1-21話 開店
「よし、それじゃあ開店!」
「わー!」
「おめでとうございます」
朝9時にマッサージ屋をオープンした。この街に来てからたった4日しか経っていないが、周囲の協力もあり、生活する基盤を獲得した。
シェリーは早速サイモンのところで修行だ。みっちりしごかれてお行儀良くなることを願う。
と言っても3時間経っても誰も来ないまま、正午を告げる時計台の鐘が店の中に悲しげに響いていた。
「ま、初日はこんなもんだよな。皆仕事してる時間だし」
「ですね、急な怪我人じゃなかったら休みの日に来るものなのかも知れません」
カルラも最初は張り切っていたのだが、今は机に突っ伏して意気消沈している。
「最初から順調な商売など殆どあり得ませんよ」
旅商人の経験があるアンはさして気にした様子もなく、どっしりと構えている。
「そうですけど、ケニイさん……先生の腕は凄いんですよ?」
「商品の良さと、それを知ってもらい実際に売るのとはまた別物ですから」
「そんなもんですか〜」
「しかし、宿屋の従業員や、その家族から口コミでこの店はいずれ有名になるのは間違いありません。
治癒魔法が使える人は驚くほど貴重ですし、気がついた頃には大忙しになっていると思います」
ま、いきなり出来た領主公認のマッサージ屋ともなると、利用するには心理的なハードルが高いよな。
どれだけ効くのかも分からないし、怪我まで治せることは大っぴらに出来ないし、値段もちょいと高い。
一回体験してみればその価値はあると分かってもらえるはずだが。
まずは一人一人の患者に向き合い確実に仕事をこなきて認めてもらうところからだ。焦ってはいけないな。
カランコロンと、入口に取り付けたベルが鳴り人が来たことを教える。
「いらっしゃいませ、こんにちは……」
挨拶する為に入口に向かうとそこに居たのは枯れ木のように痩せた髪をお団子にまとめた至って普通の老婆だった。
だが、老婆にしては異様にデカい。
老人というのは腰が曲がり、背が低いのが一般的なイメージだと思う。
そんなイメージとは裏腹に背筋はシュッと真っ直ぐ伸びた190cmはあろうその長身に面食らった。
そういえば北斗の拳に老婆に扮したバカデカい男が登場し、ケンシロウに「お前のようなババアがいるか」と見破ったシーンがあったなと、思い出す。
いや、マジで失礼だが言いたい。突っ込まざるを得ないぞ。
「いらっしゃいませ……凄い背が高いですね、こんなお婆さん初めて見ました」
言ってる!カルラ、それ言い方がちょっと違うだけで殆どケンシロウだって!
「おや?この街に住んでて私を知らんのかい、お嬢ちゃん。私はそれなりに有名なデカいババアだよ」
「えっと、私近くの村に住んでて怪我で長い間家に引きこもってたので……」
「そうかい、そりゃ驚くのも仕方ないね。私は3年くらい前にここに移り住んだもんだからね」
「そうだったんですね。あっ、それで本日はどのような用件で、こちらに?」
「なに、街にマッサージ屋なんてもんが出来たらしいから様子を見に来たんだよ。歳を取ったら身体のあちこちが痛くなるもんさ。それがちょっとでもマシになるなら試してみようという気にもなる」
「えーと、全身のマッサージをご希望ということですか?」
「そうだね、最近身体中が痛くて困ってたんだよ。幾らだい?」
「えーと、先生この場合は……」
まだ症状と、それに対応する料金の感覚がフワッとしているのでカルラは困った顔で俺に助けを求めた。
「全身のマッサージですと銀貨5枚です」
「結構取るね。ま、それで治るなら金貨だって出してやるさ」
この婆さん、結構金持ちなんだろうな。着てる服やアクセサリーも普通の平民とは格が違う。
隠居してる偉い人なのかも知れない。
彼女は懐から銀貨を5枚取り出し、アンに渡した。
「では、ベッドの方に案内させて頂きます」
ベッドに座ってもらい、彼女の病歴や個人情報をカルラに書き留めてもらう。
名前はロメルダ。別に持病というようなものはないらしい。自覚していないだけかも知れないが。
さて、あまり褒められた行為ではないが、ベッドにうつ伏せになってもらった彼女の腰や背中を触診しながら、スキルの鑑定を使い身体の症状をチェックさせてもらう。
…………え?
鑑定の結果を見て俺は自分の目を疑った。
彼女の体内には本来あるべきものがなかったのだ。
魔臓、この世界の人間には当たり前に存在している器官。
魔力が充満したこの世界で体内の魔力を循環、浄化、蓄積させる俺の世界にはなかった臓器。
それが何故かない。魔法が使えるかに関係なく誰しもが持っているはずの臓器がない。
これは……元々ないというより、失ったということなのだろう。
「過去に大きな怪我を負ったのではないですか?」
「ほお、触っただけで良く分かったね。腕は確かということかい」
「俺を試したんですか?」
「半分ね。言っても意味のないことというのが、もう半分さ」
「あなたには、理由は分かりませんが魔臓がないでしょう?でしたら身体に不調をきたして当然です」
魔力は体内で処理することが出来ないならば毒でしかない。そしてそのせいで多臓器不全を起こしかけている。
この状態で平気な顔をしているのが不思議なくらいだ。
かなり我慢しているんじゃないか?
「失礼、少し痛むかも知れませんが我慢してください」
「マシになるなら構うもんか。好きにおやり」
よし、背中に触れて肉体改変で魔力を変換。体内に臓器を生成しつつ、影響が出ている臓器及び傷口を回復。
……こりゃ結構酷い、全身に悪い症状が広がっている。
まずは魔臓の生成を完了させ、痛みが出ているであろう筋肉や神経にマッサージで揉みながら身体が驚かない程度に回復をゆっくりかけていく。
この辺りの治療は少しずつ行った方が良いな。出来れば通いで何回か来て欲しい。
「うっ……あっ、はぁっ……!」
お婆さんの喘ぎ声を聞くという苦行が俺には待っているのだが。
その後、15分ほど集中的にマッサージを行った。
「はあ……はあ……あんたやるじゃないか。中々凄い腕を持ってるね、私に抱かれたかったらいつでも屋敷に来な」
「えっ」
「冗談だよ、間に受けるじゃないよ全く真面目だねえ」
「笑えないですね」
息を荒げ、頬を紅潮させた女性が俺の胸に手を当てながら言ってるんだから洒落になってないんだよ。
「それより調子はどうですか?」
「……ん?そういえば身体が軽くなって痛みも柔らいでるね。マッサージってのは思ったよりも効果があるもんだ」
「出来れば通いで来て欲しいです。あなたが思っている以上に状態が良くないので」
「金ならあるし、身体が良くなる何度でも来てやるさ。今日はこれで終わりかい?」
「はい。あまり一気にやるのは良くないので」
「そういうもんかね……まあ、効果はあったんだ。また、来るよ」
「ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだよ、先生。それじゃまたね」
ロメルダはスッと立ち上がり背を向けて手をひらひらと振りながら店を出た。
「ありがとうございました!……なんか、凄い人が最初のお客さんに来ましたね」
「ああ、豪快というか癖のある変な婆さんだったな」
症状も初回の客にしては重過ぎるくらい凄かったしな。
多分、周りの人間に悟られないようにかなり無理して我慢してただろうし、それを悟らせないようにする技術も持っていた。
一体何者なんだロメルダさん……。
結局、開店初日はロメルダ1人しか来なかった。
窓から外を眺めていると、店をチラチラと見ている人や店の前に置いた看板の料金表を眺めている人は確認出来たので、一応、気になってはいるのだと思う。
文字が読める人は少ないので、マッサージしている様子と必要な代金をイラストにして説明しておかないとダメかもな。
「あのさ、2人は絵とか得意?」
「私はあんまり自信ないですね」
カルラは恥ずかしそうに髪の毛をいじりながら言う。
「私は絵を褒められたことがあります」
「ほーう?」
アンは少し自信がありそうだ。
「じゃ、試しに2人とも紙に俺の顔描いてみてくれよ」
紙を渡して俺は椅子に座り、2人が絵を完成させるのを待つ。
チラチラと俺の顔を確認しながら時間をかけてゆっくりと描くカルラ。
対照的にシャッシャッと素早くペンを走らせる音が聞こえるアン。
アンは慣れているっぽいな。旅商人なら看板に商品の説明を描いたりすることもあるだろう。
「出来ました」
アンはサッと手を挙げて完成した絵を机の上に置く。
「早いな、どれどれっ……」
そこに描かれていたのは『死』だった。
首が折れ、表情は恐怖、絶望、怒り、とにかくマイナスなイメージしか抱かないホラーなガイコツ。
頭からは血が吹き出しているようにも見えるが髪の毛だろうか。
「いや怖いって!?」
「どこがですか?ケニイ様の整った顔を再現出来たと思うのですが?」
「そういえば、絵を褒められた時はなんて言われたんだ?」
「個性的で一度見たら忘れられない迫力があると」
かなり配慮してるけど、上手いとは言ってなかった……。
これは任せられないな。怪我や病気を治すマッサージ屋が恐怖の館に変わってしまう。
「私も出来ました」
「カルラ……信じてるぞ」
なんだか怖くなってきたが、意を決して絵を見る。
「え……普通に上手くね?てか、かなり上手くないか?」
俺は肉体改変で自分の顔を変えているので、未だにこれが俺の顔という自覚はないのだが、しっかり特徴を捉えて立体的に描かれていた。
うん、カッコいい俺。
「いや私なんてまだまだですよ。村に画家の人がいるので時々教えてもらってたんですけど、それに比べると下手としか……」
ああ、これあれだな。ダニングクルーガー効果ってやつだな。
物事の習熟度が低い者ほど、自分の評価が高く、習熟度が上がるに連れて評価が下がる。
カルラはちゃんと絵の訓練を積んでるからこそ下手なことが分かっている。逆にアンは全く分かってないな。
「よし、看板のイラストはカルラに頼んだ」
「何故ですか?私にお任せを!」
「いや、正直に言うがアンの絵は怖いよ」
「私もそう思います」
「そんな……私は絵が下手だったのですか!?」
「うーん、下手って言うかクセが強過ぎるな。魔獣が出るから注意しろみたいな看板には向いてるかも知れないが」
「ぶふっ……」
カルラが思わず吹き出したのをアンが苛立ったように睨む。
「笑いましたね……?次の機会で泣きを見ることになっても知りませんからね?次、私の絵を見たら死を覚悟してください」
「絵よりお前の方が怖いって」
そんなやり取りがあった後、店の前にマッサージとそのランクが分かりやすいイラストを描いた看板を出した。
すると翌日からチラホラと客が来るようになった。
分かりやすく伝えるというのが、これほどまでに効果的だったとはクリエイティブ系の業界で働いてた俺としたことが……。
「先生、お願いします」
「はいっ、今行くよ」
カルラの呼び出しでベッドへ向かい、仕事を淡々と、それでいて丁寧にこなしていく。
1週間もした頃には順番待ちをする客まで出始めた。
平日は身体の調子が悪い老人や子どもが病気になって連れてきた主婦が。
休日は力仕事で疲れの溜まっている男たちがマッサージを求めてやってくる。
なんとか、順調にこの世界でマッサージ屋として生活出来そうな目処が立ちホッとした。
少しずつ客の顔と名前も覚えられるようになり、俺を信頼してくれる人が増え始めた。
やっぱり、教会のない街には身体が良くない人がそれなりにいた。そこの需要に上手く入り込むことが出来たのだ。
それに感謝されるのは俺としても気分が良い。
最初は不満しかなかった異世界だが、魔王を倒し人々の生活がこれから良くなっていく時代が来るはずだ。
そんな異世界で、人の役に立つ力を与えてもらったことは幸運なことなのかも知れない。
これから新しい人生を頑張ろう。
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