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オペラ探偵 毛利さくらの美学 第二話「アイーダ」 第二回

日本で唯一の市立オペラハウスである、桜園シティオペラハウス。

落成10周年記念公演「アイーダ」に向けて、準備が着々と進む中、久しぶりに再会した桜園音楽大学の卒業生達に去来する様々な思い。

「オペラ探偵」こと毛利さくらと仲直りしたい有沢みなみの計画もどんどん形が見えてきましたが、なんだかちょっと当初の趣旨と変わってきて…

「アイーダ」、中盤です。

オーケストラリハーサル、桜園音楽大学講堂


桜園音楽大学の講堂の通用口で入館者チェックシートに記入してたら、「みなみじゃん」と声をかけられた。振り返って、心臓飛び出しそうになった。「麻野先輩?」

「元気そうだなぁ」人懐っこい笑顔に、頬にさあっと血が昇るのがわかる。やばい、落ち着け、私の心臓。

「ニューヨークじゃなかったんですか?」と言ってから、麻野先輩の傍に置かれた細長い黒い楽器ケースに気がついた。「ちょっと日本に戻るって話したらさ、ゆづが、アイーダのバンダのオーディションやってるよって教えてくれたんだ。久しぶりだし、受かればラッキーって思って受けたら、受かっちゃってさ。」

そりゃ受かるだろう。麻野先輩のトランペットの技量なら。何より、今のオケの団員との相性を考えても、麻野先輩が落ちるはずない。

「そんな簡単でもないぜ。クラシックの楽譜見るの久しぶりでさ。正直結構ヤバかったよ」と笑う笑顔が懐かしすぎて、なんだか胸がいっぱいになる。いかん、今日の目的を忘れちゃいそうだ。

「麻野君、帰国するなりうちのマスコットガールナンパすんのやめなよ」背後から声がかかる。「磯谷先輩、久しぶりっす!」とまた満開の笑顔。この人の笑顔はなんでこんなに周りを明るくするのかなぁ。



有沢みなみ、高校三年生の夏


真谷先輩、麻野先輩、穂高先輩と、その後の桜園シティオペラ管弦楽団を支える人材を輩出したこの代が四年生の時の学内オペラは、夏公演が「ポギーとベス」、冬公演が「フィガロの結婚」だった。この「ポギーとベス」の舞台裏を手伝ったのが、私の高校3年生最大にして最高のイベントだった。毛利さくらは桜園音楽大学付属高校の特待生として、当然のように高校入学直後から、学内オペラのプロデュースや広報に関わっていたそうだけど、中流家庭に育った私が学費のバカ高い付属高校に行けるはずもなく、ひたすら学割チケットを駆使して、シティオペラハウスの本公演に通いつめ、値段がリーズナブルな学内オペラは中学生の頃から既に全制覇を目指していた。高校3年生になって、進学先を桜園音楽大学の舞台総合芸術科に定めた時に、高校の先生が、「口頭試問のときに有利になるかも」とシティオペラハウスに働きかけてくれて、短期アルバイトで学内オペラの舞台方に潜り込むことができたのだけど、この一点だけで私は当時の担任の先生を一生の恩師と思っている。いや、普段の授業もそこそこ面白いいい先生だったんですよ。森先生、元気かな。


桜園音楽大学の講堂を借りて行われる本番直前のオーケストラリハーサル。舞台裏の段取りを確認するために演出卓のそばに座らせてもらった時、オケのトランペット吹きのお兄さんの周りに、なにかと人が集まっているのが見えた。歌い手さんは指揮者の真谷先輩の周りに寄っていくんだけど、オケの人と、オペラハウスのスタッフの人は、トランペットのお兄さんに声をかけることが多い。その全てに笑顔で答えて、そして集まってきた人がみんな笑顔になって去っていく。

「みなみちゃん、紹介しとくよ」と、舞台監督の千葉さんが、花咲か爺さんみたいに周りに笑顔の花を咲かせている人のそばに連れて行ってくれた。「麻野ちゃん、この子、高校生インターンの有沢みなみちゃん。」

「あ、麻野雅也です」とにっこり微笑まれて、私は金縛りにあったみたいにカチンコチンに固まった。「インペクやってます。インスペクターね。ま、オケの何でも屋です」そしてまた、こっちも笑顔にならざるを得なくなるパッと華やかな笑み。

「今年の学内オペラは伝説になるな」と、演出卓で、当時まだハコ付きスタッフに入ったばかりだった磯谷先輩が、私の左隣で呟いたのを覚えている。「ゆづちゃんの指揮も素晴らしいけど、歌にもオケにも逸材が揃ってる。それを麻野君がホントにうまくまとめてる。いいカップルなんだよなぁ。」

「ゆづちゃんと麻野君って付き合ってるの?」私の右隣の千葉さんが小声で言ってきて、私は意味もなく真っ赤になった。

「あれ、違うんですか?私てっきりそうだと思ってたんですけど」私を挟んで、頭の上で磯谷先輩が小声で囁く。「麻野君モテるからなぁ」千葉さんが同じく小声で返す。「オレが聞いたお相手は別の人なんだけど、2人いてさぁ」頼むから女子高生の頭の上でそういう会話はやめてほしい。麻野先輩が、パンパン、と手を叩いて、「そろそろチューニング五分前です!」と声をかけて、指揮台の真谷先輩に向かって敬礼するのを見て、私ははっきり自覚した。

これは恋だ。

高校3年生にして、初めて自覚した、初恋。



再び、オーケストラリハーサル、桜園音楽大学講堂


「初恋ってのは実らないもんだよねぇ」と、演出卓で隣に座った真谷先輩が呟いた。ギョッとする。

「アムネリスにとってはさ、ラダメスが初恋の人だったんだろうねぇ。オペラってそういう話が多いんだよねぇ。男を知らないウブな女の子が、初めて好きになった相手を一途に思い詰めて身を滅ぼしちゃうってさ。」


真谷先輩の視線の先には、指揮台の蔵本先生と談笑している麻野先輩がいる。蔵本先生のガハガハ笑いがいつもより1.5倍盛りくらいになってる感じがするな。麻野先輩がオケの金管群の中に歩み入ると、金管の人達がわっと歓声を上げた。


麻野先輩は大学卒業後に、当然のように桜園シティオペラ管弦楽団に准団員として入った。技量も高い人だったから、卒業後半年して、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学する、と聞いた時も、みんなそんなに驚かなかった。だけど、専攻科がジャズコースだ、と聞いた時には、結構みんな複雑な気持ちになった。


「麻野先輩、もうオケはやらないんですか?」って、壮行会の時にズバッと聞いた人がいて、一瞬、会場全体がシン、としたのを覚えてる。みんなそれが一番気になってたんだろう。

「やらないってことはないよ」麻野先輩は笑顔で言った。「オレはプロになるんだ。このトランペットで食っていく。そのためには、こいつでできることはなんでもやらなきゃいけない。やれなきゃいけない。私はクラシックしかやりません、なんて自分で選り好みしてたら、稼ぐ機会を自分で減らすことになる。私は街の何でも屋でございますよって看板上げとかないと。

「でもね、一番のきっかけは、『ポギーとベス』だよ」と、麻野先輩は真谷先輩の方に笑顔を向けた。「あれをやって、急に世界が無限に広がった気がしたんだ。ガーシュインがクラシックに持ち込んだジャズのソウルを、ゆづが垣間見せてくれた。トランペットにはまだまだ出来ることがあるって思った。ゆづにはホントに感謝してる。」


あの時上がった歓声の中に黄色い声も混じってたのは、真谷先輩と麻野先輩が付き合ってるっていう噂が根強かったせいだろう。思い切って聞いてみるか。「真谷先輩。」

「ん?」と、ボブカットの横顔がこっちに向いた。

「真谷先輩って、麻野先輩と付き合ってたんですか?」

真谷先輩は、目をまん丸にして、分かりやすく顔を真っ赤にした。「ないない、それはないよ!」

「でも結構噂になってましたよね」畳み掛けてみる。

「まぁ、指揮者とインペクで一緒にいる時間長かったしね」真谷先輩は懐かしそうに言う。「あいつモテるからさぁ。その手の噂絶えなかったじゃん。」

真谷先輩自身は、麻野先輩のこと意識したりしたのかなって、聞こうと思ったら、逆に強烈なセリフが来た。「それにあいつ、好きな子いるみたいなんだよ。」

「マジですか?」有沢みなみはかなりのダメージを受けた。

「そう。それもどうやらこのオケのメンバーの中に。」

有沢みなみは10000のヒットポイントを失った。

「今回の帰国も、そういう意図があるんじゃないかなぁ。迎えに来たとか。あれ、みなみちゃん、大丈夫?」

有沢みなみは死んでしまった。誰か回復の呪文を唱えてくれ。



「アイーダ」公演2週間前 桜園オペラハウス会議室


「アイーダ」は、エジプトを舞台にしたヴェルディの大作で、スエズ運河の開通を記念して作られた、という俗説が流れるほど、スケールが大きく祝祭的な作品だ。特に第二幕第二場の「凱旋の場」は、式典用に管を直管にしたファンファーレトランペット、別名アイーダトランペットが高らかに鳴り響く華やかな場面として知られる。サッカーの応援歌にもなっていて、オペラを全然知らない人でも、きっと聞いたことのある名曲。

でも、スケールが大きい、ということは、舞台裏は戦場になる、ということと同義だ。それこそメトロポリタンオペラの「アイーダ」なんか、舞台面に巨大な壁と石像がそそり立ち、その壁の上に立ち並ぶ兵士や続々と登場する捕虜の群れ、豪華な略奪品の数々、ダンサーの群舞から本物の馬の隊列など、これでもかとばかりの物量が観客を圧倒する。我が桜園シティオペラハウスでそんな物量作戦は望むべくもないけれど、10年前の柿落としでも上演されたこの演目をもう一度、という気概と知恵と工夫で、なんとか舞台を豪華にしようと、舞台監督の千葉さんや磯谷先輩は日々ウンウン唸っていた。

「倉庫に10年前の大道具が残ってて、演出の幹代先生にも一部転用オッケーもらえてます。有沢、来週搬出手伝ってね。一旦奈落に格納します」磯谷先輩と集合場所と時間をすり合わせる。「仕込みはAキャストゲネプロ前日夜、昼本番終わってからですけど、昼本番は講演会なんで、衣装類とか床山系とか、持ち込めるものは昼のうちに搬入して、少しでも時間盗みます。」

ミーティングが終わってから、メイクの紗南ちゃんに声かけた。「あのさ、あとでちょっと、メイクのやり方教えてほしいんだけど」

「いいっすよ、舞台メイクっすか?」と、紗南ちゃんが答えて、急に私を指差す。「あ、有沢先輩の普段メイクっすか?ひょっとしてして先輩、ついに自分磨き決意しました?」

「いや、そういうことじゃないんだけどさ」と、計画を簡単に説明する。穂高先輩が頼みもしないのに書いてくれたコスチュームデザインと、メイクの指示書を見せると、紗南ちゃんの瞳がらんらんと光り出した。「これ、有沢先輩がやるんすか?マジすか?」

「いや、ウィッグと服に合わせて、軽くメイクもあった方がって穂高先輩が言うからさ」私はちょっとのけぞりながら言ったけど、紗南ちゃんの瞳の炎は一向に小さくならない。あれ、デジャブっぽいな。同じ経験を最近した気がするぞ。

「そんなの私にやらせて下さいよ。毛利先輩が本気で惚れ直すように仕上げてみせますから。うわーやる気出るなぁ。アイーダ本編よりモチベーション上がるわぁ。」

本当にこの子に相談してよかったんだろうか。私はさらに後悔し始めている。



「アイーダ」公演1週間前 国道


「磯谷先輩、真谷先輩に喋ったでしょ?」助手席でアイスコーヒー飲みながら私が言うと、「何を?」と言いながらハンドル回した。2トントラックの助手席は視野が高くて気持ちいいんだよなぁ。磯谷先輩の運転でさえなけりゃ。

「さっきからこいつあおってきやがってマジうぜえなぁ」磯谷先輩が毒づく。ハンドル持つと人格変わる人ってホントにいるんだよなぁ。「で、何喋ったんだっけ?」

「私と毛利が喧嘩中だって。」

「だって、燕尾服、ゆづちゃんから借りるんだよ。」

「田口先輩じゃなかったんですか?」聞いてないぞ。なるべく関係者少なくしようって思ったのに。

「流石にサイズ全然違うじゃん。やるからにはちゃんと体型にフィットしたものでさ。衣装部にも声かけたら、ちょっと手入れてくれるって。」

「ちょっと待って下さいよ」なんか、話がどんどんデカくなってる気がする。「ホントに、私の小遣いでできる範囲で、基本借り物で」

「そりゃアンタ、相談する先間違えたねぇ」磯谷先輩がギャハギャハ笑う。「今やアイーダ公演の裏プロジェクトとしてオペラハウス挙げて取り組んでますよ。有沢みなみ改造計画。」

なんだそりゃ。私は仮面ライダーじゃないぞ。

「みんな、アンタ達コンビが大好きなんだよ。仲直りしてほしいって本気で思ってるんだ。ありがたく受け取りなさいな。」


「このオペラハウスでできた絆は一生モノだからねぇ」真谷先輩は、講堂の客席でアイーダトランペットを膝に置いてスタンバイしている麻野先輩の背中を見つめながら、私に言った。「でも、絆は目に見えないからさ。結構簡単に、傷ついたり、切れてしまったりする。そこに絆があった、という記憶だけにしてしまうのは、悲しいじゃん。」


麻野先輩をニューヨークから呼び返したもの。帰巣本能を持つ動物の故郷のように、この学校やオペラハウスが、卒業生達を繋ぎ合わせている。そして戻ってくれば、温かい笑顔で迎えてくれる。人と人の絆で紡ぎ上げられた、柔らかな温かい毛布みたいに。

毛利さくらと私の絆は元に戻るんだろうか。あの時私が吐き出してしまった劣等感の毒。オペラハウスのみんなの協力があっても、一度外に出てしまった言葉は消せない。心の傷は身体の傷よりも治すのが難しいかもしれない。

2トントラックが、オペラハウスの駐車場入り口に近づく。「先輩、今回は車庫入れミスらないで下さいね。」

「おう、これ以上我が家を傷モノにはしたくないかんね」磯谷先輩が答えた。「で、どこで切り返すんだったっけ?」



アイーダ公演 前日ドレスリハーサル


ドレスリハーサルが終わって、大休止になった。細かい返し箇所を、客席の演出卓で、蔵本先生と幹代先生が詰めている。その間に、毛利さくらの定位置である桟敷席への動線を確かめた。舞台裏から上手側の客席通路に抜ける扉を通って、2階席への階段から桟敷席へ。とにかく人目につきたくないから、休憩中の移動は避けて、1幕の冒頭、ラダメスの「清きアイーダ」が終わって、客席に拍手が来た時に、桟敷席に滑り込んで、毛利さくらを驚かせる、という段取り。そしてできれば、1幕ラストの拍手の間にまた抜け出して、舞台裏に戻って改造人間から一般人に戻る。「それじゃぁ、毛利先輩とのツーショットが撮れないじゃないですか」と、紗南ちゃんが唇尖らせたけど、後で自撮り写真送るから、となだめる。


「初日にやりなさい」と、磯谷先輩にピシャリ、と言われた。初日は本番ならではのトラブルがつきもので、裏方の手は多い方がいいから、2日目以降にサプライズ仕掛けます、という私の案は速攻で却下。「初日にアンタが現れなかったら余計毛利が悲しむよ。トラブルなんか初日以外にだって出る。裏の手は充分足りてるんだから、それより大事なもの優先しなさい」と言って、磯谷先輩は顔を近づけた。「その代わり、私にもツーショット写真送って。」


一応、毛利には、LINEでメッセージ送ってある。この前はごめん、ちゃんと謝りたいから、アイーダの初日、必ず来てね、って送った。既読はついたけど、返事はない。毛利はこの程度のサプライズで本当に機嫌を直してくれるだろうか。


桟敷席からオケピットを見下ろすと、ハープのそばで磯谷先輩が穂高先輩と話しているのが見えた。穂高先輩は遠目から見ると黒いいでたちで、流石にオケピットに入る時にはゴスロリ衣装じゃないのか、と思ったら、よく見ると黒は黒でも、光沢のあるビロードのクラシカルなケープで、ちょっと魔法少女っぽく見える。ハリーポッターの演奏会でもあったのかな。磯谷先輩がこっちを見上げて手を振ったので、私も手を振った。

「みなみか?」すぐそばから声がして、横を見ると、隣の桟敷席から身を乗り出すように、麻野先輩の笑顔が覗いていた。「麻野先輩?」

なんで、と思ったけど、そうか、アイーダトランペットだ、とすぐ理解。オケピットの外、舞台上や客席、あるいは舞台裏で演奏される楽器群のことを、バンダ、というけれど、そのバンダで演奏されるアイーダトランペットは、客席の2階席や桟敷席で演奏されることも多い。今回のアイーダトランペットは桟敷席から吹くのか。桟敷席を通年で押さえてるなんて毛利くらいだから、関係者席として閉鎖してしまえば使える。演出としてもよくあるパターンだ。

「誰に手を振ってるんだ?」笑顔で聞かれて、「磯谷先輩です」と答える。「穂高先輩もいますよ。」手を振ると、穂高先輩が小さく手を上げてくれた。

「そうか、そこからはオケピット見えるのか」麻野先輩の顔が壁に隠れたけど、声だけは聞こえた。

毛利がこの桟敷席を愛用している理由の一つがそれだ。オケピットの全体が見えて、舞台面との距離も近い。特に公演の初日は、市長などのVIPが来ることもあるので、客席を非日常にする係の毛利は、桟敷席を指定席にしていることが多い。もちろん、正面から見た方が美しい舞台装置や演出も多いから、公演の初日以外は客席で見ることもある。あの衣装の毛利が客席のセンターに陣取っているのもなかなかに非日常的な空気感があるんだけど。

「穂高先輩、今日は魔法少女風ですよ」と教えてあげたら、麻野先輩は「お、それは後で見に行かないとな」と笑った。やっぱりいい笑顔だなぁ。一生片想いでもいいなぁ。


「…これ、既に燕尾服じゃないよね?」私はかろうじて絞り出すように言う。

ドレスリハーサルが終わって、舞台裏、関係者控室に戻った私の目の前のハンガーにかかっているのは、確かによく見れば真谷先輩が指揮台で着ている燕尾服をベースにしていると分かる。しかし、襟を一面に覆ってゴージャズに光り輝いているこのアイビー柄の金糸の刺繍はなんだ?いつの間にこんなものが生えてきたんだ?ボタンだって地味な黒いのが一つあっただけのはずなのに、胸から下に大きな銀色のボタンが6個並んで輝いていて、ご丁寧にポケットから銀の鎖がボタンに繋がっている。

「鎖の先には銀時計が仕込まれてございます」紗南ちゃんが言う。「異世界ファンタジーの貴族の御曹司をイメージしてみたそうです。」

オーダーと違う。返品するぞ。

「オペラハウスの衣装部舐めてもらっちゃ困りますよ」紗南ちゃんが笑顔を耳元に近づけた。「後は明日、我々メイク部ががっつり仕上げさせていただきます。逃げないで下さいね。」

目眩がしてきた。絶対毛利さくら以外のお客様の目につかないようにしないと。1幕が終わったらダッシュで舞台袖に逃げ込むぞ。

ヴェルディ作曲のオペラ「アイーダ」はエジプトを舞台としたスケールの大きなお話。凱旋行進曲などの楽曲の壮大さに目が奪われがちですが、メインストーリーは、エジプト王女アムネリス、エジプト軍指揮官ラダメス、そしてエチオピア王女アイーダとの恋の三角関係というロマンティックなお話です。それに影響された訳ではなかったのですが、結果的にこのお話も、恋愛要素の強いお話になりました。

次回最終回。有沢みなみの仲直り作戦はうまく行くのか。毛利さくらのゴスロリ衣装と共にお楽しみいただければ幸いです。

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