1-19話 プレオープン前編
「戻ったぞ」
「あ、おかえりなさい」
「ご主人様、お疲れ様です」
店へと戻ると必要なものは全て整頓されて、細かい部分の掃除をしている二人が出迎えてくれた。
ああ、本当に午前中から無駄に疲れたよ。
「じゃあ早速客が来た時の対応について話しておこう」
一般の怪我などを治療する客の場合は俺たちのいる旅館の裏側にある店に直接来てもらう。
もちろん、マッサージを受けに来たという体を守ってもらうのでその点の周知を改めて行う。
軽く、患部の状態を受付のカルラに聞いておいてもらい、他の客の施術が終わったら教えてもらい、俺が施術している間は空いたベッドの掃除を行う。
施術が終われば会計のアンに金を支払ってもらい、カルテの整理をする。
「カルラは読み書きは出来るんだったよな?」
「はい、一通りは」
「なら、客の名前、年齢、性別、職業、身体の悪い場所を聞いて書き留めておいて欲しい」
俺はアイテムボックスから用意していた紙とバインダーとボールペンのセットを渡す。
「あの……これは?」
「あー、まず道具の説明からか。これは紙。紙は分かるな?
ちょっと羊皮紙とは違うんだが気にしなくていい。この板に紙を挟むことで立ったままでも書き留めることが出来る。
そしてこのペンだが……魔道具みたいなもので、インクをつけなくてもそのまま書ける。この出っ張っている部分を押すと筆先が飛び出て、書けるようになる。
書き終わったらもう一度同じ場所を押すと収納出来る。な、簡単だろ?」
そんな言葉を発したことであり得ない速さで油絵で風景画を仕上げるボブロス先生が脳裏によぎる。
「こんな高価そうなものを私に預けてくださるんですか?」
カルラは恐縮しながら、カルテセットを受け取る。
高価って言っても物品召喚で500円にも満たないんだが……分かりやすいように魔道具なんて言ったからビビらせてしまったか。
庶民には紙すら高級品だもんな。でも木の板に書くのは嵩張るし、普通に紙で管理した方がいいしな。
「良いんだよ、盗まれないように注意だけはしてくれると助かるがな」
「厳重に保管します!」
「んで、アンにはそのカルテを分別する為のファイルと小銭ケースだな。あ、両替用の小銭も渡しておく。こっちはマジで盗まれたりしたら困るから注意してな」
「任せてください。ご主人様の財産を盗もうとしたものは容赦なく殺します」
「おいおい物騒だな。トラブルが起きたらまずは俺を呼んでくれ」
「ババーンと我輩登場!ケニイおるか!?」
「ご主人様、トラブルが呼んでもないのに来ました」
何故か自宅待機のはずのシェリーが店に来てしまった。
「おい、何しに来た」
「暇だったので遊びに来たのだ!むむ、なんだこれは!?面白そうだ」
「あっ!それは……ケニイさんの!」
カルラの持っていたボールペンに早速目をつけたシェリーは奪い取って興味深そうに眺める。
ボキンッ!
「ああっ!高価な魔道具が壊れた!?」
シェリーはボールペンを破壊、カルラはそれを見て青い顔をする。
「こいつ、殺しますか?」
アンは俺に耳打ちをする。どうにもアンとシェリーは馬が合わないようだ。
「申し訳ありません、ケニイさんせっかく貸与していただいた貴重なものを……アンさんどうか殺してください」
「いやカルラは死ななくていいから」
「ガハハ!我輩は貴様なんぞに殺されるほど弱くないわ!」
殺気を出すアン、半泣きのカルラ、高笑いをするシェリー、それを仲裁しなくてはいけない俺。ここは地獄か。
冒険していた頃と何ら変わらないぞ。そういうのとは無縁の生活がしたかったのに。
「ああ、そこが厄介なんだよ。ボールペンは替えがあるから心配しなくていい。
カルラこいつが話していたシェリーだ。俺が昔世話した妹分みたいなやつで色々と問題はあるが悪いやつではない……と思うが、仲良くしてやってくれ……」
「疑問系なんですか?」
「留守番も出来ず店の備品をいきなり破壊するやつが善人だと言い切れるほど俺は嘘つきにはなれんからな」
「我輩はケニイの眷属として契約しているドラ……シェリーだ、ヨロシク!ガハハ!」
「ケニイさんの契約?眷属……?そういうプレイですか?」
カルラの俺を見る目が痛い。
「違う!ちょっと痛いやつなんだ気にしないでそっとしておいてくれ」
また俺に不名誉な変態疑惑がかかるところだった。ドラゴンと言いかけて我慢したのは良かったが、後は最悪だ。
「やはり、殺した方がいいのでは?」
「多分無理だろうがいつでも封印出来る準備はした方がいいのかもしれないな。おいシェリー人のものを勝手に取って破壊するな、カルラに謝れ!」
「何故謝る必要がある?形あるものはいずれ滅びる運命だぞ」
「だが、間違いなく今日じゃなかった。お前は滅びる運命に近づいたがな」
「我輩だけ扱いが酷いな!仕方ない……カルラとやら、壊してしまい残念に思う」
「それ謝ったことになってないだろ。今日は飯抜きだな」
「すまなかった」
「殺し方が分かりました。飢え死にさせましょう」
素早い手のひら返しにため息が出る。というかアン、どんどん口が悪くなってないか?
なんかキャラクター変わってない?
ドラゴン相手にビビらないのは凄いけど、怪我したら俺が治す程度に思ってそうで違う意味で心配になってきたな。
「何やら騒がしいな」
サイモンが店を訪ねてきて、ここの様子を注意深く観察し、目を細めた。まだ目が悪かった頃の癖が抜けていないのだろう。
「あ、どうも。準備でバタバタしてましてね」
「誰だこの棒みたい男は」
「この子は一体……?」
サイモンとシェリーが両者の存在に気付き、見つめ合う。
「俺が世話することになった子分みたいなもんです」
「そうか!なら我輩の子分でもあるな!」
「いや、サイモンさんに言ってんだよ、子分はお前だ」
「変わった子だな……」
「そうですね(ドラゴンが人間の姿に)変わってます。あ、でも優秀なんでこいつに仕事を紹介してもらえないかと思ってたんです」
「ほう?」
サイモンは伊達メガネをクイっと持ち上げた。もうメガネキャラがやりがちな動きが馴染んでいる。
「能力次第では考えないこともない。君は何が出来る?」
「何が出来るぅ?愚問だな。我輩は最強だから何でも出来るぞ!」
「なかなかぶっ飛んだ性格だな……」
「ええ、ぶっ飛びますよ」
空にもぶっ飛ぶからな。というか態度が腹立つからぶっ飛ばしたいな。
速過ぎて礼儀は空に置いてきたみたいだ。
サイモンにシェリーが転移魔法を使えることを教えて、商業の輸送係として雇えないか聞いてみる。
「転移魔法使いか、なるほど喉から手が出るほど欲しい人材だ」
人材っつーか、人災を引き起こしそうなやつだが。
「だが、大事な商品を丁寧に扱える性格とは思えんのが不安なところだな」
「宝を守るのは得意分野だぞ」
確かにドラゴンは金銀財宝を集めて守る生態があるけどさ。
「まずは実際に転移魔法が使えるか見せてもらおう」
「シェリー、店から出てくれ」
「我輩を追い出すというのか!?」
「……そうしたいのは、山々なんだが、転移で一回出てから戻って使えるところを見せてくれ」
こいつは文脈を読むということを知らんらしい。
「なら、最初からそう言えばいいだろう」
「言ってるんだけどな」
「ふん……ほら……これでどうだ?」
シェリーは一瞬で目の前から姿を消し、また戻ってくる。
「なるほど……これが噂に聞く転移魔法か、恐ろしいな。他に使える魔法は?戦闘能力はあるのか?」
「ああ、基本的な魔法なら大体使えるし戦う事は得意な方だ。魔法に関する知識はあるんだが問題は……」
「運用する本人の問題か……」
サイモンはこめかみをトントンと叩きしばし考える素振りを見せた。
「うむ、雇用してやってもいい」
「良かった……「ただし条件がある」」
安心も束の間、前置きをされた。
「俺が商売においての教育を行い、俺の命令に従うことが出来るのであれば、だ」
「な、何故我輩がこのような男の命令を聞かなくてはならぬのだっ」
「シェリー、ちょっと来い。すみません少し外させてもらいます」
シェリーを引っ張り、外を連れていく。
「なんだなんだ!?」
「あのな、どの道お前はお前で仕事をしないとだめだ。家でダラダラすることも出来るが、それじゃあタダ飯くらいの無能だってアンやリリーに舐められるぞ?」
「それは考えただけでも腹が立つな」
「だが、力のある商人のところで良い働きをして活躍すればお前は尊敬される。尊敬されたいよな?」
「ドラゴンは高貴な生き物。尊敬して当然だ」
「そうだ。ドラゴンだからこそ出来る能力を使って人間たちと同じように暮らし、ちゃんと仕事が出来れば……?」
「尊敬され、我輩に平伏す……」
いや、平伏すはないだろうけどさ。とにかく、俺の管理する家で生活する以上、一人だけ働かないなど示しがつかない。
それに普通の仕事なんかやらせたところで問題を起こすに決まってる。
まず見た目は未成年の子供だから舐められたりしたら、ブチ切れそうだ。
俺の目がある程度届く場所で、能力を認められる環境、周囲に馬鹿にされない力のある組織となると、正直今のツテじゃサイモンくらいしか思いつかない。
マッサージ屋ではシェリーに出来そうなことはない。うーん急患の救急車役くらいか?
運搬係ならコミュニケーションも最低限。拘束時間も他の仕事よりは少なく、高い成果を出せるはずだ。
何かやりがいのようなものを感じさせて、身体を動かしておかないと後で爆発しそうだからガス抜きの意味もある。
「まずはやってみよう。お前がドラゴンだってバレたら街は大騒ぎで俺も住めなくなる。俺の平穏な生活の為にも人間のフリをして、頑張ってみてくれないか?」
「うむ……だが、奴は我輩に命令を聞けというのだぞ!?」
「そうか……ある程度流通が盛んになれば、俺が持ってる異世界の面白いものや美味い食べ物も人目を気にせず使えるようになると思ったが残念だな。
俺が能力を使って出せるものにも限界があるし、そのうち人間が真似して色んなものが増えてフラッと歩いた先で美味い飯が食えるようになったら楽しいと思ったのだが……」
「人間は真似をして新しいものを作るのが得意だからな……まあ、格下の生物の言う事を敢えて聞く少女、その、正体は高貴なドラゴン。というのも一興か」
なんだろう、めちゃくちゃ大金持ちの人がコンビニのバイトして偉そうな店長とか本部の人に怒られても全然ダメージ食らわないみたいな遊びのつもりなのかな。
しっかり性格悪いが、上手く誘導出来たな。
「だが、何か問題があればいつでも我輩を呼べ。口笛でも吹けば飛んでくるでな。ケニイの安全が最優先だ」
「犬じゃないんだから無理だろ。俺を倒せるのは魔族でも魔王に近いクラスの奴じゃないと傷つけられないし、つけたところですぐ治せるから問題ない」
「我輩は眷属だから主人に呼ぶ意思があればそれは伝わるぞ」
「マジかよ」
まさか俺のこと、心配してるから離れて仕事するのに渋ってたとか?
いやいや、こいつに限ってそこまでの優しさはないだろうと思うが。
「サイモンさん、お待たせしました。ちゃんと言うこと聞くように言いつけてるので」
「クク……よろしくなニンゲ……サイモンよ」
シェリーは悪い笑みが隠しきれていないが一応敬意を形だけでも表した。
「よろしく。まずは俺のことをサイモンさんと呼べ」
「ググッ……了解した、サイモンさん」
大丈夫かな、仕事先の街が消し炭になったって報告聞く日が来ないことを祈ろう。
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