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アマーリエと悪食公爵  作者: 散茶
おまけ
15/29

アマーリエと嘘つきたちの宴1

この度、皆様のおかげで笠倉出版社様にて新しく創刊された「Niµノベルズ(https://niu-kasakura.com/)」にて書籍化が決定しました!まだまだ嬉しいお知らせが控えていますので、おって詳細をお知らせさせていただきたく思います。これからも「アマーリエと悪食公爵」に、しばしお付き合いいただければ幸いです。


オルヴィアがメレヴの神殿へ旅立って、もう一か月が経つ。

季節は冬に近づき、私は正式に婚約者となったサディアスの屋敷で暮らしていた。

両親との微妙な関係もあるが、サディアスの食事面を支えるために毎日通うのが大変だからというのが一番の理由だ。結婚式は春先に執り行う予定だが、結婚証明書は来月にでも提出できるように準備中なので、一緒に暮らしても問題ないだろうという判断でもあった。

来るもの拒まず、いつでも即対応という信じられない体制だったサディアスの公爵としての仕事も予約制に変わり、私と執事のターナーさんとで話し合いながらきっちりとスケジュールを組んでいる。中には文句をいってくる人もいるけど、長期的に通ってきている人たちのほとんどは快く予約制に協力してくれている。

そうしないとサディアスはすぐに自分の体の許容量を見誤って、無茶苦茶なスケジュールを組んでしまうのだ。これには私も執事のターナーもマーサも、そろって呆れ顔にならざるを得ない。

それにようやくサディアス本来の格好良さに気づいたらしき女性たちから、恋心が募って苦しいとか、一目だけでもとか、実は昔からとか、虚実入り混じった手紙が届きまくっていて大変なのだ。当のサディアスが、そういう手紙やアプローチをまったく相手にしていないし、むしろ迷惑がっているからまだいいのだけれど。

とにかく予約制度を導入してから、私の毎日はますます忙しく、充実していた。


「今日は一時にホルマン男爵、二時にダングラール侯爵夫人が。初めての方です。それから四時にいつもの公爵様が不眠の緩和でいらっしゃる予定です」

「少ないね」

呑気にミントティーを口に含み、サディアスは隣に腰掛けた私を見た。

「二時からいらっしゃるダングラール侯爵夫人が、どうしてもお友達と一緒がいいというので」

「かまわないけど……あまり大勢は嫌だな」

「ごめんなさい」

ダングラール侯爵夫人とは日時を決めるために手紙で何度やりとりしたが、結局人数は決まらないままだった。付き添いは一人まででお願いしますとお願いしたが、聞く耳を持ってもらえなかったのだ。

もとから良い噂を聞かない人ではあるが、手紙越しでもこちらを見下したような態度が透けて正直印象は最悪だ。

まだ手紙の相手が使用人ではなく、伯爵家の娘である私だから日時の交渉もできたようなものだろう。前はいつでも訪問していいはずだったと便せん一枚に渡って責める手紙は、サディアスの目に届かないところに保管してある。

もう今から、二時になるのが嫌で仕方ない。

「アマーリエが謝る必要はないよ。そういう何をいっても仕方ない人っていうのはいるものだし、厄介な相手はある程度やってくるものだ。うちの使用人たちもそこはわかっているから、上手くあしらって早めに帰っていただこう」

「サディアス様が女性を上手くあしらう?」

本当にそんなことできるのだろうかと半信半疑な私に、サディアスは妙に自信ありげな様子で言った。

「どうせ向こうから勝手に怖がって帰るさ」

「それは以前の話でしょう?」

「今もそうじゃないの?悪食公爵の噂は健在だと思うけど」

悪食公爵の噂は昔から信じられてきたものだから、今も本気で信じて怖がっている人もいるだろうけれど、この人は自分の外見が変化したことをまったく理解していない。

「はぁ……」

困った人だと頬杖をついてため息をつくと、サディアスは眉尻を下げて頬をかいた。

「何が心配なんだい?」

同じく頬杖をついて覗き込んでくる顔は、今日も美しい。

青みがかった銀髪に、普段は琥珀色の瞳は今朝食事をしたばかりなので溶けた黄金のような深い輝きを放っている。長いまつ毛も、切れ長の目も、少し薄い唇も、なにもかもが完璧だ。この一月でますます健康になり、磨きがかかった美貌は、巨匠の手で彫られた彫像ですら逃げ出しそうな迫力があった。

もちろんそんな綺麗な顔に覗き込まれれば、毎日見ている私でもついうめき声が漏れてしまう。

「ぐぅっ」

そのままひじ掛けに倒れこむ私に、サディアスはくすくすと笑った。

「好きだね、その遊び」

「遊びではないのですが……」

オルヴィアも自分の容姿や向けられる好意に鈍感な方だったが、サディアスはその比ではない。

私がどんなにダメージを受けても、婚約者が素敵すぎて倒れこむ遊びだと思われているのだ。

いや、それはそれで恥ずかしいような。

でもサディアスが素敵なのは事実だし、彼が面白がってくれるならいいような。

「でも確かにあんまり大人数だと困るな。感情の匂いが部屋にこもって気持ち悪くなりそうだ」

「いつもの客間ではなく、吹き抜けのある部屋を準備しましょうか」

「万一に備えて、ターナーかマーサに頼んでおこう。アマーリエはどうする?僕は君が仕事中も傍にいてくれると嬉しいけれど、君にもしたいことがあるだろうし」

「いつも通り、一緒のお部屋で過ごすつもりでした」

一緒にいることを当たり前にせずに、サディアスは毎回一緒にいてくれるかと尋ねてくる。もっと気楽に接してくれていいのにと思いつつ、彼のこういうところがいじらしくも思えて、私も毎回律義に一緒に過ごすと答えてしまうのだ。

そのうえ私の返事一つでふんわりと微笑む彼が見られるのだから、この一連のやり取りをやめるのはちょっともったいない。

つまるところ、サディアスとの日々は幸せなことの連続なのである。





とはいえもちろん現実は幸せだけではできていない。

頭の痛いことだって度々起こる。

杞憂にすめばいいと思ったが、侯爵夫人は想定よりも多い人数を引き連れてやってきた。

その数なんと十人。

夫人本人を入れると十一人。

一体何を考えているのだろうか。

ダングラール侯爵家がいくら権力と資産があるからといっても、十一人も連れてくるなんてさすがに非常識ではないか。

しかも全員が女性だ。

既婚者と未婚者の割合は半々といったところか。

仕事中は淡々としているサディアスですら、出迎え時には顔が引きつっていた。

万が一で準備していた部屋は、本来ならば静かな図書室なのだが、十一人もいるとサロンだったかと勘違いしそうになる。

なんだか否定的なことばかり考えてしまう。

もしかしたら全員が真面目な相談に来ているのかもしれないのだし、偏った考えで見ないようにしないと……とは思うのだが、絶対に違う。絶対この人たち真面目な相談じゃない!

だってどう見ても、サディアスをうっとりと見つめている人か、妙に化粧や服に気合が入っている人か、高みの見物に来た人しかいないんだもの!

しかも何人かには出迎えた時ににらまれた。

特にストベリーブロンドの令嬢からは、まだ言葉を交わしてもいないのに嫌われている感じがした。

でも私は婚約者なので、堂々と今も彼の隣に立っている。

ここで負けてなるものか、という本能的な闘争心がなにやら湧き上がってくるのを感じた。


「サディアス様、わたくしのことを覚えてらっしゃいますか?」

最初に動いたのはあのストロベリーブロンドの令嬢だ。

彼女は目をうるませ、サディアス様にトトッと駆け寄る。

そして彼の二の腕に、自分の手を乗せようとした。

こ、こらーーー!!!

「申し訳ありません。どなたでしたか……」

サディアスは自分に触れようとしてきた令嬢にぎょっとしつつ、やんわりと身をかわす。

良かった。もしもあのまま触れられていたら、心の中だけではなく本当に暴れだすところだった……。

サディアスは私の手を取りエスコートするふりをしつつ、上手く彼女と距離をとった。

彼は二人掛けのソファに私を座らせ、自分もその隣にそそくさと収まる。そして私たちの両サイドに使用人たちがすかさず立って空間を埋めてくれた。

定期的に厄介な客人の相手をしているという言葉は、あながち嘘ではなかったようだ。頼もしさが段違いにあがる。


ストロベリーブロンドの令嬢は傷ついた小動物のような目で、必死に涙をこらえている。

彼女の仲間たちが、扇子で口元を隠しながらひそひそといいあう声が聞こえた。

「ああ、シェイラ様、なんてかわいそうなのかしら……」

「やっとつらい思い出を乗り越えたのにね」

「本当に、おかわいそう」

言葉だけなら同情しているようにみえるけれど、彼女たちの声にはどこか冷たさがある。

同情を装った嘲笑。

私にはそう聞こえた。

しかしシェイラは自分がどう言われようが関心がない様子で、ひたすらに薄い肩を震わせている。

その憐憫をかきたてる姿は、病気がちだったころのオルヴィアをなぜか思い出させた。

儚いというか、吹けば飛んでしまいそうというか。

守ってあげなければいけないと思わせるような。

ただ明るく無邪気にふるまっていたオルヴィアが陽ならば、シェイラは悲しげで憐れさを誘う陰の美少女という感じで、似ているけれど対極的でもあった。


「シェイラです……シェイラ・バンズ……。覚えていませんか?」

シェイラは薄い肩を丸め、何かを取り出した。

それはよく磨かれた懐中時計だった。

「シェイラ・バンズ……」

名前を呟き、サディアスは眉をひそめる。

彼の視線はじっと懐中時計に注がれていた。


なんだか変な展開じゃない?

まさか昔、何かあったとか?

何かって何?

いやいや、サディアスに限ってそんなこと。

そんなことってなんだ!

彼は真面目だし、紳士だし、ちょっと抜けているところとかが可愛いから、そりゃわかる人には悪食公爵なんて噂も、幽霊と間違えられても仕方のない見た目も取っ払って素敵な人だとわかってしまうのだろうし、何かあったとしてもおかしくはないけれど……!けれど!


荒れ狂う胸中を頑張って鎮めていると、サディアスは何かを思い出したように声をあげた。

「もしかして去年まで通っていたご令嬢ですか?いつも喪服で、婚約者の形見の懐中時計を持っていた」

「そうです!覚えていてくださったのですね……」

なんだ、悪食公爵の客人としてここに通っていた人か。

ほっと胸をなでおろすと、サディアスは急に慌てた様子で小声になって言った。

「彼女は一時期ここに通っていただけで、僕も名前は初めて知った間柄だからね」

きっと私から急に安心の匂いがしたから、不安にさせてしまったと思ったのだろう。

私も小声でわかっていますと返すと、彼もほっと息を吐き、それからなぜか口の端をもにょもにょさせた。

「どうしました?」

「いや、もしかして嫉妬してくれたのかと思ったら今度は嬉しくなって……」

「いいからお仕事に集中してください!」

パシンと強めに二の腕を叩くと、サディアスはくすくす笑ってシェイラたちに向き直った。

こんな時に何をいっているんだか。

こっちまで嬉しいやら恥ずかしいやらで口の端をもにょもにょさせるはめになったではないか。


サディアスは場の雰囲気を変えるために、一つ大きく手を叩いた。

「時間も限られています。ご相談を承りましょう」

どなたですかと目で問いかける彼に、ここにきてようやくダングラール侯爵夫人が自ら口を開いた。

「私ですわ。その前に、シェイラ。いつまでも立っていないで、こちらにいらっしゃい」

「夫人……」

夫人に手招きされ、シェイラは彼女のそばへかしずいた。

その小さな頭をいつくしむように夫人は撫でる。

「かわいそうなシェイラ。公爵様に思い出していただけてよかったわね」

「はい。連れてきてくださった夫人のおかげです。予約制になってから、私のような子爵家の娘では到底予約がとれなくて……」

「いいのよ。さぁ、自分の椅子にお座りなさい」

こくりと頷きとことこと自分の椅子へ歩いていくシェイラは、さながら従順な子犬のようだ。

夫人とシェイラの関係は私には異常なものに見えた。しかし夫人の友人たちはむしろ夫人とシェイラの関係を面白がっているように見え、ぞわぞわと鳥肌がたつ。


夫人は何事もなかったかのように、つらつらと話し始めた。

「今日は私一人で来るつもりだったのですけど、友人たちがトラレス公爵が感情を食べる様子を一度見たいというものですから。ごめんなさいね。あのシェイラもどうしても公爵様にお会いしたいというものですから。でもトラレス公爵は来るもの拒まずで貴族であれば誰でも対応してくださっていた心の広いお方ですもの。最近は予約をしないといけなくなってしまいましたけれど、その心根はお変わりないはず。許してくださいますよね?」

夫人は完璧な笑顔でもって、サディアスを見た。

目じりと口角に刻まれたような小じわが浮かび、彼女の笑みをますます作り物めかせる。

夫は貴族院の議長で、自身も社交界に広い人脈を持つという自信がそうさせるのか、謝罪っぽい言葉を並べているだけで、ようは自分を特別扱いしろという要求だった。

そういえばオルヴィアとギルバート殿下が出会った夜会も、彼女が主催した会だったような。


「もちろん。ダングラール夫人は初回ですし、ルールも変わったばかりですから。しかし夫人が私などのところにいらっしゃるとは意外でした」

「私だって人並に悩みを抱えていますわ。ここにいる友人たちも悩み多き女性であり、一人一人はとても弱い存在」

夫人は芝居がかった動きで、自身のそばにいる友人たちを示した。

端から端まで視線を滑らせていくと、最後にシェイラがいた。

彼女のグリーンの瞳はほの暗く、なんだか見ていると背筋が寒くなるような気がする。向こうがこちらに顔を向ける気配があったので、急いで視線を外した。

「シェイラから彼女が婚約者をなくしたときに、公爵様にとても親身にしていただいたと聞いてこうして勇気を出してやって来たのです」

「なるほど」

表面上は二人とも穏やかに会話しているが、凍った湖の上に立っているような緊張感が途切れることはない。

「では夫人の悩みを取り除かせていただくということでよろしいですね?」

「ええ。近頃憂鬱な気分が続いていて、頭痛がすると治癒師に言ったら、それは心からくるものだと言われてしまいましたの」

「わかりました」

いつもならしっかりと憂鬱の理由や、どこまで取り除いて欲しいのかを聞き出すのに、サディアスは二つ返事で頷いた。

そして立ち上がり、夫人の前に跪く。

「手をお借りします」

差し出された手を片手で軽く持ち上げ、サディアスは夫人の憂鬱をかすかに開いた唇の隙間から吸い込む。

自らの手を取って跪くサディアスの頭を、夫人は愉快そうに見下ろす。

私は早く何事もなく終わってと強く念じながら、じりじりとサディアスの食事が終わるのを待った。

「終わりました」

「あぁ……凄いわ。こんなにすっきりとした気分は久しぶり。頭の重さもとれたみたい」

「申し訳ないが、後の予定が押していますので」

「そうなの?残念だわ」

まだまだ話足りないという顔をして、夫人はそうだわ!と明るく言った。

「そちらにいらっしゃるのは、公爵様の婚約者の方よね?」

ほとんど無視されていたのが、急に矛先を向けられ飛び上がりそうになる。

「……えぇ。彼女は私の婚約者ですが」

「今度、新しい温室のお披露目で女性だけのお茶会を予定していますの。良かったらいらしてくださいな」

「ダングラール夫人」

「女同士の交流に殿方が口を出すのは無粋でしてよ」

ぴしゃりと制止の声をあげたサディアスを黙らせ、夫人は改めて私に向き直る。それの瞳は挑発的な光を放っていた。

「未来のトラレス公爵夫人ですもの。断るなんてこと、しないとは思いますけれど」

「夫人」

サディアスが明らかに抗議を含んだ声をあげた。

気分を害した彼に睨みつけられても、夫人はけろっとしている。その背後では、サディアスに憧れる令嬢たちが、怒った顔も素敵なんて頬を染めていた。

しかし私の頭には、ダングラール侯爵夫人についての悪い噂が蘇っていた。


いわく、侯爵夫人は暇を持て余し、社交界のいさかいの種を見つけると喜んで育てるのだという。


私はギルバート殿下を公衆の面前で振ったオルヴィアの姉だ。それにシェイラという令嬢は完全にサディアスのことを特別に想っているようだし、侯爵夫人からすればまさに面白そうないさかいの種なのだ。

その根底に私を、ひいてはサディアスのことも侮っている考えが透けて見えて、私はむしろ覚悟が決まった。

やってやろうじゃないの。


「光栄です。ぜひうかがわせていただきます」

背筋を伸ばしにっこり微笑む私に、夫人はあらと目をかすかに見開く。

そしてとても愉快そうに微笑み返した。


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