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いち

全10話で1日3話ずつ投稿予定です。最後まで書き終わっているので、気楽にお楽しみいただければ嬉しいです。あと私の作風を知っている方がいらっしゃったらわかるかもしれませんが、すっきりざまぁ展開ではないのでお気を付けください。いうて微ざまぁくらいです。

私、アマーリエ・アドラーはついに決心した。

悪食公爵に、この憎しみを食べてもらおうと。



アドラー伯爵家は仲睦まじい家族として有名である。

仕事のできることで有名な伯爵は美しい妻を愛し、妻も夫をよくたて、二人の姉妹は母に似て非常に美人だ。

特に妹のオルヴィアは幼いころから病弱で、儚い容姿と穏やかな性格から妖精姫だと社交界でも名高い。

姉のアマーリエはしっかり者で、社交界では常に妹に寄り添い、伯爵の言うことをよく聞く模範的な娘だ。

アドラー家がそろっている姿は、まさに理想の家族で、王妃と不仲な国王ですらうらやむほど。

というのが、だいぶ誇張された我が家の評判である。

誇張されすぎである。

模範的な娘、しっかり者の姉と呼ばれる私からすれば、理想の家族なんて言葉は呪いにしか聞こえない。


でも何が一番最悪かというと、私以外の家族はこの評判を喜ばしく思い、本当のことだと思っていることである。

父は母を心から愛していて、愛人を作ったこともない。

若いころは容姿もいいし、有望な青年だということでそれはモテたそうだが、母に出会い、熱烈な求婚のすえ結ばれたらしい。

今でも母の願いなら、なんでも叶えてしまうほどの愛妻家で有名だ。

そして二人の娘をとても大切にしている。と思っている。

正確には一人だけだ。


きっと私が生まれた時も、両親は大喜びしたのだと思う。

そして私が退屈に感じる暇もなく可愛がってくれたのだと思う。

けれどそれはオルヴィアが生まれるまでだ。

私が二歳の時に生まれた妹のオルヴィアは、とても体が弱かった。

目を離したら死んでしまいそうで、当然両親は妹にかかりっきりになる。すでに賢く手のかからない子供だと言われていた私の面倒は、ほとんどメイドが見ることになった。

しかしこのメイドが嫌な奴で、物心ついたころからよく太ももやら二の腕やらを抓られた。

もう結婚して里に戻ったが、あの表面だけは優しそうな笑顔を思い出すだけで胃がむかむかしてくる。

あ、これも、悪食公爵に食べてもらおうかしら。


とにかくそんなこんなで私が覚えている限りでは、我が家がオルヴィア中心でなかったことはない。

仕方ない。

だってオルヴィアは体が弱いのだもの。

本人だっていつも体がつらくて、大変なはずなのだ。

だから姉の私は我慢しなくては。

妹を大事にしてあげなくては。

せめて父の求める模範的な令嬢にならなくては。

そう思って、我慢してきた。

オルヴィアの具合が急変して、私の誕生日会がなくなったとしても、気にしないでと微笑んだ。

メイドに抓られたところが痛くても、苦しそうにあえぐオルヴィアを前に痛みと悲しさを飲み込んだ。

愛情深い両親がオルヴィアにつきっきりで、お前だけでもゆっくり食べなさいと一人の食事が当たり前になってもありがとうございますと言った。

たまに全員そろって食事ができても、オルヴィアの好物ばかりで、両親は私の好物など知りもしない。

そのくせ私には完璧な教養と振る舞いを求めて、特に父は顔を合わせるたびに厳しい言葉を私に投げかけた。

でも、仕方ない。

だって私は健康なのだから。

十分な教育と、贅沢な暮らしをさせてもらっているのだから。

我慢くらいしなくては。


などと殊勝なことを思いつつも、心の底にはいつも怒りがあった。

どうして私ばかり我慢しているの?

どうしてオルヴィアは甘やかされるばかりで、私には厳しいことばかり言うの?

一度だけ父にそういったことがある。

父はひどく傷ついた顔をして、それからすぐに真っ赤な顔で私をぶった。

「お前は自分ばかりが可哀そうだと思っているのか!」

「ちが……お父様……」

「黙れ!言い訳をするな!オルヴィアや私たちが苦しんでいないとでも思っているのか!」

泣きじゃくる私を母が抱きしめてくれたが、庇ってはくれなかった。

「もうあんなこと言ってはダメよ」

「はい……」

次の日、何事もなかったかのように両親は私に接した。

いつもの良い子に戻ってほしい。

そんな彼らの声が聞こえて、私は彼らの求めるままにふるまうしかなかった。

本当に私が悪かったのかもしれない。

私がわがままだったのかもしれない。

それでも怒りは消えずに今も心のどこかでくすぶっいて、十八になった今でも夜ごと私を苦しませている。





夜会に参加するときは、必ずオルヴィアが一緒だ。

というかオルヴィアが夜会に行くためには、私と母が必ず付き添っていなくてはならない。そうじゃないと父が許さないのだ。

じゃあ父が付き添えばいいじゃないかという話だが多忙らしい。

「オルヴィア、具合はどう?少し頬が熱いようだけど」

「大丈夫よ、お母さま」

少し熱っぽいのか、オルヴィアの青い瞳はうるんでいる。

大きな瞳にあどけなさの残る輪郭は、いつまでも若い母に似ている。

ふわふわとウェーブのかかった薄い金髪に、淡いブルーのドレスを着たオルヴィアはまさに絵本に出てくる妖精のお姫様のようだ。

一方私は父に似ている。

目はどちらかと言えば鋭いし、落ち着いた栗色の髪は男ならいいけど、女にしては少し地味な印象を与える。

父が私に厳しいのは見た目も一つの要因なのかもしれない。

「この間もそう言って、次の日寝込んだでしょう?」

「そうだけど……」

オルヴィアが助けを求めるようにこちらに視線をさまよわせた。

私は苦笑しつつ、助け舟を出してやることにした。

「お母さま、この前はきっといつもよりたくさん踊ったから、寝込んでしまったのよ。それに今夜は侯爵夫人の夜会でしょう?ここで帰らせる方が可哀そうだわ」

侯爵夫人の夜会は、社交シーズンでも最も盛大なものだ。時々お忍びで王族も来るらしく、夢見がちな娘に行くなというのも酷な話だろう。

私も十分夢見がちな年頃だけど、どうにもオルヴィアの世話ばかりしているから、自分が夜会でどうこうなる想像ができない。よく言えば大人びているし、悪く言えば枯れているのだ。

「……そうね。二人ともそろそろ本腰を入れて婚約者を探さなくてはならないものね。いい人が見つかればいいし、見つからなくても私たちがちゃんと見つけてあげるから心配はいらないわ」

「ええ。ありがとうお母様」

正直、婚約者とか放っておいてほしい。

良かれと思ってされる余計なことほど、拒みにくく苦しいことはないのかもしれない。

そんなうんざりした気持ちを飲み込んだと同時に、馬車が止まった。


まぁ、いつも通りというか、案の定というか、夜会が始まってほどなくしてオルヴィアの前にはダンスを申し込む行列ができていた。

私にも何人か声をかけてくれたけど、そんな気分にはとうていなれなかったし、オルヴィアに触れようとする不埒ものを追い払うのに忙しかった。

お母様?

お母様はもちろんご婦人方と話に花を咲かせている。

良くも悪くもいつまでも若く、社交家の彼女は、いつだって人の輪の中心になってしまうのだ。


「お姉様は踊らなくていいの?」

ちょいちょいとドレスの裾を引っ張り、オルヴィアは申し訳なさそうに私を見上げた。

「いいのよ。まぁ私が横に張り付いていると、うっとうしいっていうのはわかるけど」

「そんなことないわ!ただ……お姉様はいつも私のせいでせっかくのお誘いを断っているから」

「気にしないで。私だって本当に踊りたい相手からのお誘いだったら、あなたなんて放り出していっちゃうんだから」

「まぁ!ひどい!」

クスクスと笑いあうと、少しだけ憂鬱な気分が晴れた。

意外なことに両親がいない時の私たちは仲の良い姉妹なのである。


その時、ふっとざわめきが遠のいた感じがした。

なんだろうと二人してあたりを見回すと、オルヴィアに近づいてくる青年の姿が目に入った。

美しい金髪の青年だ。

彼はまるで自ら光り輝いているようで、明らかに他とは違うのがわかった。

彼の紫の瞳を見て、ようやく正体がわかった私は慌てて頭を下げた。

遅れてオルヴィアも慌てて頭を下げる。

「ああ、そんなにかしこまらないで。今日はただの客として来ているんだ」

「ですが、あなたは……」

次期国王、ギルバート王子は爽やかに微笑み、軽く頭を振った。

「それより君たちが噂にきくアドラー伯爵家の御令嬢方かな?」

「姉のアマーリエです」

明らかに緊張してカチコチになっているオルヴィアをそっとうながす。

「……妹のオルヴィアです」

王子の目が大きく見開かれる。

そうよね、間近で見ると、信じられないくらい可愛いものね。

それから彼はオルヴィアをダンスに誘った。

彼らは一曲だけではなく、二曲も続けて踊り、夜会は騒然となった。

王子は妖精姫に心を奪われたのだ、と。



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[一言] 親戚にいるんだけど 子供の頃の病気のせいで、障害を持ってしまった次女ばかり気にかける祖母と 次女ばかり気にかけられる事を気に病んで、長女をめちゃくちゃ可愛がる母。 板挟みになる父と祖父(空…
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