1-16話 ドラゴンの世話
「さて……どうしたものか」
クズどもを引き渡して、街の外に待たせておいたシェリーの元へ向かう。
俺に懐いているのは間違いないし、このまま放置するのも可哀想な気がしてきた。人間体に変身した姿が子供なのも悪い。子供に弱い俺は冷たく接するのがもう難しくなっている。
大体300年くらい生きてるんだから年寄りでいいだろ年寄りで!
いや、この世界は15歳で成人だから最近成竜になったあいつは15歳くらいの格好と考えると妥当なのか。
でも俺からしたらガッツリ15歳は子供なんだよなあ……。
「遅いぞニイジマ!」
「悪い悪い手続きでちょいと手間取ってな」
「まあ、良い。それより腹が減った!何か食わせてくれ!」
「なんで俺がお前の飯の用意してやらにゃいかんのだ」
「なんでって……我輩は眷属なのだから主人のニイジマが世話をするのは当然であろうが!」
「はぁ?いつから眷属になったんだよ、そんな覚えはないぞ」
「さっき背中に乗せた時だ」
「そんな勝手な真似が出来るわけ……」
鑑定すると確かにシェリーは俺の眷属になっていた。
「嘘だろ……」
「ガハハ!ドラゴンの背に乗るとはそういうことだ!これで安泰安泰!」
「何が安泰なんだよまったく」
聞けば、人間は美味い料理を作るのが得意だから力のある人間の眷属になるのがドラゴン的には勝ち組らしい。
あれ?じゃあドラゴンに美味い飯作ってやってたら魔王はドラゴンを配下に出来たんじゃね?
それを質問すると、ドラゴンとは本来交戦的な生き物ではなく、個体ごとに好きなものがありそれを守る性質だという。
戦わせることが目的の魔王とは根本的に思想が違うようだ。
そして、シェリーの好物は食事と俺だそうだ。
「これからは我輩が守ってやる故美味い飯を頼むぞ!」
「はあ、大変なことになっちまったな」
こうしてなし崩し的にシェリーが眷属となり、俺が世話する羽目になった。
ただ、元はと言えば俺が拾った命だから最後まで面倒を見るのが筋な気もしている。
別に助けてくれとは言ってなかったし勝手にやったことだからな。
自分の行動には責任を持つべきだ。
周囲の人間にこいつはドラゴンだって言うのは問題があるので、親しい人間以外には昔奴隷だった娘で助けてやった恩を返しにきたってことにする。
一応、事実だしな。
自称ドラゴンのおっさん口調の変わった子だと思われる程度でなんとかなってくれないかな。
以後、俺のことはケニイと呼ぶように厳命した。
村に戻るとカルラが入り口の前で落ち着かない様子でウロウロとしているのが目に入った。
「ただいま」
「ケニイさん!大丈夫だったんですか?」
「ああ、ただの雑魚だったから余裕だ。ドラゴンはどっか行ってて会わなかったし、ゴロツキは街に連れて行って拘束されているから心配しなくてもいい」
彼女の肩をポンっと叩いて安心させてやる。
「それは良かったんですけど……そちらの子は?」
「あー、こいつな昔助けてやった元奴隷みたいな子で偶然出くわして拾った」
「面倒見るんですか?」
「俺が拾った命だからな、行く当てもないみたいだし世話するよ……不本意だがな。魔法がいくつか使えるから色々やってもらえることはありそうだしな。シェリーだ、仲良くしてやってくれ」
「我輩はシェリーだ、よろしくなガハハ!」
「えっ、あっはい……あの……ケニイさんこの子……」
シェリーの態度に驚いたカルラは困惑気味に俺の顔を見る。
「ああ、こいつはおっさんに一人で育てられてたからこういう喋り方しか出来ないし、色々変わってるんだが悪い奴じゃないから……」
面倒くさい奴ではあるんだがな。
「はあ……シェリーちゃんよろしくね」
「なっ、お主よりも我輩は200歳は歳上の高貴なドラゴンだというのにシェリーちゃんだと!?」
「ああ、こいつ自分のことドラゴンだと思い込んでるけど無視してくれ」
「……色々あったんですね。大丈夫です、この村はルールさえ守ればどんな人も歓迎されますので」
なんだか壮絶な人生を送り自分を守る為にこんな設定なんだと可哀想なものを見る目でシェリーを眺めていた。
魔王軍に捕まってたのは一応可哀想な人生って言っても間違いじゃないけどな。
ただ、いい感じに誤解してくれて助かった。村の顔役の娘が誤解してくれたらそのまま話も広がるだろう。
家に帰り、リリーとアンにことの顛末を報告する。主従関係にあるので秘密は守ってくれるし、ちゃんと話しておいた方が今後の活動にも支障がないだろうということで、正直にシェリーはドラゴンだと説明した。
さて、困ったのはこいつを家の中でどう扱うかだ。家事や店の仕事を任せてちゃんと出来るとは到底思えない。
知能は高く、知識も魔法分野に関しては人間よりもある。戦闘能力は申し分のない強さで、魔王と勇者のいないこの世界では最強かも知れない。
そんなドラゴン娘をどうしたらいいのか、これには俺、リリー、アン、全員が悩んだ。
「何を難しい顔をしとる!我輩は飯が食えればそれで良いのだ!ガハハッ!」
「あのな、お前みたいな大飯食らいを何もさせず家でゴロゴロさせとく訳にはいかんのだ。いっぱい食べたいならその分の食費は稼いでもらうぞ?」
「ドラゴンの我輩を働かせるだと!?ケニイ……貴様、魔王のようなことを言いよってからに!」
金に光る眼球の瞳孔がギュンと縦に細くなり人外を思わせる迫力で俺を威嚇する。
「別に無給で働けとは言ってないだろ。自分の飯の分働けばいいんだよ。飯も美味いの食わせてやるし何が不服なんだよ。そもそもお前は俺の眷属なんだから言うこと聞かないと。眷属って主人の為に働くもんだろ」
「くっ……計ったな!?恐ろしく計算高いやつだ」
「本当に計算高かったらお前なんか絶対拾わなかっただろうよ」
「なっ、酷いではないか!」
「取り敢えずお前の出来ること教えてくれ。そこから仕事を考えよう」
「ふん、我輩に出来ることを挙げたしたらキリがないので出来んことを挙げた方が早いな。もちろんそんなものはないが」
シェリーはキリッとした顔で腕を組む。
「ふむ、質問した通りに答えられないと……」
「こらっ!何を書き留めておる!」
「あの……ケニイ様、御伽噺ではドラゴンは自らに勝ったものに魔法の叡智や身体の一部を武器の材料として授けると聞きますが」
アンは恐縮しながら発言する。
「出たなそのクソ迷惑な人間の話」
シェリーは露骨に嫌な顔をする。
「逆なのだ。人間があるドラゴンから叡智や素材を欲しがって沢山来るから勝ったらくれてやるという建前で断ったのが間違って言い伝えられておる。
そもそも人間がドラゴンに勝つなど不可能なのだからな。ドラゴン流の冗談をアホの人間が勘違いしておるのだ」
ああ、そういう方便だったのか。
「大体、自分から落ちた鱗や牙を人間が拾い集めて武器にしているなど気味が悪い。我輩にそんなことしたら燃やし尽くすぞ」
「そうだったのですか……」
リリーもアンもサンタが親だったと知った子供のようにガッカリした顔をしている。
うーん、確かに。俺が寝ている間にネズミとか、虫がコソコソと俺の皮膚や髪で巣を作っていたらと考えるとかなりキモい行為な気がする。
目が覚めた時にそんなのがいたら大声を上げて始末しそうだ。彼女の言い分にも一理あるな。
「人間の持つ固有の能力は使えんが、それ以外は基本的に全て使える。例えばケニイの持つ能力などは無理だな」
「え、じゃあ空間移動や重力なんかも操れるのか?」
「当たり前だ。我輩はドラゴンぞ?」
「よし、お前は運び屋として稼いでもらう。サイモンという商人に話をつければあっちも乗ってくるだろう。高速で物資の運搬が出来るし、道中の護衛や輸送費もかからんのだからな」
シェリーの仕事に何となく当たりをつけて、家のルールについて皆で相談をした。