可愛い妹が望むもの
「姉の婚約者を奪う妹」テンプレですが、なかなかに強烈な妹が降臨してくれました。
たまにはこんなのもありかと。
──わたくしは誰よりも可愛らしい。お姉様より、友人たちより、国中の誰よりも。
だからわたくしの望みは何でも叶う。欲しいと思ったあらゆるものを手に入れる。
例えそれが、他人のものになるべき存在だったとしても。
だから──ごめんなさいね、お姉様?
「レティアナ・ペンドルトン! 貴様のような愛想も可愛げも何もない、未来の夫を立てる術も知らぬ女など、王子妃という立場に相応しいものでは断じてない!
そもそも私と貴様の婚約は、王家とペンドルトン伯爵家により結ばれたものであり、相手が貴様でなければならぬ理由はない。よって、第二王子フィリオンの名により宣言する! 今この時をもって、我が最愛の女性であるペンドルトン家次女クラレットを、近き未来の第二王子妃とすることを!」
王宮舞踏会にて、わたくしの思惑通り、声高らかに宣言してくださった愛しのフィリオン殿下。
見れば、大好きなお姉様レティアナは、いつものように冷静な顔のまま扇で口元を隠しているものの、流石にすぐには事態を理解できていないと分かる。
その後ろ、わたくしたち姉妹の両親ペンドルトン伯爵夫妻は頭痛をこらえるように、額にお父様は手を、お母様は閉じた扇の先を当てており。逆方向──つまりわたくしとフィリオン殿下の背後、玉座にいらっしゃる国王夫妻も、何かを諦めたような、可哀想なものでも見る目で次男を眺めていた。
そのご様子からして、双方の両親は、既にほとんどのことは把握していらしたようね。流石と言うべきかしら。
「……発言をよろしいでしょうか、フィリオン殿下」
あら、お姉様が再起動なさったみたい。
「よかろう! 既に元婚約者となった者であれ、最後の発言を聞いてやらぬほど私は狭量ではないからな!」
「では、お言葉に甘えまして。……クラレット。貴女、本当に殿下の妃になるつもりなの? 確かに殿下が仰ったように、ペンドルトン家の令嬢であれば、わたくしでなくとも契約違反にはならないけれど」
本当に気遣わしげに訊ねてくるお姉様は、相変わらず無駄にお優しい。
わたくしは満面の笑みで問いを肯定する。
「勿論ですわ。その方が全方位で丸く収まりますもの。領地に愛着があり経営手腕も高いお姉様は、お婿を取ってそのまま伯爵家次期当主になってくださいな。わたくしはフィリオン殿下という、ありとあらゆる意味で叩き直し甲斐のある理想の殿方に嫁いで、幸せな人生を送りますわ」
「…………は?」
あらあら、フィリオン様ったら、とっても間の抜けた素敵なお顔をしてくださるのね。うふふ、そういう迂闊な部分を徹底的に調教、もとい矯正できると思うと、わくわくして腕が鳴ってしまうわ。
「そう。ならばわたくしも、喜んで婚約解消に同意いたしますわ。
フィリオン殿下。レティアナ・ペンドルトンより、殿下と我が最愛の妹クラレットの未来に、心からの祝福の祈りを」
「え、あ、え。あの、レティ……」
淑女のお手本のような優雅な仕草で頭を下げるお姉様と、予想外の状況を把握できずにあたふたする殿下は見事なまでに好対照。たった一人の美しい姉と未来の夫、大好きなお二人が繰り広げる見事な光景は、わたくしにとって何よりの目の保養だ。
「……まあ、フィリオン本人がクラレット嬢を選んだのなら仕方あるまい。なあ王妃よ」
「ええ、そうですわね……フィリオンをこんな風に育ててしまった、わたくしたちの責任でもありますもの。もう少し王太子同様に、厳しくしていれば良かったのに……あえて再教育を買って出てくださるのだから、貴女には本当に感謝の言葉もないわ、クラレット嬢。陛下もわたくしも、未来の娘として大歓迎させていただくわね」
「身に余る光栄にございます」
「えっ、ちょ、母上!? 父上、クラリーも、再教育ってどういう」
どういうもこういうも、そのままの意味ですわよ殿下?
何を隠そう、わたくしは教育やしつけに関して天性の才を持っており、またそれを無上の趣味としておりますの。
新入りの使用人や下働きは無論のこと、親戚のクソガキども、ではなくてやんちゃ盛りの子供たちなどは、わたくしの手にかかればそれは大人しく礼儀正しくも可愛らしい、貴族の子女としてあるべき姿に早変わりしますのよ。
ちなみに動物の調教も大得意ですので、ペンドルトン家特産の馬たちは、わたくしが携わったここ数年で価値が急上昇したとか。フィリオン様に嫁ぐと決めてからは、流石にそちらに関わる暇はなくなるので、調教師たちにはあらかじめ手法を徹底的に伝授しつつ、作成した特製マニュアルも渡しておきましたわ。お姉様の代になって、馬の質が落ちたなどと言われるようになるのは、誰よりわたくしが許せませんもの。
理想の殿方を手に入れたいというわたくしの我がままを叶えてくださったのだから、お姉様はご自身に相応しい素敵な殿方をお婿に迎えて、女伯爵として幸せな一生を送っていただかなければ。殿下との婚約は「破棄」ではなく「解消」で、公的にはお二人のどちらにも非はない形となるのだし。
「レティアナ嬢もすまぬな。長いこと愚息との婚約を強いてしまったこと、親として謝罪しよう」
「本当にごめんなさいね、レティアナ。こんなことになってしまったけれど、わたくしとの私的な交流をこれからも続けてくださるかしら? 貴女のマナー講習を受けた有能な侍女たちも、恩人の貴女に会いたくていつもうずうずしているのよ」
流石はわたくしのお姉様。妹と方向性は違えど、ものを教えることが得意なのは大いなる共通点ですわ。誇らしいこと。
国王ご夫妻がそう仰ってくださったので、お姉様のお婿探しに障害はなくなりましたわね。
さて、「最愛のお姉様に最高に幸福な生涯を送っていただこう大作戦」を、婚儀の準備と同時並行で進めなければ。ますます忙しくなりそうですわ。
でも大丈夫。わたくしの望みは何でも叶う。叶えるためにはいくらでも、労力を全力でつぎ込む覚悟はできている。
だからお姉様、しっかりと幸せになっていただかなければ、最愛の妹が許しませんからね?
「……クラリー。私のことは無視?」
拳を握り改めて決意を固めるわたくしへ、何とも情けない様子でフィリオン殿下が声をかけてくる。
「まあ、殿下ったら。ご心配なさらずとも、あなた様のことはわたくしが責任を持って幸せにいたしますわ。ええ、全身全霊全力をかけて。ですのでどうぞ、ご期待なさって?」
「……あ、ああ。ありがとう」
とびきりの笑みを向けて差し上げたのに、フィリオン様の彫刻めいた美貌が引きつり、どことなく青ざめている。
視線がお姉様の方に彷徨い出ているあたり、もしかしてようやくご自身の運命を悟られたのかしら。
でも残念。今更後悔なさってももう遅いのですよ、殿下。
早急に観念なさって、一生涯をわたくしに可愛がられる覚悟をお決めくださいな。ねえ、愛しい愛しいわたくしの王子様?
ドレスの下に鞭(熟練度カンスト)を忍ばせてそうな妹の話でした。
そうは見えないかもしれませんが、クラレットはこれでもフィリオンを心から愛しています。ただ、もし仮に姉とフィリオンが同時に溺れていたら、姉を最優先で助けるのは間違いありません。フィリオンのことも後で絶対に助け出しますが。可愛い可愛い最愛の夫(と言う名の下僕)なので。
レティアナのお婿探しに気合いを入れているクラレットですが、少数精鋭ながら、幼馴染みとか従兄弟の友人、顔馴染みの騎士や文官だとかが近く申し込んでくると思うので、割とあっさりケリがついて拍子抜けすると思われます。それからは、自分の婚儀までの短い間、姉と過ごす時間を捻出するのに全力を尽くしそう。頑張れクラレット。
某王子「私は!?」
某妹「放置プレイに決まっているではありませんか、うふふ」
某姉「クラレットったら……」