1-11話 開店準備
俺が起きて、リビングに出ると家の中はすっかりと整理され、人間の住む場所という趣が出ていた。
「おはようございます、すみませんまだ掃除が途中で……お帰りになる前に全て終わらせておきます」
「リリー、アン、おはよう。ありがとうな、でも、あまり気張るなよ?ゆっくりでいいから」
「少しでも早くケニイ様が快適なように整えておきたいので」
「歩けるならちょっとくらい私にも出来ます……」
「そっか、助かるよ」
「本日のお帰りはいつぐらいになりそうですか?」
「あー、分からんが夕方くらいには帰れると思う。服とか必要なものも買ってくるな」
「かしこまりました。洗濯に必要な道具が欲しいのですが服用の石鹸なんかもあったりするのですか?」
「あるんだけど専用の魔道具と一緒に使うようなもんだからそれだけ出してもな……取り敢えず汚れの落ちる石鹸と、洗濯板と、タライは用意するよ」
「大変申し訳ないのですが、取り急ぎ替えの服を一着頂けないでしょうか?私たちは奴隷用の服しかありませんので洗濯も出来ないのです」
「そうだな……ちょっと待ってくれ」
洗濯機に使う洗剤ってどうなんだろう?石鹸の方がいいか判断がつかないな。取り敢えず、両方出して使い勝手の良い方を選んでもらうか。
それに服は今日帰ってくるまでに替えの一着いるな。パジャマしか渡してなかったし、彼女の仕事的にはメイド服が適してるか?でもコスプレ用のメイド服はチープ過ぎるからちゃんとしたやつだな。あるかな……?
物品召喚のウィンドウを開いてメイド服を検索する。コスプレ用のものは精々1万円ちょっとくらいだが……あった。本物の仕事で使うちゃんとしたメイド服って高いんだな〜。
10万以上したが、よく考えたらメイド服なんて仕立てるもので買えるものじゃなかった。ということはここで買うしかない。予備も含めて3着購入する。デザインはこの世界で一般的なものとは違うが、メイド服と分かる範囲の差だ。
「ほい、替えも含めて3着な」
「ケニイ様、これは……相当上等な生地を使っているのでは?」
「え、あー、俺の世界ではそこまでかからないから気にすんな」
服を渡して、縫い目や布の手触りを確認しながらリリーの顔は青ざめているというか、引いてるのが分かる。染め技術も布の仕上げも現代に比べたら下だし、ミシンもないからそりゃビックリするよな。
「汚れても良い服のはずですが、汚すことに相当抵抗がありますね……」
「いいから、怒らないから。ちゃんと使ってくれる方が嬉しいから」
「左様ですか……」
朝食をゆっくり3人で取って、服を着替えて家を出る。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ……」
「ああ、行ってくる。じゃ、村の挨拶頼むわ」
「はい、お任せを」
引越しの挨拶に、ちょっとした食べ物をリリーに渡しておいた。引越しのソバなんか渡されてもこちらの人は困るだろうから、燻製した肉とかチーズだ。それでもこの世界のものよりは質がいいから文句ないだろう。
「おーい!ケニイ!」
「ディーンさん、おはようございます」
「おはよう!いやー、昨日のあのワイン!めちゃくちゃ美味いじゃねえか、どこのワインなんだよ?」
多分俺が来るのを待ってたディーンは俺を見つけるなり肩をバシバシと叩きながら上機嫌だ。
「ま、秘蔵の一本ってところですね」
「あの味が分かるような歳じゃねーだろう!?」
「美味しいことは飲まなくても知ってますから」
「そうか……それよりだ、カルラがめちゃくちゃ明るくなってよ、カミラもそうだがお前からもらった鏡でずーっと自分の顔見てるんだぜ?
水に反射する顔見るのですら嫌がってたあのカルラがだ。夜はカミラと飲みながら泣いちまったよ、感謝してる。お前になら娘を嫁にやってもいい!」
「話が飛躍してますね、それはお互いの意思を尊重してください」
「それもそうだが、それくらい感謝してるって言いたいんだよ」
「どういたしまして」
「ケニイさん!」
カルラも現れて駆け寄ってくる。
「お、カルラさん」
「もう、カルラで良いですよ!」
「そうか、カルラも元気になってよかったな」
「はい!両目が見えるから遠近感が分からなくてぶつかったりすることもないし、人目を気にせず歩けるようになりました!鏡見て思ったけど私って可愛くないですか!?」
「うん、可愛いと思うよ」
「えへへ……ですよね」
自信がついたようでなによりだ。まあ、ディーンの話では元々可愛かったみたいだし、父親譲りの鼻が整形されてコンプレックスが全部消えたから自己肯定感がマックスになってるんだろう。
「これから街か?」
「ええ、店の下見や、リリーとアンの服とか買いに行かなくちゃならなくて……ああ、リリーが村に挨拶周りするんでサポートしてやってください」
「分かった。カルラ、リリーと一緒に……」
「私が街で買い物の手伝いする!」
「な、なんでそうなるんだよ」
「だってパパとケニイさんが女の子の服選ぶより私が選んだ方が良くない?」
「一理あるな……カルラ悪いが付き合ってくれるか?」
「うん!」
「ということで、ディーンさん悪いがリリーたちの方を頼む」
「分かったよ、カミラにも話しつけてこの村の女の友達も紹介してやった方が良いだろうしな」
女を敵に回すと大変な目に遭うからな、とディーンはボソッと言ったのを俺は聞き逃さなかった。
カルラとこれから開く予定の店の話をしながら街へと向かっていく。
「おい、お前カルラか?」
「あっ、ドルフ久しぶり」
「驚いた……どうしちまったんだよ、その……顔は……」
「ケニイさんが治してくれたの」
「ケニイって……ああ、あんたが噂のヒールが使えるっていう流れ者か」
「よろしく」
「よろしくな、俺はドルフだ。農家をやってるからうちの野菜と交換で何かあったらヒール頼むぜ」
「任せろ、大抵の怪我は治せるならな」
「カルラがすっかり治ってるのみりゃ、腕に疑いはないな。心強いぜ。そうだ、お袋の足が悪いんだがヒールで治せるかな?歳だからヒールじゃちょっと痛みがマシになる程度で治るもんじゃないって言われたんだが」
「状態を見ないと言えないが、今度見させてもらうよ。今日は街に用事があるから」
「ああ、急ぎじゃないからいつでも良い。お礼は美味い野菜でたっぷりするからよ」
「分かった」
20歳くらいの茶髪を後ろでくくったドルフは畑仕事ですっかり日焼けしていて、健康的な青年だ。カルラのことが好きなのかな?彼女の顔をジッと見て耳が赤くなっていた。
「ねえ、ケニイさん」
「どうした?」
「私、ケニイさんの仕事の手伝いしたいな」
「マッサージ屋で働くってことか?」
「そう、私みたいに困ってる人助ける手伝いがしたい」
「そうだな〜、アンはサイモンさんに言われて書類仕事とか計算が得意な元商人の娘を奴隷として買ったんだが、それでももう一人くらい手伝いは欲しいな。ディーンさんに相談しないとダメだけど」
「もう許可はもらってるの。ケニイの仕事には価値があるしこの街のことも知らないからそういうやつがいた方が助かるだろうって」
「そうか、話が早いな。じゃあ一緒に職場のチェックもしよう」
「うん!」
サイモンの店に着くとすぐに奥の部屋へと案内される。
「おー、来たか。メガネがなくても視界がクリアってのは慣れなくて妙な感じだが気分は良いぞ……ん?カルラ……か……?これは見違えたな」
伊達メガネではあるが、癖のようでサイモンはメガネをクイッと持ち上げてカルラの顔を見る。
「サイモンさん、薬の手配とか色々ありがとうございました……ずっと引きこもっててお礼も言えなかったのに、すみません」
「気にするな。ディーンの娘だからなそれくらいしかしてやれなかったが……ところでどうして来たんだ?」
「ケニイさんの仕事の手伝いがしたくて」
「それはいい。カルラなら看板娘になる。接客担当の従業員も足りないだろうしな。じゃあ早速店の紹介をするからついてきてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
サイモンの店から徒歩5分程度の人通りが多い好立地に立派な宿屋が現れる。一階に宿屋の受付と、食事処があって、100人は収容出来そうな広さのスペースと椅子、テーブルが並んでいる。
「思ってたよりも随分デッカいな……」
「ここはダンジョン街へ行く中間地点だから旅人が多い土地だ。少しランクが高めのこの規模の店はウチじゃないと無理だからな。最高級の部屋は貴族でも泊まれるぞ」
「は〜繁盛してるんですねえ」
「ウチから入る客は手数料を幾らか取らせてもらう。まあ使うのは金のあるワケアリ客だろうから、場所や口止め料も込みだな」
宣伝とかは苦手だし、高単価の客を斡旋してもらえるのは大きい。手数料にも異論はない。
「じゃ、次は君たちの実際に働く店舗の方だな」
宿屋の裏側にある一軒家に連れていかれる。見た目は家族が住んでいそうな規模で、ここで何かの商売をしているようには見えない。
だが、宿屋の裏口と、こちらの裏口が小道一本挟んだだけで非常に近く、出入りが目立たないのも気に入った。
「元々、管理棟として使ってんだが、増築もあって今は空いてるから丁度良い、有効活用してくれ。他に家具や必要なものがあったら自分たちで用意するか、ウチに発注してくれ」
「家具類はアイテムボックスに入ってるんで多分大丈夫です」
「そうか……じゃ、ここで働くってことでいいのか?」
「はい、ここでやりたいです」
「なら早速契約書の準備だな」
サイモンの店に戻り、料金や守秘義務、細かなルールは予めまとめていたようで内容をしっかりと確認してからサインをする。
「開店はいつにする?」
「今日、明日で準備して、開店出来そうならすぐにでもやるつもりです」
「なら、うちの従業員で試験的に店の運用を確認してみるのはどうだ?当然、施術については金を払う。たまにはサービスしてやらんとな。それにある程度事情を知っておけば仕事もやりやすいし、こういうのは口コミの影響がバカに出来んからな。街に住む人間を出来るだけ味方につけておけ」
「そういうことでしたら、明後日にプレオープンとしましょう」
「分かった、従業員にも通達しておく。今日はどうする?」
「このまま、ここの掃除とか準備します」
「じゃ、こっちも仕事があるからこれで」
サイモンは足速にその場を立ち去り、俺とカルラの二人になる。
「まずは掃除から……と言いたいところだが綺麗だな」
「多分サイモンさんがやってくれたんだと思いますよ?埃全然被ってないから最近掃除したはず……」
カルラは壁をスッと人差し指でなぞり、指の腹を細めた目で眺める。
「それじゃ、必要なものを買いに街に行こう!服も買う予定だったしな。案内頼む!」
「分かりました!」
店の鍵を閉めて、俺たちは街へ繰り出した。
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