て行ってもらうかですね」


「街から出て行ってもらうに一票」


 リリーは真剣に悩む2人の前にお茶を出した。


「リリーさんも辛辣ですね」


 どんだけ出て行って欲しいんだよと、カルラは内心を口に出すことは出来なかった。


「自分ではなく、相手の髪を変えるという発想が出てくるカルラ様も大概ですよ。

 レーギスさんが出ていけば、恋人のヘンリーさんも一緒でしょうし、その方が助かります。あの人、今朝も私を口説こうとしたんですよ、キモ過ぎです」


 髭が生えてない女性はタイプだとか言ってたけど、ドワーフじゃないなら女性は普通は髭は生えていない。


 つまり、女性なら誰でも良いと同義で失礼極まりない。


「大体、坊主にするならあの変な髪型のヘンリーさんの方でしょう」


 ヘンリーの目までかかった、マッシュヘアーはイチモツカットと呼ばれ、女性陣には大変不評だ。


「では、いっそ2人とも坊主に……」


「それはそれで不気味じゃないですかね」


「ですね……」



 そんな会話がなされているとはつゆ知らず、ヘンリーとレーギスは呑気なものだった。


「俺、このダンジョン調査が終わったら報酬でリリーさんに告白しようと思う」


「昨日の今日で決心が早すぎるだろ」


「だって、彼女は綺麗で髭も生えてないし、名前の最後が俺と同じ『リー』だぜ?これはもう運命の出会いだろ!?」


「ふん、馬鹿げてるな。運命なんてあやふやなものを信じて、よく魔法理論の結晶である魔道具技師なんかやってられる。

 おっと、だから魔道具技師止まりなんだった、これは失礼」


「シェリーよせ」


「大体、髭が生えてなくて名前の最後が『リー」なら我輩も運命の人になってしまうだろうが」


 この世の理、魔法とは、魔力とは何かを最もよく知るドラゴンという存在は、迷信や不思議なものを一切信じていない、科学者に近い。


 シェリー曰く、どんな不思議なことでも全て説明がつき、まだ理屈を知られていないに過ぎないとのこと。


 乱暴で面倒なやつだが、時々知的で含蓄のある言葉を吐くので見直しかける時がある。


「いいや、君はドラゴンだから本来の姿には髭が生えてるはずだ。つまり俺の勝ち。悔しかったらカミソリ買ってきて出直しな」


「はぁ?ドワーフの髭とドラゴンのヒゲは全く別物だ」


「同じだろ。それとも君の『ヒゲ』は下のお口から生えてるのかな?確認してやろうか?」


「我輩はキマイラではない、下の口などない!」


「ところがあるんだな〜」


 頭が痛くなる会話だ。ドラゴンにセクハラしたやつ、歴史上初だろ。逆に凄いな。

 俺がシェリーに攻撃を禁止してなかったからお前は今頃黒焦げのキノコになってるぞ。



「その辺にしろ、下の口とかどうでもいい!もうここはダンジョンの入り口だぞ、僕は二度と君を背負ってダンジョンを走り回るのはゴメンだ!」


「悪かったレーギス、その件については感謝してる……友人を放り投げてモンスターを倒すなんて勇敢な行為そうそう出来ることじゃないからな」


「黙れ!次はバラバラの肉にしてモンスターの餌にしてやる」


 俺、帰って良いかな?

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