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アマーリエと悪食公爵  作者: 散茶
おまけ
29/29

オルヴィアと堅物神官 後


休日の目覚めは、洗濯物に占拠されかけた部屋に差し込む昼の光からだった。

「寝すぎちゃった……」

ベッドの中で大きく伸びをし、のろのろと起き上がる。

酷く重たい瞼をゆっくり瞬かせてぼんやりと窓からさす光を眺めていたが、部屋が嫌に狭く感じる。

洗濯物を干しているからというのも、もちろんある。

けれど最近忙しいのを理由に部屋の片付けをサボっていたからだろう。寮の部屋は実家の私室の半分どころかそれ以下の狭さしかないし、週末になると顔もしらない相手からの手紙や贈り物がよく届くので、処分に困るものが溜まっていく。

よく知らない相手から贈り物が届くのは、実家にいた時からだから何も思わないけれど、不要な服や装飾品が溜まっていくのは困ったものだ。

一度寮母さんに受け取らないようお願いしたのだが、

「あらぁどうして?いいご縁があるかもしれないじゃない。他の子たちは贈り物がないかって確認しにくるくらいなのよ。贅沢言わないで」

と、取り合ってもらえなかった。

ここで見習いをしている貴族の子女の多くが、治癒を求めて集まってきた裕福な商人や地方の貴族との結婚を狙っている。寮母さんもそういう事情はよく理解しているし、むしろ推奨している。

でも、私には必要のないものだし、求愛されても困る。

だいたいどうして殿方はたいして話したこともないのに、贈り物やら手紙やらを送りつけてくるのかしら。

それも、揃いも揃って淡い色の可愛らしい服やら装飾品やら。

別に嫌いじゃないけど、好きというわけでもない。

それなのに両親も、ギルバート殿下も、私に砂糖菓子のように可愛らしくいて欲しいと願った。当時の私は狭い世界しか知らなかったから、その淡い輝きに包まれて満足していたけれど、いまはただただむず痒く感じる。

社交界で「妖精姫」なんてあだ名で呼ばれていたことも、羞恥心で顔が熱くなってくるくらいだ。

でもきっとそれが羨ましい人だっているのよね。

私が治癒師として働く数少ない女性を見て、羨ましいと感じるように。

「これが、ままならないってやつなのかなぁ……」


つらつらと思いをめぐらせていると、ドアがノックされた。

起きてくるのが遅いから、寮母さんが来たのかしら。

寝起き姿が恥ずかしくて、少し開いた隙間から顔を覗かせると、案の定寮母さんだった。

「……おはようございます」

「お疲れのところごめんなさいね。オルヴィアさんにお客さんがいらしてるの」

「お客さん?」

「ブレイク先生が渡したいものがあるとかで。下で待ってらっしゃるので……」

「すぐ行きます!」

ブレイクという名前が耳に入った瞬間、脳がシャッキリ覚醒した。

急いで身支度を整え、クローゼットの前で何を着るか迷ってその場で謎の足踏みをする。

「見習いの制服は休みだからおかしいし、このワンピース、はちょっと派手かな……こっちは顔映りが悪いからダメ!」

片手で済む数のワンピースを出しては戻して、結局ちょっと派手かもと思って一度戻した若草色のものに決めた。

鏡台に飛び込むように座り、化粧を施し、一瞬悩んでいつもの一つ結びにする。もちろん髪を縛るのに使うのは、ブレイクからもらったハンカチだ。

帰ってきましたという挨拶だけかもしれないけれど、せっかく休みの日に会えるんだもの。その分待たせてしまうところには目をつむってほしい。

胸元までしか映らない小さな鏡で、変なところがないかぐるぐる回って確認する。

「よし!」

こだわっていたわりには最後は雑に確認して、私は部屋を飛び出した。


「お待たせしました!」

来客用の部屋に勢いよく飛び込んできた私に、ブレイクは眉一つ動かさず、休みのところすみませんと謝った。

自分で言うのもなんだが、今の私はいつものよりもかわいいと思う。それでも全く興味を示さないこの感じ。まさにブレイクという感じで、ものすごく安心する。

「ブレイク様、おかえりなさい。今朝戻ってこられたのですか?」

「いえ、ついさきほど戻ってきました」

言われてみれば旅装の裾には、まだ乾いていない泥がついている。

帰ってきてすぐ会いに来てくれたということだろうか。

驚いて目をパチパチさせる私に、ブレイクは小ぶりな包みを取り出す。

「土産を渡しに寄っただけなので」

「わ、私に!?」

「あなた以外誰がいるんですか」

きゅっと眉をひそめ、ブレイクはなぜか心外だとでもいうような顔をする。

どうしよう、凄く嬉しい!

ブレイクは包みを私に押し付けるように渡したかと思うと、ではとさっさと帰ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「用は済んだので。あぁ、不要なものでしたら処分してもらってかまいません」

「処分なんてしません!それより、えっと……そう!お昼!」

「はい?」

「お昼は、食べましたか?」

「まだですが……」

「じゃあ、一緒に食べましょう!私、行ってみたいお店があったんです!」

「いえ、私は……」

「はい!行きましょう!」

返事を無視して腕をつかみ、ブレイクを引きずって私は歩き始めた。


昼時をやや過ぎたカフェは、ほどほどに空いていた。

一角ではご婦人方が楽しそうな笑い声をあげ、一角では裕福そうな老人が優雅にお茶を楽しんでいる。

入り口前から急にオドオドし始めたブレイクを店に押し込み、二人席に通される。

彼は周囲を見渡し、知った顔がないことにひとまず安心したようだった。

「そんなふうに振舞われるとさすがに悲しいわ」

「無理やり連れてきてよく言いますよ」

「だってすぐ帰ろうとするから。せっかくのお休みなんだから、食堂じゃないところでご飯が食べたかったんですもの」

「何も私じゃなくても……」

「お嫌でした?」

わざとらしいほどに悲しい顔で尋ねると、そういうわけではと彼はもごもご言った。

男の人にこういうことを思うのは変かもしれないけれど、からかいがいのある可愛い様子であった。

メニューをもらい、さっさと互いに食べるものを決める。

あまりに二人とも決めるのが早いので、店員さんに苦笑いされるほどだった。

「改めてお疲れ様でした」

「いえ。オルヴィアさんも大変だったでしょう」

「オリバー先生のところは嵐みたいに大変でしたけど、でも色々勉強になりました!」

嵐みたいという言葉にブレイクは今日初めて砕けた笑みを浮かべた。

「嵐の中でオリバー先生自身は平然としていますけどね」

「本当に。あんなに細いのにすごく元気な方ですよね。そういえばブレイク様の昔の話も聞きました」

「は!?」

驚いた拍子に脚をテーブルにぶつけ、ブレイクは痛みにうずくまった。

「ちょっとだけです。でも、意外でした。昔はツンツンしてらっしゃったのね」

「ツ、ツンツン……」

机につっぷしてしまった頭を指で突いてツンツンする。

恨めしそうに顔を上げたブレイクは、観念したようにため息をついた。

「まぁいろんな方に迷惑はかけたと思います」

「その分立派になったと先生はおっしゃっていましたよ。二人とも偉くなって別荘を贈ってくれって」

「どうせ別荘をもらってもそこで診察を始めるような人です」

「私もそう思います」

やっぱり思うことはみんな同じなのね。

「そういえば、お土産をいただけるんでした」

ああ、と気の抜けた声をあげて、ブレイクはお土産を再び取り出した。

今度は慎んで両手で受け取る。

片手に載るほどの大きさだが思っていたよりも重みがあり、綺麗な緑色の包装紙で包まれている。

「開けて見てもよろしいですか?」

「たいしたものではないですから」

期待しないで欲しいと念を押すブレイクに苦笑しつつ、包装紙を破らないように丁寧に開く。

現れたのは銀色の丸い入れ物だった。

三羽の小鳥が舞う姿が彫金されており、蓋を捻ってあけると物を入れられるようになっている。

可愛らしいがどこか素朴な感じのする装飾に、私は目が離せなくなった。

「気に入りませんでしたか?」

いつまでも黙っている私に不安を覚えたブレイクが問いかけてくる。

慌てて首を横に振り、私はまさかと答えた。

「とても素敵!中に何をいれたらいいかしらって考えていました!」

「よかった」

ブレイクは眉を優しく下げ、心底ほっとした表情を浮かべる。

「街の女の子たちの間では、中にいい香りの軟膏を詰めて持ち歩くのが流行っているようです。オルヴィアさんも手荒れで悩んでいたので、よかったらと思いまして」

「帰ったらさっそくやってみます!」

お土産を胸に当てて握りしめる。

今までもらったどんな綺麗なドレスや宝石よりも嬉しい。

なによりブレイクが出張先でわざわざ私のために、しかも女の子の流行まで調べて、お土産を買ってきてくれたのだ。こんなに特別な贈り物はない。

「一生大事にします」

「そんな大げさな」

「それくらい気に入ったってことです」

「……それならよかった」

ブレイクははにかんだ顔を隠すように水を一気に飲む。贈り物に慣れていない様子がまた微笑ましかった。

恥ずかしかったのか、空になったグラスを置いた彼はそういえばと話題を変える。

「私が居ない間も大丈夫だったようでよかったです」

はい、と反射的に頷きかけてやめた。

同じ貴族の見習いの子たちに嫌がらせをされたこと。

実はずっと知らない人たちから贈り物をされて困っていること。

今までだったら、仕事に支障がないからと言わなかったようなことを話してみようか。

話して、一緒に解決策を考えてくれませんか、と。

昨日言われた「頼れるものはなんでも頼るのよ!」という言葉を思い出す。

告げ口しているみたいで嫌だな、とか。贈り物される自慢していると思われたら嫌だな、とか。そういう不安がないわけではない。

いつも私からアピールしすぎて、本当はうんざりしているのかもしれない、とかも思わないわけではないから。

でも今は、少なくともお土産を一生懸命選ぶ相手くらいには思ってもらえていると確信がもてたから、素直に相談してみよう。

きっといつもの真面目な不愛想な顔で、たくさん考えてくれるはずだから。

「実は少し困っていることがあって、一緒に考えて欲しいんです」



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おまけは一旦これでおしまいです。またそう遠くないうちにお会いできればと思います。

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― 新着の感想 ―
え~~~~~! ここで終わりなのですか? 続きがとても気になります(笑) 心に余裕が出来ましたら物語の続きを是非お願いします^^
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