1-15話 悪人信じるほど甘くない
少し残酷な表現がありますのでご注意ください。
シェリーというドラゴンに乗り上空から山を俯瞰する。GPSどころか地図も不確かで、空を飛ぶ手段を持たない人間にドラゴンによって制空権を掌握するというのは圧倒的な強さを感じる。
この大空を自由に飛び回る感覚。そりゃ、翼持ってる魔族に苦戦したわなと納得するほかなかった。
「あそこだ!」
ベンジャミンは地上の一点を指差している。こんな遠くから見つけられるなんて結構目が良いんだな。
グンッと下に方向転換をしたことで慣性に引っ張られて落ちそうになるのを堪えてしがみつく。手綱や鞍がないと危険だな。
「な、なんだ!?」
「またあのドラゴンだチクショー!」
着地するとシェリーに気がついたゴロツキが絶望感を漂わせた悲鳴を上げる。
「クッソ……このガキを囮にするか!?」
おい、こらテメェ。ガキを囮にするなんてクソな発想が何故そんなにスッと出てくるんだ?根っからのクズだな。
「馬鹿野郎!俺の怪我を治すんだろうが!」
「だけどその前に死んだら意味ねえっての!」
「そもそもお前が攻撃なんかしなけりゃよかったんだろうが」
「お、俺イチ抜けたっ」
「あっ!おい逃げるな!」
もう話す内容の全てから頭の悪さを感じさせる罵声の応酬にイライラが募って我慢の限界に達しようとしていた。
「腕か、命か……クッソ!ガキでも食ってろ!」
「あっ!」
ベンジャミンの弟にナイフを突きつけていた男がベンジャミンの弟を切り裂いて俺たちの方向にドカッと蹴ってそのまま逃げていく。
「アッシュ!」
「落ち着けベンジャミン。あいつらが弟を解放したのはラッキーだ」
「この人手なしがぁっ!切られてラッキーなことあるかよ!」
人手なしって……それもそうなんだが、人質解放ってかなり難しいから手放してくれたのは助かる。
「安心しろ、死なないから。シェリー、悪いが逃げたあいつらを出来るだけ死なないように捕まえてくれるか?」
「死なないように捕まえるとな!そうか、良かった、そりゃあ簡単だな!魔王の洗脳を自力で解くくらい簡単だな……!」
「そういうのいいから早くいけって」
「竜使いが荒いぞ!まったく!何故我輩がそんな面倒なことを……」
皮肉を言うおっさん口調ドラゴン少女って面倒くさいな。
もうすぐにアッシュの治癒してやらないとベンジャミンが暴れ出しそうだ。
倒れて動かないアッシュに近寄る。こりゃ結構深く切られてるな、脊椎の神経もザックリいってるじゃないか?
「アッシュ聞こえるか?俺はケニイ。今から治してやるからな、可哀想に痛かったろ?ヒール!」
傷口を縫うように手を滑らせて魔力を流し込む。切られた服や血は元通りにはならないが、傷口を閉じ、損傷した組織を回復。
流れた分の血も魔力で生成することが出来るようになったので、その補充もしておく。
「これでよしっと」
「アッシュ!アッシュ大丈夫か!?俺のことが分かるか!?ベンジャミンだ!」
「ヒールにそんな記憶喪失が起きるみたいな不具合は発生しねえよ」
「……にいちゃん……俺、ごめんよ……」
「お前はなんも悪くねえ!悪いのはあいつらだ!」
チラッとこっち見たけど、そのあいつらに俺含まれてないよな?
「でも、音がしたからって勝手に一人で行ったからあいつらに見つかって……」
「それは次から気をつけろよ。とにかく良かった!ケニイありがとう!」
「あ、ありがとう……ケニイ?」
「うんうん。無事に救出完了だな。さて、あの馬鹿はこれからお仕置きだな」
「あんな奴ら死ねばいいんだ!爪を剥いで瞼を切り落としてやる!」
ベンジャミンの怒りは収まらないようで、拳を握りブルブルと震えている。おいおい、子供の癖にエグい殺し方思いつくな。ちょっと将来が心配だぞ。
「いや殺しはしない」
「なるほど、分かったぞ!ゆっくりと痛めつけてジワジワと殺して、臓器とかは売るんだな!?
爪くらいならすぐには死なないよな?『採取』の仕事なら俺に任せろ!」
お前のその爪剥がしのこだわりは一体なんなんだ、危ない子供なのか?
「いや、そういう痛めつける系はなしだ」
「なんでだよ!?あんなの野放しにしとく方が危険だぞ、それくらいガキの俺でも分かる」
「そうだなあ……殆どの怪我や病気を治せる俺からしたら死ぬってぶっちゃけラクなんだよな」
死んだらそれで終わり。反省も何もないし、死に物狂いで戦って生き残った俺からすると、死そのものにあまり恐怖を感じないようになった。
苦しみながら生きている人を見ていると、死とは苦しみから解放される手段に思えてくるのだ。
故に、俺は罪人には生きて生きて苦しみを味わい続けてもらう方が好きだ。
魔王に関しては存在そのものが危険だったので排除せざるを得なかったが、あの小物は、いてもいなくても大した影響はない。
「だから、こいつらは殺さない」
「はぁっ!?」
「死にたいと思うほどの苦しみを与える」
俺は腕を怪我している男に近寄りヒールで止血する。もちろん、止血のみで腕なんて生やしてやらない。
「うおっ……へへ、ありがてえ……だが血が止まっちまえばこっちのもんよ。迂闊だったなニイちゃんよ」
「何を勘違いしている?」
腕の出血が止まり痛みが消えたことで男は腕をさすりながら笑う。
「!?足が……動かねえ!」
「下半身に繋がる神経を奪った。お前はもう歩けない。おっと、悪さをするこの手も必要ないな……」
「や、やめろ!こ、この人手なしがぁ!」
「手がないのはお前だろうが」
無事な方の腕の神経も奪い、ダラリと力が抜ける。
「おーい、ニイジマ!捕まえて来たぞ!」
「お、助かる」
ゴロツキの仲間はシェリーに殴られたのか、打撲、骨折をして気絶している。
そして、先程と同様の処置を行い魔術師と思われる奴は声帯を奪う。これで詠唱は出来ない。
「ケニイ……エグ過ぎるだろこれは。つえええぇって、はしゃげるレベルじゃないぞ」
ベンジャミンは俺の対応にドン引きしている。
だが、この手合いは口先だけで反省した二度とやらないなどと舐めたことを言う。そしてまた同じことを繰り返す。
形だけの謝罪など信用出来ない。最低でも焼き土下座くらいはするべきだろう。
生憎、俺は焼き土下座用の装置は持っていないので悪さをする身体の自由を奪い、檻の中で一生を後悔して生きてもらう。
罪人、囚人、奴隷、犯罪を犯した者たちの末路だが、基本的には貴族相手に何かしない限りは生きて罪を償わせる。
何かしらの労働力として生きるのだが、結局のところ人を傷つけた割にはのうのうと生きられる仕組みなのだ。
人権なんて大それたものがちゃんと確立していない世界だが、それでも休憩や食事を与えられながら労働の日々を送る。自由に歩き回れないし、好きなことは出来ない。
それでも人を殺しても、そんなやつらはしっかり生きている。
刑期や奴隷契約の期間が満了すれば自由になるやつもいる。
だが、奴らの本質は変わらない。何も学ばない。
そしてまた悲劇が起こる。何度も何度もそんなウンザリする光景を見てきた。
何故そんなことが起きる?
それは犯罪を取り締まる側の都合なのだ。
権力者側はタダ同然の労働力が手に入ってラッキー程度にしか思っていないのだ。
魔王との戦いでどこでも人手は足りていない。誰かの命は権力者の労働力よりも軽い。
そんなことはザラにある。
俺はそんな権力者の都合によって甘やかされるクズを見逃しはしない。労働力として扱わせない。何も出来ない。ただ過ちを悔い、殺してくれと懇願する日々を送らせる。
子供も食い物にする大人。守るべき立場の大人が子供を守らない。親に虐待されていた俺の心に深く傷をつけている。
いや、長い長い長い!そんなシビアな感じの異世界生活するつもりじゃないのに!
俺の幼少期のトラウマが俺の生き方そのものになっていることから、少し感情的になってしまった。
あああ、説教臭いなんて俺のキャラじゃないのに。
命のやり取りは冒険の間に何度も経験してきたが、子供絡みとなると、少し理性を失いがちだ。
そんな俺が子供にショッキングな体験をさせてしまったんだ。俺もまだまだ幼いな。
「ちょっとやり過ぎたか……いや、こいつらロクなことしないしこれで正解だ。よし、憲兵に突き出してくる」
「お、おう……てか、こいつらクッセェッ……!」
この世界のゴロツキは風呂に入ったり身体を綺麗にする習慣なんて持ち合わせていない。
説教臭い俺と、汗臭いゴロツキか。酷い組み合わせだ。どっちがマシか。
ロープでゴロツキどもを縛り上げてズルズルと地面に引きずる。
それくらいのパワーが魔王相手に長い旅をして来た今の俺にはある。
「おいニイジマ!我輩を置いていくな!」
シェリーは歩き出した俺に怒鳴りつける。
「お前は目立つからここで待ってろ。街で暴れられたらかなわん」
「なんだと!大人しくすることくらい出来るがっ!?」
ワーワーと叫ぶドラゴン少女を放置して、ベンジャミンとアッシュを連れて街まで戻った。
道中、あれほど威勢の良かったベンジャミンは俺にすっかりビビったのか口数は驚くほど少なく、弟のアッシュはポカンとしながら、引きずられるゴロツキと俺を交互に見ていた。
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