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ユグリフ  作者: モリリンモンソン
3/4

貴族の男と謎の女 1-3

「すまない、

まだ鍵は見つからないんだ」


湯気の立つスープを女の口に運びながら、

ユグリフは謝罪した。


咀嚼と嚥下を繰り返す以外

ほとんど反応が無い女に向かって、

返事が無いことが当然かのように話しかけ続ける。


「もしかしたら、

メイドのほとんどを解雇してしまったのは少し早計だったかもしれない。

3人ほど残ってくれてはいるが、

やはり人手不足は否めないと感じるよ」


今度はパンを1口サイズにちぎり、

女の口に運ぶ。


喉が渇かないよう水も口に含ませると、

それも女はしっかりと飲み込んだ。


女は相変わらずされるがままを受け入れ、

自ら拒否することも望むこともしなかった。


あらかた平らげたのを確認すると、

食器を重ねて戻る準備を進める。


「鍵が見つかったら、

君はすぐに自由にしてあげるから。

それまでは、

すまないが今のままで我慢していてくれ」


そう言い残し、

ユグリフは地下牢を去った。


その後ろ姿を、

無言のまま女はじぃっと見つめていた。



「ユグリフ様!」


唐突に駆け寄って来たのは、

赤子を抱いた女だった。


しかしユグリフと赤子連れの女の間に、

同行していたメイドが割って入った。


この日は朝から、

ユグリフとメイドと共に

近くの村の様子を見に来ていた。


貴族学校に通い始める前までは、

少しでも時間ができるとこの村にやって来ては

貧しい人々に食べ物や生活に必要な物を配っていた。


その当時の村の様子は、

惨憺たるものだったと

ユグリフは記憶している。


赤子に乳をあげる母親の頬はこけ、

男たちも生気の無い表情で働きに出ていた。


生きていくのに必要最低限の賃金しか寄越さない、

そんな前領主から出される仕事も、

そもそも働き口などないに等しいこの辺りでは

その仕事をを選ぶ他なく、

領主のみが得をするという

おぞましい形態を何年も続けていた。


「も、申し訳ございません」


子連れの女は、慌てたように頭を下げる。


「いえいえ、大丈夫ですよ。

ティナもそんな怖い顔をしてはいけない。

この方は僕に用があって来てくれたのだから」


私の顔は普段からこうなのです。

メイドはユグリフの言葉など意に介さない様子で、

つんと言った。


「可愛いお子さんですね、

最近産まれたばかりですか?」


「はい。

つい半月ほど前に産まれました、

女の子でございます」


寝息を立てる赤子の顔が、

ユグリフに見えるように女は赤子の向きを変える。


その女の様子に、

優しい女性なのだなとユグリフは思った。


「先日はユグリフ様のおかげで、

何年ぶりかにお腹いっぱい食事をさせて頂きました。

本当に、ありがとうございました」


感謝の言葉と共に、

女は深々と頭を下げる。


気にしないでください、

とユグリフは笑みを浮かべた。


ユグリフが帰ってきて10日程経ったころ、

唐突に館の食料庫をすべて使って

盛大な食事会を開くと宣言した。


3日後を予定とした旨を全ての領地に早馬で通達し、

(と言っても全ての領民を集めても

1000人にも満たないが)

館へと来れるものは誰でも来るよう呼びかけた。


父親を殺されたせいで乱心したか、

と多くの領民は疑った。


しかし、

屋敷から近くの村に住む者たちは、

領地内親戚一同に声をかけ素直にやってきた。


ユグリフは、

そういう人物なのだと知っていたからだ。


「お陰様で、

お乳の出も良くなりました。

この子も、きっと喜んでおります」


「それは良かった。

本本来は、領民達が日々満腹になるまで

食べられるようにするべきだと僕は思う。

そうなるよう頑張りますので、

貴女もそれまで頑張ってください」


ありがとうございます、

と女は涙を流した。


赤子にもほほ笑みかける女だったが、

ふと表情が暗くなる。


「実は、

この子はもう諦めようかと考えていたんです。

この子は私たちの宝物です。

ですが、世話をする私たちが倒れてしまったら、

この子も一緒に死ぬことになります。

もしこの生活がいつか良くなるのなら、

もし次にまた子供が産むことができるなら、

それに賭けてみようかと、

主人と何度も相談していたのです」


そうでしたか、とだけユグリフは答えた。


「ずっと、

ユグリフ様が領主様になってもらえればと

願っておりました。

今回のこと、

誠に残念なことだと存じます。

ですが、ですが私たちにとっては」


「不敬だぞ、

自分が何を言っているのか分かっているのか!」


メイドが言葉を遮った。


はっとした様子の女が、

慌てて膝をつき頭を地につけた。


申し訳ございません、

申し訳ございません、

と何度も繰り返す。


突然のことに驚いたようで、

つい今しがたまで

すやすやと寝息を立てていた赤子が泣き出した。


「大丈夫、大丈夫ですよ。

頭をあげてください」


言葉をかけても、

女は頭を上げなかった。


メイドも少し狼狽した様子だったが、

ユグリフは何も言わなかった。


メイドの立場は、

主人であるユグリフ側にある。


あの場は強引にでも諌めるのが、

彼女のやるべき仕事だった。


「この子、抱っこさせてもらってもいいですか?」


ユグリフは問いかける。

女はサッと頭をあげ、

慌てて立ち上がった。


もちろんです、どうか抱いてやってください。

と赤子をそっと差し出す。


少しこなれたように受け取ると、

トントンとあやした。


赤子は自分を抱く人物が変わったことに気がつき、

その主であるユグリフの顔を見る。


ユグリフも、

微笑みながら見つめ返した。


「びえーーー!!」


それまでとは明らかに違う様子で、

赤子が泣き出した。


ユグリフは

腕の中で暴れ出す赤子に困ったように笑い、

母親の元へと返した。


「残念、嫌われてしまったようだ」


申し訳ございません。


またも謝罪の言葉を口にした女だったが、

その顔には少し笑みを浮かべていた。


「またそのうち、顔を見せてくださいね。

その子の成長が楽しみです」


そう言い残し、

ユグリフとメイドはその場から歩き出した。


女は去っていくユグリフ達へ頭を下げ、

そのまま二人が見えなくなるまで

頭を上げることはなかった。

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