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ユグリフ  作者: モリリンモンソン
2/4

貴族の男と謎の女 1-2

「ユグリフ様」


執務室にやってきたメイドが声をかける。


ユグリフは束になった書類を机の端に寄せ、

少し目頭を抑えてから返事をした。


「お食事の時間です」


カラカラと音を立てながら、

手押し式の小さなカートと共に

メイドが昼食を運んでくる。


無駄に大きくなってしまったこの屋敷には、

現在三名のメイドが在籍していた。


ユグリフ自身が生活に必要な部屋と応接室以外は、

厨房とメイド達の自室の他に

機能している部屋はほとんどない。


元々十数名いたメイド達の多くには暇を与え、

行くところの無いメイドのみが残された。


「ありがとう、ティナ」


本来は当主がやるべき業務を、

ユグリフの父はメイドに押し付けていたことですら、

ユグリフ自身が今さらになって知るところだった。


「少しはお休みになってはいかがですか?」


お身体が心配で堪りません、

と付け加えてからメイドは1皿ずつ机に並べていく。


そもそもついこの間までは、

一介のメイドがやるような仕事だったのだ。


わざわざ寝る間を惜しんでまで、

主人が自らやる意味を

メイドには理解できなかった。


「一番上の紙をみてごらん」


メイドの疑問に答えるように、

ユグリフはことばをかける。


言われた通りにペラリと紙を手に取ると、

何とも拙い文字で言葉が綴られていた。


「それを書いたのは、

キフリスという少年なんだ。

彼は今年で五つになる。

僕が初めて、

この手で抱き上げた赤ん坊でもある」


はあ、とメイドは答える。


「そして彼の両親は、

もう既に死んでいる」


思わぬ言葉に、

メイドは驚きのあまり手から紙を落とした。


しかし、

慌てた様子ですぐさま拾い上げると

優しくパタパタと汚れを払った。


「彼の父親は不治の病でな、

残念ながら治療法が見つからなかった。

キフリスが産まれる少し前の話だ。

その3年後、

彼の母親は過労で倒れてしまった。

女手1つでキフリスを守るため、

男たちと一緒に銀山で働いてくれたんだ」


ユグリフは少し天を仰ぐと、

小さく息を吐いた。


「充分な賃金を出せていれば、

こんなことは起こらなかったのかもしれない。

少なくとも、

キフリスから母親まで奪うことにはな。

キフリスの母親は、

僕が殺してしまったようなものだ」


そんなことは無い、

とメイドは言おうとして口を噤んだ。


ここで何か言ってしまえば、

ユグリフかユグリフの父親、

どちらかを言及することになってしまう。


メイドごときが口を出せる問題では無かった。


「ありがとう。

ティナは昔と変わらず、

優しい女性だね」


メイドは何も言えなくなり、

キフリスが自分で書いたであろう紙に目をやった。


領民からユグリフへの要望書。


一昨日、

ユグリフから領民全員へと通達した。


前領主である父親の行ってきたことへの謝罪と、

新領主であるユグリフへの今後の要望書だ。


本来の業務に加えてのこの要望書が、

ユグリフの業務逼迫の要因だった。


「キフリスは、

母親が親友同士だった家のパン屋で

働かせて貰っているそうだ。

今は身体が小さいから、

母親のように肉体労働は出来ない。

彼は自分の出来ることを、

自分なりに考えているんだよ。

彼の両親から言われているんだ、

どうかキフリスをよろしくってね」


それに僕も応えないといけないんだ、

と笑顔で言った。


メイドは涙を流しながら、

所々間違った書体の文を読んでいた。


自分の領主がいま

どれほど大切な仕事をしているのか、

メイドは理解したのだった。


『りょうしゅさまへ。

こんど、

たくさんパンをかいにきてください。

がんばって、

きれいにパンをならべてまっています!』


「とても素晴らしい要望ですね」


メイドは微笑んでそう言った。



外はすっかり暗くなっていた。


ユグリフは、

間違いなく素晴らしい領主になるだろう。


メイドは、

昼間の出来事を思い出しながら考えていた。


「今頃、

また地下牢に向かわれているのでしょうか」


前領主を殺害した女を知っているのは、

自分を含めて三人だけ。


あの日、

起床の声掛けのため入室したのは、

このメイドだった。


前領主からの返事が無いことを不審に感じ、

扉を開けたメイドの目の前には、

すでにこときれている領主の死体と、

そのすぐ近くで膝を抱えて

座り込んでいる少女だった。


「きゃあああああああ!」


悲鳴を聞きつけたメイド長が一番に辿り着くと、

すぐさま扉の鍵を閉めた。


犯人を逃がさないためだった。


「貴女がやったの!?」


メイド長の怒号にも、

女はちらりと視線を向けるだけで

またどこともなく虚空を見つめ始めた。


明らかに正常では無い様子を感じたが、

そのままにしておくわけにもいかない。


恐怖心を押し潰しながら女の手を掴み上げると、

女はされるがままに立ち上がった。


そして近くにあったシーツを女の頭に被せると、

そのまま地下牢へと連れて幽閉した。


それから数日後、

ユグリフが帰ってきた。


その後真っ先に女の元へユグリフを案内したが、

メイド長にとってそれは

なんとなく避けるべきだと思っていた。


ユグリフが生まれた時から

すでに屋敷に居るメイド長にとって、

ユグリフからは昔から

どことなく異常さを感じていた。


そしてそれは、

ユグリフの言葉で確信に至った。


「この手錠の鍵はどこですか?

手錠を外してあげてください」


実父を殺した張本人を前に、

解放を促したのだ。


メイド長は、

全身に悪寒を感じた。


やはりユグリフは普通ではない、

しかしそれを直接本人に言うわけにはいかない。


「申し訳ありません。

実は失くしてしまったようで、

現在も探しているのですが見つからないのです」


メイド長は長年この館で働いてきて初めて、

主人に嘘をついた。


ユグリフの意図が、

メイド長には全く理解できなかった。


その後、

メイド長はユグリフの解雇通知を

素直に受け入れた。


メイド長は館を去る前に、

事件の時一緒に犯人を見たメイドに鍵を渡した。


「これは貴女が持っていてください。

これをユグリフ様にお渡しするかは、

貴女が判断してください。

後のことはよろしくお願いしますね」


メイドは心の中で、

出来たら自分以外に渡して欲しかった、

と心の中でひとりごちた。


この鍵は地下牢の女を縛るだけのはずなのに、

メイドにはまるで

自分自身を縛り付ける鎖のように感じていた。

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