1-12話 服を買う
街の中心にある宿屋から城壁に向かって少し歩いた先に商業地区がある。
食料品や薬、雑貨、田舎町とはいえ、人の行き来が活発なのでそれなりに品揃えは良さそうだ。
王都ほどの人混みではないが、あれはかなり疲れるので、丁度いいくらいだと思う。
冒険者ギルドもあるようだが、俺は引退したから用事はないだろう。
カルラに案内されて古着屋に入った。
「服以外にも布やシーツなんかはここで買えますけど、他に何がいるんですか?」
「あー、なんだろう?女二人が生活するのに必要なもの予算は気にしなくていいから揃えてくれないか?」
リリーとアンに一般的に必要なものは揃えておくべきだろう。この世界のものでないと目立ってしまうしな。その他の日用品はもっと便利なものが現代にあるはずだから、保留で。
店に置いておくべきアイテムといえば、明かりの魔道具、紙とペンとインク、計算機は最低限か。
こういう時の為にいつでも書き出しておけるメモ帳は用意しておいたら便利だな。
すぐに物品召喚でメモ帳とボールペンを購入しておく。
マッサージ屋って他に何が置いてあったかな……。記憶の中にある現代のマッサージ屋、接骨院を思い出していく。
まず、店に入ったら治療しやすい格好になる為外套の類は脱いでハンガーにかける。よし、ハンガーは必要だな。
待合室では時間潰しに漫画が置いてある場所も多いがそれは用意出来ない。
ウォーターサーバーがそういえばあったな。身体をいじった後は水を飲んでおくことでダルさがマシになるからどんどん飲んでと先生に言われたことを思い出す。
コップくらいは買うか。客に飲んでと言う時に不自然じゃないやつがあった方がいいな。
他には電気を使った器具とか鍼治療とか色々あったけど、それは必要ないと。
うーん、案外ベッドと自分のスキルさえあれば、なんとかなってしまう商売だな。凄腕マッサージ師が出張でホテルやマンションの一室で施術してるくらいだし、そんなもんなのかも知れない。
「一通り必要となるとこんな感じですけど、どうです?」
「お、助かる」
「本当は本人に着せて確認したいんですけどね……髪の色に合うものを選んでみました」
「俺はそういうの疎くてな、ありがとう」
服だけでなく、肌着や靴下、靴、ハンカチなど女が身につけていておかしくないものを選んでくれたカルラに礼を言う。
そうだ、従業員用の服がなかったから制服は仕立ててもらおう。客と店員が一目で分かり、清潔感のある服装は大事だからな。
会計を済ませて、店を出た人目につかないところでアイテムボックスに収納する。
「本当に便利ですねそれ」
「ああ、アイテムボックスな。手入れてみるか?」
「えっ!?怖いですよ……」
空中に浮かぶ、空間が歪んだような薄暗い闇を見てカルラはそう言う。
「別に手が千切れたりしないよ。千切れても俺が治してやるから」
「その冗談、笑えませんよ」
「はは、まあ、怖いのも分かるけどな。魔法ってのは才能のあるなしも関わってくるけど、その魔法を直接体験したり、見ている時間が長いと使えるようになったりするんだよ」
アイテムボックス持ちは貴重だから、食い扶持を減らすような真似をしないので触らせてくれるやつは殆どいないはずだ。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。もしかしたら使えるようになるかも知れないだろ?今入れた服を手前に置いてあるから手を伸ばして掴んでみろ」
「う、う〜……こわっこわっ……!て、手がああああっ!」
「えっ、嘘だろ?」
カルラの手首から先が消えていた。マジかよ、俺以外のやつがアイテムボックスに手入れたらこうなるのか!?
「なんちゃって」
服の袖に手首を隠す古典的なマジックでイタズラされたようだ。
「カルラそれは笑えないって……」
「手が無くなってもケニイさんなら生やせるでしょ?生えなくても責任とって嫁にもらってくれますよね」
「いや、余計笑えないぞ」
冗談のデカいカウンターを食らっちまった。俺のスキルを当てにして無茶されたら堪ったものじゃないぞ。
カルラはおっかなびっくりアイテムボックスの闇に手をゆっくり入れる。
「あ、何かあるっ!?」
「服だよ、引っ張り出してみな」
「う〜……あ、本当だ服が出てきました!こんな感じなんですね!?」
「はい、戻して。次はカルラの服買いに行くからな」
「私の服ですか?」
「店用の服だよ。普段着汚しちゃ悪いから専用の服を仕立てるんだ」
「そ、そんなのわざわざ買わなくて良いじゃないんですか?高いんですよ、仕立てた服って!」
「店の方針だから気にすんな。宿屋の人たちからも分かりやすい方がいいんだよ」
本人に言っちゃ悪いから黙ってるが、村娘の格好ですって服でそれなりに高いランクの宿屋うろつかれれてもサイモン側も迷惑だろうし、カルラたちが用意するってなっても相当な負担だ。
元々必要なものだったということで、買ってやるべきだ。
制服をあつらえる為にそこそこ高そうな仕立て屋に向かったのだが……。
「冷やかしなら帰んな」
「いや、お金ならありますんで……」
「どうだか……二人ともまだガキじゃないか。払えるとは思えんな。それに顔も見たことないぞ」
門前払いを食らう。俺の見た目かなり若いし金持ってなさそうって判断されても仕方ないよな。
そもそも、こういうところって紹介制だろうし……。
「あら、ケニイじゃない」
「ソフィー」
ソフィーは先日の狩人の服装とは違い、良いところのお嬢さんという上品な服を着ていたので、一瞬誰か分からなかった。
「そちらは……あなた、もしかしてカルラ?」
「お久しぶりです、ソフィー様」
「傷はすっかり良くなったみたいね……しばらく見ない間に見違えるほど綺麗になったわね」
「それはソフィー様の方ですよ」
「まあ!」
「ソフィー様がケニイさんをうちのパパと引き合わせてくれたんですよね、本当にありがとうございます」
「私が治したわけじゃないから礼は不要よ。私も怪我を治してもらったしね」
二人はそれなりに親しいらしく、しばしガールズトークに花を咲かせているのを見守っていた。
「そういえば何してるの?」
「聞くの遅いって……店で着る服を仕立ててもらおうと思ったんだがコネがなくて相手してもらえなかったんだよ」
「そう、大変ね。こんな時に領主の娘がいたらすぐに解決なのに……おっと、領主の娘は私だったわ」
「要らない要らないそういうの」
「ちょっと紹介してあげようって言ってるのにそんな態度でいいの?」
「頼むよ、そうしてくれると助かる」
「ああ、そうそう。店の許可と私を助けてくれた勲章を渡したかったのよ。これつけておけば街の人間もある程度信用してもらえるはず……」
ソフィーは俺の胸にピンを刺して銀の羽の勲章も取り付ける。
「いってぇ!」
「あ、ごめんなさい」
針が俺の肌にチクッと刺さる。
「全く……」
すぐさまヒールで痛みを消す。
「そんなヒール使うほどのことじゃないでしょ?大袈裟ね。悪かったわよ」
「反射的にヒール使っちゃうんだよ」
「とんだ無駄遣いね。針で怪我したくらいでヒール使うなんて」
「使えるんだから我慢する意味ないだろ」
「それもそうなんだけど……常識的に考えてね……あんまり人前で使わない方がいいんじゃない」
「それくらいは弁えてるよ」
「なら良いんだけど……さて、紹介してあげるからついてきて」
「ありがとう」
ソフィーを連れて、先程門前払いを食らった仕立て屋に行くと効果は覿面だった。
「これは……いつもお世話になっておりますソフィー様!」
「この人たちさっき来たでしょ?彼は私の命の恩人だから相手してあげて欲しいの。お金もちゃんと持ってるから心配しなくていいから」
「それは……!大変な失礼をしてしまいました……何卒、ご容赦ください。店の方針上見ず知らずの人間を招くのも難しく……」
「いえ、お気になさらずに。それで注文したいのですが……」
「ええ、なんなりとお申し付けください……えー」
「ケニイと申します。この街でマッサージ屋を開くこととなりましたので、何か体調に問題があればご利用ください」
「腕は私が保証するわ。父も認めるほどよ」
「なんと、ソフィー様の折り紙付きというと相当な腕前なんですね」
恐縮しっぱなしの店主に服のデザインなどを相談して前金を払い、店を後にする。
「凄いお店でしたね……あんなところの服着れるのか〜」
カルラは店の服に感激して目をキラキラさせていた。
「ほい、お土産。さっき採寸した時にサイズの合う服を見繕ってもらったんだ。街を出歩く用の服もあった方がいいだろ」
「え……でも、これ……」
「怪我で長い間閉じこもってたみたいだからさ、せっかく可愛い顔してるんだし、可愛い服着て外出た方がいいって、おじさんからの餞別ってことで」
「おじさんって……あんまり歳変わらないでしょ?」
「良いから良いから」
若い子の喜ぶ顔見たくて何か買いたくなる衝動、順調に加齢を感じるな我ながら。
「頼むよ!誰かっ!なあ!誰でも良い!誰か助けてくれよ!」
少年が冒険者ギルド前の広場で大声を上げており、それを周囲の人が気の毒そうに眺めている光景が目に入った。
「なんだ?」
「何かあったみたいね、いってみましょう」
「あっ、ちょっと……!ケニイさん!こんな上等な服受け取れませんよ……!まだ恩返しも出来てないのにっ」
走って広場に向かう俺たちをカルラは大事にそうに服の入った袋を抱えて追いかけた。