オルヴィアと冷血神官3
『大好きなお姉様へ
神殿で暮らし始めてもうすぐ三か月が経ちます。
お母様の体調はいかがですか?お父様が変わられて、跡継ぎをどうするかお母様と揉めていると聞きました。お母様は相変わらず私に婿をとらせる気でいらっしゃるようですが、私にはその気はありません。従兄のマルクスは真面目な良い人です。私のことを気にかけて先日、お手紙と素敵な色の糸を贈ってくださいました。きっとよい領主になられることでしょう。お母様へ私からもお願いの手紙を送って説得しますので、お姉様はあまり心を痛めませんように。もう十分苦労なさったのですから、少しくらい知らんぷりをしても良いと私は思います。
それよりも結婚式はいつごろになりそうですか?お姉様のことが大好きなサディアス様ですから、すぐにでも式をあげたいとおっしゃっている姿が、前回の手紙を読んでありありと浮かび私も笑顔になってしまいました。
仲良くしてくださっている神官の方が、親族の結婚式であれば数日神殿から出てもよいとおっしゃってくれました。ご迷惑にならないのでしたら、お姉様の結婚式には必ず出席させていただきたいと思っています。
私の方はつつがなく過ごしています。良くしてくださっている神官の方、ブレイク様とおっしゃるのですが、今度一緒に往診というものに連れて行ってもらえることになりました。治癒院まで来ることができない患者さんのところへ出向いて回るのだそうです。ブレイク様は治癒師としてとても立派な方なのに、彼のことを良く思わない人も多く、それが歯がゆい毎日です。せめて一日でも早く彼の役に立てる見習いになりたいと思います。
冬の気配が近づいています。お姉様は毎年冬になると手足が冷たいとおっしゃっていましたから、ショウガを絞った汁をハチミツと一緒に湯に溶かした飲み物を召し上がってみてください。あまりショウガを入れすぎるとせき込んでしまうので、お気をつけて。私もこの間作り方を教えてもらったのですが、入れる量を間違えて、ブレイク様のお顔が爆発してしまいそうなほどにせき込ませてしまいました。
オルヴィアより』
神殿のあるメレヴから幌馬車で二時間ほど進んで、ようやく村が見えてきた。
途中整備されていない道があったせいで、お尻がとても痛い。もしかたら四つに割れてしまったかもしれないと思うほどだ。
刈り取りが終わった畑が続く風景は寂しいもので、頬を撫ぜる風も心なしか鋭い。
「ここいらの村は若い人が都市に働きにいっているので、お年寄りばかりなんです」
「具合が悪くても連れて行ってくれる人がいないのですね」
「ええ。土地的にも決して豊かではないので、年々小さくなっています。私の生まれた村よりはましですが」
「ブレイク様はどちらの出身なのですか?」
ブレイクは口を何度か開いたり閉じたりして、一言北ですとだけ言った。
彼がこういうふうに言いよどむ時は、たいてい私には残酷だとか聞かせるべきではないと思っている時なのだと、ここ最近わかるようになってきていたので、私は少し意固地になって教えてくださいと迫った。
「……私が生まれた村は北の貧しい村でした。ある日、旅の一団がやってきて彼らが去ったあと、流行り病が村を襲いました」
「恐ろしい病だったのですか」
「はい。ほとんどの村人が倒れ、まだ病にかかっていなかった私は助けを呼びに隣の村へ走りました。けれど私たちの住む地域にはまともな治癒院も治癒師もおらず、戻った頃にはみんな亡くなっていました。私はそれから神殿の下働きとなり、十年かけて治癒師になりました。今の立場になれたのも、奇跡のようなものです」
「きっと神様はブレイク様の頑張りを見てらっしゃったのね」
「そういう意見も、まぁあるとは思いますが……」
「どうしてそんな苦いお顔をなさるの?」
ブレイクはなんでもないと首を振り、遠くを見つめて微笑んだ。
「きっとオルヴィアさんは良い治癒師になれる」
そんなことはないと言おうとしたが、ちょうど村に到着したためにそのタイミングは失われてしまった。
「さ、着きました。そこの鞄を持ってついてきてください」
「はい!」
道具や薬がたくさん詰まったずっしりと重たい鞄を持って、役場に入るとそこには村のほとんどの人が集まっていた。
話に聞いたとおりお年寄りが多く、役場は人でいっぱいなのにどことなく精気にかけていた。
「ブレイク先生、お越しいただきありがとうございます」
比較的若い中年の男性が出てきて、ブレイクと親しげに握手を交わした。
「今日は助手も連れてきました。シーラの診察を彼女にさせても?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
深々と頭を下げられ、慌ててこちらも頭を下げる。
シーラとは誰だろう。
疑問に思っていると、ブレイクに手招きされ別室へと連れていかれた。
「シーラ、入るよ」
聞いたこともない柔らかい声でブレイクはドアを叩く。
妙に胸騒ぎを覚えて、私はドアが開くのをぎゅっと体を硬くして見つめた。
簡素なベッドの上に、小さな女の子がいた。
なんだ、女の子か。
無意識にほっとして、なんでそんなことを思ったのだろうと不思議になる。
「こんにちは、ブレイク先生」
ろうそくのように真っ白な顔で少女は笑う。
「こんにちは。調子はどうだい?」
ブレイクは近所の優しいお兄さんといった顔で、彼女のベッドわきの椅子に腰かける。
「今日はまだ鼻血でてないよ。ご飯は食べられなかったけど……」
「そうか。薬は飲めたかい?」
指でちょっとと示して、二人は笑いあう。
「ねぇ、あそこのお姉さんは?」
シーラの瞳が私を見る。やせ細っているせいで、彼女の目は大きく印象的だった。
ブレイクに促され、私も彼女のそばへ腰掛け自己紹介をした。
「オルヴィアです。よろしくね」
「わぁ!すごく綺麗……!こんなに綺麗な人、初めて見た!」
「ありがとう」
「オルヴィアさん、少しの間シーラの話し相手をしてあげてください」
「わかりました」
「では、シーラ。またあとで」
ブレイクが去り、部屋にシーラと二人きりで残される。
彼女は先ほど挨拶してくれた男性の娘で、生まれた時から体が弱く、一日のほとんどをベッドの上で過ごしているのだという。
そして外の世界に強い興味を抱いていた。
年頃の女の子らしい、綺麗なもの、華やかなものへの憧れを抱いていた。
「どうせ何をしても具合が悪くなるのだから、ちょっと外に出たっていいと思わない?」
そうふてくされる顔は、まるで昔の私のようだ。
いや、私よりもはるかに彼女の状態が悪いことは一目瞭然だった。
私は二十歳を超えられるかどうかと言われていたけれど、この子は……。
「オルヴィアさんはブレイク先生の恋人?」
「えぇっ!?」
予想外の質問に椅子から転げ落ちそうになる。
「ち、違います!」
「そうなの?なぁんだ」
つまらなさそうに鼻をならすが、次の瞬間にはまたピカピカ光る目でもって彼女は私に問いかける。
「じゃあブレイク先生のことどう思う?」
「え、えっと、立派な方だと思う、けれど」
「でもブレイク先生ってけっこう格好いいでしょう?真面目過ぎて面白くないけど、ここまで来てくれる治癒師の人なんて先生だけだよ。私が大人になれたら先生と結婚してあげてもいいんだけど、それは無理だから」
「シーラ……」
「いいの。私、十分幸せだから。ほら、見て」
シーラは窓を指さし、痛ましく衰えた顔で笑った。
窓の外には美しく整えられた庭が見える。
冬でも殺風景にならないようにか、裸の木々には色とりどりの飾りが施されていた。
「みんなが私のために作ってくれた庭が見えるでしょう。私だけの景色なんだ!」
そう言ってシーラは笑う。
胸が痛くなって、喉に言葉が詰まってしまう。
私には無理にでも微笑んで、頷いてやることしかできなかった。
ブレイクの様子を見てくると嘘をついて、私は部屋を出た。
数歩も歩かないうちに涙があふれてきて、その場にうずくまってしまう。
まだ三か月くらいしか修行をしていない身だけれど、シーラの病気がそこらの治癒師では治せないことくらいわかる。
私の体ですら、王宮の治癒師でしか治せなかったのだから。
たぶんブレイクがこの村に定期的に通っていなければ、彼女は今もあの窓から外を眺めることすらできていない。
自分が二十歳まで生きられるかわからないと知った時、私はそんなものだろうと受け入れた気がする。そしてそれがどんなに悲しいことか、周囲の人々が心を痛めたのか、よくわかっていなかった。
だって物心ついた時から、人並の生活なんて知らなった。
走る喜びも、汗を流す満足感も、ぐっすり眠ることすら知らない。
ただ漫然と生きることは苦しいことなのだと。
生きるということは、うすぼんやりとした苦痛に包まれた夢のようなものだと思っていた。
だから周りがどうしてそこまで悲しむのかわからなかった。
けれど今ならわかる。
「オルヴィアさん」
そっと目の前にブレイクがしゃがみこむ気配があった。
彼は膝に顔をうずめて泣く私に、静かに語りかける。
「あなたが真面目に修行をしているからこそ、今日ここに連れてきました。私を恨みますか?」
こうなるとわかっていて連れてきたことを、彼は謝罪しているらしかった。
首をふるふると振ると、かすかに安堵したようなため息が聞こえる。
「あの子をかわいそうだと思いますか」
「……はい」
だってシーラはまともな幸せというものを知らないまま、一生を終えてしまう。
人並の幸せ。
人並の生活。
人並の喜び。
「普通や当たり前を知らない人生が不幸だと、私は決めつけたくありません。でもそれは知らないから不幸じゃないというだけで、それでいいわけない……いいわけないのに……」
私にできることはほとんどないのだ。
たとえ治癒師になったとしても、きっとすべてを救えるわけじゃない。
そんな中で運よく救われた私は何をしたらよいのだろう。
私は何ができるだろう。
私だけが救われたことに意味があるのだろうか。
「あなたは私よりもずっと良い治癒師になれる」
静かに泣き続ける私をブレイクは抱きしめた。
ブレイクの腕の中はお父様のものとも、ギルバート殿下のものとも違っていて、それなのになぜかひどく懐かしく心地よい場所だった。




