悪評だらけの龍神族の国に行った留学生は
星の名は、『グランディーク』。
そこには大小も形も様々な大陸が幾つも存在していた。神話によれば、遠い昔に全ては一つの大陸であったが、様々な種族がいた為に争いが起こった末に神によって分断された、とされている。
そして現在、1つの種族に1つの大陸と1つの国があり、人間族の場合、大陸は『ハウゼンベルク』、そして国の名は『ハーゼオン』と言った。
国の王都たる『ハルシュオン』は大陸の中央にあり、王城を中心とし、政治・経済の中枢となっている場所である。そこに、国中の有能な人材が集い学ぶ場である王立学院『ハインシェル』はあった。
完全実力主義を謳う学院であり、入学も卒業も年齢に制限はなく、地位も名誉も無関係に実力でもってクラス分けされ、それに見合った学びを得ることができる。またそこは留学制度を取っており、優秀な生徒たちは国費でもって、希望する種族の国へと学びに行くことができるのだ。
もちろん、希望制によるもので必ず全ての国に行かなければならないということではないので、人気というものもある。それぞれの国ごとに受け入れに人数制限なり条件を付けており、優秀な生徒であっても、希望する国が定員オーバーであれば辞退する、ということもあり得るのだった。
一番人気は、『天翼族』の国『フェルリマーセ』。『天翼族』とは、その名の通りに翼を持った種族で、神話にも登場する天使の末裔とされている。それは男性であっても女性でもあっても同じくで、見目麗しい人々と清廉にして秀麗な建造物を持ち、一度は行ってみたい国としてとても人気が高いのだ。
他にも、『妖精族』だったり『獣人族』の国が人気が高く、『機械族』の国もまた一部のコアな人気を持つ。逆に『魔族』は悪魔じみた見た目で人気薄ではあるが、それが良いという生徒も1人や2人はいるもの。
ことさら厳しい条件が無いにも関わらず、誰も希望しない万年最下位の国も、ある。
それが――『龍神族』の国『ディエルサーニ』であった。
時に激しい雷を、時に激しい嵐を巻き起こす、天変地異の主。荒れ狂う豪雨を思わせる性情をしており、冷酷非情にして残忍。神と名付く種族らしく、我が意のままに振る舞う傲慢な種族。それが『龍神族』だとされている。
だからこそ、留学制度の選抜試験面接場において、学院長ならびに学院理事たちは、唖然とする。
「私は、『龍神族』の国『ディエルサーニ』への留学を、希望します」
学院史上で初めての留学希望者――学院トップの才女『リン=キーシェン』に。
◆
『リン=キーシェン』。
学院においては、平均的に見てもやや遅く16歳で入学した少女である。入学試験は、飛び抜けて優秀という訳でもなく、かといって格段に劣っている訳でもなく、順当に合格を手にしたものだ。
最初の頃の彼女は、ある分野では突飛な発想で以て優秀な成績を収めこそすれ、ある分野では常識以下レベルの知識しかないという、両極端な人物だった。文学や歴史に関する知識―一般常識と呼ばれるようなものこそが後者で、科学などの先端情報分野や政治・経済などの専門的知識を有するものにおいてが前者であったので、何かと話題に上る人物ではあった。とはいえ、彼女は教師陣も驚く程の熱心さと集中力で猛勉強を重ね、苦手分野を克服し得意分野を更に伸ばしながら成績を伸ばし、やがては学年トップにまで躍り出たのだ。
常識知らずの彼女を笑う者も多く、トップになるにつれて妬みもあったが、彼女は気に掛けることもなく努力を続けた。時折突拍子もないことを言い出す所や、未だに常識に欠けた部分はありこそすれ、それを補って余りある勉学への姿勢や向上心は、高く評価されていた。
そんな彼女は、トップらしく留学制度を希望した。彼女ほどの人物が、さて、どの国を選ぶのかと注目されている中での、答え。
まさかそれが、誰も行きたがらない最悪とされるような国だとは、誰が予想していただろうか。
とはいえ、彼女―リンの意志は変わらず、伝え聞かされている様々な悪評―実際に行った者が少ないのでそうならざるを得ない―を耳にしても、「分かっています」の一点張り。龍の国側に、初となる留学生の受け入れを打診するも、断られることもなし。となると、学院としてはリンの意志を却下する術はない。留学生とはいえ、国家間の取り決めによるものなので悪いようにはされまいと、ある意味で失礼な意見が通った結果でもある。
そして――留学当日。
『リン=キーシェン』は、龍神族の国『ディエルサーニ』へと、降り立つに至った。
◆
人間族の国『ハーゼオン』より、龍神族の国『ディエルサーニ』へは、約1週間。
ちょうど、星の中核を挟んだ正反対の位置にある国なのだ。人間族においては最速の『トラペッタ』―航空移動を可能とした乗り物で、王族など限られた人物が使用可能で宿泊施設を備えた特殊飛行機―でおいても、それだけの期間を有した。
窓から見える大陸は、ほとんどが雲に覆われ、はっきりと全貌を伺うことは叶わなかった。そして雲を貫くように巨大な山があり、高度は何千にも何万にも及ぶに思えた。そしてその周囲を舞うようにあるのは――龍。
長い胴体をくねらせ、あるいは翼をはばたかせながら、まるで獲物狙う捕食者のように山の、そしてその中腹へと滑空しつつあるトラペッタの周囲を行く龍の姿に、トラペッタの操縦者も、国側の代表者も顔をひくつかせおののいていた。そんな中でも、留学生として最低1年はその国で過ごさなければならない少女―リンだけは、ただただ静かな眼差しで全てを見つめていた。
中腹にある洞窟へと滑空したトラペッタから降り、リンは丁重にお辞儀をして見せた。
「はじめまして。本日よりこちらの国でお世話になります、リン=キーシェンと申します。様々なことを学び、両国の発展に尽くしたく思いますので、どうぞ、よろしくお願い致します」
「お初にお目にかかります。龍神族、雷龍の『キース=ラッフェ=ヴェルバン=カザフェッサード』と申します。この度、留学生である『リン』様のご案内役を仰せつかりました。どうぞよろしくお願い致します」
対したのは、黒を混じらせる銀の髪をした青年であった。それは龍神族の人型としての姿である。男性でも腰を超えるほどに長い髪で、鋭い虹彩を走らせる瞳。高官たちが畏れを成す中で、リンは、変わらず静かに微笑むのみだった。
必要な手続きはすでに済んでおり、リンを送り届けるのみだった国側の面々はそのまま宴も断わり、トンボ返りとなった。
宴は留学生であるリンのお披露目を兼ねているというそれだったので、リンはそのまま、連れられるがままに付いて行った。高度としては相当の高さにあるかと思いきや、大陸が地形として、海平面に対して沈んで存在しているらしく、実際はさほどの高さでもなかったらしい。
「(コイツが、人間でありながら、うちを希望した娘か…)」
留学生の案内役を買って出たキースは、始めて見る生の人間の娘を、検分するように見やった。
そもそも、『おかしい』のだ。
人間族における龍神族の扱いというものは、彼も知っている。それは、龍神族であれば誰もが知っていることだ。
星の中核を隔てて正反対の場所にある為か、龍神族の情報が人間族へ正しく伝わることは、まず無い。
龍神族とは、龍の姿と人の姿の両方を当たり前に取ることができる種族だ。生活する分には、かなり大型になってしまう龍の姿よりも、人の姿の方が何かと便利なので、国にいるほとんどは人の姿で生活している。
龍神族は、自然に存在する現象や物質―火・土・水・風・雷―などを崇め自然神を信仰する。そして、それぞれの一族で崇める自然神の力を授かって、それを操ることを得手としている。自然との共存を謳いながら、自然の力を借り、共に生活をしている。
特徴としては、龍の姿になれることと、自然の力を操ること。――実を言えば、その程度なのである。
長寿ではない。
人間族はそう思っているが、それはただ単純に、龍の姿が人間族からすると似通って見えているだけなのだ。龍神族は、人の姿も取れるが、それは他国においては困難で、かなり力のある龍でなければできない。それなので、それ以外の龍は、龍体ならば一っ跳びで人間族の国に行けるが、人の姿にはなれず、その巨大さで畏怖されてしまって来た歴史がある。
それが、何をどう間違って、恐怖の化身のような扱いになったかは、定かでないのだけれど。
それを、キースも分かっていた。小さい頃から、聞かされている話だ。それもあって、人間族からの留学生は、そういう制度が始まったとされた時からこれまで、誰ひとりとしていなかったのだ。
それが、まさか学院でもトップの才女が最初の留学生になろうとは、何かあると疑っても仕方のないことであった。
そして、間もなくお披露目の時を迎える。
国中の民が龍の姿で出迎えた時、少女がどんな本性を見せるか――見もので、あった。
◆
バルコニーのようにせり出した舞台より、一望。
そこに集う、千も万もいる幾多の色の幾多の形の龍に、留学生たる少女はただただひたすら、じっと見つめていた。
「……もう、無理……」
手すりを掴む手が、震える。
やはり本心では恐怖があったが、何らかの目的の為にそれを隠し通そうとしていただけのようだが、それも無理なことだったか。それが害意によるものであれば、即座に本国に送り返すのみ、とキースが決意した、その瞬間。
リンは、バッと顔をあげ、叫んだ。
「龍っ、最高――――っ!!!」
きらきらした瞳で、好意の塊のような叫びをあげたが最後、それが何からの蓋であったかのように、少女の口から声が溢れる。
「もう無理、もう無理ッ。できるだけ好印象与えようと必死で良い子ぶってたけど、もう無理、だって何ここ、初っ端から龍たくさん今も龍たくさん、何この天国何この楽園、最高過ぎるじゃないのっ」
とんでもないことをぶちまけはじめる、それまで清楚で礼儀正しい留学生はどこへやら、リンは叫ぶ。
「色とりどりっ、しかも凄い綺麗! 龍ってばホント綺麗! ああもう、角に瞳に鱗に髭に爪に、どこもかしこも私好みのこれぞ龍ってな姿ばかりじゃないの! 何、龍神族って! 私の理想のかたまり、憧れそのもの! 私得ここに極まったってもんじゃないの…!」
ぐ、と拳を握りしめて力説する留学生に、わざわざ集められた龍神族たちはぱちくりと目を瞬かせる。
『えぇっと…、人間って、龍を怖がってるんじゃないの?』
「龍の姿でもおしゃべりOK!? うわ、何これ、最高…! ――って、ああ、興奮し過ぎちゃって失礼っ。怖いかって、まぁ人間族的にはそうかもね。龍神族のこと、偏ってる――っていうか、どっかの臆病者がマイナス思考で見聞きした情報なんじゃないかって思いたくなるくらいに表現されてたりするから」
『でも、留学生さんは怖くないの?』
「リンよ、リン=キーシェン。――怖くないわよ、当たり前じゃない」
だって、と彼女は言い切る。
「私は龍が大好きだ!!!」
それまで以上の大声で、宣誓でもするかのように少女は叫ぶ。
「私が学院で死にもの狂いで勉強してトップになったのも、龍神族の国に行く為! トップになれば、他の誰よりも先に希望する国選べるしね。どっかで龍神族ブームが起こっちゃっても問題無いようにひたすら頑張った、全ては龍に出会う為! 今まさにこの瞬間! 私の努力は報われた…!」
「………なんなんだ、お前は」
ぐったりと項垂れるのは、あれこれ疑って勘繰っていたキースである。蓋を開けて見れば、ただの龍好き―ただのとするには、人間族からの偏見は凄まじいのだが、だとしても、こうも好意全開で向かって来られて、疑う余地はどこにもあるまい。
「何って――人間族的には有り得ないレベルの、超龍好きな留学生、第一号リン=キーシェン!」
「…全く、お前みたいな人間族がいるとはな」
苦笑を浮かべる。その笑みは、己へと向けるものだ。偏見は、こっちだって持っていたじゃないか。
「改めて――龍神族の国へようこそ、リン。我ら龍は、そなたを歓迎する」
それに、幸せそうに破顔するリンに、歴史の変わる瞬間を見た気がした。