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ユグリフ  作者: モリリンモンソン
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第一章 貴族の男と謎の女 1-1

「君はいつも、二言目には殺せと言う」


レンガ造りのこの部屋では、

ランプの明かりが無ければあっという間に 闇に覆われてしまう。


ユグリフは、

女の体を濡れた薄いタオルで

丁寧に拭きあげる。


独房用として作られたこの地下の部屋には

もちろん窓など無く、

すっかりと冷たくなってしまったお湯を浸したタオルは、

ユグリフ自身が手に痺れを感じるほど冷たい。


しかし、

当の女はまるで何も感じていないかのように、

身震いひとつせず無抵抗でいた。


「殺せ」


女は言う。


両の手は鉄の錠に自由を奪われており、

ユグリフが女の体を拭く度に

じゃらじゃらと鈍い音を響かせた。


「まあただ」


ため息をつくと、

今度は女の下半身もタオルを当てる。


排泄用の設備すらもここには無い。

かといって垂れ流しのままでも衛生的に悪い。


ユグリフは大義名分の元、

少し顔を赤くしながらも作業を続けた。



「もうすぐ鍵が見つかるよ。

それまでもうしばらく、

我慢していて」


女の体をあらかた吹き終えると、

木製の樽に入った水を床にぶちまける。


牢屋の隅には排水用の穴があり、

汚物をそこに流すためだ。


「…」


女はもう、

口を開かなかった。



ユグリフがこの家に帰ってきたのは、

ほんの三日ほど前のことだった。


片田舎の領主の子として産まれたユグリフは、

父親のツテで有名な貴族学校に通っていた。


完全寮制だったこともあり、

またユグリフ自身さほど家に帰りたいとも思えず、 気が付けば二年ほど王都で暮らしていた。


ユグリフの父は非常に傲慢で、

領民からは忌み嫌われる存在だった。


私利私欲で頭の中が埋めつくされていたユグリフの父は、

もともとが悪政的であったが、

ある時この地域の山から銀が採れると分かるやいなや、

領地の働ける者は女子供問わず

半ば強制的に銀山での採掘をさせた。


「この地域が潤うならば」

と素直に従った領民達だったが、

体を酷使して働けど働けど、

一向に生活の水準が変わることは無かった。


莫大な金が動いたはずのこの村で変わったことは、

ユグリフ達が住む屋敷と

ユグリフの父の腹ばかりが

どんどんと膨れ上がっただけだった。


「まあ、当然の成り行きだと思います。

僕から皆さんに、

今一度謝罪させてください。

僕ごときの頭では、

下げる価値も無いかもしれませんが」


ユグリフが故郷に帰って一番にしたとは、

領民への謝罪だった。


父親が殺害されたと連絡が届くと、

ユグリフはその日のうちに

貴族学校の退校手続きをした。


母親は早くに病で亡くし、

領地では一人息子だった自分しか

もう一族は居ない。


そんな中、

悠長に学校になど通っているような

無責任な事は出来ない、

と学校長に直訴し無理やり納得させた。


悲しいとは思わなかった。


残当だ。

あんな人、殺されて然るべきなのだ。

と、ユグリフは思った。


いつ領民から謀反を起こされてもおかしくない、

なんなら遅かったくらいだとすら感じる。


そんなことをユグリフは考えていたが、

実の所、

今までユグリフの父が無事にやってこれたのは、

ユグリフの存在が大きかった。


貴族学校に通うまでは、

ユグリフは父親に見つからないよう

食料庫から食べ物をくすねては、

近隣の貧しい子供たちや

赤子を育てている家に配っていた。


薬や包帯も、

村の医者に届けては、

診てもらいに来た領民の費用を安くして貰えるよう

頼み込んでいた。


領民達はユグリフの父親に恨みこそあれ、

ユグリフには多大な感謝していた。


あの父親が病気にでもなれば、

あとのことはユグリフが何とかしてくれる。


誰もがそう思って疑わなかった。


ユグリフは領民の生きる希望だった。


しかし、だからこそ。


領民達のほとんどが、

この事件に驚きを隠せなかった。


領民の間では、

今は我慢の時というのが総意だった。


ところが一転、

今回の事件だ。


一体誰がこんなことを…。

領民は皆、

犯人の目星がつかなかった。


「犯人はすでに捕まえているらしい」

さほど大きくはないこの領地では

犯人などすぐ分かるはずだ。


だが、自分の周りでいなくなった者などいない。


では犯人は一体誰なのだ。

領地内は、

この噂でもちきりとなった。


犯人自体は

すでに捕らえられているらしいことはわかっている、

だがユグリフにそれを詳しく尋ねる者はいなかった。



「ほら、口を開けて」


ユグリフは木製のスプーンを手に取り、

女の口元へ運ぶ。


ただでさえ冷え込むこの部屋では、

スープの湯気も一層際立って見える。


「・・・」


女からの返事はない。


これももう慣れたものだ、

とユグリフは無理やり口の中に

スプーンを押し込んだ。


「少しは温まるだろう。

ほら、冷めないうちにすべて飲んでくれ」


女は自ら口を開けることは無かったが、

口に入れられた物を拒絶することもなかった。


最初は不思議に思ったが、

ユグリフは自分の中で一つの解答にたどり着いた。


この女は、

殺されたいのだ。


領主殺しの大罪は、

当然だが死罪だ。


当人の中ではもう、

腹は決まっている。


だが、

自ら死のうとはしていない。


今口に運んでいるこのスープも、

彼女にとっては何の変哲もないスープなのか、

毒入りのスープなのか分からない。


ただのスープならば餓死する確率は減るし、

毒入りならばユグリフによって殺されることになる。


自ら死ぬことは望んでいないが、

誰かから殺されるのならば本望。


そんな思考の女にとっては、

無理やりでも口に入れられた食べ物を

拒絶する理由がなかった。

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